慧音×ゆっくり系3 慧音先生奮闘記_2


「ゆっ?ここどこ?」
親まりさが目を覚ました。
此処は慧音の家の、教室を兼ねた居間。そこに慧音とゆっくり一家がいる。
まりさは辺りを見回し、すやすや寝ている子供達を認めて取り敢えず安堵する。
「おねえさん!まりさたちはもうおうちに帰るよ!」
「駄目です。」
「なんで!」
二人の遣り取りで子供ゆっくりたちも次々目を覚ます。ぼんやりとしていたが、母親と慧音の話に気付いて口々に声をあげた。
「もう帰るよ!」「おうちに帰るよ!」「おかーさん帰ろう!」
「おねえさんバイバイ!」
親まりさは慧音を無視し、子供と共に扉に向かおうとした。移動する瞬間に頭にまた激痛がはしる。
「「「ゆゆゆゆゆぅ~っ!」」」
今度の頭突きは威力を緩めてある。

慧音にとって頭突きは教育の中で行われる神聖な行為である。
頭突きされた方も痛いが、頭突きする方も痛い。自分も痛みを伴う頭突きこそが教育の場に相応しいと慧音は考えたのだ。
慧音は正気かは分からないが本気だった。
そして長年の錬磨の結果、慧音は個々の対象ごとに最適な強さで頭突きを繰り出す円熟の極みに達した。
今のゆっくりも、先程の阿求も、里の子供達も、今まで傷を付けた事など一度も無い。必要以上に痛めつけた事も無い。
それでは教育や躾の名を借りた虐待になってしまう。
慧音の頭突きは、教育と虐待の境界を、かつてスキマ鑑定士が目を見張った程の精度で隔てていた。
慧音が掛け値無しの全力で頭突きを喰らわすのは、死なないから教育と裁判長が断定した妹紅に対してだけである。

「おねえさん!何するの!やめてよね!」
「「「やめてよね!」」」
ゆっくり一家は一斉に抗議の声を上げる。
「みんな黙ってそこに座りなさい。」
慧音は座布団を示す。
「やだよ!まりさたちはもう帰るよ!」
「「「帰るよ!」」」
さらに頭突く。二回、三回。
「痛い!ゆっくりやめてよね!ゆっくりやめてよね!」
「「「ゆっくりやめてよね!」」」
「座りなさい。」
四回、五回、ゆっくりたちは渋々ながらようやく従った。
慧音に向かって右から順に、親まりさ、大きい子から順番に並んで座布団の上に乗る。
ゆっくりが落ち着いたところで慧音が宣言した。
「今日からあなた達は私の生徒です。此処で暮らしながら、正しいゆっくりの生き方を学ぶのです。」
「ゆっ?どういうこと?」
「「「どういうこと?」」」
理解出来ないしたくない内容をスルーし忘れる事に定評のある、ゆっくりブレインにも分かるように慧音は懇切丁寧に説明した。
「貴方達は、人の物を自分のだといったり盗んだり壊したり、馬鹿にしたり、そんな事ばかりして生きています。
あなた方はゆっくりしたいゆっくりしたいと言いますが、それでは他の人はゆっくり出来ないのです。
自分がゆっくりしたいのなら、他人もゆっくりさせなければなりません。それが分かるまで、この家で、正しいゆっくりの仕方を勉強するのです。」
「「「ゆゆゆゆゆっ!?」」」
ゆっくり一家は言われた事の半分も理解出来なかったが、少なくともゆっくり出来ない生活が待っている事だけは認識出来たようだ。
「おねえさんそんなのいやだよ!まりさはおうちでゆっくりしたぶっ!」
「「「ぶっ!」」」
何度目になるか分からない頭突き。
「今の私はおねえさんではありません。上白沢先生です。」
「おね…せんせい。ゆっくりおうちにかえして!」
「「「かえして!」」」
「駄目です。」
同じような問答と頭突きが四十二回繰り返された後、ようやくゆっくり一家は自分達の状況を受け入れた。
しかし現時点では頭突きが怖くて従っているだけ。慧音にとってまだ何も進んでいない。
明日からは頭突きも極力控えねばならない。
制裁への恐怖ではなく、己の倫理に則って行動する様にならねば本当の教育でないからだ。

次の日。
「ゆっくりしていってね!」
「「「ゆっくりしていってね!」」」
ゆっくり一家の声が早朝から響き渡る。その声に起き出した慧音は寝室から出て向かいの襖を開けた。
そこは妹紅もたまに泊まる客間で、今は部屋の隅に藁が敷かれてゆっくりたちの寝床になっていた。
これは朝の挨拶として許容範囲だろう。むしろ褒めてやっても良いぐらいだ。慧音は一緒になって挨拶した。
「ゆっくりしていってね…。」
「「「ゆっくりしていってね!」」」
気恥ずかしさの為に小さい声だが、それでも慧音が自分達と同じ挨拶をしてくれたと、ゆっくりは嬉しそうに挨拶を返した。
「「「ゆっくりしていってね!」」」
「おはようおねえさん!お腹すいたよ!ごはんもってきてね!」
「「「もってきてね!」」」
「先生といったでしょう。それにご飯を持ってきてとはどういう事ですか。」
慧音は親まりさを見た。
「貴方はお母さんだから毎日子供達にご飯をやってきたでしょうね。それは当然のことです。
だけど私は貴方のお母さんではありません。
貴方だって自分の子供でもない他のゆっくりが、ご飯頂戴なんて言ったらおかしいと思うでしょう?
それは、たまにはあげることもあるでしょう。私が昨日貴方達に晩ご飯を食べさせたように。
だけど家族でもないゆっくりが、貴方のお家でゆっくりしているだけで、毎日毎日ご飯を頂戴ご飯を頂戴と言ってきたら貴方だって嫌でしょう?」
阿求の言う「昆虫にも劣る知能」にも分かるようじっくりと説明する。
「ゆ…?」
どれだけ理解出来たのか分からないが、十回同じ説明を聞きた末に親まりさが質問する。
「じゃあどうすればごはん食べられるの?」
「「「ごはん食べられるの?」」」
「自分達で取ってくるのです。人の物を盗むのではなく、自分達で自分達のものを得るのです。」
これも同じように十回繰り返す。
「人のもの…はとっちゃいけないの?じゃあなんならいいの?」
「「「なんならいいの?」」」
「心配はいりません。私の畑に野菜があります。一緒に採って、朝食は馬鈴薯にしましょう。」
「じゃがいも?おいしいの?」
「「「おしいの?」」」
「昨日貴方達が食べたものです。準備するからちょっと待ってなさい。」
着替えた慧音が籠を手に再び現れるまでゆっくりたちはじっと待っていた。
それは行儀良いからではなく、単に頭突きが怖いからだ。昨日一匹あたり三十八回ずつの頭突きを受けて学んだ経験である。
「さあ行きましょう。」
慧音が言った。とってくる?人のものじゃなく?良く理解出来ないままゆっくりたちが付いていった。

「食べものがあるよ!」
家傍の畑を見るや否や、一匹の子まりさが叫んだ。他のゆっくりもつられて騒ぎ出す。
「食べものだよ!」「食べものだよ!」「はやく食べよう!」
畑に駆け出すゆっくりを慧音は静止した。
「あれは私の畑。そこにある食べ物も、私が作った私のものです。貴方達が勝手に食べて良いものではありません。」
…その後も「まりさが先に…」「知らないよ…」「こ゛は゛ん゛た゛へ゛さ゛せ゛て゛え゛え゛え゛え゛え゛…」長々と自己主張と反論が繰り返された。
流石に食物を目の前にしての説教は困難を極めた。ゆっくり一家は皆涙に顔を濡らしている。
慧音は泣いたからといって絶対に言い分を認めたりはしなかった。そんな事をすれば、泣けば済むと勘違いするだけだ。
ゆっくりの天敵-特に作物を荒らされた人間など、泣いたところで絶対に許したりしないだろう。役に立たない処世術はこの一家を不幸に導く。
延々繰り返された問答の末、ようやくまりさが質問する。
「し゛ゃ゛あ゛と゛う゛す゛れ゛は゛い゛い゛の゛お゛お゛お゛お゛お゛!」
「あの野菜は貴方ものではありません。ですが、私が貴方に上げるといえば、それは貴方のものになります。」
「し゛ゃ゛あ゛ち゛ょ゛う゛た゛い゛い゛い゛い゛い゛!」
「さっきも行ったでしょう。貴方も他のゆっくりにただ上げるのは嫌だろうと。」
「し゛ゃ゛あ゛く゛れ゛な゛い゛の゛お゛お゛お゛お゛お゛!」
「貴方達が私のお手伝いをしたら馬鈴薯を上げます。分かりますか?貴方だって、何かしてもらったらお返しに自分のものを上げても良いと思うでしょう?」
所有権の概念である。
「全てが自分のもの」ゆっくり種特有の此の概念を崩さねば何も始まらない。
ここが山場だと言わんばかりに、慧音は必死に教え込んだ。
問答が延々と続き、ようやくゆっくりはこの畑とそこにある作物が慧音の所有物であることを理解した。
今回はこれで満足すべきだろう。
慧音はゆっくりたちに、自分が掘った芋を籠に入れる作業をさせる事にした。
空腹の為、特に子ゆっくりが馬鈴薯を何度も食べようとするが、その度に慧音は止めた。これは未だ貴方達のものではないと。
長い時間が過ぎさった後、運んだほうが却って早く食べられると理解したゆっくりはようやくまともに働くようになった。

「頂きます。」
「ゆっくり食べるよ!」
「「「ゆっくり食べるよ!」」」
居間にはゴザが敷かれ、その上に各自の皿があり、そこには茹でた馬鈴薯、漬け物、米飯が乗せられていた。
じゃかいもを少し運んだだけの対価としては過ぎた食事だが、ゆっくりたちにとっては精神的にも大変な事だったろう。
美味しそうに頬張る姿を見て、慧音は微笑ましい気分になった。
「ご馳走様。」
「ごちそうさま!」
「「「ごちそうさま!」」」
皿のまわりには食い散らかされた滓が散らばっている。異常なまでに汚い食べ方だ。しかし慧音は何も言わなかった。
ゆっくり種それ自体が、汚い食べ方になってしまう構造なのかもしれない。それを確かめる必要がある。
それに、自ずから直すように誘導してやるのが一番良い教育法だろう。
慧音はゆっくりに口の周りを綺麗にさせ、一緒に片付けをした。

「さてみんな。」
食後のお茶を味わいつつ慧音が質問した。
「ご飯はどうだった?」
「おいしかったよ!しあわせー!」
「「「しあわせー!」」」
「それは良かった。それじゃあさっきの事は覚えているかな?」
「さっきのこと?」
「「「さっきのこと?」」」
不安げな顔になるゆっくりたちに対して、慧音は笑顔で話しかけた。先程のじゃがいもの一件を思い出させる。
このゆっくりたちは、さっきは所有権というものが存在する事を理解したかもしれない。だがもう忘れているかもしれない。食べ終わった今がもっとも危険だ。
「みんなは覚えていますか?それから理解出来ましたか?出来なくても先生怒らないから言って下さい。でも嘘は駄目ですよ。」
考え込むゆっくり一家。
「ゆ-?よく分からなかったよ!」
「「「おぼえてないよ!」」」
常人なら瞬間的に殺戮マシーンと化す返答にも、教育者としての慧音は微動だにしない。
ゆっくりの脳に刻みつけるように説明する。
「なんとなく分かったよ!」
「「「分かったよ!」」」
おそらく十分の一も理解していないだろう。そして直ぐに忘れるだろう。
慧音はこれからの計画を思い描いた。一つ一つの事柄を、何度も何度も繰り返し教え込まなければならない。
だがまずは所有権の概念。約束の一週間を使ってそれを徹底的に教えるつもりだった。
教育者として円熟の極みにあった慧音だが、ゆっくりに対してどれだけ通用するか分からない。
だが。慧音は思った。自分は試されているのだ。
慧音は使命感に燃えたぎっていた。



一週間が過ぎ去った。



里の外れの小道を阿求と妹紅が歩いている。
「さーて。どんなもんかしらね。」
妹紅が呟いた。手土産に山で採ってきた果物など持っている。うまくいったときのお祝いらしい。
阿求はあまり期待してなさそうだ。
「まだ一週間ですから、何も変わってない気がします。…でも先生だし、頭突きすれば言う事聞かせられるかもしれません。」
「いや、けーねは本来そう頭突きなんてしないんだよ。悪い事を叱るときと満月の夜は別だけど、基本的には普通の先生さ。」
「そうなんですか?私は随分喰らいましたが。」
「いやいや、阿求ちゃんは色々と事情があるだろう?早く教える為には仕方ないって、けーねも結構つらそうにしてたよ。」
「藤原様も思いっきり喰らってましたよね。死ぬまで。」
「いやいやいや、私は健康マニアだから。いい刺激になるんだ。阿求ちゃんもそのうち病み付きになる。」
「なりません。」
「まあそれはともかく。ゆっくり相手でも教育と言った以上、そんなに頭突きしてないんじゃないかな。
怖がって言う事聞いてるぐらいじゃ、阿求ちゃん納得出来ないだろう?」
「納得しませんよ。人の言葉話せるのにそれじゃあ、畜生以下じゃないですか。言葉が分かればアメンボだって人間と仲良くできますよ。」
「だろう?けーねはそれぐらいの事は考えてるよ。
阿求ちゃんが納得出来るぐらいの、真っ当なゆっくりに教育しようとしてるはずさ。出来るかは知らないけど。」
「それはそうですね。」
「阿求ちゃん、ちゃんと教育出来てるようなら潰しちゃ駄目だよ。」
「いやです藤原様。潰すなんて言ったのは言葉のあやです。」
「そうなんだ。」
「永琳師匠の元で色々学んだんですから。ただ潰すなんて事はしませんよ。」
「そうなんだ。」
妹紅はだんだん隣を歩く少女が別の生き物に思えてきたので会話を打ち切った。
目的地は直ぐ目の前だ。

「けーねー。いるー?」
「ユックリシテイッテネ!」
「「「ユックリシテイッテネ!」」」
どうやら居るらしい。ゆっくりたちの声がする。
戸を開けると、玄関にゆっくり一家が並んで出迎えた。
「イラッシャイマセ!ユックリシテイッテネ!」
「「「ユックリシテイッテネ!」」」
「へー。挨拶はちゃんと出来るようになったみたいじゃん。」
「いや、まだ結論付けるには早過ぎます。」
阿求が冷静なのを見て妹紅は、右手のスペルカードを懐に戻した。妹紅は元々、阿求が暴発したら止める積もりで此処まで一緒にやって来たのだ。
右手は懐の中でカードを握ったままにしておく。妹紅はなんだか手加減したら止められそうにない気がしていた。
その為永遠亭で一番強力な薬も用意してきたのだ。最も理由を告げられた永琳は毒物を渡そうとしたが。

「妹紅に阿求か。入りなさい。」
「コチラニドウゾ!」
「「「コチラニドウゾ!」」」
ゆっくりに導かれるまま居間へ入る。いつもの場所に慧音が座っている。
ゆっくりが一家で協力して座布団を二人分持ってきた。
「コレヲツカッテクダサイ!」
「「「ツカッテクダサイ!」」」
仕事が終わるとゆっくり一家は慧音の左手、入り口側に綺麗に一列に座った。
二人は思っても見なかった展開に驚いたが、ともかくも言われたとおり座布団に座る。
「凄いじゃないか!たった一週間でこんなに進歩するなんて。流石は上白沢先生だな。」
「あー。まあな。」
阿求はまだ疑念を感じているのか、何も言わずにじっとゆっくりを見つめている。
「じゃあけーね。これお祝いな。」
妹紅が手土産の籠を渡す。礼を言うと慧音は、何の疑いも見せずに籠を子まりさたちの上にのせた。
「台所に持って行ってくれ。湯を沸かしてから私が切るから。他の子は二人の湯飲みを持ってきてくれ。」
「「「ワカリマシタセンセイ!」」」
四匹の子まりさが協力して籠を持ち一匹が誘導して、まるで神輿の様に籠を持って行った。
親まりさは行儀良く座っている。
暫くして慧音が薬罐を、子ゆっくりたちが果物の盆、湯飲みの載った盆をそれぞれ持ってくる。
これには流石の阿求も目を見張った。

「頂きます。」
「イタダキマス!」
「「「イタダキマス!」」」
「オネエサンクダモノイタダキマス!」
「「「オネエサンクダモノイタダキマス!」」」
果物の皿を前にして、見事なまでに挨拶と礼節を忘れないゆっくり一家。
「こりゃ本物だね。ほんとにやっちゃったよ。ねえ阿求ちゃん。」
「驚きました。食べ物を前にしてこんな我慢が出来るなんて。」
ゆっくりたちは強制されられてる様には見えない。恐怖から従ってる風もない。
皆温和しく、行儀良く飲んだり食べたりしている。
「ご馳走様でした。」
「ゴチソウサマデシタ!」
「「「ゴチソウサマデシタ!」」」

新たに継がれた茶を飲みながら妹紅が改めて質問する。
「けーね、これはあれかい?もう世間に出しても大丈夫なのかい?それともまだまだなのかな。」
「いや、うん。ああ…。」
珍しく言葉を濁す慧音を見て、妹紅はからかう。
「なんだ?謙遜するじゃないか。こんな大事を成し遂げたんだよ?ああ照れ臭いのか。」
慧音は黙ったままだ。
阿求も言う。
「随分静かにしてるんですね。もっと騒がしいものだと思ってましたが。」
二人はゆっくりを眺める。一家全員行儀良く座っている。
二人はゆっくりを見る。一家全員温和しく座っている。
二人はゆっくりをじっと見つめる。一家全員黙って座っている。
二人は凝視する。一家全員目が虚ろだ。
妹紅が尋ねてみた。
「君達、どうしたのかな?」
「センセイガナニカイウマデスワッテイマス!」
「「「スワッテイマス!」」」
「そうなんだ。先生の言う事ちゃんと聞くんだね。」
「ハイソウデス!」
「「「ソウデス!」」」
「「「センセイハトテモスバラシイセンセイデス!イツモワタシタチノコトヲカンガエテクレマス!ワタシタチハセンセイノイウコトナラナンデモキキマス!センセイガノゾムトオリニスルノガワタシタチノヨロコビデス!ワタシタチノソンザイイギハセンセイニツクスコトダケデス!ソレガワタシタチノユイイツノイキガイデス!サアゴメイレイヲ!ユックリメイレイシテネ!ユックリメイレイシテネ!」」」
「先生…これは…?」
慧音は泣きそうな顔になって首をぶんぶん左右に振った。
「洗脳だ…。」
「違うよもこたん!もこたん違うよ!」
「そうだね。間違えてごめんね。教育だもんね。みんな立派に成長したよ…。」
妹紅はそれ以上言葉を続けられなくなった。目頭が熱くなる。

…ああ、失敗したんだ。最悪の形で。
犬猫あたりならともかく相手はゆっくり。それでも動物みたいに体罰や餌で釣れば、ゆっくりだって言う事を聞かせるだけは出来たかもしれない。
だけどけーねは教育者。「生徒」と見なしたものにそんな真似は出来なかったのだろう。心の底から更生させようとしたのだろう。…その結果がこれだよ!
人間にとっての倫理が、ゆっくりのアイデンティティを破壊してしまったのか。理解出来ない混乱の末、頭がショートしたのか。
どっちにしろゆっくりたちは自我を破壊されて人の命令を聞くだけの存在になってしまった。けーねにとって最も忌むべき結果だ。どんな気持ちなんだろう。
妹紅は口を押さえて横を向いた。嗚咽が出そうになるのを必死でこらえる。

妹紅が延々考えている間にも、ゆっくりの宣誓が繰り返されている。慧音が首を振り続けている。
唐突に阿求の叫びが響いた。
「素晴らしいです!先生!」
「は?」
「ゆっくりでもちゃんと教えれば分かってくれるのですね!私が間違っていました!」
「阿求…。」
「教育ってこんな可能性を秘めていたのですね!阿求目覚めました!いえ、目が覚めました!」
「分かってくれたか…。」
慧音の目からひとすじの涙がこぼれた。やっと報われた。そんな気がした。
妹紅の目からひとすじの涙がこぼれた。けーね、あんたの目の前にいるのはモンスターだ。こいつ絶対違うほうに解釈してるよ…。
「先生!」
「阿求!」
涙ながらに抱き合って喜ぶ師弟。二人の傍ではゆっくりたちが「ユックリメイレイシテネ!」と叫びながらぐるぐる回っている。妹紅は涙が止まらなかった。

日が陰る頃、阿求は帰って行った。今日の事を教訓に考え方を改めると誓って。慧音と妹紅はその姿をいつまでも眺めていた。
「それでこいつ等どうするんだ?」
「ワカラナイ。」



阿求の日記*


神無月二十八日
早いものでうちにゆっくりが来てからもう三月経った。
十匹のゆっくりたち。れいむが六匹、まりさが四匹。
れいむたちはだいぶ懐くようになった。始めの頃はあんなに怯えていたのに。
まりさはまだちょっと警戒しているのかあまり寄ってこない。
それでもみんなが縁側に並んで日向ぼっこしてるのを見ると心が和む。なんて可愛い生き物だろう。
この変化には自分でも驚いた。
前は目に映った全てのゆっくりを殺戮していたものだが、今それと暮らす事が心地よい。
たまにイタズラもするが、お母さんや私が叱ると反省してくれる。
心を込めて叱ればちゃんと分かってくれる。
それを教えてくれた先生は凄いお人だ。
永琳師匠もそうだ。最強だなどと思い上がっていた自分が恥ずかしい。
先程一匹のれいむがイタズラをした。今日はお母さんが出かけているから私が叱らなければならない。
だけど私は怒りに身を任せたりしない。先生に教わったように、正しく教育を施そうと思う。
自分のした事を反省して成長したれいむを見るのが楽しみですらある。
そう、私は教育に喜びを見いだしている。



「さて。」
机の上半分は、墨で真っ黒になっている。何十枚かの原稿も。
筆を置いて、阿求は傍の木箱を手に取った。
庭に向かう。
「阿求せまいよ!ここから出して!」
「駄目です。あなた悪い事したんだから。」
「れいむはわるいことなんてしてないよ!」
「じゃあなんで机の硯がひっくり返っているの?今日書いた原稿が全部駄目になっちゃったじゃない。」
「ゆっ!しらないよ!れいむがのぼるまえにかってにたおれてたよ!」
「嘘付く子にはお仕置きです。」
「ゆゆゆゆゆーっ!」

阿求は庭の隅に鍬で穴を掘る。
箱の中からは延々声が聞こえてきたが、阿求は黙って掘り続けた。
そう、叱るときは泣いたからと言って甘やかしてはいけない。それではこの子のためにならない。
納得するまで、根気よく相手に向き合わなければならない。それが教育なのだから。
阿求は穴を掘り終えると木箱を取った。それを顔の高さまで上げる。
「れいむ。貴方が何をしたのか、何が悪かったのか、ゆっくり考えなさい。」
「阿求!なに?なにしてるの?これからなにするの?怖いよ!ここから出して!」
「貴方がゆっくり考えられる様にしてあげるの。」
阿求は木箱を穴の底にそっと置くと、黙って土を掛け出した。
木箱からは依然として叫び声が聞こえる。
それは蓋が開かないように縄で縛り付けてあり、蓋には「れいむ、おしおき中」と書かれた札が貼ってあった。



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最終更新:2008年09月14日 11:06
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