8・223

 明晰夢。それはこれが夢であると自覚しながら見る夢のこと。
 理由は簡単で―――私が立っているのはもう存在しないはずの場所だったからだ。
 燃え上がるような見事な紅葉、人の絶えることのない長い長い橋、そして多くの日本人以外の観光客。

「ここは…文献や昔の映画で見たことがある、京都?」
「そうだよ、東郷さん」
「おはよう~…まだこんばんはかな~、わっしー」

 振り返ると、そこには舞妓さん?のコスプレをした友奈ちゃんとそのっちの姿。
 思わず橋に寄り掛かり、そのあまりの不意打ち可愛い攻撃に必死に耐える。

「と、東郷さん大丈夫!?変だったかな?」
「ううん、とっても可愛いよ~、ゆーゆ」
「園ちゃんはすごく似合ってるよ。でも、これじゃちょっと動きにくいね」

 そういうと2人は、漫画の怪盗がやるようにバッと着物を脱ぎ捨てて讃州中学の制服姿になった。
 夢の中だから何でもアリなのだけど、なかなか可愛かったので少しだけ残念に思う。

「2人とも、私の夢の中の住人…という感じじゃないわね。どういうことなの?」
「えっとね、今日は東郷さんの誕生日だよね!それで、園ちゃんと2人でプレゼントを何にするか相談してたんだけど」
「調度、勇者システムの後遺症、というよりも残り香?みたいなもので~、完全に私から離れてない精霊がいたんだ~」
「大丈夫なの、それは?」
「いつまでも体の中にいると危ないらしいから、こうやって力を発散しちゃうことにしたんだって。
 ほら、東郷さん覚えてる?夏凜ちゃんも一緒にいつか国土が回復したら色んな所に行こうって行った話」

 話の内容は覚えている。けれど、いつ話したことかは何故かそれこそ夢のようにハッキリとしない。
 まだ残酷な世界の真実を知らなかった頃、壁の外に希望を見ることができた幸せな記憶だ。

「外の世界はもうない、けれど夢の中なら別だよ~」
「今日は私たち2人で、東郷さんを日本中にエスコートしちゃうよ!これが私たちのプレゼント!とぅ!」

 友奈ちゃんが今度は制服を脱ぎ捨てる。
 思わず目を皿のようにしてしまって恥じる私の前で、友奈ちゃんは人力車の車夫さんの姿になった。

「ささ、2人とも乗って!紅葉をまずは楽しもう!」
「お手をどうぞ~」

 先にいつの間にか現れた人力車に乗り込んでそのっちが私に向かって手を差し伸べる。
 まだふわふわした気持ちのままその手を取った私を乗せ、友奈ちゃんが人力車を引き始める。
 流石に友奈ちゃんが鍛えていると言ってもこんなに楽々と車を引ける辺り、夢というのは便利なものだ。

「ここ嵐山はね~、平安時代に貴族の別荘地になって以来、なが~く桜や紅葉の名勝地だったんだよ~」
「ここまで見事な紅葉は確かに滅多に見れないわね。本当は桜の季節だから、なんだか不思議な気持ちになるけど」
「桜にもできるよ~。なんなら桜と紅葉の半々にも…」
「そのっち、風情のないことはおやめなさい」
「わっしー、目がマジだよ~」

 目を川の方へと向ければ、保津川を下って来たのだろう船が悠々と行くのが見える。
 橋の上からその光景にカメラを光らす多種多様な国籍の人々。
 四国ではみることの敵わない、そして2度と見れない風景だ。

「ねえねえ東郷さん、この走って木造だと思ってたんだけど、実際はコンクリートなんだね」
「本来は車夫さんがガイドも兼ねてくれるのよ、友奈ちゃん?私に聞いていいのかしら」
「あ、ごめんなさい」
「ふふ、冗談。この渡月橋は欄干のみが木製なのよ。大勢の観光客や車での通行が可能なように」
「そう言えば、十三参りの時は振り返っちゃったいけないみたいな話があるんだよね、わっしー」
「惜しいわね、もう少し早ければ友奈ちゃんにそれを伝えてからけたのに」
「東郷さん!?」

 橋を渡り終えると、綺麗に人力車は消えて友奈ちゃんも制服姿に戻る。飽きたのかもう怪盗脱ぎはしないようだ。

「堪能した?わっしー」
「いいえ、まだまだよ」
「それは良かったよ…え?」
「この嵐山には名刹古刹、見るべき場所がごまんとあるわ!こんな機会はめったにないし、まだまだ付き合ってもらうわよ!」

 顔を見合わせる2人の手を左右で取り、私は軽く駆け出す。
 2人もちょっと困ったように笑いながら、私に付いて来てくれた。


 その後も私たちは色んなところを回った。
 旧首都でかつての政治や国防の中心施設を見て回ったり。
 最北の大地で雪に戯れてみたり、逆に最も南の地で海を楽しんだり。
 大阪や広島で本場の方言や食べ物を楽しんだり。
 まだ今の姿になる前の四国に行ったりもした。やっぱり、うどんはここが一番私たちの口に合っていると思う。
 失われてしまった日本の文化や風土に触れ、友奈ちゃんやそのっちと一喜一憂する。
 なんて素晴らしくて、楽しくて、美しくて―――残酷なプレゼントだろう。

「もう、終わりにしよう」

 私の言葉に、そのっちが驚いたような顔をする。友奈ちゃんは、何処か解っていたというような顔をしていた。
 そう言えば、最初から彼女はそのっちよりも一歩引いた態度だったように思う。

「わっしー、気に入らなかった?」
「ううん、こんなに堪能しておいてそんなことを言ったら罰が当たる。楽しかったし、素敵だったわ。
 もう2度と触れることの敵わない風景に触れられるなんて、夢でしかできない体験だもの」

 そう、当たり前だけど夢だ。何もかも、夢。幸せな、朝には消える幻。

「駄目なの。私は駄目だよ、そのっち。幸せすぎるのには耐えられない。ずっと浸り続けたくなる。
 大切な人が2人とも傍にいて、何もかもが叶う場所は眩すぎる…消えていく幸福に耐え切れない」
「わっしー…」
「本当にごめんなさいね、そのっち。友奈ちゃんも一生懸命考えてくれたでしょうに」
「ううん、いいの、東郷さん」

 友奈ちゃんがギュッと私の体を抱きしめてくれる。その手がちょいちょいと動かされ、そのっちがおずおずと背中から抱き付いた。

「確かにここは全部園ちゃんの見せてくれてる夢だし、多分…本当の日本とはちょっとだけ違うんだと思う。
 でも忘れないで、東郷さん。私たちは本物だよ。朝の光に消えたりしない、私たちと過ごした時間は残るよ」
「本当に…?あの時の約束をもう一度して。絶対に離れていかないって。そのっちもよ。もう私の前から消えないで」
「私としては、消えちゃったのはわっしーの方なのですが~…でも、約束する。もう絶対に離れないよ」
「私も、絶対に絶対にいつまでも一緒にいる。何があっても東郷さんの元に戻って来るよ」

 ああ、本当に。一番のプレゼントは、美しい風景や夢のような旅を、共に過ごしてくれた2人だ。
 ぐるぐると旅の思い出が走馬灯のように周囲を回る。あり得たかも知れない夢。
 それが朝の光の中にゆっくりと溶けていって―――私は、自分のベッドの上で目を覚ました。


「え~とね、実は…」

 朝、そのっちも示し合わせていたようで友奈ちゃんの家の前にて。
 昨夜というか今朝というか、そのお礼を告げようとした私に向かって、友奈ちゃんがもじもじと何かを伝えようとする。

「あのね、これ。園ちゃんのことを信用してなかった、みたいに取られたくないんだけど…」

 そう言って友奈ちゃんが取り出したのは、綺麗なペアイヤリングだった。
 よく見ると勇者の時の友奈ちゃんの頭に付いていた髪飾り、あれと同じ形になっている。

「これ、私からのもう1個のプレゼント。この形見てこれだ!ってなっちゃって。
 私たち、穴を空けてないし校則でも禁止だから付けられないけど…」
「ううん。嬉しいよ、友奈ちゃん。あら…私と、友奈ちゃんの分と…?」
「うん、これは園ちゃんの分。プレゼントの協力、というかほとんど全部を担当してくれたお礼と、友情の印」
「ふぇっ!?」

 完全に不意打ちだったようで、みるみる内にそのっちの顔が赤らんでいく。
 しっかりと、形の残るプレゼント。何処か抜けているのにそつがないところも、友奈ちゃんの魅力だと思う。

「もう!こんなことされたら私ももう1個用意するよ~!今日1日、誕生日デートの料金は全部私が持ちます!」
「ええ!?すごいよ東郷さん、行ってきなよ!」
「何を言ってるのかな~?ゆーゆの分もだよ?」
「え!?」

 今度は友奈ちゃんが不意を打たれて飛び上がる。
 何というか、2人がとても仲良しなのには嬉しいし、私のことを巡っての話なのも解るのだけど。
 あんまり2人でイチャつかれると、どちらにか解らないけれど嫉妬してしまう。

「さ、そうと決まれば2人とも行きましょう?」

 夢の中でしたように、2人の手を左右で取って歩き出す。
 楽しい夢と、いつまでも残る3人分のイヤリング。そして確かにそこにある温もり。
 過去、現在、未来、3つ分のプレゼントをもらってしまったな、と私は次の2人の誕生日のお返しに少しだけ悩んだ。

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最終更新:2015年04月08日 09:31