4・477-501√

友奈がいつもと違うのを感じた夏凜、「積もる話もあるだろうから」と、
東郷さんと園子のいる部室から友奈を連れ出す。
近くのファーストフード店に連れて行き、珍しく自分からあれこれ話題を振ってみるが、
相槌を打つ友奈はやはりどこか元気がない。
理由は明白。東郷と乃木さんの仲の良さに、嫉妬や疎外感を感じているのだろう。

「…ねえ友奈、今日友奈の家に泊ってもいい?」

あまり縁のない嫉妬心に、親友が戸惑っている。
自分はその傍に付いていたいだけだ。
(―これくらい、してもいいよね)
誰かに許しを請うように、自分に言い聞かせるように、
夏凜は心の中で呟いた。

(友奈の部屋での一幕)
悩んだら相談。だがこんな悩みを話してしまっていいのだろうか。
自分の中の嫉妬や疎外感といった負の感情に戸惑いを隠せない友奈だったが――不思議と口に出すことができた。
夏凜なら。目の前で真剣な表情で自分の言葉を待ってくれている彼女なら、弱みを、汚いところを見せても受け入れてくれる。
そんな信頼があった。
やがてぽつぽつと友人へ抱いてしまっている感情を話した。
言葉とともに流れる涙。そして自己嫌悪の嵐。

「最低だよね、私。二人は私より昔からの親友で、やっとそれを思い出して、取り戻すことができたのに、私はこんなこと考えちゃって・・・」
「・・・友奈」
「私、友達失格だ・・・」
「・・・止めなさいよ」
「え?」
「最低だとか友達失格だとか――私の好きな人の悪口は例えあんたでも絶対許さないから!」

そう言って夏凜はベッドへと押し倒し

「…好きな人って、私のこと?」
涙を浮かべたまま、きょとんとした顔の友奈。
「そうよ。あんたは私の――」
言いかけて、ふと我に帰る。
自分を覗きこむ少女の涙。これは誰の為のものか。
黒髪の少女の笑顔が、脳裏を過ぎる。

「…あんたは私の、大好きな親友なんだから。
 私が友達と認めた子が、最低な訳ないでしょう」
先程と違って、諭すような、言い聞かせるような口調で語りかける。
「でも…」
友奈は悲しそうな顔で見つめ返してくる。
聡い彼女も、今ばかりは自分が伏せた言葉の意味には、気付かなかったようだ。

「誰だって、好きな人にやきもちを焼いたり、不安になったりするものなの。
 だから、そんな事で自分を悪く言ったりするんじゃないのよ」
「…そうなの?夏凜ちゃんも?」
「…ええ、そうよ。
 とにかく、そういう気持ちは誰にでもあるものだから。
 これはそういう物なんだ、くらいに思っておきなさい。いいわね」
「…分かった。ありがとう、夏凜ちゃん」
ようやく笑った。そう、あんたにはその顔の方がずっと似合う。

「これで明日、東郷さんとちゃんとお話できそうだよ!」
「―――!」


咄嗟に離れたが…多分、見られてしまった。
自分はきっと、とても怖い顔をしていたのだと思う。
「夏凜…ちゃん…?」
さすがに友奈も異変を感じたのか、心配そうな声を掛けてくる。
「…大丈夫。何でもないわ」
動揺のあまり、言い訳が思いつかない。
早く、早くここから離れないと。
勘のいいこの子にばれてしまう。
友奈を最高の笑顔にできる東郷に嫉妬したんだと、ばれてしまう。

おもむろに立ち上がり、部屋を出ようとした手を掴まれる。
ああ、なんて言って席を外そう。考えなきゃ。
そんな思考を巡らせながら、友奈の方を向く。

「夏凜ちゃん…泣いてるの?」
その言葉で初めて、自分の視界が涙で歪んでいる事に気がついた。
「…ないて、ないわ」
「嘘、泣いてるよ!どうしたの、私、何か夏凜ちゃんに」
「泣いてないったら!」
「夏凜ちゃん!」
手を振りほどこうとする前に、友奈に方を掴まれ、視界が大きく傾いた。
今度は、自分が押し倒される番だった。

「夏凜ちゃん、どうして泣いてるの…?」
涙を拭う親友の手に、あれこれ考えていた頭が真っ白になっていくのを感じていた―。

『結城さんって誰とでも仲良くなれてすごいよね』
昔あるクラスメイトから言われた言葉を思い出した。
そんなことないよ。私は周りの人間に恵まれているだけで、至って凡庸な人間だ。
――今だって、大好きな親友と言ってくれた人に拒絶されている。

『友奈さんってほんと強くて頼りになるよね』
そんなことないよ。本当の私は泣き虫で精一杯虚勢をはっているだけの、弱い人間だ。
――今だって、大好きな親友の涙を見て引っ込んだはずの涙がまた溢れだした。

「夏凜ちゃん、どうして泣いてるの…?」

言いながら考える。私が彼女を傷つけてしまったのかと。
結城友奈という人間にとって、自分の言動で他人の気分を害し、人間関係の不和を生んでしまうことは絶対悪だ。
だからこそ、無意識にそれをそれをしてしまったのかと恐怖する。

「ごめんなさい。きっと私のせいで夏凜ちゃんが泣いてるのに、なんで泣いてるのか全然分からないの。だから、それもごめんなさい」

そういって夏凜を抱きしめる。
年不相応に鍛えているはずの夏凜の体が、今はひどく儚げに感じた。

「・・・違う、違うの。友奈が悪いんじゃないの」

抱きしめたまましばらくして、返答があった。
ようやく絞り出したような、拙い口調だと友奈は思った。

「なら教えて。私、夏凜ちゃんには笑っててほしいから、夏凜ちゃんが泣き止むならなんでもする」

抱擁していた体を離し、そっと彼女の肩を掴んだ。
そして彼女の眼を見て言った。
かつて私を救ってくれた言葉を。
自分の弱さに屈していた私をもう一度立ち上がらせてくれた、一生忘れないであろうあの言葉を。

「夏凜ちゃんの泣いてる顔、見たくないから」

眼を見開く夏凜。
そうして涙に濡れたその瞳は、さらに大きな粒を落とし始める。

「・・・あんたがそんなんだから、私、私はっ!」

友奈は眼を逸らさない。
たとえ罵倒されようとそのすべてを受け止めようと覚悟するように、夏凜を見つめ続けた。

「私があんたに偉そうなこと言えないのっ。だって、だって私は、わたしはっ!」

止まらない。
堰を切るように流れ始めた感情は、もう止められなかった。

「私だって嫉妬してた!いつだって友奈に一番想って貰えてる東郷に!私だって友奈の一番になりたい!
風より、樹より、園子より――東郷よりっ!、私が大好きな友奈の一番になりたいの!!」

取り繕う理性を失い、ただただ純粋な、ありのままの三好夏凜の姿に今度こそ言葉を失った。

いっそのこと、こっ酷く突き放してくれたらいいのに。
友奈は誰にでも優しい。
きっとそれは人間として美徳とされるもので、だからこそ友奈は多くの人に好かれ、頼られ、慕われ、そして愛されている。
だがそれは、恋愛というたった一人へと贈られる寵愛を巡る人間関係においては、時として何よりも悪手となりえる。

そう――恋愛。
認めよう。
今まで自覚することから逃げていた。
何かが変わってしまいそうで、無意識のうちに思考を止めてしまっていた。
友を想う友情?仲間へと贈る信頼?思春期にありがちな気の迷い?いや、断じて違う。

友奈の為なら身も心もいくらでも捧げられるこの献身も。
友奈に愛されるためならいくらでも無様を見せられるこの執着も。
この気持ちが恋じゃないのなら、きっと世界に恋なんて存在しない。
理性で抑えられないこの感情は、私が友奈を心から愛していることの何よりの証しだ。

「好き。好き。友奈が好き。世界で一番友奈のことが好き」

意地を張っていた反動のように、次々と溢れる友奈への想い。

「友奈の笑顔が好き。友奈の優しいところが好き。友奈の頼りになるところが好き」

それはあまりにも拙い、子供じみた好意の羅列。

「友奈の良い匂いが好き。友奈のさらさらの髪が好き。友奈に抱き付かれた時の感触が好き」

ただ溢れる感情をそのまま言葉にしたような稚拙な言動。

「私の名前を呼んでくれる声が好き。美味しそうに食べてるところが好き」

止まらない。積もり積もった友奈への想いが止まらない。

「強いところが好き。弱いところが好き。友奈の全部が好き。友奈の一番は私じゃなくても、世界で一番、東郷よりも!私が一番、友奈のことが好きなの!!」

みっともないと思った。
ただただ好きを連呼するだけの小学生でもしないような告白。
こんなセリフで想い人に迫るヒロインがいれば、ドラマや小説ならドン引きだろう。
それでも、構わない。
もう取り繕うのは止めた。
誰にでも優しい友奈の性質は、もしかしたら私でも特別になれるのではないか、と希望を抱かせてしまう。
それはきっと何よりも残酷なことなのだろう。
でも、もう知ったことじゃない。

どうせ東郷には勝てないよ。
まず友奈が友情と愛情の区別がついているのか。
そもそも同性じゃないか。
受け入れてくれたとして、世間からどう見られるのか。
その何もかもを考慮しない。することを止めた。

「友奈」

友奈の胸に顔があたるように抱きしめる。
早鐘を打つ友奈の心臓の鼓動が心地よい。

「こんな私を友奈は受け入れてくれる?」

今勇者になろうとしたら、きっと以前みたいに変身出来ないだろうなあ。
なんて、明後日の方向に思考がいってしまうくらいには混乱していた。
ドラマや少女漫画で良くある熱烈な告白。
素敵だなぁ、と思う反面、私には縁のない出来事だとほんの少し前までは思っていた。
そして、そんな精一杯の気持ちを受け止める側の偉大さというのを思い知った。
なにせ今の私は、普段の彼女らしからぬ直球ど真ん中に投げられた剛速球を受け止めきれていないのだから。

「夏凜ちゃん・・・」

私の体に抱き付いている夏凜ちゃんに何かを言おうとして、二の句が継げなかった。
当たり前だ。何を言えば正解なのか、欠片も分からないのだから。
私も好きだよ?違う。彼女の求める好意がそうじゃないのは流石に理解できる。
同性で恋愛なんて気持ち悪い?論外。ありえない。人が人を愛するのに老若男女など関係ない。
どうすれば。どうすれば。どうすれば――

「友奈が今考えてること、当ててあげる」
「え?」

私の胸から顔を上げて、夏凜ちゃんが言った。慈しみとほんのちょっとの呆れを含んだような表情で。

「どうすれば私を傷つけないようにできるか、でしょ?」
「――っ」

完全に見透かされてしまっている。
やっぱりね、といって夏凜ちゃんが笑った。
潤んだ瞳で柔らかく笑う彼女の様子に、思わず胸が高鳴るの自覚した。

「ねぇ、友奈。私は友奈のそういう優しいところも大好き。だけど、今はその配慮は置いといて。
今私が知りたいのは、友奈の正直な気持ち。もしここできっぱり振られたとしてもいい。それで諦め・・・たりはしないけど」
「しないんだ」
「当たり前でしょ。私は友奈以外の人なんて考えられない。だから何回振られたって諦めたりしないわ。
他の人がいる前でも、もう今までみたいに意地はったりしない。友奈好き好き大好きってアピールしまくってやるわ」
「・・・それはそこまで想ってくれて嬉しいような、周りの反応が怖いような」
「これから嫉妬するのは東郷のほうね。べたべた引っ付いてやるから覚悟しなさい」

ここまでぶっちゃけたのだからもう怖いものは無い、といっそ清々しいといった様子の彼女に思わず苦笑する。
そして考える。私の正直な気持ちを。
私の一番になりたい、と彼女は叫んだ。だから、まずはそれを答えなければならない。

「聞いてくれるかな、夏凜ちゃん」
「うん」
「私は友達に順位なんてつけたくない。みんな大好きで大切な人達だから。でも、それはきっと順位をつけたくないって私が思ってるだけで、どうしたって一番は出来ちゃうんだ。
そしてそれはきっと・・・東郷さん。私が嫉妬して相談に乗ってもらったのが今回の発端だもんね」
「・・・うん」
「私は夏凜ちゃんのこと大好き。今もそれは変わらない。でも、その・・・お付き合いとかはできません。誰かをその、恋愛的な意味で好きって気持ちがまだよく分からなくって・・・
だからそんないい加減な気持ちで付き合ったりとか、そういうことは私、したくない」
「うん」
「これまで通り、東郷さん、夏凜ちゃん、風先輩、樹ちゃん、園子ちゃんと仲良くできたらいいなって思ってる。これが私の正直な気持ち」

言ってから、正直自分に呆れた。
ここまで熱い想いを告白されたというのに、私の望みは前進も後退もしない現状維持だというのだから、愛想を突かされないかと不安になってしまった。
私に抱き付いたままだった夏凜ちゃんが、そっと離れて無理をするように笑った。

「そっか・・・ありがとね、友奈。ちゃんと答えてくれて」
「そんな。こんなことしか言えなくて、むしろごめんなさい」

きっと夏凜ちゃんを傷つけてしまっただろう。
今も俯いてしまっている彼女は、きっと泣いているんだと思う。
なんと声をかければいいのかと悩んでいると、夏凜ちゃんは顔を上げて言った。

「さて、もういい時間だしお風呂入りましょ。体洗ってあげるわ」
「・・・・・・え?」

あんまりな話題転換に思わず目が点になった。
おふろ?

「なに驚いてんの?今日はお泊りなんでしょう。お風呂くらい入るわよ」
「あ、いや。そうなんだけどね。えっと、なんというか・・・」
「さっきも言ったでしょ。今回振られたくらいで諦めたりしないって。今は東郷に負けてるけど、女を磨いて絶対友奈の一番になってやるんだから!
恋愛感情だって、いつか絶対分からせてやるから覚悟なさいよ!」

びしぃ!っと指を突き付けて宣戦布告してくる夏凜ちゃんに、私の頭は再びオーバーヒートした。
――なんというか、夏凜ちゃんは本当に、本当に。

「格好いいなぁ・・・」
「なに当たり前のこと言ってんのよ。ほら、早くお風呂いくわよ。変なことしたりしないから!・・・多分」
「不穏なセリフが聞こえたであります、サー!」
「心配しなくていいわ。私の理性は煮干し並に固いのよ」
「不安がまっくすであります、サー!」

そんなこんなで。
確実に何かが変わった関係性。
でも不思議と不安は無く、ほんの少しの未知の感情を覚えながら、これからの未来に思いをはせた。

END
こちらは前向き(?)な片思いENDということで。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2015年02月08日 22:04