6・483

 正直、自分がすごく嫌な女の子になってしまうんじゃないかという不安があった。
 今日はバレンタインデー、お菓子や本に友愛や感謝を込めて贈る祭典。
 友奈ちゃんはすごく沢山チョコを貰う。友達も多いし、クラブの手伝いなどで顔も広いからだ。
 練習試合で対戦したとかで、他校の女の子がわざわざチョコを渡しに来るなんてこともあった。
 去年でも、私は少なからずそんな彼女たちに嫉妬して、友奈ちゃんの一番は私だと何度も自分に言い聞かせた。

「(それが、いざ恋人同士になったのなら鬼女の如く悪念に塗れてしまうかと思っていたのだけど)」

 今年も友奈ちゃんの周りには女の子が絶えることがない。
 朝から代わる代わる女の子がチョコを持って来て、友奈ちゃんが私と一緒に選んだお返しを渡す。
 そんなやり取りが結局放課後近くまで続いたのだけど、私の心は静かな物だった。
 昼休みは一番人が多かったので、私が整理役を買って出たくらいである。

「(正妻の余裕、なのかな)」

 いや、妻は流石にちょっと言い過ぎだ。すごく素晴らしい響きだけれど。夢が広がるけれど。
 けれど、友奈ちゃんに好意を持つ人たちがどれだけ居ても嫌な気持ちにならなかったのは事実だ。
 むしろ友奈ちゃんがこんなに好かれて、みんなから認められていることを喜ぶ気持ちが強い。

「はい、東郷さんにもチョコだよ!」
「ありがとう、家で食べさせてもらうわね」

 私も幾つかは持って来たお返しのチョコを渡しながらクラスメイトからの友チョコを受け取る。
 バレンタインデーって楽しいイベントだったんだな、とこの年になって思う。
 ―――そんな風に浮かれていたから、私は友奈ちゃんの視線に気付かなかったのだった。


『結城友奈も乙女である』


「こうやって見ると圧巻ですね」
「勇者部じゃ無くてチョコ展示部を名乗っても問題なさそうね」

 部室の机の上を占拠するチョコ、チョコ、チョコの山。
 一番多い風先輩へのチョコが紙袋で2つ半、友奈ちゃんと夏凛ちゃんが紙袋で2つ、樹ちゃんが1つと半分。
 クラスメイトから幾つか貰っただけの私とそのっちとは同じイベントの結果とはとても思えない。

「こんなに一杯チョコばっかり贈るなら、にぼしの1つでもくれればいいのに」
「あ、夏凛さん、これ煮干チョコって書いてありますよ」
「混ぜ無くてもいいのよ!?」
「いやー、これも勇者部の活動の賜物かしらねー。まあ東郷は裏方多かったし、園子は転校したてだからね」
「数は少ないですが、貰えたことは嬉しいですよ」

 友奈ちゃんへの気持ちを再確認出来たし、とても有意義な1日だったと思う。
 そのっちが丁寧にチョコを見て回りながら「これは本命っぽい!」とか言って興奮している。
 風先輩も樹ちゃんも、ちょっと口を尖らせた夏凛ちゃんも何だかんだで楽しそうだ。
 もちろん、友奈ちゃんも―――?

「ぷくー」
「と、友奈ちゃんどうしたの?フグの真似?」
「何でも無いですよーだ」

 見れば友奈ちゃんが頬をぷーっと膨らませてそっぽを向いていた。
 私以外のみんなは気付いていないようで、相変わらずチョコを見てわいわいと騒いでいる。

「えっと、友奈ちゃん。何かあったの?」
「ごめん、東郷さん。ちょっと意地悪しちゃった」
「(ああ。あれは意地悪のつもりだったのね?)」

 あまりに可愛らしいので本当にただの物真似かと思ってしまった。
 それに、すぐにそれを改めて謝ってしまう辺りがとても友奈ちゃんらしいと思う。

「東郷さん、チョコ貰って嬉しい?」
「ええ、嬉しいわ。足が治る前はどうしても友奈ちゃん以外とは少し距離があったから。
 友奈ちゃんは、チョコを貰って嬉しくないの?」
「そんなことないよ。すごく嬉しい。嬉しいけど、東郷さんが嬉しいのはちょっと嬉しくない」

 人の喜びは自分の喜び。他人の痛みは自分の痛み。そんな友奈ちゃんにはとても珍しい言葉に、私は目を丸くする。

「もしかして友奈ちゃん、間違っていたらごめんね?嫉妬、してくれているの?」
「―――うん、多分。ごめん、こんな気持ち慣れてなくて上手く抑えられない。
 東郷さんがみんなと仲良くしてるのは嬉しいのに、チョコを貰って笑ってるのを見たら、何だか」

 何だか、の後の言葉は続かない。友奈ちゃんは本当にこういう気持ちに慣れていないようで、言葉が見つからないのだろう。
 私にとってその気持ちはとても馴染み深いもので、友奈ちゃんと正式に恋人になるまでずっと付きまとっていた。
 それが友奈ちゃんの方には今になって沸き上がって来るなんて、何だか不思議と言うか因縁深いと言うか。

「だ、大丈夫だよ?空気を悪くしたりしないから!東郷さんも忘れて、ね?」

 友奈ちゃんの笑顔は本当に素敵で、私にとっては大袈裟では無く生きる目的の1つだ。
 だからこそ、無理やり笑っているのが一目で解ってしまう。私は友奈ちゃんの笑顔に関しては一級の鑑定士なのだ。

「ねえ、友奈ちゃん。勇者部でもチョコを交換しようって、自分の分を持って来てるわよね」
「え、うん。お返し用のチョコと一緒に、東郷さんと選んだから」
「私の分、今貰ってしまってもいい?」

 友奈ちゃんはちょっと驚いたようだけど、みんながまだチョコで盛り上がっているのを見て小さく頷く。
 うどんチョコとか噂に聞いていたけど実際見ると衝撃だ、しばらくはこちらに気付くことはないだろう。
 こそこそとチョコを取り出した友奈ちゃんが、そっとこちらに両手で添える様にして差し出す。

「東郷さん、これ、チョコレート。そ、その、大好きだよ!」
「ありがとう、友奈ちゃん!」

 本当はあまりの可愛さに身悶えしてしまいそうになったのだけど、その衝動を無視して最高の笑顔を返す。
 友奈ちゃんも私の笑顔に関しては一級なのだ、きっと今日一番の笑顔であることに気付いてくれるだろう。
 友奈ちゃんの頬がゆるゆると緩んで、目元がふわりと柔らかい曲線を描く。
 私が大好きな友奈ちゃんの笑顔。ここが部室でなければその場で抱きしめてしまっていたかも知れない。

「2人とも、ご馳走様です」

 いつの間にかチョコ談義から外れていたそのっちが、力強く親指を立てながら言う。
 私は自分の鞄から取り出したそのっち用のチョコで、ふざけるようにそのおでこをぽこりと叩いた。


「それにしても、友奈ちゃんがあんな可愛い一面を見せてくれるなんてね」

 ―――下校後、私の部屋にて。
 今日の友奈ちゃんを思い出す度に頬が突き立てのおもちの様に緩んでしまう。
 友奈ちゃんの気持ちを疑ったことは一度もないけど、それでも私のことをどれだけ好きか解るのは嬉しいものだ。
 私が彼女を好きになったのは初めて出会った時(東郷美森としても、鷲尾須美としても)だけど、その魅力は未だ尽きない。

「ふふ、このチョコレートは大切にいただかないといけないわ」

 するすると包み紙を開いて中身を確認しようとすると、チョコレートが二重になっているのに気付いた。
 片方は私と一緒に買ったチョコレート、それではもう片方はなんだろう?間にメッセージカードが挟まっている。

『―――東郷さんへ
 初めて手作りチョコなるものに挑戦してみました。上手くできていないかも知れないけど、日ごろのお返しです。
 できたら早めに食べて、感想を教えれくれると嬉しいな                貴女の結城友奈より』

 なるほど、今日に限って友奈ちゃんがとっても嫉妬深かった理由はこれだったのだ。
 私は何だか無性に恥ずかしくなってベッドに身を投げると、足をばたばたさせる。
 結局、お母さんに怒られるまで私は部屋中を転げまわっていた。


結城友奈:東郷美森  バレンタインデーの戦績  引き分け

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最終更新:2015年02月14日 08:28