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 私の全てが友奈ちゃんのものなのは、あと―――。


「はい、それでは一泊二日でご予約の結城様、結城美森様でよろしかったでしょうか?」
「はーい!」

 元気よく返事をしたのは、どうにも照れが入ってうまく受け答えのできない私ではなく、隣で荷物を持ってくれている友奈ちゃんだ。
 多分、姉妹だと思われているのだろう。微笑ましげな受付の人が部屋の鍵を渡してくれる。

「ごめんなさい、うまく対応できなくて…予約の名前くらいそのままでも良かったんじゃない?」
「ダメだよ!今日は1日、東郷さんは私のプレゼントなんだからね!それにほら、将来の予行演習にもなるし?」
「か、からかうのはやめて」

 ―――私たちは、友奈ちゃんの誕生日祝いを兼ねて小さな温泉旅館に泊まりに来ている。
 それというのも、今年の誕生日の贈り物に頭を悩ませ過ぎたことが発端だった。
 勇者部のみんなに相談しても決まらず、遂に友奈ちゃんに直接聞いてみると、こんな答が返ってきたのだ。

「それじゃあ、東郷さんの時間を1日ちょうだい」

 こうして私は今日1日、全てを友奈ちゃんに預けて過ごすことになった。
 友奈ちゃんが決めた温泉地に、東郷ではなく結城姓で予約(何か問題が起きた時に大丈夫か少し不安だ)は序の口。
 朝起きた時から贈答は始まるので昨日は友奈ちゃんの部屋で一緒に眠ることになり、朝は友奈ちゃんが着ていく服を選んでくれた。
 せっかくの誕生日なのに色々と友奈ちゃんに任せてしまっているようで申し訳ない気持ちになるのだけど、友奈ちゃんは楽しげだ。

「さて、それじゃあ温泉に行こう!貸切の家族風呂を予約してあるんだよ!」
「2人きりでお風呂に入るのって、もしかしたら初めてかも知れないわね」
「勇者部のみんなやヘルパーさんと一緒に入ったことはあるけどね」

 それにしても家族風呂、家族。今の私は(普通に東郷さんと呼ばれているけど)結城美森。
 改めて思う、友奈ちゃんの誕生日のはずなのに、私がこんなに幸せでいいのだろうか。

「東郷さんの肌、本当に綺麗だね。えい」
「ひゃっ!ゆ、友奈ちゃん、いたずらはダメよ」
「ううん、ダメじゃないよ。だって東郷さんは私のモノだからね!」
「あ…そ、そうだったわね、ごめんなさい」
「………」
「友奈ちゃん?」
「何でも、ないよ!」


 結局、着替え中にあちこち触られたりジッと見られたり、友奈ちゃんの悪戯でお風呂に入る前にのぼせそうだった。
 そのせいで、一緒に湯船に入るまでの過程をよく覚えていない。私も友奈ちゃんの体をよく見ておけばよかったのに。不覚。

「この後は定番のお背中お流ししますね、だよ!ふふふ、楽しみ!」
「…ねえ、友奈ちゃん。今日は友奈ちゃんの誕生日よね?」
「うん、そうだよ。私と東郷さんは、今同い年!」
「それなのに、どうしてこんなに私のためにいろいろしてくれるの?」

 友奈ちゃんと何処かに出かけたい。一緒に眠ったりお風呂に入ったりしたい。友奈ちゃんのものになりたい。
 それはずっと、出会った時から心のどこかに有って、あの過酷な戦いの日々の中ではっきりと自覚した私の欲望。
 もちろん友奈ちゃんの方もそれを望んでくれているのなら、それこそ全てを捧げつくすことも少しも躊躇しない。
 けれど、今日のこれは違っている気がする。私の時間を独占して、私のために使ってくれている気がするのだ。

「間違っていたら、ごめんなさい。今日の友奈ちゃんはずっと私に気を使って…」
「気を使ってるのは東郷さんだよ」
「え?」
「―――“ごめんなさい”」

 友奈ちゃんがそっと肩を寄せてくる。肌と肌が触れ合って、お湯よりも体の中が熱くなった気がする。

「ゆ、友奈ちゃん?」
「東郷さん、最近…ううん、私が目を覚ましてから、ずっと。ごめんなさいって言うことが増えたね」
「それは…」

 相談を欠いて暴走し、友奈ちゃんを信じ切れずに世界を巻き込み心中しようとした。
 こうして隣に戻って来てくれたとはいえ、一度は犠牲になり友奈ちゃんが失われてしまうかも知れなかった。
 記憶の中の“鷲尾須美”のことで、友奈ちゃんに全て話していないことが幾つもある。
 罪悪感。一番大切な人に、一番深く刻まれた罪の意識。

「何かの本で読んだんだけど、日本人は西暦の時代から“ありがとう”より“ごめんなさい”の文化だったんだって。
 それはそれで素敵だなって思うよ、東郷さんらしいなとも思う。けどね」

 友奈ちゃんがギュッと湯船の中で私のことを抱きしめる。
 柔らかい肌の感触、何かの花に似た甘やかな匂い、温泉よりも熱い温もり。

「私は、ぜんっぜん!平気だからね!」
「友奈ちゃん…」
「謝らなくてもいいんだよ。本当に悪いことをしちゃった時は、東郷さんなら解るはず。
 けどね、私が平気な時は東郷さんは謝らないで!心から笑顔の東郷さんが欲しい!」

 私はようやく、このプレゼントの本当の意味に気付いた。
 同時に、本当に友奈ちゃんの気持ちが深くて、重くて、何よりも嬉しいものだと知らされる。

「ごめんね、友奈ちゃん、ごめんなさい。気付かなくって、ごめんなさい」
「もう、言ってる傍から3回も!」
「―――ありがとう、友奈ちゃん」

 まだ無理が残っているなというのは解っている。それでも、今日は1年で一番大切な日。
 だから、笑おう。大切な人のために、心から。

「東郷さん、大好き!」
「友奈ちゃん、ちょっと強すぎ!のぼせる、のぼせちゃうから!」
「私は東郷さんにのぼせあがっちゃってるよ!」

 ―――結局、友奈ちゃんが落ち着くのには温泉を上がって一息つくまでかかったのだった。


「ねえ、友奈ちゃん。もうすぐ友奈ちゃんの誕生日も終わるけれど」

 夕食後、何故か1つしか敷かれなかった布団の中で寄り添いながら、私たちはいろんな話をした。
 話せなかったことを話したり、謝りたかったことを謝ったり、友奈ちゃんがそれを赦したり。
 それもあらかた終わった頃には、友奈ちゃんの誕生日も残り2分ほどになっていた。

「東郷さんも、もうすぐ私の手から離れちゃうのかー。堪能しておかないとね!」
「そのことなんだけどね、次は私の誕生日がすぐに来るじゃない?」

 時計をちらりと見る。残り1分と12秒。

「私も、プレゼントは友奈ちゃんの時間がいいな」
「私の1日?」
「ううん―――友奈ちゃんの、一生」

 今日は1日ずっと私を翻弄していた友奈ちゃんが、ポカンと口を開けて固まる。
 残り5秒。

「今更だけど誕生日おめでとう、友奈ちゃん」

 時計の秒針が12を指すのと同時、私は…結城美森から東郷美森に戻った私は、友奈ちゃんの額にそっと口づけした。


 彼女の全てが私のものになるまで、あと―――。

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最終更新:2015年03月21日 07:19