6・686

「大赦に帰れない?」
「多分、数日くらい~?」
「そこまで大袈裟な事情がある訳ではないのですが」

 青みがかった髪の凛とした少女と、ふわふわとした雰囲気の角の生えた少女。
 その正体は私と友奈ちゃんが勇者であった頃の精霊、青坊主と牛鬼で今はアオ、ユウと呼んでいる。
 彼女たちは勇者時代に自分たちがお役目へと束縛したことを謝罪に現れ、私と和解したのだった。
 てっきり目的を果たせば直ぐに戻って来いと言われていると思っていたので、この展開は少し予想外である。

「一応、善輝殿に確認をしてみます」

 そう言って私たちが勇者時代に使っていたのと同じ型の携帯を取り出し、どこかにかけるアオ。
 彼女が自然に携帯を使っているのにも驚くが、夏凛ちゃんの善輝が携帯を使っている光景を思い浮かべシュールな気持ちになる。

「ふふふ、東郷様が機器を使っているのを見て、色々と覚えたのです」
「そう言えば自決を試した時に、何度か付けっ放しにしたパソコンの電源が切られていたわね」
「アオちゃんは忠義者だねえ」

 友奈ちゃんはすっかりユウをだっこするのが気に入ったようで、さっきからずっと頭を撫で続けている。
 ユウの方も如何にも気持ちよさそうな顔で友奈ちゃんに身を預けており、娘枠だと頭で理解しつつも嫉妬が募る程だ。

「申し申し、アオ、いえ、青坊主です。え?はい、生きております」

 私は大赦や精霊たちからどういう存在だと思われているのだろう。
 悲しみの連鎖を終わらせる為に神樹様に弓を引き、世界を巻き込んだ心中を決行したくらいなのだけど。
 うん、思い返すと明らかに危険人物だった。送り出した相手の無事は、私なら諦める。

「はい、滞りなく。やはり東郷様はお優しい方で、しかも頭身が合うとより麗しさが伝わり、近くに行くといい匂いが」
「アオ、余計なことをそれ以上続けると柱に縛り付けるわよ」
「し、失礼しました!はい、はい。ああ、やっぱりしばらく帰れませんか。了解です」

 アオは携帯を切ると何とも言えない表情になった。「外道め」と「諸行無常」だけを繰り返す応対をされたのだろうか。

「牛鬼、やはりしばらく大赦には帰れないようだわ。路銀はまだ余裕があるし、近くの旅館にでも泊りましょう」
「え~?」
「何がえ~?ですか。まさか友奈様のお部屋を借りるつもりだったの?ご迷惑をおかけしてはいけないと」
「大丈夫だよー。むしろ私はユウと一緒に泊りたいかな!色々話したいことがあるし!」
「で、ですが、うーん」
「そうだそうだー、頑張れ友奈ちゃ~ん!」

 友奈ちゃんが一旦攻めに回れば、抵抗できる人なんていない。結局アオは押し切られる形になった。

「今日は一緒にご飯食べたり、お風呂に入ったりしようねー」
「わーい♪」
「お風呂ですって!?」
「東郷さん?私たちも温泉に入ったりしたじゃない」

 友奈ちゃんの感覚ではそこの延長なのだろうが、友奈ちゃんのお家のお風呂ということに深い意味があるのだ。
 一緒にお風呂に入りたいという気持ちは然程でもないが、自分以外が友奈ちゃんの特別であることにもやもやするというか。
 釈然としない気持ちでアオの方を見ると、チラチラとこちらに視線を向けて何かを期待している。

「それじゃあ、安くて良いお宿を探すのを手伝ってあげるわ」
「あ、はい。そうですよね。大変恐縮です。ええ、泣いてません、私」
「冗談だから。アオは私の家に泊っていって」

 一見冷徹にも見えるその顔がパアッと明るくなり、満面の笑みに変わる。
 これは確かに可愛いかも知れない。私は自然な動きで彼女の頭を撫でていた。


 大赦の方から連絡が入っていたらしく、夕食はいきなり現れた少女の分まで用意されていた。
 アオは口が上手い訳ではないけど、人の良い所を探して口にする癖があるようで、あっという間に母に気に入られた。
 食後のデザートに出した私のぼた餅を比喩ではなく泣いて喜ぶ姿は、確かに私も心揺さぶられるものがある。

「本当に何から何までお世話になって感謝に堪えません。せめて本日の食費の一部だけでも」
「それは人によっては失礼と取ることもあるからやめた方がいいわ」
「そ、そうですね。申し訳ありません、世間のことをあまり知らぬもので」

 西暦の時代の妖怪だという話だし、むしろ世間を熟知していたらイメージが壊れるかも知れない。
 お風呂から(別々に)あがり、私とアオは私のベッドに並んで座って話をしている。アオはずっと緊張し放しだ。
 カーテンを後で閉めなきゃと思いながら、友奈ちゃんの部屋の電気がついているのを見る。あちらも話が弾んでいるようだ。

「そうね、色々と聞きたいこともあるけど、話せないことは無理しなくていいわ。刑部狸や不知火は元気?川蛍は?」
「みんな元気にしています。私が代表に選ばれたのを悔しがっておりました。このことは生涯の誇りとします」
「貴女は一々大袈裟ね。私の精霊らしいけれど。もう元精霊だけど」
「心はいつでも東郷様の騎士であらんと心がけています。ですが」

 アオが迷った顔をする。この子は自分で思うより隙が多いし感情も豊かだ。
 ほんの少しだけ胸の奥にあったしこり、それを捨て去るのを想像しながら、そっとアオの肩を抱く。

「話せないことは話さなくていい。でも、話さなきゃ辛いことは聞いてあげる」
「―――私たちが大赦に帰れないのは、次の勇者の選定の為です」

 次の勇者。バーテックスの再来から世界を守る者。私たちの戦いを引き継いでいく少女たち。

「バーテックスの再襲時期については大赦の中でも意見が分かれていまして。
 最短でも2年、最長で100年程度の余裕があるというのが主たる見解です。
 その、最も短い時期での襲来に備えた勇者の選定と精霊の派遣が今、議論されています」

 最長でも100年。低くない確率で、私たちが存命中にバーテックスが再び襲来する。
 予測はしていたが、はっきりと数字で出されるとやはり衝撃があった。
 場合によっては、これから友奈ちゃんや勇者部の仲間と過ごす日々の何処かに、その爪痕が襲いかかって来るかも知れない。
 それは自分達が歩いていたのが実は地雷原だった、と知らされたような得体の知れない恐怖だった。

「園子様についていた精霊が戻ったこともあり、次の勇者が最初から複数の精霊を使役することが可能となります。
 友奈様や夏凛様の戦闘データを解析して、より効率的な戦法を確立。満開に関してもリスクを更に軽減。
 攻守共に東郷様たちの世代よりも、次の勇者システムは選定者への負担を減らしたものになるでしょう」

 かつて大切な友達を失い、2度目の戦いで絶望を知った。
 喜ばなければいけないことなのだろうが、どうしても「私たちの時にそうならなかったのか」という想いが沸く。
 友奈ちゃんだって、もしかしたら帰って来なかったかも知れない。そうなったら、私はきっと。それさえあったのなら。

「東郷様。少し、痛いです」
「―――!ご、ごめんなさい」

 気付けばアオの肩に爪を立てていた。滲んだ血が赤いことに少し驚く。人間の姿だからだろうか。

「いえ、いいのです。私も話を聞いて憤りましたから。未来は大切かも知れない。でも私は東郷様を守って欲しかった!
 ―――次代の勇者を守る任に着かねばならないのに、私はこのような想いが消えないのです。
 牛鬼も似たようなもの。他の精霊たちにも多かれ少なかれ共通した気持ちですが、皆は何とか抑えているのに」

 私は2人が此処にやって来たもう1つの理由と、帰るのに時間がかかる理由を悟った。
 貴重な精霊、しかしその中でも「使い辛い」2人を、危険人物の気を晴らす為に差し向ける。
 大赦はそういう組織だ。頭ごなしに責める気は無い。効率的だとも思う。
 それでも、私はアオの体を抱きしめていた。私よりも小さい。友奈ちゃんと同じくらいだろうか。

「と、東郷様!?」
「辛いでしょうね―――ごめんなさい、アオ。私をそんなに慕わせてしまって。
 私は貴女たちのことを憎んでさえいたのに。いいえ、バーテックスと並ぶ敵だとすら思っていた。
 そんな酷い女を想わせて、報いもしないのに辛い立場に追い込んでしまって、本当にごめんなさい!
 大赦になんて帰らなくていいわ!ここで暮らすの、私や友奈ちゃんと一緒に」

 鷲尾須美の記憶を取り戻した私には解っている。バーテックスの側もまた、能力や戦術を進化させている。
 次の戦いは勇者が強化される、だから楽勝だ等ということは絶対にない。
 実際、私たちだって適正値が最高の友奈ちゃんと完成型勇者の夏凛ちゃんを加えた5人がかりでボロボロにされたのだ。
 精霊たちもまた、次の戦いを無事に乗り切れるとは限らない。

「東郷様。勿体ない、勿体ないお言葉で、ううん、嬉しい、ただ嬉しいです、とっても!」
「ごめんなさい、無理を言っているわね。貴女は使命感も強いからきっと最後には帰る選択をするのに。
 でも覚えておいて、貴女と過ごす日々を私は受け入れる。貴女の存在を受け入れるわ。
 一緒に居たいと願ったことを覚えておいて。世界の為なら消えてもいいとは、絶対に思わないで」

 それは次代の勇者たちを危険に晒すかも知れない言葉。私はやっぱりエゴイストだ。
 構わない。私の良心は外付けで友奈ちゃんが担当してくれているのだ。今彼女は居ない。だからエゴでもいい。

「最終的に、どうなるかは神樹様のみぞ知るといった所ですが―――本当にありがとうございます。
 私は貴女の精霊で良かった。辛い記憶ばかりですが、勇者の戦いを手助けで来たことを誇ります。
 それで、その、もし先ほどのお言葉が一時のものでないのなら、お願いがあるのですが」
「なあに?大丈夫よ、受け入れるから」
「こ、今夜は一緒に寝てもよろしいですか?」

 真っ赤になって、一世一代の勢いで告げるアオ。
 私は呆れたように溜息を吐くと、彼女を抱きしめたままでベッドに横向けに倒れ込んだ。

「初めからそのつもりよ」


「あ、あれ!?もうこんな時間!?」
「どうりで眠いと思ったよ~!」

 一緒にご飯を食べて、お風呂に入って、髪を梳かしたあったりなんかもして、私とユウは楽しい夜を過ごした。
 けれど、火車がどれだけ嫉妬していたとか、精霊の間で園子ちゃんがどれだけ人気だとか話している内に時間は過ぎて。
 気付けばもう明け方。もうすぐ東郷さんが起こしてくれる時間になってしまっていた。

「こ、これは今日の学校は辛い戦いになりそうだね」
「友奈ちゃん、頑張って~」
「頑張るよ!あ、そうだ。せっかくこんな時間に起きてるんだから、東郷さんをびっくりさせちゃおう!」

 東郷さんが私を起こそうとした時に「もう起きてるよ!」と元気よく挨拶。すごく驚くに違いない。
 アオちゃんも「友奈様がこんな時間に起きておられるとは!?」とか言うかも。

「だったら、いい考えがあるよ~。直接、東郷さんの所に行っちゃおう!」
「直接?って、わわ!」

 思ったよりずっと強い力でユウに手を握られたかと思うと、彼女の体が桃色の光に包まれる。
 それは勇者時代に私が放っていた光とよく似ていて、それに驚いている内にユウの体が浮き上がった。

「んにににに!ど根性~!」
「す、すごい!すごいよ、ユウ!でも絶対落とさないでね!?」

 そのままふよふよと窓から窓へ、東郷さんの部屋の前へ。
 確かにここから手を振ったりしたら東郷さんの驚きも一入に違いない。
 そう思って私の目が東郷さんの部屋の中へ向く。カーテンをしめてないなんて珍しいなと思いながら。

「―――!!?」

 部屋の中では、東郷さんがアオちゃんを抱きしめて眠っていた。
 どちらもすごく穏やかな顔で、本当の姉妹みたいに仲良しな様子だ。驚かせるつもりがこっちが驚く。

「友奈ちゃ~ん?そろそろ限界なんだけど、友奈ちゃ~ん、応答は~!?」

 ユウの声を聞きながら、私の心の奥底の方にチリッと何か、焦げくさい匂いがした。

 ―――この日、私は精霊達を巻き込んで東郷さんと意地の張り合いをすることになるんだけど、それはまたいつか。

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最終更新:2015年02月20日 10:57