4・966

―――神樹様、あなたに弓引いた私をきっとまだ赦していないのでしょうね
だからこのような試練を私に与えるのでしょう?過ちだったと自覚するだけでは足りないと
「う~ん、やっぱりこう、高さが違うのかなあ」
背中に友奈ちゃんの息がかかる、それだけで大仰な覚悟が吹き飛びそうになった
私は今、友奈ちゃんの膝の上に座らされている…近い、あったかい、くすぐったい、そして何よりも恥ずかしい
「東郷さんが車椅子に乗ってた時って、どんな感じだったっけ?」
唐突に友奈ちゃんがそんなことを言い出したのが全ての始まりだった
検査の為の病院通いも晴れて終了、色々忙しくて意識していなかったが友奈ちゃんが“定位置”から離れて数カ月が過ぎていた
あの頃の何とも言えない距離感、関係の密さは私にとっても甘い懐かしさを含んだものだ
だから最初は私が椅子に座って友奈ちゃんがその後ろに立つ、とか色々試していたのだけれど…

「あ、でもこれはこれでいいね。東郷さんって色々柔らかいし!」
「友奈ちゃん、それ凄く恥ずかしいから」
感覚は取り戻せなかったようだけど、友奈ちゃんはこの体勢が気に行ってしまったらしい
背中にかかる息使い、腰に回された細くしなやかな腕、お尻に感じる太もものぬくもり
その全てが私を刺激し、どんなバーテックスよりも強大な敵が心の中で荒れ狂っている
「ねえ、東郷さん」
「な、なに、友奈ちゃん」
ともすれば荒くなりそうな息のせいで声が妙な感じに上ずった…変に思われたらどうしよう
「今、ドキドキしてる?」
見透かされた様な問いかけに、心臓がドキドキどころではないリズムを刻む
「と、突然どうしたの?」
「私は、すごくドキドキしてるよ…ううん、車椅子を押してた頃から、ずっとドキドキしてたよ」
―――それって、つまり
「本当はね、東郷さんにくっつければ何でも良かったんだ…引いちゃう、かな?」
「そんなこと、ないっ!私も、私もとってもドキドキしてる!恥ずかしいけど、すごく嬉しいもの!」
友奈ちゃんがすごく大きな安堵の息を吐き出す、さっきのようにくすぐったくは感じ無い、何故だろう
「東郷さんが歩けるようになったこと、すごく嬉しかった。ずっと並んで歩くのが夢だったから
 リハビリに一生懸命励んだのも、東郷さんが傍に居てくれたからだよ
 けどね、一緒に歩けるようになって…急に寂しくなっちゃったんだ」
友奈ちゃんの顔は私の背中に埋められて見えない、けれどその髪が少し震えている様に見えた
「もう、私だけの定位置は無いんだって。誰でも東郷さんの隣を歩こうと思えば歩けるんだって
 おかしいよね、そんなの当たり前のことなのに。東郷さんは私だけの東郷さんじゃないんだから
 ごめんね、私何言ってるんだろうね…こんなの友達の気持ちじゃ、ないよね…」
…“友達”の範疇を逸脱した想いを抱いているのは私だって同じだ
でも友奈ちゃんは自分より他人を慮ってしまう人、私にとって迷惑じゃないかと思ってしまったのだろう

「ねえ友奈ちゃん、ずっと一緒に居てくれるって約束したよね?」
「うん…」
「でも、ずっと“友達のままでいる”っていう約束は、していないわよね?」
「うん…うん?」
伊達に車椅子生活が長かった訳じゃない、腕の力だけなら友奈ちゃんにも負けないくらいある
私は友奈ちゃんの座っている椅子の背を後ろ手に掴むと、そのまま体をぐるりと回転させる
一瞬で私たちは抱き合っている様な体勢になる、足だけはお嬢様座りになっているので地味に腰が痛い
「と、東郷さん!?」
「特別な時間が終わってしまったなら、また何度でも始めればいいと思うの」
私はそっと目を閉じて頭を少しだけ下げる。待つ、姿勢になる
「…いいの?」
「友奈ちゃんじゃなきゃ、嫌だよ」
さっきまで背中に感じていた熱い吐息が唇を掠める、柔らかい感触がゆっくりと唇に重ねられた

車椅子はもういらない
私たちは先に歩んで行こう、2人で並んで、時々こんな風に寄り添いながら

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最終更新:2015年02月08日 23:03