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UN Womenの謎ツイートを追って


こんなこと書いても世界の半分は喜ばないと思うのだが(予防線)、日本語で指摘している人が誰もいないのでおれが断じて書く。2018年、UN Womenの
公式アカウントがTwitterにこんな投稿をしていた。


画像には"19% of journalists killed in 2017 were women"とある。訳せば「2017年に殺害されたジャーナリストのうち19%が女性だった」。想像の通りリ
プライ欄では痛烈に皮肉られている。「残りの81%は何だ? チンパンジーか?」「消耗品だろ」「男女平等を要求する。女性の死者数を50%へ上げる必要
がある」などなど好き放題だ。2022年にも似たようなツイートをしており(現在は削除)そこではさらに踏み込んで「女性ジャーナリストを標的にするのを
止めろ」と書かれている。

UN Womenは国連の正式な組織の一つである。Twitterのアカウントを管理運営している人たちは間違いなくおれより学も知識も教養もある。ほぼ確実に、熟
考の末意図的に「すべてのジャーナリストを標的にするのを止めろ」とは書かなかった。このインフォグラフィックを投稿することでいったい何が言いたかっ
たのか。組織概要にあるとおり、「ジェンダー平等の達成をめざ」すためこの比率を50%にしたいのか? それとも「女性は暴力と差別を受けてい」るから
この数値を0%にしたいのか?

たとえ話のためにもっと露骨な画像を用意した。訳は必要ないだろう。


「ホームレスと言えば一般に男性が多いと思われているが、しかし実は女性もいるんだ」と周知したいがためにこういう書き方をしたのかも知れない。しか
し今ここに、青臭いが誠実な高校生がやって来て「4人中4人が女性になっても4人中0人が女性になっても問題解決とは決して言えないだろ!『4人のホーム
レスのうち4人が人間であり、4人のホームレス全員をホームレスでなくす』意外に目指すべき道があるのか! なぜそう言わない!」と突っかかってきた
ら、この画像の作成者はどう返事をするのだろうか。UN Womenのツイートへ向けられた疑問もおおむね同じベクトルと言える。

世の中には性差の大きい「よくないこと」というものは確かにある。例えば通風だ。通風患者の98.5%が男性で1.5%が女性だ。だから「痛風は男性の病気で
しょ」と言い切ってしまっても事実上間違っていない。とはいえ女性が痛風とならないわけではない。男女で痛風の痛みが違うわけでもなければ、女性なら
痛風で苦しんでよいはずもない。だからこのような「特定の条件に当てはまる女性は痛風に気をつけましょう」という記事には誰もケチを付けない。啓発が
目的なのだから「男性は通風になっても良いのか!」なんて言いがかりは食らわないだろう。事実「男性も乳がんになることがあるから気をつけて」なんて
ニュースが炎上した話は聞かない。UN Womenのツイートや、ホームレスのインフォグラフィックとの違いはいったい何なのか。

おそらくは対象の違いなのだろう。痛風や乳がんの撲滅に取り組む医師や看護師は全ての人がそうでなくなって欲しい。ホームレスの支援団体は――男性支
援/女性支援に特化した団体というのはあろうが――やはり全ての人がそうでなくなって欲しい。UN Womenは違った。女性ジャーナリストが標的にならなく
なればそれで勝利だと読み取りうる一文を綴った。UN Womenが「世界全域で女性と女児のニーズに応じた変化をさらに加速させるために設立され」たからと
言って、「男だろうと女だろうと殺されて良いジャーナリストなんていない」とさえ言わないのは意地悪で、ケチで、卑怯だ。そのように感じた「女性じゃ
ないジャーナリスト」や「女性じゃない人間」から反発を受けて炎上した。それだけの話だ。そんなの勝手な思い込みだと言うなら、「報道の自由と権力の
監視のために日々命の危険を冒しているジャーナリスト達を支持します」とまで毅然とした物言いをしながらも、主張が「STOP TARGETING WOMEN JOURNALIS
TS」に留まった理由、その向こうにある本音と理屈をつまびらかにするべきだった。

UN Womenの主張はさらに、もう一つ重要な問題を提起する。そもそもジャーナリストを殺害する武装勢力やテロリスト、マフィアは性別を基準に標的を決め
ているのだろうか? 答えはおそらくノーだ。2022年に殺害されたジャーナリストは67人。そのうち6割以上の41人が、報道に対する報復として殺害されて
いる。つまり女性ジャーナリストだから殺されたのではない。ジャーナリストだから殺されたのだ。自動車ごと爆殺されたジャーナリスト、ダフネ・カルー
アナ・ガリジアもパナマ文書に絡むマルタ要人の汚職を追及していたから殺されたのであって、女性だから狙われたのではない。

このように考えるとますます、UN Womenのツイートがジャーナリストを性別で区分けする理由がなくなってくる。なおも性別にこだわるのならそろそろ保守
派のオヤジが現れて「そうだね、危ないから女性はジャーナリストになんてならずに家にこもって家事でもしていてね。そうすれば殺される数は0になる
よ」との家父長的アドバイスをしやがってくれるだろう。女性の社会進出が始まった時からこのようなやっかみはあったはずだ。そんな当てこすりを受けな
がらも、19世紀の女性労働者は男性労働者や児童労働者、活動家とともに立ち上がって戦い、工場法や安全基準をつかみ取った。しからば21世紀に生きる
UN Womenは女性ジャーナリスト保護のためどこで、誰と、どう戦うのか。

「世界中の女性や女児のエンパワーメントと権利のために活動するUN Women」の会心の一手を、おれは刮目して待っている。




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最終更新:2023年04月28日 06:59
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