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夕闇の迫る通学路で、私と彼女は向かい合っている
一番の親友、大切な人―――私が愛する少女
そして誰よりも理解していると思って“いた”相手

「友奈ちゃんは何者なの?」

私の問い掛けが肌寒い空気に溶けていく―――


『結城友奈は―――であり東郷美森は―――である』


文化祭での劇が終わってからの勇者部は設立以来もっとも忙しい日々を迎えていた
樹ちゃんが芸能事務所入りして風先輩もその付き添いが増え、実働員は減っているのに依頼が爆発的に増えたからだ
話題になるのは良いことなのだろうが、漸く一息つけたのはもう松が取れた頃のこと
まともにPCが使えるのは私一人なので事務処理や学校への報告書は自然と私が作成することになる
最後の頑張りだと言い聞かせてPCに向かっていると、ふと気になるものが目に入った

12月の他部活への助っ人、友奈ちゃんの予定がダブル、いやトリプルブッキングしていた
調度私も一番忙しい時期だったので見逃してしまっていたらしい、「いつも見てる」が聞いて呆れる
―――そうだ、最近の忙しさは友奈ちゃんとの交友の減少も当然いみしていて
私とずっと一緒に居てくれると言った彼女が私無しでも生きていける証明でもあって
…今更ではあるが友奈ちゃんは勿論部活の人たちにも迷惑をかけてしまったことだろう
私も一言謝っておくべきだ、そう思ったのは果たして部の為か自分の為だったか

「どういうことなの?」
狐狸に化かされたような気分だった
どの部活も練習試合の予定が重なっていて、予定は1日埋まっていた
抜け出す時間もなければ入れ替わる時間もない…なのに友奈ちゃんは“居た”と言う
バスケ部でも、フットサル部でも、ソフト部でも、八面六臂の大活躍
同じ時間に、違う場所でだ
友奈ちゃんが三つ子だった、なんて話は聞いたことが無いしあり得ない
偶然記憶違いと予定の入力ミスが重なったのだろうか、そんなことがあるのか

「ねえ東郷さん、友奈、体大丈夫なの?」
何ともいえない顔で廊下を歩いている私に、そんな疑問が投げかけられた
確か友奈ちゃんの小学校の頃からの友達で…大丈夫とはどういうことだろうか
もしや、また劇の時のように倒れてしまったとか?
「いや、そうじゃないの。むしろ逆って言うか…昨日の放課後ね」

…花瓶の水を変えようと思っていた生徒が、虫に驚いて窓の外へそれを落としてしまった
高さは3階、下に居たのは友奈ちゃん…花瓶が割れる音と惨劇の予感
けれど、友奈ちゃんは平気だった。割れた花瓶の破片を手に逆に謝ってきたらしい
多分、直撃したのに。目を伏せる直前に頭に当たったように見えたのに。傷1つなく
「だから、無理してるんじゃないかって心配で…」
台詞は半分耳に入らず、頭の中で得体の知れない不安がむくむくと膨れ上がり始めた

今日は助っ人先から直接解散なので、私は1人で通学路を歩いている
…普通に考えればただの勘違いなのだろう
練習試合は本当は日が違っていて、花瓶の件は見間違いで
それだけの話のはずなのに、私の中の不安は一向に鎮まろうとしない
劇の時の、友奈ちゃんの立ちくらみ。今更なんでこんなことを思い出すのか
リハビリも終え、検査も終わり、部活の手伝いも何度かして、何故あの時だけ
―――やめよう、何の関係もない物事を偏執狂のように繋げようとしている、きっと疲れているのだ

「大丈夫だよ、すぐに取ってあげるからね」
友奈ちゃんの声がして、思わず私は近くの木の陰に身を潜めた
何をしているのだろう。むしろ彼女を探して駆け寄るのが普段の私ではないか
見れば、友奈ちゃんが木に引っかかった女の子の風船を取ってあげようとしているところだった
私の中の不安が急速に薄れて消えていく、誰も居ない通学路でホッと息を吐き出した
何だ、友奈ちゃんはやっぱり友奈ちゃんじゃない。優しくてお人よしの頑張り屋さん

「じゃ、目を閉じててね?」
友奈ちゃんはそう言って女の子の目を閉じさせると

膨れ上がった

その細くてしなやかな体に黒い霧のようなものがごわごわと纏わりついて
むくむくと膨れた巨人の影が、ついと指先で風船をつまむ
そして、影の中から現れた友奈ちゃんが笑顔で目を開けさせた女の子に風船を手渡した

「ゆう、な、ちゃん」
女の子が立ち去った後、なんだか酷く悲しげな顔をしている友奈ちゃんに私は声をかけていた
その顔が驚きに満ちて、やがてさっきまでよりももっともっと悲しげに歪む
「友奈ちゃんは、何者なの?」
私の問い掛けが肌寒い空気に溶けていく
…いや、本当は私には検討が付いている
体が増える、すごく頑丈、大きくなる。友奈ちゃんだけ目覚めるのがすごく遅くて。劇の時の立ちくらみ

「―――友奈ちゃんは、バーテックスなの?」

「そうだよ」
もちろん絶望的な答が返って来た

最後のバーテックスとの戦いの時、友奈ちゃんはみんなの力を借りてミタマへと突貫した
最終的に勇者システムは解除されていたらしい、それでも構うことなくミタマに拳を叩き込んだ
その瞬間、確かにミタマを粉砕した感触と共に凄まじい量の情報が体に流れ込んできたらしい
人間の感性では理解できない宇宙の真実と神々の現実
そして彼女の体はゆっくり時間をかけて―――人以外の何かへと変貌していった

「バーテックスが襲来しなくなった本当の理由はね…もう、目的を達したからなんだよ」
神樹様の結界の中に同胞が、もっとも新しく最強の同胞が入り込んだから
いつでもこの宇宙で唯一残った生命の残照を抹消することができるから
神樹様にとって勇者がバーテックス化するのは予想外の事態だっただろう
しかしバーテックス側も予想していなかったのが、友奈ちゃんが友奈ちゃんの意識を保ち続けたことだ
根性、なのだろうか。それとも単に“頂点”を名乗る存在の意図は人の脳では理解できないからか

「本当はね、あのまま目覚めないつもりだったんだ」
勇者たちは供物を取り戻した、バーテックスたちは襲来することをやめた
もう世界で危険な存在は自分だけだ…いずれ神樹様や大赦が気付いて動くまで呆けていればいればいい
「でもね…でもね…東郷さんを、放っておけなかった!泣いてる東郷さんを!見てられなかった!」
友奈ちゃんは泣いていた。涙の色はバーテックスでも変わらない。友奈ちゃんは友奈ちゃんだ

神樹様は一度だけ、友奈ちゃんに接触してきたらしい
劇のラストのあのシーン、友奈ちゃんが立ちくらみを起こした時
何故か友奈ちゃんは見逃された、らしい。いや、何故かは私からすれば明らかなのだけれど
そして友奈ちゃんは、勇者部の日常に戻った。得体の知れない力を秘めたままで

「でも、東郷さんに知られちゃったね。怖いでしょ?気持ち悪いよね?
 だって、私は東郷さんの大切な友達と、風先輩たちの両親の仇と同じ存在なんだよ?
 人間のフリしてるだけ、世界を蝕む化物なんだ!最後に会えてよかった…私は、消えるから」
―――友奈ちゃんは友奈ちゃんだ、バーテックスの力を振るったのはどれも他人の為だった
何も変わっていない…人の為に異能を振るい、他者の気持ちを思って涙を流す…友奈ちゃんは、勇者だ

だから私は―――
「駄目よ、友奈ちゃん。そんなことは赦さない―――消えて赦されると思っているの?」
心にも無い言葉を、吐き出していた

「確かに友奈ちゃんは危険な怪物ね、その意識だっていつまで保たれるか解らない訳だし」
友奈ちゃんの顔が刃物で切りつけられたような痛みに歪む
「私の友達や風先輩の両親のこと、私たち自身のことも絶対に赦せないわ」
悲しみと絶望を浮かべながらも、それをしっかりと受け入れる
「だからこそ、友奈ちゃんはずっと私と一緒に居なければ駄目よ」
ああ、友奈ちゃん…貴女が強くて、優しい、お人よしでよかった

「貴女を裁けるのは、私だけなんだからね?」

友奈ちゃんが弱弱しく頷く。私はそっと近づいて、その頭を優しく撫でて上げた
―――これでもう、彼女が離れていくことはない。彼女は私無しでは生きられない

勇者は、私の手に堕ちた


『結城友奈は勇者であり、東郷美森は魔王である』―――了

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最終更新:2015年02月08日 23:40