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 樹が雑誌にちょっとだけ載ることになり、見本を貰えるという提案を敢えて断ってアタシは本屋へやって来た。
 少しでも売上が伸びれば次の仕事に繋がるかもしれない、という淡い期待があってのことだったのだが。

「友奈?」
「ひゃあっ!?」

 漫画だったら口から心臓が飛び出しそうな勢いで驚く友奈。
 彼女が本屋に居ること自体はそう珍しくないのだが、雑誌コーナーを本棚に隠れるようにして見ているのはどう考えてもおかしい。

「お、大きな声出さないでよ、何やってるの?」
「ふ、風先輩。あの、実は、欲しい雑誌があるんですけど」
「買えばいいじゃない。店頭に無いなら店主のおばちゃんに取り寄せ頼めばいいでしょ?顔見知りなんだから」
「いや、顔見知りだから頼みにくいと言いますか、そのう」

 普段は何事にもハキハキしている友奈の様子が明らかにおかしい。悪いものでも食べたのだろうか?

「ははあ、さてはエッチな雑誌を買うつもりなのね?うんうん、友奈くらいの年ごろならそういうの興味持っちゃうわよね~」
「はい、実はそうです」
「なーんて、冗談冗談―――なんですと!?」
「こ、声が大きいです、風先輩!」

 店主のおばちゃんが不思議そうにこちらを見つめている。友奈はこそこそとアタシを角の児童書コーナーへと引っ張っていく。
 普段はそれなりに幼い子供やママさんでにぎわうそこは、今は無人だった。

「友奈がエッチな雑誌を買うなんて、どういう風の吹き回し?というか身近にあのメガロポリスがあるじゃない」
「そのメガロポリスのことで、ちょっと。あの、風先輩は樹ちゃんとエッチしたことありますか?」
「んなっ!?ちょ、直球ねえ。そりゃあるわよ、アタシくらい女子力全開だと大人しい樹もケダモノになっちゃうからね!」

 まあ、実際はちょっとからかうつもりで裸エプロンで迎えたら玄関先でそのまま…という不名誉な初めてだったのだけど。

「女の子同士って、どうしたらいいのか解らなくって。昨日も東郷さんの方から誘ってくれたんですけど」
「割と積極的ね、東郷。というか人のこと言えないけどアンタら早熟ね」
「か、からかわないでくださいよぅ。それで私、頭にカッと血が上って東郷さんを押し倒しちゃったんです。
 けど、夢中になって東郷さんの胸を触ってたら小さく『痛っ…!』って」
「胸はデリケートだからねえ」

 樹は痛いくらいに力を込めて『痛いほうが気持ち良いんだよね、お姉ちゃんは?』とか囁いてくるけど、アレは特殊だろう。

「そうしたら、急に怖くなっちゃって。欲望のままに東郷さんを傷つけるかもって思ったら、もう続きできなくて。
 東郷さんはゆっくりでいいって慰めてくれたけど、私、恥ずかしいやら情けないやらで」
「それで雑誌で勉強しようとした訳か。最近は結構過激なのもあるものね」

 樹も時々ドギツイ同性愛特集の載った雑誌を見せつけるように読みながら『芸能界では普通だよ』とか言ってくるし。
 けれど、その目が微妙に滑っていることをアタシは見逃さない。可愛い奴め。
 おっと、今は友奈と東郷のことだった。

「風先輩、勇者部五箇条!一つ!悩んだら相談!その溢れる女子力で相談に乗ってください!」
「実践で?ちょ、ちょっと待った、冗談!勇者パンチはやめなさい!アタシだって樹以外とはしたくないわよ!」

 とはいえ、どうしたものか。アタシはいわゆる“受け”という奴なので友奈の悩みに答えられそうな経験がない。
 それに東郷の方もそんなに焦っていない感じだし、無理にがっつけば可愛い後輩が傷つくことにならないだろうか。

「う~ん、そうねえ。こういうのは人を参考にしちゃいけないんじゃないかとアタシは思うわよ」
「え?」
「だって、アタシが好きな相手は樹で、友奈が好きなのは東郷。違う人を好きになって、体を重ねたいと思ってる訳でしょ?
 だから完全に参考になるようなことは言えないし、言っちゃいけないと思う。
 大切なのは、東郷を傷つけないようにってエッチを学ぼうとした友奈の気遣いだと思うのよ」

 よし、かなりフワッとした感じだけどうまく誤魔化せた!
 しかし、うまく行き過ぎたようで友奈が本気で尊敬の目を向けてくるのがちょっと辛い。

「そうですよね!私、間違ってました!少しずつでも、私と東郷さんにぴったりの関係を2人で探していかないと!」
「まあ勉強自体は悪くないと思うから、雑誌は買っておいてもいいかもね。あ、一緒に女子力アップの雑誌も買ういいわよ」
「解りました!さっそく実践してみます!」

 ミサイルのように雑誌コーナーにすっ飛んだ友奈は、適当にエッチな雑誌と樹が出ている芸能雑誌を手に取る。
 売上、1追加。でも買い方がまるでエッチな雑誌を他の本で隠そうとする中学生ね。あ、そのまんまか。
 友奈は真っ赤になりながらも雑誌を手に外へ飛び出していく。転んで中身ぶちまけたりしないといいけど。
 アタシは悠然と芸能雑誌と、樹の祝賀の為の新しい料理本を買って帰宅したのだった。


「東郷さん、いらっしゃい!」
「こんにちは、友奈ちゃん」

 昨日の今日で少しだけ心配していたのだけど、友奈ちゃんは元気一杯で出迎えてくれた。
 午前中は用事があると言っていたので、その時に何か良いことがあったのかも知れない。

「ぼた餅を作ってきたの、後で食べましょう」
「わあい!すぐにお茶入れちゃうから、先に部屋で待っててね!」

 友奈ちゃんの部屋には、私の足がまだ動かなかった頃の気遣いの痕跡がいくつも残っている。
 それらは友奈ちゃんが歩けるようになるまで彼女自身も支えたもので、何だかその繋がりを思うと照れくさい。
 あの頃から友奈ちゃんへの気持ちは愛情に近しいものだったけれど、枕を交わす間になるとは流石に予想していなかった。
 正確には、まだきちんと交わせてはいないのだけど。

「あら、これって」

 雑誌がベッドの上で開かれていて、そこには可愛らしい衣装を着た樹ちゃんの写真が載っていた。
 今年に大躍進するかも知れない新人特集ということらしい。友奈ちゃんはこれを何処で知ったのだろうか。
 もう一冊、下に雑誌があったので持ち上げて見てみる。
 女の子同士が口づけしている表紙に、幾つかの見出しが躍っていた。

『時代は誘い受け!普段は強気な彼女もベッドの上では貴女のとりこ!』
『初めてに失敗したあなたへ~攻め受け、一度変えて見ませんか?』
『私の初体験告白ファイル:ずっと大人しいと思っていたお隣さんに押し倒されて』

 ―――なるほどね。

「お待たせー、東郷さん!今日ね、本屋さんで風先輩に会って」
「そう」
「あの、東郷さん?何だか近いんだけど、あ、あはは、それでね、まだ読んでないんだけど雑誌を」
「ええ、大丈夫。全部解ってる」

 武道をやっている彼女の方が総合的な力は強いけれど、私も車椅子生活と射撃で鍛えた腕力がある。
 お茶を卓に置いて態勢を直そうとする瞬間、その肩を掴んでベッドへと引き倒す。
 昨日とは逆の位置関係になった。私が上、友奈ちゃんが下。

「と、東郷さん?あの、えっと、お茶が冷めちゃうよ?」
「それじゃあ、冷たいお茶の方が嬉しいように、少し暖まりましょうか?」

 頑張るからね、友奈ちゃん。
 最初は戸惑っているようだった友奈ちゃんも、私が鎖骨に口づけする頃にはすっかり静かになって。
 ―――こうして、私たちは本当に枕を交わす仲になることができたのだった。
 友奈ちゃんの想定とは少し違ったと知ったのは、全部終わってからだったのだけど。

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最終更新:2015年03月18日 10:02