「鷺宮 透子(さぎのみや とうこ)。
私の名だ。
もっとも、伯爵という方が通りがいいな。
しばらくはお前たちの教官だ。
よろしくたのむ」


「幻獣というのは我々の敵だ。」
(はあ、それが……?)(知ってますよ)
「敵は殺せ、それが基本だ。
敵は、我々を殺しに来る。
だから殺せ、身を守るために。
国防の事は、お前達が考えなくてもいい。
そんな事は、後ろでふんぞり返っている奴が
考える。
お前達が考えるべきなのは…、
どう殺すか、いかに殺すか。
殺せば殺すほど、ここでは英雄になれる。
殺せば殺すほど、生き残る可能性は高まる。
お前を見ていると、その基本的な事がわかって
ないのじゃないかと感じて不安になる。
だから、気をつけろ。
死んでいい味方はいない」


「…それにしても、馬鹿な判断をしたものだ。
なぜ撤退させずに、ここに残った。
お前達は生き残るチャンスを
自分で捨ててしまったんだぞ。」


「戦争というものは、テレビで観るほど
面白くない。
実際やる方としては、特にな。
戦争もいじめも、面白がって見ていられるのは
それが他人事で、想像力がないからだ。
想像力がない間、人は戦争をなくせないだろう。
泥の中で、田んぼで、こうして森の中で、
歩兵がはいつくばって死んでいく。
貴様は志願だったか?
どうだ?
映画の中で見た戦争と、
こうして獣達とぬかるんだ道を歩く
戦争の差は。
いや、答えはいらん。
どうせ何を聞いても、
落胆するに決まっているから。」


「戦争と言うのは、火事に似ている。
さしずめ我々軍人は…火消しだな。
軍人の仕事が火消しなら、政治家の仕事は
都市計画だ。
軍人の仕事は火事が起きたから消しに行く、
つまりは被害を押さえ込む事は出来ても、
戦争そのものを消せるわけじゃない。
火事がそもそも起きないようにする。
起きにくい国にする、
それが戦争における政治家の仕事だ。
(はあ、それが……?)(なるほど)
「…今は、大火事だ。
火消しである軍人でも手におえるかどうか、
わからない。
どこの誰だろうな。
こんな良く燃えそうな国を作った政治家どもは。
見つけ次第、2等兵に登録して
突撃させて戦死させてやるところだ。」


(戦闘開始前)
「戦争だ、戦争だ。
血がたぎり心が凍る時間が来たぞ。
殺せ、殺せ! 殺される前に!
自称平和主義者の言う事など、
ここで役に立つものか!
たとえお前達が自称平和主義者でも
この地獄では捨ててしまえ!
始まってしまった戦争は!
もう、お前達のレベルではどうにもならん!
お前達が出来るのは、死なないために
殺して勲章を貰う事だ!
生きて故郷に帰る事だけを考えろ!
結局はそれが、お前達を助ける!」


「98年の八代会戦から、
この2年でいまや九州は火の海だ。
死体で足の踏み場もない。
福岡には幻獣たちが巣をつくり、
人はその食料になっているという話だ。
…どこまで本当か、不明だが。」
(どういう意味ですか)
「銃火を交えた事があるのなら、わかるだろう。
幻獣には口がない。
それだけの話だ。
ま、我々には関係のない話だ。
せいぜい死なないようにしろ。」
(それも政治ってやつですか)
「おそらくは。
敵が無道である事を言いながら、
その実、自分達が無能である事を
宣伝しているという事が政治というなら、そうだな。
ま、我々には関係のない話だ。
せいぜい死なないようにしろ。」


「最近の幻獣は、戦術を変えてきている。
新型も、どちらかというと大量破壊よりも
こちらを傷つけるほうに主眼を置いている。
殺すよりも、怪我をさせた方がコストがかかる。
敵はそう考えているらしい。
確かにそうかもしれん。
…問題は味方が、それに気づいた時か。
いや、それに気づいてはいるだろう。
問題は、いつ数学的に正しい事を
やり始めるか、だ。」


「みんないい目つきをしてきたな。
どこを見ているのか、何を考えているのか
わからない本物の兵士の目だ。
それがいい。
心は虚空に飛ばした方が、
戦争は楽にやる事が出来る。
…お前も早く、そうなる事だ。
でなければ、ここは辛すぎる。
正気を保っているにはな。」


伯爵は、疲れているようだった。
「……後どれだけ……。
後、どれだけ若者が死ねば、
戦争が終わるのだろう。
どれだけの悲しみが国士に積もれば、
戦争が終わるのだろう……。」


「戦後の世界でも、
今、戦争を指導しているどうしようもない
馬鹿者どもが権力を握るのなら…。
一体兵達は、何のために死ぬのだろう。
あの世襲貴族化した政治豚どもを
助けるために兵は死ぬのか。」
(悲観しすぎですよ)
「……どうかな。
いや、だがいらん事を言った。
忘れろ。」
(疲れてるんです、休んで)
「…そうだな。
そうかも知れない、すまん。
私は休む。」
伯爵は歩き出した後、
立ち止まってあなたを見た。
「……。
いや、何でもない。」


「我々には石油がない。
南方航路が切断されて、大陸からの連絡も
途絶えて久しい。
サハリンは陸戦の真っ最中だ。
頼みは北海道、滝川の人口石油だけ。
だから、我々のような殻付2線級部隊には
動物兵器なのさ。
血より貴重な石油は、
みんな自衛隊にまわされる。」


「哀れだな、我々は。
捨てられたも同然の立場で、
それでも死なないでいようとふんばっている。
上は、我々の戦死を望んでいるだろう。
戦死すれば、安く上がる。
死んだ英雄に与える、傷ついた獅子勲章が
あればいい。
……。
だからこそ、我々は、
いや、お前達は生きろ。
誰も惜しまない命なら、
自分達だけでも惜しんで見せろ。
生きろ。
生きて明日を見ろ。
いいな。」


「…なんだ?」
(我々は哀れではない)
「……。
どこが哀れでないんだ。
お前達のどこが。
その立場も、与えられた武器も、生まれさえも
お前達は呪っていい。
哀れだと思われてもいい。
なぜそれを拒否する。
それが誇りか。
誇りのつもりなのか。
確かにお前達のやっている事は
立派かもしれん…。
だが、すぐに現実に気づく。
お前達が感謝されるのは一瞬だ。
その後には、結局売名だとか、なんだという
誹謗中傷が待っているだけだ。」
(いえ……)
「……。」
伯爵は、行こうとするあなたに
声をかけた。
「だって仕方がないじゃないか。
生きている限りは生きなければならない。
たとえ他者を害しても。
生れ落ちた瞬間から、我々は汚れるために
生きているんだ。
戦争に慣れろ。
一刻も早く。
苦しみが、早くなくなるように。」


「…前の小隊長は、
すぐにブレイン・ハレルヤプログラムを
使っていた…。
お前はそうではないんだな。」
(だれが!!)
「……。
プログラム端子があるお前達が、
うらやましい。」
(お前が広めたのか……!!)
「…違う。
私にはああいうものを開発出来る
能力がない。
……私は、
プログラム端子があるお前達が
うらやましいのかも知れない。」


「昔、私は芝村という軍閥を調べたことがある。
人型戦車が作られるくらいだ、
犬型戦車を作ってないと、誰が言い切れる。
そう思ってな。
確かに、それはあった。
ただし出来損ないで、
私は助けてやろうとした…。
そして、その結果がこれだ。
部隊化されたまではよかったが、
結局動物兵器を守って多くの人間の
若者を危険に追いやる事になった…。
お前達は…私を恨んでもいい。」


「……。」
(よしよし)
「……お前は、
大人をバカにしているだろう!?
もぉう……。」
伯爵は、グスグス泣いています。
(泣かなくても)
「……バカ。
これだからガキは嫌いなんだ。
こういう時は見て見ぬふりをしろ…!!」
伯爵は、グスグス泣いています。


「…お前は、いや、お前達は強いんだな。
こんな状況なのに……。
私は……私は駄目だ。
お前を不満の捌け口にしていた……。
許せ……。」


肩の力が抜けて、何だか小さくなった伯爵は
童女のように小声で歌を歌っている。
「夕日が沈み家の明かり家路を通る
月が生まれ 太郎の空照らす
世の悲しみを見つめて嘆かず歌おう
太郎のいた思い出を
夜を照らす輝かせる」
(太郎って?)
「犬だ。
私の飼い犬。
お前達の鵺の、遺伝子提供体の一部でもある。
この歌を聞かせれば、良く寝ていたものだ。」
(何の歌ですか?)
「わからない。
昔……風間だったかも知れない…。
教わった事がある。
元々は、病気の治療を祈る歌と
聞いている。」


「…私の歌を聞いた事は、秘密だぞ。
犬以外は聞いたことないんだ。
私の歌は。」


「夕日が沈み家の明かり家路を通る
月が生まれ ○○の空照らす
世の悲しみを見つめて嘆かず歌おう
○○の居るこの空を
夜を照らす輝かせる」
あなたの表情を見て、
伯爵は少し満足そうに笑って
場を離れました。


「ひるんだお前の顔はいいな。
いい気分だ。
私の方が上であることを証明するのは
気分がいい。
ふふっ、ばーか。」
(一枚絵)

「今の心配は、…ただ一つ。
我々が救出され、脱出する時、
動物兵器達がどうなるかだ。
まあ、その前に全滅する事もあるが、
死んだ時の事までは、考えていない。
そこまで責任は、持てないから。」

エンディング
何かにつけてケチな陸軍にしては、
英断だったと思います。
-山岳騎兵の述懐

その日、撤退を支援するヘリの群れが来た日、
貴方は思ったよりも、ずっとヘリが多い事に、
びっくりしていた。
その隣に伯爵が立って、髪を風に揺らしている。
「何をぼさっとしている。
動物兵器を、暴れないようにしろ。
乗せていくぞ。
……あれも、我々の仲間だ」
その言葉が恥ずかしかったのか、
伯爵は顔を赤らめた。
「悪いか。
私だって、動物好きだ」



伯爵 通常 / 提案 / 派生 / HR

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最終更新:2007年05月18日 22:36