7・117

「樹―、遊びに来たわよー」
「あ、お姉ちゃん…」

 お姉ちゃんは時々、こうやって休み時間にわざわざ1年生の教室までやって来る。
 クラスで頼りにされて友達も多いお姉ちゃんだけど、私と過ごす時間が一番楽しいと行ってくれるのは嬉しい。
 けど私は―――。

「ほら、樹ちゃん、風先輩来てるよ?」
「相変わらず格好いいなー。あの見た目で妹想いとか超ポイント高いし」
「樹ちゃんが羨ましいなあ。私も風先輩の妹になりたいかも!」

 私は―――正直、ちょっと困ってます。


「風先輩が教室に来るのをどうにかしたい?」
「そ、そうなんです。私、困ってて」
「解る解る。風は正直過保護すぎなのよね。それが重荷だし、クラスメイトに恥ずかしいって話でしょ?」
「いえ、違いますけど」

 夏凜さんがポカンとした顔でこちらを見詰める。お姉ちゃんが来てくれること自体は嬉しいのだ、本当に。

「それはつまり、風先輩が樹ちゃんのクラスで人気になるのが困るということ?」
「そ、そうです!流石は東郷先輩!」
「人気ぃ?風が?そりゃ顔はいいし、いざって時は頼りになるし、行動力もあって、笑うと素敵だけど」
「夏凜ちゃん、風先輩のこと本当に好きだねえ」
「んなっ!?け、けど変人だしうどんジャンキーだしドシスコンだし心霊も苦手じゃない!人気なんて信じられない!」

 夏凜さんはそう言うけれど、実際はお姉ちゃんは私のクラスで、というよりも1年生の間でとても人気がある。
 私も最初は、お姉ちゃんが気を遣って教室にやって来てくれる度に周りからかわれたりしないか心配だった。
 けど蓋を開けてみればお姉ちゃんの評判は上々。
 元々勇者部の活動自体が学校内では高く評価されていたのも手伝って、今や“風先輩ファンクラブ”なるものも存在するらしい。

「確かに風先輩は年下から見ると頼りがいのある人だからね。
 樹ちゃんのお世話を焼く姿にキュンと来る女の子がいてもおかしくないよ」
「けれど、風先輩があまり人気になってしまったら今度は樹ちゃんから離れていってしまうんじゃないかと、心配してるのね?」
「この前も、ラブレターを出した子が隣のクラスに居たらしくて。お姉ちゃんは丁寧に断ったらしいですけど。
 お姉ちゃんは自分のクラスでも人気らしいし、これ以上魅力を知る人が増えたら、誰かに取られちゃうんじゃないかって」

 例えば東郷先輩みたいな美人さんに告白なんてされたら、お姉ちゃんも今度は断らないかも知れない。
 妹としてはそういうのに干渉し過ぎるのはいけないのかも知れないけど、やっぱり気になるし嫌だった。

「風は樹以外見えてないと思うけれど」
「それでも不安になってしまうことはあるわ。それなら逆転の発想よ、樹ちゃん。
 樹ちゃんの方が風先輩のクラスを訪ねればいいのよ」
「ふぇっ!?」
「確かにそれなら風先輩が樹ちゃんのクラスにやって来ることはないね。何曜日の何時の休み時間かとか、解るでしょ?」

 確かに入学してからずっとお姉ちゃんは私の教室にやって来ているので、大体やって来るタイミングは把握している。
 けれど、その作戦にはとても大きな問題があった。

「わ、私、3年生の先輩たちの所を訪ねるなんて出来ません!怖いし、緊張するし!」
「樹ちゃん、これは風先輩を狙う先輩方へのけん制にもなるのよ?
 樹ちゃんは家族だし勇者部員という強みもある、けど学校で一番長く時間を共有しているのは彼女たちなのだから」
「それに3年生の人たちって怖くないよ、みんないい人だし。
 私も風先輩の所に遊びに行った時に、今度喫茶店にでも行こうって誘われたりしたよ?」
「もしその話を受ける時は私も同行するわね、友奈ちゃん」

 にっこりほほ笑む東郷先輩。な、なるほど、これくらい力強くアピールしないといけないんだ。
 お姉ちゃんが高校生になってしまったら、それこそ家以外では過ごす時間は無くなってしまう。
 今の、このチャンスに行動出来ないようじゃ私のお姉ちゃんは守れない!

「い、犬吠埼樹、頑張ります!」
「その意気よ、樹ちゃん!」
「どうだろうねー…面倒くさいことになるかもよー」

 何故か今まで黙っていた園子さんが不吉なことを呟いたけど、私の決意は変わらなかった。


「さって、と。そろそろ愛しい妹の所に顔見せに行きますか」
「風って本当に妹大好きよねー。あたしたちにも紹介してよ、愛でたいから」
「あんたらみたいなケダモノに樹を渡したらお嫁に行けなくなっちゃうでしょ」

 軽口を叩きながら席を立とうとした所で、聞き覚えのある声が入口の方から聞こえた。

「し、失礼、しますっ!い、犬吠埼樹です!お、お姉ちゃ、犬吠埼風はいますかっ!」
「い、樹!?」
「わー、犬吠埼さんの妹さん?可愛い~、遊びに来たの?」
「こりゃ風が夢中になるのも解るわ―。お人形さんみたい!」
「あわ、あわわ!お、お姉ちゃん!あ、遊びに来たよ!」

 クラスメイトたちにもみくちゃにされながらアタシの席までやって来る樹。いや、嬉しいけど、何だこの不意打ち。

「今度は妹さんの方から遊びに来るパターンかー」
「ねえ、私たちとも遊ぼうよ。占い得意なんだって?私も占い好きで」
「樹ちゃんも勇者部なんでしょ?2年の結城さんと今度喫茶店に」
「ええい、散れ!散れい、お主ら!」

 必死にクラスメイトたちを追い払いながら、アタシは恐れていた事態が起きてしまったことに戦慄していた。


「―――と、いう訳で、樹の魅力が遂に知れ渡っちゃったのよ!
 こうならないように、樹のクラスメイトへのけん制も兼ねて遊びに行ってたのに!」
「ソ、ソウナンデスカ?」
「ソレハマタ、タイヘンデスネ」

 何故か友奈と東郷がカクカクとロボットのような動きで頷く。何か悪いものでも食べたのだろうか。

「ね、面倒くさいことになったでしょー?」
「バカップルは放置が一番なのね…」

 夏凜は呆れたように、園子が何だか嬉しそうに話しているが何の話だろう。

「友奈!東郷!相談に乗って!どうやったら樹をアタシだけのモノにしておけると思う!?」

 何故か機械的に首を振り続ける2人の前で、アタシは相談を叫び続けたのだった。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2015年03月04日 07:44