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 前日、勇者部の部室にて。このやり取りを私が知るのは後になってからだ。

「―――俄かには信じがたい所もあるけれど、確かに説得力もあるわね」
「でしょう?一度くらいは試してみる価値があるんじゃないかなと思って」
「けれど本当に嫌われてしまったら?重たい女の子が嫌いな人も多いでしょうし」
「その時はほら、演劇に備えた演技力強化の練習だったとか。嘘を吐くのは心苦しいけど」
「そうね、このままだとずっと膠着状態、それはそれで幸せだけど、一歩前に進みたいわ」
「やってみましょう!」
「ええ、やりましょう」


『美森と樹のヤンデレ大作戦』


 勇者部の部室には、東郷と樹が居た。友奈と風は少し遅れて来るらしい。
 それはまあいいとして。

「あんたら、一体何してるの?」
「えっと、角度の調節かな?うん、こっちからだと雰囲気出ているわね」
「東郷先輩は髪長くていいなあ。う~ん、お化粧はいいや。不自然になっちゃうし」

 鏡を覗きこんで何やらせっせと準備をしている2人。身嗜みを整えているというのとは何かが違う。
 髪の毛が一筋顔にかかるようにしたり、目の下の隈が目立つ角度を鏡と睨めっこして探ったり。
 一言でいえば、何やら端から不気味に見えるように必死に演出しているらしい。

「ホラー同好会かお化け屋敷部からの助人要請でもあったの?」
「そういう訳じゃないんですけど、ちょっと」
「夏凛ちゃん、これからすることをできたらそっと見守って欲しいの。
 勇者部の活動には影響が出ないように、努力するから」
「言われなくても進んで関わりたくないわよ」

 まあどうせ東郷は友奈と、樹は風とイチャつこうという新しい算段なのだろう。
 私は2人から微妙に距離を取って座ると、にぼしを齧って高みの見物と洒落込む。
 しばらくすると慌てた様子で友奈が部室にやって来た、全く弛んでるわね。

「ごめん、遅れちゃって!結城友奈、ただいま参着し」
「―――遅いわ、友奈ちゃん」

 ドロリと部室の中の空気が濁ったような気がした。誰が発した言葉なのか一瞬解らない。
 見れば東郷が髪を一房右目にかけるようにして、友奈の方をじぃと見つめていた。
 ここが昼間の部室で無かったら、知己の私でも幽霊の類だと思ったかも知れない。

「東郷さん?」
「私とずっと一緒に居てくれるって言ったのに、どうして私を1人にするの?」
「(いや、私も樹も居たでしょうに)」
「友奈ちゃんが傍に居てくれないと、ちゃんと見ていてくれないと、私は何をしてしまうか解らな」

 2、3度明らかに部屋の気温が下がっているのを全く気にすることなく友奈は東郷の方に前進する。
 そして、その体を素早くお姫様だっこするとサッと椅子に座ってしまった。

「な、なな、な///」
「ごめんね東郷さん、寂しかったんだね?これなら一番近いし、東郷さんを見逃さないよ!
 今日は風先輩に言って、このまま部活を受けさせて貰おうね!」

 何と言う鮮やかな公開処刑!
さっきまでは独特の気配を放っていた東郷も、今や友奈の腕の中で羞恥と喜びに震える乙女に過ぎない。

「おいーす!集まっているかね、勇者部諸君!部長参上、っていきなり激しいわね結城婦妻」

 東郷があっさりと友奈の手に落ちた(そのままの意味で)直後、風が部室に入って来る。
 部長が一番遅いとはやはり弛んでいる、そう思っていると今度は樹が行動を起こした。

「お姉ちゃん、誰と話してたの?」
「え?ああ、クラスの男子が課題なかなか出さなくてさ。この犬吠埼風がビシッと」
「男の子と話して、私を放ったらかしにしたんだ」

 東郷ほど尖った演技力はないけど、樹もなかなか陰に籠った口調というのが似合っている。
 なるほど、嫉妬深いというか病んだというか、そういう面を演出しようという試みなのだと私は今さら気付く。

「お姉ちゃんは、どうせ私のことなんてただのいもう」
「いつきぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」
「とぉぉっ!?///」

 ほとんどタックルに近い勢いで風は樹を抱きしめる。ほんの短いやり取りなのに風は半泣きになっていた。

「ごめんねいつきぃぃぃぃっ!寂しかった!?悲しかったよね!お姉ちゃんの一番は樹だからね!
 おのれ男子、あたしの樹を悲しませたな!とって返して手の指を親指だけ残してストライクして」
「意味は解らないけど多分やり過ぎだから!?い、いいの、解ってくれたらいいの」
「そう?樹がそう言うならいいや」

 さっきまでは大赦にまた殴りこみに行きそうな顔をしていたの、樹を膝に乗せて笑顔になる風。
 これ、明らかに風の方が病んで見えるんだけど私の気のせいじゃないわよね?

「さあて、それじゃあ今日の勇者部活動を始めるわよ!」
「はーい!」
『は、はーい///』
「(何だこれ)」

 部員の内4名が抱き合って始まる打ち合わせ。
常識人は辛いと思いつつ、私は冷静に撮影した画像を園子へ送信した。


「とりあえず失敗したように私には見えたんだけど」
「友奈ちゃんのイケメン力を完全に見くびっていたわ」
「私もお姉ちゃんの姉魂(=シスコン)をまだまだ解っていませんでした」
「2人とも満面の笑顔だけどね」

 友奈と風はそれぞれ部活の助勢に行った。
東郷は書類の整理で樹は内職、私は急なキャンセルで暇になって部室の中には再び3人だけだ。

「で、一体何事なのよ?」
「えっと、これ」

 そう言って樹が取り出したのは女の子向けのファッション雑誌、私はあんまり興味ない系統だ。
 YURI-MOと書かれたその雑誌にはデカデカと特集記事が踊っている。

【この冬はヤンデレ女子が来る!大好きなあの娘は束縛されたがっているかも?】
【神世紀だからこそ重い愛情!2人だけの世界を作っちゃおう♪】

「あのね、こういうのに流されるとかあんたらは女子中学生か」

 いや、女子中学生でいいんだった。とはいえちょっと露骨過ぎると思う。
 流されやすそうな樹はまだしも、普段冷静な東郷までこう言うのを気にするとは。

「前の劇以来、勇者部への依頼が増えているのは夏凛ちゃんも知っているわよね」
「時々鍛錬に支障が出るくらい忙しいのは解るわ」
「ほとんどは私たちの活動の趣旨を理解してくれているものなんだけど、これを」

 東郷が書類整理の傍らに起動させたPCを覗く。そこには、何と言うか。

「出会い系か何かと勘違いしてるんじゃないのこいつら!うわ、私にも来てる。
 “夏凛たんとお散歩するには幾ら必要ですか”、よし警察に連絡ね」
「落ちついて夏凛ちゃん。これを見て、私たちは改めて気付いてしまったの」
「友奈先輩とお姉ちゃんは、すごくモテるんだって」

 私の印象では東郷や樹の方がモテそうだけど、劇の主役を張ったせいか2人への問い合わせが圧倒的に多い。
 友奈とか同年代の女の子からも来ている、風への“お姉様と呼ばせて下さい”っていうのはもう、何なんだ。

「ふん、それで今のままだと不安だから雑誌に頼ってみたってワケ?」
「自分でも短絡的だとは思うわ。けれど考えれば考えるほど不安になるの。
 “私が特別なのは単に、友奈ちゃんと会ったのが早かったからだけじゃないか”って」
「私も妹だから近くにいられるだけで、いざお姉ちゃんに彼女ができたらって思うと、溜まらなくなって」

 サラッと彼女って言ったわねこの娘。
 でも、気持ちは解ると言えば解る。私だって勇者部に馴染むまで結構時間がかかった。
 友奈がああいう性格で無かったら、4人の“既に完成した空気”に委縮していたかも知れない。
 それが崩れてしまうとしたら。それは恐いことだし、私だって嫌な気持ちになる。

「でもさ、だからって縛りつけようっていうのは良く無いわ。いや、別の意味では上手く行ってたようにも見えたけど」
「ええ、今回のことで解った。友奈ちゃんの想いはこういう回りくどい手段なんかに負けないわ」
「私も、想った以上にお姉ちゃんに心配されているんだなって、申し訳なくなりました」

 抱きしめられて、想いも確かめられて、前も向けたようだ。やった意味はあったかも知れないわね。

「でも友奈はまだしも風はあれ、いろいろ極まってたからね。ちゃんと謝っておきなさいよ」
「は、はーい。怒られるかなあ」
「仕方ないわよ、樹ちゃん。私も一応、友奈ちゃんにきちんと説明するわ」

 端から見れば明らかにあの2人もそれぞれの相手しか見えてないから、困惑するだろうなあ。
 そう思いながら、私はまとめたやり取りを園子に向かってメールで送った。

 ―――放課後、帰宅の途にて。私がこのやり取りを知ることは無い。


 ―――お姉ちゃんに手を繋がれて、私は家への道を歩いていく。
 帰ろうということになって直ぐに手を握られたので、抵抗する間もなかった。
 多分抵抗しなかっただろうな、とは思うけれど。

「あのね、お姉ちゃん」
「うん、なあに樹。大丈夫よ、樹が嫌がるならストライクなんかしないわ」
「それは本当にやめてあげてね!?
その、部活の始めの方ちょっとおかしかったでしょ?あれはね」
「樹」

 きゅっと手が強く握られた。まるで“それ以上は言わなくていいよ”と伝えるように。

「あたしの一番は、ずっと樹よ。ずっとずっと。樹が嫌じゃなければ、これからも、いつまでも」
「嫌なんて、そんな!でもいいの?お姉ちゃんはもっと素敵な人と」
「あたしが誰と一緒に過ごして、誰を素敵と思うかは自分で選ぶわ」

 さっきはあんなにわんわん泣いていたのに、振りかえって笑うお姉ちゃんはすごく格好いい。
 ああ、もう、好きだなあ。

「ま、もう選んだんだけどね」

 再びお姉ちゃんが歩き出す。家に帰るまで私は、ずっと赤くなったまま俯いていた。
 お姉ちゃんの手が導いてくれる、だからちっとも困らなかった。


「―――この辺でいいかな」

 友奈ちゃんとの帰り道。
どう切り出そうかと考え込んでいた私は、今さらそこが普段の登下校路と違うことに気付く。
人気はまったくない。友奈ちゃんと一緒でなければちょっと怖いくらいだ。

「友奈ちゃん?こんなところに何か用があるの」
「用があるのは東郷さんじゃないかな」

 そう言うと友奈ちゃんはトンと優しく私を壁に押し付けて。
それとは比べ物にならないくらい強い力で壁に平手を叩き付けた。私の髪が風圧で揺れる。

「ゆ、うな、ちゃ」
「どうして私の気持ち、伝わらないのかな。東郷さんが一番なのに、東郷さんしか見てないのに。
 それでも東郷さんは不安になっちゃうんだよね?」
「ち、違うのよ、友奈ちゃん、あれはね!」

 説明しようとした私を、友奈ちゃんの目が射抜く。周囲の気温が2、3度下がったように感じる、怜悧な目。

「大丈夫だよ、東郷さん。私がいけなかったんだよね、大事に大事にし過ぎて。
 それで逆に東郷さんは私の気持ちが解らなくなっちゃったんだよね。
 ごめんね、ごめんね東郷さん―――」

 友奈ちゃんの顔は陰になってよく見えない。けれどその顔に、前髪が一筋。

「ちゃんと、責任は取るからね」

 私の唇が引きつるように歪んで、やがて笑みを象り―――友奈ちゃんの口づけを受け入れた

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最終更新:2015年02月09日 17:28