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肉、ペット、スマホ。環境に一番悪いのは?


世界では食肉を生産するために大量の温室効果ガスが排出されている、というのは今更大げさに取り上げる話でもないだろう。だから
肉食を止めよう、と考える人が出るのも当然である。そのような人に対して、お前らが使ってるiPhoneの方がよっぽど温室効果ガスを
出しているんだという当てこすり含みの反論がある。また最近、ペットの犬や猫が生活を通じて出している温室効果ガスを憂慮する
方があることを知った。

本稿では、ペット、食肉、iPhoneがそれぞれどれくらいの量の温室効果ガスを出しているのか、仮にペットを飼うことやiPhoneを毎年
買い換える超意識高い系行為を止めるとどうなるかを調査し記述する。なお、本稿での「温室効果ガス(GHG)」は全て二酸化炭素に換
算された数値を用いている。また、使用したデータは素人がネット検索を通じて見つけたものばかりなので、信憑性については出典を
よく確認してほしい。

まずはペットによる温室効果ガスについて。このサイトでは、ランカスター大学の教授Mike Berners-Leeの著作"How Bad Are Bananas
?"を引用し、平均的なサイズの犬は年間770キロ、より大きな犬だと最大年間2500キロの温室効果ガスを排出する、としている。猫の
場合、平均して年間310キロの温室効果ガスを排出する。犬猫ともにかなり大きな量だが、これはペットフードが主に食肉からできて
いるためであり、肉の生産過程で排出される温室効果ガスを計上しているためだ。またこちらのサイトでは日本の犬猫から排出される
温室効果ガスについての推計があり、「日本のドッグフードとキャットフードの消費による温室効果ガス排出量は252万トンから1070
万トンで、これは日本人117万人から495万人の食品消費による温室効果ガス排出量に相当する」とある。付表によると、日本で飼育さ
れている犬の場合1年間で127キロから831キロ、猫の場合1年間で121キロから211キロの温室効果ガスを排出する。これは餌だけなので、
ペット用品も含むと排出量はもう少し増えるだろう。

次に食肉の生産による温室効果ガスを見てみよう。日本エネルギー学会のこの資料の図1だと、日本国内で生産される食肉の場合、排
出量は牛肉7.5キロ、豚肉3キロ、鶏肉1.5キロほどである。この数値には飼料生産、糞尿処理、さらには牛の場合には腸内発酵(要す
るにゲップ)が計上されており、食肉が消費者の手元に来るまでの数値は入っていない。それらについては東京新聞のこの記事内で推
定されている。こちらの資料では食肉1キロあたりの温室効果ガス排出量が牛肉23.1キロ、豚肉7.8キロ、鶏肉は豚肉の半分程度とされ
ている。さらに小売店までの輸送として3.3キロが上乗せされるという。この二つの資料を見ても、ばらつきが大きく推計がかなり難
しいことが分かる。

豚肉に限定したまた別の資料によると、飼料の生産と輸送、畜舎の照明や暖房などの家畜管理、糞尿処理を合計して豚肉1キロあたり5.
57キロの排出量としている。この数値は日本国内で生産される豚肉のものであり、飼料を国内で生産できるフランスの場合は輸送に関
する排出量が抑えられ4.66キロであった。他にも色々参考になりそうなサイトを見て回り、表にしたものが以下である。

肉1kgの生産によって排出される温室効果ガス(CO2換算量、キロ)
出展 牛肉 豚肉 鶏肉 計上されている要因と備考
第24回日本エネルギー学会大会 7.5 3 1.5 飼料生産、糞尿処理、牛の場合は腸内発酵
グラフ読み取りの数値
東京新聞/菱沼竜男准教授 23.1 7.8 3.9 飼料生産、飼養管理、糞尿処理、食肉加工
鶏肉は豚肉の半分として計算
日本LCA学会誌 - 5.57 - 飼料生産と輸送、家畜管理、糞尿処理
農研機構 23.1 4.5 - 牛は肥育と繁殖を合わせた生産全体
豚は慣行生産の排出量。数値は枝肉のもの

なお、英語で検索すると牛肉100グラムにつき15.5キロのCO2であるとするもの、1キロにつき99.48キロであるとするもの、極めつけは
1キロにつき188キロであるという上記のデータとかけ離れた数値が出てくるが、どうもそれらの数値は世界全体の平均値のようである。
先進国の畜産業の方が効率よく食肉を作れるというのは想像が付くところだ。アメリカにおける牛の種類と地域ごとの温室効果ガス排
出量を掲載した資料はこちら。伝統的品種の場合、平均すると肉1キロあたり20.2キロから28.9キロの排出量と述べている。おおむね
日本語ソースと同程度であり、先進国内の議論においてはこのあたりが現実的な値だと思うのだが…。

日本人の一人あたり食肉消費量は令和元年のデータでは牛肉6.5キロ、豚肉12.8キロ、鶏肉13.9キロである。これを元に、日本人が肉
を食うことで排出する温室効果ガスを計算したのが以下の表だ。各家畜の排出量データのうち最も悲観的な東京新聞のものを使った。

日本人の一人あたり食肉から発生する推定GHG(温室効果ガス)
種類 肉1kgあたりのGHG(kg) 消費量(kg) GHG×消費量(kg)
鶏肉 3.9 13.9 54.21
豚肉 7.8 12.8 99.84
牛肉 23.1 6.5 150.15
合計:54.21+99.84+150.12=304.17(kg)

iPhoneのデータについてはAppleが公開している。iPhone 14 Proのライフサイクル全体で65キロの二酸化炭素が排出される。製造で
81%、運搬過程で3%なので、消費者の手元に来るまでには65*0.84の54.6キロが排出される。

ついでに見つけた自動車や飛行機による温室効果ガスの排出量も。自家用乗用車からのCO2排出量は2021年度のデータで132g-CO2/人km
となっている。飛行機より効率が悪いのは以外だが、自動車がややもすれば一人で使用したり頻繁なストップアンドゴーを強いられる
のに対し、旅客機は客をすし詰めにした上で燃費が最も良くなる速度と高度を選んで飛べるのが大きいのだろう。逆に言えば、金持ち
が乗り回すプライベートジェットは満員の旅客機よりも一人あたりCO2排出量が相当悪化することが容易に想像される。

以上のデータからiPhoneやペット、自動車、食肉が互いにどのくらいの量に換算されるかを計算しよう。犬や猫が何匹か、どれくらい
の大きさかで非常に変わるため、多少なりとも意義がありそうな言い方にしてまとめて箇条書きにする。
  • 中型犬一匹が1年に食べる餌からのGHG排出量と、人間一人が1年に食べる食肉由来のGHG排出量がほぼ同等である。
  • 125キロのGHGしか出さないかなり食の細い猫2匹とiPhoneを差し出してやっと1年分の食肉と釣り合う。
  • 一家4人のiPhoneを毎年買い換えても猫一匹の年間GHG排出量程度にしかならない。
  • 逆に言えば、大型犬を中型犬に、中型犬を小型犬にするだけで家族全員のiPhoneを毎年買い換えるくらいのGHGが削減できてしまう
  • 自家用車や旅客機で413キロ移動する旅をするとiPhone一台買うくらいの排出量がある。スマホの買い換えやめて浮いた金で旅行に行く?
  • 250kg/年の排出量がある小型犬一匹は自動車の一人旅1890kmくらいの排出量がある。たいていの人の年間走行距離はその数倍だろう。
  • 650kg/年の大型犬一匹だと4924kmくらいの排出量。二人以上で賢く乗っていれば車の排出量がペットを下回る可能性も十分ある。
  • 自動車に一人で乗る行為を2300km分削れば、1年間の食肉と同じだけのGHGを賄える。
  • 自動車乗って肉を食いに行ったら絶対無駄にしちゃいけない。よく味わえ。ついでにiPhoneで写真撮っとけ。

正直に告白すると、最初は「肉食うの止めるよりiPhone買い換えるの止める方が環境のためになる」みたいなイチャモンにもひょっと
すると一理あるかもね、なんてゲスな考えを持っていたのだが、調べだしてiPhoneよりも肉よりも遙かにペットの排出量が高いことに
かなり驚いている。肉食の猫よりも多少は雑食性の犬の方が排出量が大きいのはやはり体格のせいか。またiPhoneを1台買うと、1年間
の鶏肉消費量に相当する温室効果ガスが排出されるというのも凄い。これがパソコン一式、白物家電一式だったらどうなるのだろうか…。

また、ネット上には「子供を作らなければ、子供やその子孫が将来にわたって排出する温室効果ガスが削減される(そのぶん私が少し
だけ贅沢してもいいじゃない)」という非常に議論を呼びそうなアイデアが投稿されていたことを指摘したい。かなりおぼろげだが、
たしか反出生主義に関するフォーラムに投稿されたコメントだったように記憶している。反出生主義自体が「非常に議論を呼びそうな
アイデア」だろうがと言われればそりゃまあそうなのだけども。

日常生活で排出される温室効果ガスをどこで削減し、どこで許すかを意識するのは現代人にとって不可欠な務めだろう。エアコン停め
たおかげで二酸化炭素は削減出来ました。しかし熱中症で死にました、では本末転倒なのは言うまでも無い。「肉を食わない代わりに
ペットの犬を飼う」「手持ちのiPhoneを6年使い続けて肉食う」のどちらもそれはそれで誠実な態度だと思う。

(文中のデータや計算に間違いを見つけたらお気軽にお知らせください。)



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最終更新:2023年08月21日 07:12