ゆっくりいじめ系1066 奇形たちの楽園 後編


三日目
昨日の天気とはうって変わって快晴だった
今夜行なわれる大規模な花火大会を記録したあと。男は明日朝一の船で本土に帰る予定だった



前日に早く寝た分、この日は早朝から公園の風景を撮影していた
時計が10時を回ったあたりから人が段々と増え始めて、午後にはこの三日間で最も人が多く集まっていた

時刻は夕方をなり
様々な催し物が無事終了し、あと残っているイベントは花火だけとなった

念のためフィルムを取りに宿へ戻ろうとする途中、ゆっくりまりさの子供を一匹見つけた
近づいてみるとその子まりさが怪我をしているのがわかった
「おい、どうした?」
頭から餡子が流れ出ており、ぐったりとしていた
「・・・ゅぅーー・・・・・ゅぅーー・・・・・」
まだ生きていた
この公園の数箇所に『怪我をしたゆっくりを見つけた方は速やかに広場の入り口にある施設へご連絡ください』という看板があったことを思い出した
連絡を入れるより、直接持っていったほうが早いと考え、男は子まりさを直接運ぶことにした

広場の入り口付近には建物が二つあり
片方がこの公園の環境を維持するための緑化推進センターで、もう片方がゆっくりの管理を目的として建てられた施設だった

施設に入ると、スタッフが速やかに対応してくれた
結構な餡子が出ていたが傷自体は浅く、命に別状は無いらしい
「わざわざここまで連れてきて頂き、ありがとうございます。あとは全て我々の方でやりますので、どうかお祭りにご参加してください」
とスタッフに言われたが、今は祭りよりもこの施設のことが気になった
男は自分が新聞記者だという旨を伝えて、ここの施設の案内をしてくれないかと申し出た
「すみません。生憎とお時間が・・・」
「私で良ければご案内いたしますよ?」
「「え?」」
男とスタッフは同時に声のした方を見た
「町長・・・」
「花火が始まるまで時間に余裕ができまして、私の暇つぶしに付き合って頂けませんか?」
「そんな願ってもない。よろしくお願いします」
思いがけない幸運に恵まれ、男はこの施設に一番詳しい人物の案内で見て回ることができた


「意外と普通ですね」
何箇所か回り、男は率直な感想を述べた
「まあ。ゆっくりの避難所のようなものですから」
これまでに回った場所は雨天時にゆっくりを収容するための場所、負傷したゆっくりを治療するところ、ゆっくりに与える餌を分配する仕分け所だった
どれも動物園の真似事をしたような、何の変哲もない場所だった
「残りは出産場と育児所ですが。ご覧になりますか?」
「ええ、折角なんで」
廊下の一番奥まで進むと『出産場』と札のかかる部屋の前に到着した
「ところで、あなたはこの島に何匹のゆっくりがいるとお思いですか?」
ドアを前にして、町長がたずねる
「そうですね・・・他の市や町にいる数の平均が約3000匹なので、この島は大体1000~1300匹ほどでしょうか?」
「すこし遠いですね。正解は747匹です」
その答え方に男は疑問を感じた
「なぜそこまで正確な数がわかるんですか?」
「ゆっくりの数を調整するために飼いゆっくりだけに限らず、この島にいる全てのゆっくりは生まれて少し育つと不妊治療を受けるんです」
町長がドアを開ける
「つまりこの島でここが唯一ゆっくりの生まれる場所なんです。だから正確な数を把握できるんです」
中には“二匹だけ”ゆっくりがいた。れいむ種とまりさ種だった
その二匹はどちらも男の身長ほどある巨体だった
「この二匹はこの島で一番最初に発見されたゆっくりです」
「えっ?」
男は信じられないという顔をした、十年以上も生きたゆっくりなど聞いたことがないからだ
「非常に残酷な行為ですが、人の手で無理矢理延命させています。出産の時だけ覚醒させてそれ以外は休眠してもらっています」
今はその時期ではないらしく、二匹とも目を閉じて浅い呼吸を繰り返していた

「なぜそのようなことを? 数を調節するにしたって他にいくらでもやりようがあるじゃないですか」
老衰死直前のゆっくりを使用するする理由が見つからない
「お祭りの初日、あなたが教会へ来た時にゆっくりの政策についての裏側を少しお話したのを覚えてますか?」
「はい、ゆっくりの保護政策は町長の独断で実行されたということですよね?」
「そうです。私がゆっくりを【神の贈り物】だと当時妄信していた頃の話です」

町長は再び懺悔を始めた

「政策が成功した時、私は一安心しました。しかし本土のゆっくりの状況を見て私は焦りました」
「焦った?」
「島の外から来たあなたならわかるはずです。本土のゆっくりは俗世に染まり穢れてることに」
本土で生息するゆっくりはゴミ箱を漁り散らかす、仲間を平気で見捨てる、盗みを覚える等、人の生活に害を成す存在だった
もっともこの場合は『穢れ』と言うよりも生きていくために『順応』したと言ったほうが正確だが
そしてその種類もれいむとまりさの二種類だけにとどまらず、様々なものに派生していった
「この島のゆっくりも世代を重ねることで、いずれそうなり穢れていくのを私は恐れました・・・本当にあのときの私はどうかしていた」
愚かな行為だったと町長自身認める
「【神の贈り物】を汚してはならないと感じた私は、当時まだ健在だったこの二匹のゆっくりを母体として、他は全て不妊治療を施すように指示しました」
それまでこの出産場は妊娠したゆっくりを収容し生まれてくる子供の数を調節するための場所に過ぎなかった

結果としてその指示が種の氾濫を防ぐのに繋がり、数も調整しやすくなったことでゆっくりの被害がさらに減った
またしても“神のおぼし召し”だった
そのため現在もこの方法が継続されていた

「つまり公園で親子だと思っていた家族は全て同じ親から生まれた歳の離れた姉妹ということですか?」
「そうです」
この島にれいむ種とまりさ種しかいない理由が合点した
しかもそれらは全て原初のゆっくりから生まれたものたちで
かつて本土で絶滅した穢れる前の“純心なゆっくり”だと知り男は驚愕した

出産場を出た後、育児所の方へは行かずそのままロビーに戻ることにした

待合室でコーヒーをご馳走になっていると怪我をしたゆっくりを持った人が何人か目についた
「怪我をしてここに運ばれてくるゆっくりは結構多いんですか?」
「いいえ、一日に有るか無いかです。きっとお祭りで普段よりも人が多いので落ち着かないのでしょう」
「そうなんですか?」
朝から男は祭り会場の市民広場とゆっくり広場を何度か行き来したが、特に人数はこれまでと変わらなかったし、ゆっくり同士が喧嘩している場面も無かった
(誰かがゆっくりを襲ってる?)
嫌な想像が頭の中に広がる
町長とその場で別れると、頭をよぎった不安を払拭するためにゆっくり広場に再び足を向けた


ゆっくり広場の淵、道路沿いの道を男は歩いていた
途中、仰向けの状態で息絶えているゆっくりれいむとまりさの番(つがい)を見つけた
どちらも頭から餡子が飛び出しており、踏み潰されたのだとわかった
苦しそうな表情のまま固まり、その生命の宿らない目はただひたすら太陽を見つめていた
自然と男は鞄からカメラを取り出す
男はその二匹をそれぞれ写真に収めた、なぜ収めたのかは自分自身でもわからない
ジャーナリストのサガがその光景を非日常だと判断したからなのかもしれない

ファインダーを覗き込んだまま前方を見ると教会にいたあの女の子がこちらに背中を向けていた
彼女は自分より年下の女の子と何か話をしていた
カメラの倍率を上げて二人を盗み見ると、男はあることに気づいた
「まさか・・・」
彼女の靴は餡子で黒く汚れていた
男は歩く速度を上げた


教会の女の子は、たった今道ですれ違った自分より年下の小さな女の子に声をかけた
「そのゆっくりまりさ、あなたの?」
その子の隣には帽子にタグのついたゆっくりまりさがいた。大きさはサッカーボールほどだった
「うん! まーちゃんって言うの!」
両手でまりさを持ち上げて、自慢げな顔をする飼い主
「まーちゃん、ごあいさつは?」
飼い主に言われてお決まりのセリフを吐くためにまりさは息を大きく吸いんだ
「ゆっくりしていってね!」
「・・・うるさい」
女の子が手を振り上げる、飼い主はなんだろうかと首を傾げた
その手が振り下ろされる
「いぎゅっ!!」
真横からはたかれて道路に転がるまりさ。そこにちょうど車がやってくる
「まーちゃん!!」
まりさは間一髪で道路の中央線のところまで跳び、辛うじて死を免れた
轢かれなかったことが不満なのか、彼女は小さく舌打ちをしてその場から去っていった
まりさの飼い主は偶々近くを通りかかった(と、本人は思っている)新聞記者の腕章を付けた男に助けを求めた
「まーちゃんがっ! まーちゃんがっ!!」


男が飼い主の子に呼び止められた時、ゆっくりまりさは道路の真ん中で前後から来る車に翻弄されていた
「ゆっくりしていってね! ゆっくりしていってね!」
泣きながらどれだけ頼んでも自動車はゆっくりしてくれなかった
ようやく車通りが無くなり、男がまりさを抱えて飼い主の子に渡す
飼い主の子の礼の言葉を待たず、男は走り出した

彼女の姿は完全に見失っていた

目を凝らすと所々に動かなくなったゆっくりがいた。おそらくほとんどが死んでいるのだろう
町の人間のほとんどの関心が祭り会場に向いているため、この事態に気づいているのは男を含めてごく少数だった

勘だけを頼りに進むと、腰ほどの高さのある囲いが目に付いた。近くでは蹲る人の姿もあった
嫌な予感がして駆け寄った
「大丈夫ですか!?」
倒れていたのは老人だった。しきりに腰を擦っている
「お嬢ちゃんがいきなり囲いの中にいるゆっくりの子供たちを潰し始めたんで止めようとしたら、突き飛ばされて腰を・・・」
この囲いは小さな子がゆっくりと触れ合るようにするのを目的として設けられていた
囲いの中ではソフトボールほどの大きさの子ゆっくりがひしめいていたのであろうが、今となっては何匹いたのかわからない
ワイン造りのブドウ踏みを連想させる光景だった
老人に奇異な目で見られながらもその様子を撮影した

老人が教えてくれた方向に彼女がいた、両手で少し大きめのゆっくりれいむを抱えている
そのまま広場の中央に設置された、二階建て程の高さを持つ展望台の階段を登っていった

男はそこでようやく彼女に追いついた

「どうしてさっきからついて来るの?」
階段を登り終えた時、男は大きく息を切らしていた
男の息が整うまで彼女は律儀に待ってくれた
れいむを抱えた状態で話しかける

「ねえおじさん。この島のゆっくりはみんな変だとおもわない?」
その口調はいつもより弾んでいた
「確かに変だと思うよ。ゆっくりしていってねとしか喋らないし人を恐れないし、悪さをしない」
もし自分と同じ町に住む人間にここにいるゆっくりを見せたら、口をそろえて「ここのゆっくりたちはおかしい」と言うだろう
「でも、それは町長さんが」
「町長? なんで神父様の名前が今出てくるの?」
不思議そうな顔をして首を捻る
「え・・・・君・・・・もしかしてこの島のゆっくりの話を聞いて・・・」
どうやら彼女はこの島のゆっくりが本土ではすでに絶滅している原初のゆっくりであることを教えてもらっていないらしい

男の言葉も聞かずに彼女は語りだした
「おじさんは私のこと、奇形の好きな変わった娘だと思ってるでしょ? ・・・・でもね、それは間違い」
ふいに見せた大人っぽい笑みに男はドキリとした
「だってこの島のゆっくりはみんな奇形・・・出来損ない」
「奇形?」
町長はここのゆっくりを『ゆっくりの原初』と呼び、彼女は『ゆっくりの出来損ない』と呼んだ
「もしね・・・奇形を決める基準が外見だけじゃなくて内面も考慮されるのなら。この島のゆっくりはみんな奇形なんだよ?」
彼女はその根拠を説明しようとする
「『自然界で自力で生きていけない存在』を奇形と定義したらそうなる。自力で餌が取れないのなら口や目が無いのと同じことでしょ?」
生きていくための機能が欠落したモノを彼女は奇形と定義して結論付けた
彼女が指摘するとおり、この島のゆっくりは餌をもらい生きているため恐らくもう自然では暮らしていけないだろう

「この島には私の知る『まともなゆっくり』は一匹もいない。ゆっくりは意地汚くて薄情で、ワガママなのが普通でしょ? ここの子はみんな良い子ちゃん過ぎるわ」
本土で育った彼女にはそちらのほうが正しい姿なのだと思い込んでいた
「それが君には気に入らなかったのかい?」

男の問いに答えず、彼女は抱えていたれいむを地面めがけて落とした
耳障りな音がした。下を覗き込んで成果を確認する
「つぶしても全然楽しくない・・・昔みたいにすっきりできない」
そう呟くと自身も手すりに足をかけて飛び降りた
男が慌てて手すりに駆け寄り下を見ると、彼女は平然とした様子で芝生の上を歩いていた
階段で降りている間にまた彼女との距離を空けられた
思い切り走ってはみるがまたすぐに息が上がってしまい、デスクワークの多い自分の職場を呪った
そして急いでいるはずなのに、ゆっくりの死体を見つけるとカメラに収めずにはいられなかった



彼女は教会の近くの大樹の所まで来た、案の定いつもどおり子れいむがいた
ここの子れいむは餌を貰うとき以外はいつもこの場所にいるのを彼女は知っていた。その理由は知らないが
子れいむは彼女の姿を見つけると大はしゃぎして寄ってきた
「ゆっくりしていってね! ゆっくりしていってね!」
「うるさい・・・」
この声を聞くたびに彼女は言葉では言い表せない憤りを感じていた
むんずっと子れいむを掴み上げて手のひらに乗せる
「ゆぅ~~~~♪」
遊んで貰えるとでも思ったのか、子れいむは陽気に歌いだした

その声にますますイライラが募る

肺一杯に空気を溜め込んでから力いっぱい叫んだ。彼女は昔の性格に戻っていた
「お前は特に気に入らない!! 私の姿を見つけるといつも駆け寄って来て毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日・・・」
今まで溜め込んでいたものが爆発した
子れいむはただ目をパチクリとしていた
ポケットから工作で使用する刃の薄いカッターを取り出す
「お前があの言葉を吐きつけるな!!」
カッターの刃が頭に沈んだ
「ゆ゛っく゛り゛いいぃい!!」
「なんなんだお前達は!!! どうしてゲスじゃないんだ!? どうして同じ言葉しか喋らない!?」
子れいむの目がぼこりと一瞬だけ浮かび上がる。中を掻き回れてた
口の端からヨダレのように粘ついた砂糖水が流れ落ちる
「ゅぅっっっっぐりぃぃぃぃぃぃじでぇぇぇぇぇぇい゛っでぇぇぇ・・・・」
それでも喋ろうとする子れいむを見てさらに声を荒げる
「まだ言うか!! この饅頭モドキが!! 楽に死ねると思うなっ!!」
死なないギリギリの力加減で締め上げながら掻きまわす

そんな時背後から気配を感じた

振り向くとそこにはゆっくりれいむとまりさが合計で10匹ほどいた
「ゆっくりしていってね!」「ゆっくりしていってね!」「ゆっくりしていってね!」「ゆっくりしていってね!」「ゆっくりしていってね!」
突然彼女に向かい合唱し始めた
「うるさい!! 後でちゃんと殺してやるから大人しくしてろ!!」
「ゆっくりしていってね!!」「ゆっくりしていってね!!」「ゆっくりしていってね!!」「ゆっくりしていってね!!」「ゆっくりしていってね!!」
「だまれ!!」
子れいむを掻きまわしながら群れに近づく
「何? 今度は仲間を助けに来たの!? 本当にどこまでもゆっくりらしくない奴等ね!! 私が見たいのはお前等のそんな健気な姿じゃないっ!!」
群れのゆっくりは一度だけ彼女の目を見て体を前に傾けた
その目はまるで彼女を憐れんでいるようだった
「何? 踏み殺して欲しいの? ・・・・・・いいわ、そんなに死にたいならお望みどおり潰してあげる」
彼女は足を振り上げた

異様な光景に男は立ち尽くしていた
大樹の下で、あの女の子がヒステリックに叫びながらゆっくりを踏み潰しいく
ゆっくりたちはその振り下ろされる足をなんの抵抗もしないまま受けている
彼女の動機は? なぜゆっくりは抵抗しない?
様々な疑問を抱えながら、ただ男は馬鹿みたいにシャッターを押し続けた
自分のしていることを異常だとは理解しつつも手が止まらなかった

足が疲れて一撃で潰せなくなったのか、最後の一匹は四度踏んでようやく死んだ
10匹全てを潰し終えると
彼女はカッターナイフの刺さった子れいむを捨てて、両手で頭を掻き毟った
「あああああああああもうっ!!! 全然すっきりできない!! 全然ゆっくりできない!! 殺したって全然達成感が沸いてこない!!」
その場に崩れるように座りこむ
「一体何者なんだお前等はっ!!」
叫ぶことは出来ても立ち上がる気力は無かった
彼女の精神はゆっくりの献身によってへし折られていた

やがて他の目撃者による通報で、広場のスタッフと警官が駆けつけてきた














翌日。結局彼は朝一の船で本社に戻ることは出来なかった

訊いた話だとあの女の子が暴れた後も、祭りは普通に進行していったらしく。今年の祭りも大成功を納めたと島の歴史に刻まれたそうだ
彼女がしたことなどその程度のことでしかなかった

彼女はいったん病院で健康状態を検査したあと警察署へ送られた
男も騒ぎに関わった人物として疑われ、カメラと持っていたフィルムを全て没収されてた
撮影した内容が内容だけに一晩拘留所で過ごす羽目になった
開放されたのは翌朝のことだった。急ぎ電話で編集長に諸事情で記事が書けなくなったという旨を伝えたら
「特集のページがオーバーしてしまい、どれを削ろうか迷っていたので丁度良かった」と言われて特にお咎めは無かった

拘留所から出て電話を終えたあと、町長の秘書を名乗る者から「町長からお話があります」と言われ、高級そうな車で役場まで送迎された
到着してすぐに町長の部屋に通された
この時、この人はスーツの姿よりも法衣の方が似合っていると密かに彼は思った

拘留所で過ごさせてしまったことを詫びたあと、突然町長は茶封筒を大理石で出来たテーブルの上に置いた
包みを開けると相当な額の札が入っていた。彼の半年分の給料を軽く超えていた
「これはなんのお金ですか?」と訊くと「あの子の両親から、あと僅かですが私の分も入っています」と答えた
なんでも今回見聞きしたことは一切口外しないで欲しいとのことだった
彼は元よりそのつもりだった。今回の件を口伝したからといって誰も喜ばないのは明白である
だから口外しないと約束して封筒を町長に返したが、強く拒否されたので渋々受け取ることにした
「私と彼女の父は孤児で同じ施設で育ちました。兄弟のような関係でした」
封筒を鞄にしまい終わると、唐突に町長が語りだした
「私は神の存在を肯定する聖職者を、彼は神を否定する科学者を、それぞれ真逆の道を選びましたが今でもその関係は変わりません
 けれどゆっくりが発生して、彼は少しばかり変わってしまいました。ゆっくりの研究に没頭するあまり、彼は家庭を省みなくなってしまったのです」
変わったものは自分もですがと言葉の最後に付け足した
「奥さんが出て行き、家にはあの子だけが取り残されました。彼女自身が家を出て行くことを拒んだのです。研究所に篭る父の帰りを彼女はずっと待ちました」
だが、一人でひたすら待ち続けた彼女の心を孤独という名の病害が徐々に蝕んでいった
そして事件は起きたのだという
「ある夜、彼女は当時暮らしていた町中のゆっくりを潰して回りました。野良も飼われていたのも無差別に」
飼いゆっくりの賠償は父親の貯蓄のほんの一部を使うだけで簡単に解決できた。皮肉にもその莫大な富はゆっくりの研究で築いたものだった
そして彼女はこの島の教会に預けられた。それが二年ほど前の話だった
彼女の父が頼れるのがこの町長しか居なかったというのもあるが、この島のゆっくりなら彼女も気に入るだろうという期待もあったらしい

結果。彼女はこの島のゆっくりと本土のゆっくりのギャップに強烈なジレンマを抱きその感情が爆発した
それがたまたま昨日だっただけの話だった
特に引き金らしい引き金は無かった

あの子はこれからどうなるのかと訊くと「遠くの特殊な病院でしばらくお世話になる」と残念そうに言った
ああいう所に一度入ると、まず出こられないことを神父も彼も理解していた
「私があの子にちゃんとこの島の歴史を伝えていれば・・・・」
町長は自分を責めるように呟き悔やんだ。彼女はゆっくりに対してある種神経質だったため、その話を伏せていた
慰めの言葉が見つからないほど落胆していた
なお今後奇形たちの面倒は町長が見ていくそうだ
彼女が死んだ奇形を保存しているのを知っていたが黙認していたらしく、近いうちにケースから出して全て埋葬するらしい



男はあの公園で起きたことを全て町長に話した
「自分は最後にどうしてゆっくりたちが自分から彼女に潰されにいったのか理解できません」
彼女が豹変した理由はわかったが、それだけはどうしても腑に落ちない
「きっと、彼女にもゆっくりして欲しかったのでしょう。この島のゆっくりは人間の気持ちに敏感で心優しいものばかりですから・・・」
「本当にそうだと思いますか?」
「他の方には内緒にしていますが、私は未だにゆっくりは人を幸せにするために生まれてきたと“だけ”は信じているんです」
この時だけ町長は神父の表情になる
「私は彼女がまたこの町に戻ってきてくれると信じています。今回の一件はきっと神が彼女にお与えになった試練だと思っています」
「それは“神のおぼし召し”というやつですか?」
「ええ、そうです。だから今後も彼女にはこの島の歴史を教えないでおこうと思います」
「・・・・・なら私もそう信じることにしましょう」
いつかこの島のゆっくりの気持ちが彼女にも理解される日が来ることを男も神父も心から祈った


役場での話しを終えて「港まで送ります」という申し出を丁重に断った。男にはどうしても行っておきたいところがあった
しばらく歩き目的の公園につくと、相も変わらず人間とゆっくりが戯れていた
死体も餡子も全て片付けられており、まるで昨日の出来事など無かったかのようにどの人間もゆっくりも振舞っていた
男は公園の端、教会の近くに立つ大樹を目指した
相も変わらなかったのはここの子れいむも同じだった
カッターで刺されて痛めつけられてはいたが、餡子そのものは損失していなかったため比較軽症ですんでいた
「いくら待ってもあの子はもう来ないぞ」
「ゆ?・・・・・ゆっくりしていってね! ゆっくりしていってね!」
不思議そうな顔をして体を傾けると、すぐに元気良く飛び跳ねだした
「お前はあの子の心の内面を知っていたのか? だから毎日・・・」
「ゆっくりしていってね! ゆっくりしていってね!」
それ以上のものは返ってこなかった
訊いた自分が馬鹿だったと思い、手を振ってれいむに別れを告げた
きっと死ぬまであの子を待ち続けるのだろうと男には何となくわかった

港についた頃には丁度出港の時間になっていた
乗客は彼を入れて片手で数えられるほどしかいなかった
いよいよ船が出港する
これで見納めになると思い甲板に出た

だんだんと小さくなっていく島を見ながらこの島で起きたことを振り返った

あの女の子は島にいる全てのゆっくりのことを『奇形』と呼んだ
『他と違う』という意味では確かにその通りかもしれないと男は思った
町長の加護がなければあの島のゆっくりは絶滅していたのは事実だ

本来自然淘汰されるモノを不自然な形で生かしている不可解な島
生きられぬはずの種が、人間の庇護の元あらゆるものから守られて繁栄を続けられる唯一の場所
最初この島に来たとき彼は、あの場所をゆっくりの監獄かなにかだと思っていた

だが、今は違うと思った

奇形たちの楽園がそこにはあった



end










~ additions (蛇足) ~


あれから幾年もの月日が流れていた
新聞記者の男がこの島にやって来たことはあれから一度も無い
島の町長は去年引退しており、今は教会で神父だけを続けている
町長が代替わりしてもゆっくりの管理方法はそのまま引き継がれ、ゆっくり広場は今も健在だった
母体となるゆっくりも世代交代して、今は別の個体がその任を務めている
当時大樹の下を寝床にしていた子れいむは今では子供の腰あたりの高さにまで成長していた

そのれいむに大きな旅行かばんを持った女性が近づく

女性を見た瞬間、これまで覇気の無かったれいむの表情に生気が宿る
「ゆ・・・ゆ? ゆ!? ゆ!! ゆっくり、ゆっくり!ゆっくり!ゆっくり!ゆっくり!!ゆっくり!!ゆっくり!!ゆっくりしていってね!!!」
「うるさい」
「ゆぎゅぅ」
指を丸め、猫足を模したような手がれいむを小突いた
やさしく小突いたはずなのに、れいむは目に大粒の涙を浮かべて泣きはじめた
「ただいま・・・ゆっくりしにきたよ」
「ゆっくりしていってね゛っ!!! ゆっくりしていってね゛っ!!! ゆっくりしていってね゛!!! ゆっくりしていってねっ゛!!!」

その言葉に答えるように、女性は優しく微笑んだ


fin





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最終更新:2008年10月07日 21:46
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