8・267

「東郷さん!結城さんの車椅子、代わりに押そうか?」

 友奈ちゃんとお喋りしながら登校していたら、いきなり後ろから声をかけられた。
 確かクラスメイトの…名前を思い出そうとしている私が何か言う前に、彼は私と友奈ちゃんの間に割り込もうとする。

「あ、ちょっと」
「大丈夫大丈夫、女の子なのにキツイでしょ?俺、そういうの見過ごせなくて…」
「おいこら!抜け駆けかお前!露骨なポイント稼ぎしやがって!」

 気付けば何人かの男子が集まって来て、誰が友奈ちゃんの車椅子を押すかで揉め始めた。
 ああ、そうだ、思い出した。
 まだ私の方が車椅子を使っていた頃に『どんだけ胸デカくても障碍者はキツイよな~』と私のことを話していた男子のグループ。
 私はなんとも思わなかったのだけど、友奈ちゃんにこんこんと静かな口調でお説教されて逃げ出したことがあった。
 友奈ちゃんのお説教で改心してボランティア精神に目覚めた…とは、残念ながら私には見えない。

「なんなの、一体?」
「うん、そういうのピンと来ない東郷さんが私は好きだよ」
「きゅ、急にそんなこと言われると恥ずかしいわ…そろそろチャイムが鳴るから行きましょう」

 完全にこっちのことを忘れている男子たちを置いて、私たちは教室に向かうことにする。
 すると、友奈ちゃんが何故かくるりと車椅子を回して男子たちの方に向き直った。
 そして、よっと手を伸ばして私の肩に手を乗せると、抱き寄せて背中をポンポンと撫でる。
 友奈ちゃんが手を乗せ易いよう、自然に体が屈んでいることにきちんとお世話できている喜びを感じる。

「友奈ちゃん、どうしたの?急に割り込まれそうになって怖かった?」
「うーん、それは怖くないんだけどね。でも、一応牽制。
 みんな、手伝おうとしてくれてありがとう!でも―――やっぱり東郷さんが一番だから」

 いつの間にか喧嘩をやめていた男子たちがこちらを皿のような目で凝視している。
 やがて1人、また1人とトボトボと教室へと向かい始めた。
 『あんなん勝てねえよ…』とか言っているけど本当に何なのだろう。

「歩けるようになるまで、できるだけスキンシップしていかないとなー」
「友奈ちゃん?」
「東郷さんはそのままでいいの!大丈夫、頑張るからね!」

 よく解らないけど、友奈ちゃんが頑張るのならきっとそれは上手くいくだろう。
 私もできるだけそれを支えていこう、と改めて気合を入れ直す。
 そう言えばさっき抱き寄せられた時、周囲からはキスしているように見えたかも知れない。
 急に思い当ってしまい、不埒な想像を追い出すのに随分と苦労した。

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最終更新:2015年04月10日 10:01