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夕暮れ時。 タマムシ中央区でバスを降りると、バス停で意外な人物――ハナコの親友――が待ち受けていた。 彼女は青年とハナコを見るや、ずんずんと青年に詰めより、 「こんな時間までどこでナニやってたの?!  もしあたしの可愛いハナコにちょっとでも変なことしてたなら――」 「してない、何もしてない!」 「全っ然信用ならないわねぇ〜〜〜〜!!」 「そもそも、どうして君がここに?」 「この前にあたしが酔い潰れ――少し飲み過ぎた翌朝に、  ハナコがまたあんたと一緒にタマムシに行ったって聞かされて、  あたしはもぉ〜いてもたってもいられなくなって、この背徳の都・タマムシにやって来たってわけ!」 「は、背徳の都……」 「あんたたちを見つけるまでに、いったい何人にナンパされたか。  この街の男どもは下半身でモノを考えてるの?  中でも酷かったのが、関所から二キロくらい、ずーっと隣にくっついて、ご飯に行こうだの飲みに行こうだの……しつこいったらありゃしないっ!」 そこでハナコの親友は、真面目な表情になって、青年を見据えた。 「マサラタウンで会ったときは言いそびれちゃったけどね。  ……タマムシにやってきたばかりの、右も左も分からなかったハナコを助けてくれて、ありがとう。  あたしだって曲がりなりにも教師だから、あんたがタマムシの男の中では例外的な、良いやつだってことは分かる。  それに何より、ハナコがこんなに気を許してるんだもん……。  でも、それとは関係なく、ハナコのお姉さん分として、あたしはハナコを連れて帰る」 ハナコの親友は、視線をハナコに移して、 「このままお父さんを探し続けることが、ハナコの人生のためになるとは思えないの。  だから……ねえ、ハナコ。いい加減、マサラタウンに帰ろう?」 「…………」 「確かにハナコのお父さんのことは、あたしも心配よ。  でも、あたしはハナコのお父さんのこと以上に、ハナコのことが心配なんだ。だから、」 「分かったわ」 「あたしと一緒にマサラタウンに――え?」 「ちょうど、お父さん探しが暗礁に乗り上げたところだったの」 同意を求められた青年は、ハナコの平気な顔を見返し、ハナコの親友に向かって肯く。 ハナコは言った。 「今日はもう遅いから、明日の朝にマサラタウンに帰るわ」 「そ、そう……」 反発を予想して前のめりになっていたハナコの親友は、ハナコの肩越しに誰かを見つけて、固まった。 その誰か――青年の親友が片手を上げて、 「よっす。こんなところで何してんだ――って、君はさっきの!」 「あ、ああ、あんたは――さっきのナンパ男!」 青年の親友が朗らかに笑い、ハナコの親友は険しい形相で青年の親友を睨みつける。 青年はため息を吐いた。 ……予感はしていたけど、やっぱりか。 二キロの並行移動ナンパを苦もなくやってのける男を、青年はよく知っていた。 「これも何かの縁、いや運命だ、是非親睦を深めに食事に行こう」 「お生憎様。あたしとハナコは明日にはマサラタウンに帰るのよ」 「タマムシで最高の店を知ってるんだ。そこのロブスターと葡萄酒は逸品でさ。  帰る前に是非、タマムシの美食を堪能してくれ」 青年の親友の、長年のナンパで培われた軽妙な語り口。 しかしハナコの親友もさる者、「四人で、あなたの奢りなら」と厳しい条件を付けた。 最初からそのつもりだったさ、と青年の親友は笑顔で肯く。 ハナコの親友は鼻白み、息を吐いて応諾した。 ---- 食事が終わり、青年の親友とハナコの親友が前列、青年とハナコが後列の形で夜道を歩く。 酒量をセーブし、鉄壁のガードを崩さないハナコの親友に対して、青年の親友は軽快なおしゃべりを続けていた。 食事中、ハナコの父親探しについての話題は一切出なかった。 ハナコの親友はもとより、青年の親友も「あたしとハナコは明日にはマサラタウンに帰るのよ」という言葉を聞いて、経過を察していたのだろう。 隣を見れば、街の明かりを瞳に宿したハナコの横顔が見える。 隻腕の老人の家を辞去してからも、ハナコは普段通りに振るまい、四人での食事中は、青年の親友とハナコの親友の潤滑油的な役割を演じていた。 青年はその切ない演技を、崩すことに決めた。 「君のお父さんのことは、残念だったね」 無意識に歩みが緩慢になり、ハナコは誰ともなしに呟く。 「結局、あたしが最初から思ってたとおりだった。  お父さんは、勝手に探険に行って、勝手に死んじゃったの。……自業自得よ」 声が一段と大きく、そして震えていることを、彼女は自覚していた。 「せっかく場所が分かったのに、誰もたどり着けない場所だなんて、困ったわ。  どうしてお母さんの最期を看取ってあげなかったのって、文句を言いに行けないもの」 青年は、ハナコの肩に手を置いて言った。 「ハナコは、お父さんが予測不可能な事故や事件に巻き込まれたと、信じたかったんだね」 振り向いたハナコの目尻から、一粒の涙がゆっくりと頬をつたい、 後はその最初の一粒の道筋をたどるように、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。 「泣かないで」 「あたし、泣いてなんかない。泣いてなんか……」 「君が好きだ、ハナコ」 まるで最初から段取りができていたかのように、青年は告白した。 ハナコが洟をすすったまま、息を止めて青年を見上げる。 「あ……あたし、今は心の中がぐちゃぐちゃで……なんで、今なの?」 「驚いたら、しゃっくりみたいに泣き止むかと思って」 事実、ハナコは泣き止んでいた。 青年の顔はまじめで、それが変に可笑しくて、ハナコの喉から笑いがこみ上げる。 体が揺れて、下瞼に溜まっていた涙がこぼれた。 ハナコは泣き笑いの顔を、青年の胸に押し付けた。 「君のお父さんは、君や君のお母さんを愛してた。  でも、それと同じくらいの強い気持ちが、探険に向いてたんだ」 「あなたにはそれが分かるの?」 「……うん。俺も探険者を目指してるから、なんとなくね」 ハナコの体が震え、嗚咽が漏れた。 「どうしてまた泣くの?」 「……あなたが、今、あたしが一番聞きたくないことを言ったから。  あなたのことは好きよ。  きっと、あなたが初めてわたしを助けてくれたときから好きだった。  でも、もう、嫌。好きな人が、遠くに行くのは嫌……」 青年は微笑んで言った。 「じゃあ、行かない」 「嘘よ。そんなにあっさり――」 「仮に、君が、お父さん探しを諦めないでさ……。  君から、ツガキリ大洞穴にお父さんの手がかりを探しに行けって頼まれたら、俺は喜んで行くつもりだった。  探険に必要な情報と仲間を集めて、どれだけ時間がかかってもね。  でも、君は俺に行かないで欲しい、と言ってくれた。だから行かない。この意味が分かる?」 「…………分かるわ」 同時にハナコは、ロケット団ボスにしてトキワシティジムリーダーの、最後の言葉の意味を理解する。 ――なくしたものに意固地になるか、今あるものを繋ぎ止めるか―― ああ、そういうことだったんだ。 この瞬間が訪れるだろうことを、彼女にはあの時点で、見透かされていたのだ。 タマムシの雑踏の真ん中で、ハナコは大切なものを繋ぎ止めるために、そっと、青年と唇を合わせた。

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