7・8

「私たち以外の勇者部?」
「うん、考えてみたら私たちが選ばれることは直前まで大赦にも解ってなかったんだよね?
 ということは、こうやって集められた女の子たちは他にも居るんじゃないかなって思って」
「わっしーとゆーゆと大赦の家の姉妹が揃ってる時点で最有力候補ではあっただろうけどねー。
 私も他に集められた子たちについてはよく知らないんだよ」

 思えば最初の戦いから色々とあり過ぎて、他の勇者候補たちがどうなっているかを考えることはほとんど無かった。
 もしかしたら、その中から次のバーテックスと戦う“明日の勇者”たちが選ばれるかも知れない。
 そう思うと何となく逸るような、申し訳ないような複雑な気持ちになる。

「お、いい所に気付いたわね後輩たち!実は今日、他校の勇者部の部長がやって来ることになってるのよ」
「急な話ね、何でもっと事前に話さないのよ」
「いやー、平穏な日々にちょっとしたサプライズを、というのは冗談で本当は部長同士でだけ話すつもりだったから。
 今後は一部の活動を共同でしていくっていう取り決めとか色々ね。今までも何度か会って話を」

 そこまで言ったところで、何故か風先輩は首を捻りだした。

「お姉ちゃん、どうしたの?」
「うん、いや。何度か会って話してるはずなんだけどね、どこが勇者に選ばれるか解らなかった頃とかに。
 なのに何かその記憶が朧と言うか、はっきりしないというか」
「若年性の痴呆じゃないの?ビタミンB12のサプリ飲む?」
「具体的な対策を練らない!あー、でもいい機会だわ。
 本格的に協力することになるならアタシの卒業後だろうし、東郷たちで迎えに行ってくれる?他校の制服だからすぐ解るはずよ」
「はいっ!」

 私が何か言う前にまず友奈ちゃんが元気よく返事をした。私も会ってみたい気持ちがなくはない。

「それじゃあ行ってらっしゃーい」
「そのっちは来ないの?」
「2人の邪魔をするほど野暮じゃないよー」

 そのっちは時々、私と友奈ちゃんがいるとこんな感じで変な遠慮をすることがある。
 友奈ちゃんは友奈ちゃんで、そのっちはそのっちなのに。私は気を遣われているはずなのに少し寂しくなる。

「それじゃあ行こう、東郷さん!」
「あ、友奈ちゃん待って。名前を聞いておかないと」
「そうそう、うっかりしてたわね。名前はね―――」

 ―――その名前を聞いた瞬間、私とそのっちは零れ落ちそうなくらい目を見開いた。


「あれ、東郷さん?」

 部室を飛び出してしばらくしてから、後ろを東郷さんが付いて来ていないことに気付いた。
 そんなに早く走ったりしてないので、置いて来てしまうことは無いはずなんだけど。
 どうしよう、一旦部室に戻るべきだろうか。そんなことを考えていると、廊下の先に他校の制服姿を発見した。
 校庭で野球部が活動しているのを見ているらしい。運動が好きな人なのだろうか。

「こんにちはー、青海中学勇者部の部長さんですか!私、讃州中学勇者部2年の」
「結城友奈、さん」
「え?」

 私の名前を知ってる?風先輩が教えたのだろうか。
 夕日の逆光で顔はよく見えないけど、どこか中性的な魅力のある女性だった。
 何故か解らないが「少しだけ夏凜ちゃんと似てるかも」と思う。根拠は特に無いのだけど。
 いや、それだけじゃなくて何処かで会ったことがあるような…?

「―――いや、本当に友奈さんだ。2年ぶりだけど全然変わってない。まあそっちはつい最近のことかも知れないけど」
「え?え?」
「この顔、覚えてない?」

 そう言って部長さんは、私に見えるように少しだけ顔をこちらへ突き出す。
 確かに私はその顔を見たことがあった。私の知っている顔より少し成長しているけど。
 そう、逃げた猫さんを探す依頼の途中で出会った不思議な3人組の1人で―――。

「ぎ、銀ちゃん!?」
「おひさー」

 私たちの先代の勇者、まだ「鷲尾須美」だった頃の東郷さんと園子ちゃんの親友。
 壮絶な戦いの末にその命を燃やし尽くした―――そう聞いていた三ノ輪銀ちゃんの姿がそこにはあった。


「正直あたしもそこまで詳しく理解できてないんだけどさ、バッサリ言うと園子のせいだ。いや、お陰かな?」

 完全に言葉を失っている東郷さんと園子ちゃんに、銀ちゃんは淡々と自分が何故ここに居るかを語り出した。
 それは、私たち讃州中学勇者部も少しだけ関係していた。

「園子の精霊に夢の世界を作り出す力を持った奴が居てさ、讃州中学勇者部を夢の世界の閉じ込めたことがあったんだ」
「そのっち?」
「あ、いやー、そのー、だってまさかこんな風に事態を打開しちゃうとはあの時は思わなかったから」
「そう言えば、みんなが同じような夢を見たとか言ってたことがあったわね」

 園子ちゃんは私たち後輩勇者が、親友の東郷さんが満開と散華を繰り返しながらバーテックスと戦い続けること。
 あの時に見た痛々しい姿に私たちも成り果ててしまうことを悲しんで、私たちを夢に閉じ込めたことがあったそうだ。
 結局その時は、私たちは現実に帰る選択をしてバーテックスと戦い続けた(らしい)。
 そして、私たちは満開と散華を繰り返しながら、ほんの少しだけ勇者システムを変えてバーテックスとの戦いを終えた。

「須美が記憶喪失になったのも満開の後遺症だよな?記憶も神樹様への供物になる」
「ええ、その通りよ。私はあなたたちとの大切な日々を忘れていた」
「記憶も?」

 私は東郷さんから聞かされていたし、風先輩は園子ちゃんと親しく接する東郷さんを見て察していただろう。
 けれど、夏凜ちゃんと樹ちゃんにとっては初耳だったようで、改めて顔を青くしている。
 東郷さんはそれに気付いてしまったからこそ、あの時ただ1人で悲しい戦いを始めたのだ。

「で、友奈さんたちの戦いで供物は返され、精霊たちは神樹様の元へ戻った―――んだけど。
 この時に余分に5人分の記憶が神樹様に捧げられたんだ。園子の精霊が持ってた奴」
「あ」
「こりゃ取り過ぎだってことで神樹様はその分を返そうとしたんだけど、既に友奈さんたちは勇者じゃなくなってた。
 行き場の無くなった大量の供物を返す場所を神樹様が探した結果、あたしが再生されたんだ」

 謂わば満開5回分の供物とエネルギー、その分の返却先として選ばれたのが死んだはずの銀ちゃんだった。
 つまり銀ちゃんは私たち讃州中学勇者部と園子ちゃんが生み出した存在、ということになるのだろうか。
 風先輩の記憶の混濁も、多分「前から居たように再生された」結果なのだろう。

「…どうして、再生して直ぐに会いに来てくれなかったの?」
「無茶言わないでくれよ。こっちは死ぬ直前の記憶と、そこから飛んで5人分の他人の記憶しか無かったんだ。
 知らない中学校でいきなり勇者部の部長やってるっていう状況になれるまでかなりかかったんだよ!
 あ、その間に大分記憶は薄れちゃったからプライバシーとかは大丈夫だよ、多分」

 その言葉に園子ちゃん以外の全員がホッと胸を撫で下ろす。
 銀ちゃんが生き返ったのは良いことだろうけど、他の人に自分の覚えの無い記憶を把握されているのはちょっと怖い。
 園子ちゃんの方は、喜べばいいのか針のむしろ状態に苦しめばいいのか解らず、ずっと目を白黒させている。

「うん、何だかよく解んないけど、とりあえず銀ちゃんが生きててよかったということで!」
「ああ、あたしも実はよく解ってないけどそれでいいじゃん!」
「そ、そんな簡単に納得できないわ。正直、どう受け止めていいのか。私も鷲尾須美の記憶とまだ完全に折り合いが付いてないし」
「大丈夫だよ、須美」

 そう言って、銀ちゃんが突然東郷さんの手を取る。

「あたしが須美を支えていく。これからずっと」
「え、銀、ちょっと?」
「いやー、園子の精霊の影響で生き返ったからかな。それとも元から須美に惹かれてたのか。
 ずっと会いたかったんだ。こ、こういうの照れるな」

 真っ赤になる銀ちゃんと釣られて赤くなる東郷さん。
 「とりあえず良かった」と私は自分が言った癖に、胸の中にチロチロと熱い物が灯るのを感じた。


「銀ちゃん、そんな急に迫っても東郷さんは困っちゃうんじゃないかな?東郷さん、大丈夫だよ。私が居るよ」

 急に銀に手を握られて困っていたら、今度は急に友奈ちゃんが背中をそっと抱きしめて来た。

「ゆ、ゆゆ、友奈ちゃん?」
「む。友奈さん、そりゃこれまで須美を支えてくれたのには感謝してるけど、これはあたしと須美の関係で」
「東郷さん、だよ銀ちゃん。今は東郷美森さん。私の一番の大親友」
「えっと、友奈ちゃん?」
「ふーん。うっすら残ってる記憶でそうじゃないかなとは思ってたけど、やっぱりね」

 さっきまで息ばっちりだった2人が私の前で火花を散らし始める。他の勇者部の面々は完全に置いてきぼりだ。

「ちょっ、ちょっと待って、みのさん!」
「そのっち!とりあえず銀を落ち付かせて。私は友奈ちゃんと話すから」
「みのさんが生きてるのなら、私ももう遠慮しないよ!」
「…そのっち?園子さん?」

 私の肩は友奈ちゃんが、私の手は銀がそれぞれ確保している。そのっちは私のリボンを結んだ髪を優しく取った。

「わっしー、今回の件は私がそもそもの原因だからね。だから、わっしーの心の平安は私が一番近くで守るよー」
「既にこの行動が少し私の心を乱しているのだけど?」
「そっか、やっぱり園子も須美のことを」
「東郷さんだからね?銀ちゃんも園子ちゃんも」
「わっしーはわっしーだもん、私の大好きな親友だよー」
「何だこれ」

 夏凜ちゃんの台詞が全てを表している。一体何なのだろう、この状況は。
 もう2度と会えないと思っていた親友がいきなり姿を現したと思ったら、同じくらい大切な親友たちと火花を散らし始めた。
 自分が少女漫画の鈍感なヒロインにでもなってしまったようでただ戸惑うばかりだ。いや、どちらかというとコメディか。

「ちょ、ちょっと待った!よく解んないけどストップ!ええと、三ノ輪部長」
「あたしも2年だから銀でいいよ、犬吠埼部長」
「じゃあ銀、とりあえず勇者部内で喧嘩は御法度!ましてや他校生との揉め事は絶対のノゥッ!」
「それもそうか」
「だねー」

 風先輩の一声で私から離れていく3人。正直まだ胸がドキドキしている。

「まあこれから幾らでも機会はある訳だしな。同じ勇者部同士、どんどん頼ってくれよ、須美」
「いやいや、遠くの友人より近くの身内と言うからねー。私に任せてよ、わっしー」
「東郷さん、ずっと一緒に居るって約束したもんね?大丈夫、きっちり守るから」
「え、ええ。どうしよう、上手く喜べないわ。もう何が何だか」
「東郷、安心しなさい。蚊帳の外のアタシらよりは多分マシ」

 こうして、喜びの涙さえ流せたのは彼女が帰る間際というくらい慌ただしい親友との再会は過ぎていったのだった。


 ―――銀ちゃんが帰りのバスを待つ間、東郷さんと彼女が話している時に私たちはこんな話をしていた。

「ねえ、ゆーゆ、。これって実はまだ夢の世界の話だったりしないのかな。
 私は散華の後遺症でまともに動くこともできなくて、ゆーゆたちは今もバーテックスと終わらない戦いを続けてて。
 …みのさんは、やっぱりもう2度と会えない所に行ってしまったまんまで。
 だって、こんなの都合がよすぎるよ。勇者部に入れて、みのさんまで生きてて、わっしーに気持ちを打ち明けて。
 私は希望を信じ続けるなんて出来ないよ、ゆーゆたちみたいに強くいられない。幸せに、耐えられない」

「園子ちゃんは、十分強いよ。ずっと陰ながら東郷さんを守って来てくれた。
 それだけじゃなくて、私たちのことまで心配してくれてたんだね。
 ねえ、こんな風に考えたらどうかな?これは今まで頑張り続けて来た園子ちゃんへのご褒美なんだって。
 世の中にはどうしようもなく悲しいことや耐えきれないくらいの不条理がある、けれど頑張り続けて報われる人も居る。
 私や銀ちゃんに東郷さんを取られたくないんでしょ?もう少し頑張ろうよ、もっと園子ちゃんは幸せを求めていいと思う」

 勿論、だからと言って東郷さんを譲るなんてことは絶対にしないけれど。
 バス停で東郷さんが泣きだすのを、銀ちゃんが優しく抱きとめている。
 それを見詰める園子ちゃんは、少しだけ嫉妬があるけれど、泣きだしそうなくらい嬉しそうで。
 私もそんな目ができるようになれたらいいな、そう願いながら私はもっと騒がしくなっていくだろう勇者部の日々を思った。

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最終更新:2015年03月01日 08:19