翌日の朝──
「ゆっゆっゆっ、きょうこそれいむにいっしょにすんでもらうんだぜ」
巣穴から出てきたのはゆっくりまりさ。あの三匹のまりさの内の一匹である。
ちなみに三匹は全員れいむに惚れており、誰が先に自分の伴侶にするか競争しているライバルである。
最も、この三匹はまったくれいむから相手にされていないわけではあるが。
「まずははらごしらえなんだぜ、たべものをさがすんだぜ」
このまりさはゆっくりの中では立派とも言える巣をもっているが、食べ物を保存するという計画性はまったく無かった。
その辺りにある物を食べたり、他のゆっくりから食べ物を無理矢理奪うなど、実にその場しのぎな生活をしていた。
今日もいつもと同じように、食べ物が無いか跳ねながら辺りを見回す。
「ゆっ、なんかあまくていいにおいがするんだぜ」
匂いの元を探して跳ね回ると、さほど離れていない場所に、小さな黒い塊が落ちていた。
どうやら先程の甘い匂いは、この塊から発しているらしい。
まりさは一口丸ごと食べてみる。
「うめぇ!! これめっちゃうめぇ!!」
思わず声に出して叫ぶほど美味しい味がまりさを包んだ。こんな物は食べた事が無い。
この美味しい食べ物がもっと欲しい、まりさは他に同じようなものが無いか辺りを見回す。
すると先程と同じように、黒い塊が点々と落ちていた。
まりさはそれを見るや、点々と落ちている黒い塊を食べながら辿っていく。
道しるべのように点々と落ちていたその先には、大きな黒い塊が落ちていた。
「ゆゆーっ!! これはまりささまのものなんだぜ、だれにもわたさないんだぜ!!」
夢中になってその大きな塊を貪るまりさ。その姿は醜かったが、とても幸せそうだった。
だがそのために気づかなかった。考えもしなかった。
この塊が何でできているかという事に。
この塊が何でここに落ちているかという事に。
自分の家から点々と小さな塊が落ちていたという事に。
いつのまにか、誰かに見られていたという事に。
「がつがつがつがつがつがぶぉぶ!!」
食事中に強い衝撃を受け、黒い塊に突っ込むまりさ。
突然の出来事に思わず吐き出してしまい、吐き出した先に突っ込んでしまった事で、自身の顔がべとべとの黒まみれになってしまう。
食事の邪魔をされたどころか言いようの無い屈辱を受けたまりさは今までに無い怒りを覚えた。
「なにをするんだぜ!! まりささまをおこら……せ……」
後ろを振り向いたまりさは唖然とする。
そこには遠ざかるまりさの姿が見えた。
しかしその帽子には見覚えがある。見間違えることなどない。
まりさは今までに無い怒りを即座に忘れ、さらに強い怒りと焦りを覚える。
「ばがあぁぁぁぁ!!!!! まりざざまのぼうじがえぜええええぇぇぇぇぇ!!!!!」
帽子を奪った相手のスピードはそこまで速くはなく、見失う事は無かった。
しかし追いつくことも無く、一定の間隔以上は離されていた。
それでもまりさは必死になって、自分の帽子を取り戻そうとひた走る。
しばらく走っていると、急に相手のスピードが速くなった。
負けじとまりさも追いつこうとするが、離される一方であり、見えなくなってしまった。
それでも帽子を取り返さなければいけない、ゆっくりできなくなるのは嫌だ。
そんな思いから気力を振り絞って懸命に進む。
そしてその苦労は報われ、先程帽子を奪ったまりさに追いついた。
よくみると、その先にはいつも一緒に行動しているゆっくり仲間がいるではないか。
これで帽子を取り返せると思い、まりさは叫ぶ。
「ごのばがあぁぁぁ、まりざざまのぼうじをざっざどがえじでゆっぐりじねえぇぇぇ!!!!!」
その声にゆっくり達は反応する。
「ゆっ、ゆっくりできないゆっくりがいるよ!!」
「ゆっくりできないゆっくりは、ゆっくりしぬといいんだぜ!!」
「まりささまがころしてやるから、ありがたくおもうんだぜ!!」
まりさは一瞬言っている事が理解できなかった。
仲間達の反応は、自分の考えていた反応とまったく違っていた。
「なにいっでるのおぉぉ!!! ぼうじをうばっだゆっぐりでぎないゆっぐりばあいづだよおぉぉぉ!!!」
「なにねぼけたことをいっているんだぜ? まりささまがぼうしをとられるわけがないんだぜ」
「おお、おろかおろか」
「ゆっくりできないゆっくりはやっぱりばかなんだぜ」
「あんなのがいたらゆっくりできないよ!! みんなあいつをやっつけてね!!」
「「「わかったんだぜ!!!」」」
涙ながらに訴えるが、仲間たちは判ってくれなかった。
それどころか、帽子を奪った犯人と一緒に此方に来るではないか。
「ぢがぶっ!! まりざざまがまりざざまなんだぜえぇぇ!! にぜものはあいぶぅぅぅ!!!」
必死に伝えようとするが、仲間達は聞く耳持たず、それどころか体当たりを仕掛けてきた。
このままでは死んでしまう、そう思ったまりさは一旦逃げることにした。
「まりざざまがまりざざまっでなんでわがっでぐれないんだぜえぇぇぇ!!」
「にがさないんだぜ、ゆっくりしぬといいんだぜ」
「まりささまのなをかたるなんて、しけいなんだぜ」
「まりささまがじきじきにころしてやるから、ありがたくおもうんだぜ」
しばらくまりさは逃げていたが、先程まで全力疾走していたのだ、そう体力も持たなかった。
すぐに三匹のまりさに捕まってしまい、体当たりを受ける事になる。
「ゆぎゃっ、ゆべぇっ、やめるんだぜ、まりざざまばぼんもの゛おぉぉぉ!!」
「うるさいんだぜ、そんなうそにはだまされないんだぜ」
「このごにおよんでうそをつくなんて、おうじょうぎわがわるいんだぜ」
「うそつきのゆっくりはさっさとしぬといいんだぜ」
「ゆぎぃっ、ゆぶっ、ゆげっ、ゆぎゃあぁぁぁ!!!」
最早まりさには体力は残されておらず、ただ三匹のまりさたちのサンドバッグとなる運命しかなかった。
しばらく悲鳴を上げていたが、やがてその声も弱まり、遂にはなんの反応も示さなくなった。
動かなくなったまりさだった物をみて、二匹のまりさはゲラゲラと笑い出す。
「すごくゆっくりしてなかったんだぜ、しんでとうぜんなんだぜ」
「せいぜいあのよでゆっくりするんだぜ」
勝手な事を言って馬鹿笑いをしている二匹に対して、もう一匹のまりさは二匹に聞こえないように呟いた。
「そうだね、おまえたちもいっしょだよね」
「ゆっぎゃああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」
「な、な、な、なんなんだぜ!?」
突然悲鳴を上げるまりさに驚き、まりさはそちらを見る。
そこには大きく口を開けて叫ぶまりさの姿が見える。
そしてその後ろにもう一匹、枝を咥えているまりさの姿があった。
「いだいいいぃぃぃ!!! どうじでごんなごどずるんだぜえぇぇえぇぇ!!!!!」
「なにしてるんだぜ!? きがくるったんだぜ?」
背中に枝が突き刺さり、悲鳴を上げるまりさ。
突然の狂った行動に戸惑うまりさ。
状況が理解できていないまりさ達の問いに、枝を咥えているまりさは平然と答える。
「れいむにいわれて、ゆっくりできないまりさをころしているんだぜ。 ゆっくりりかいするんだぜ」
思いもよらない答えにますますわけが判らなくなったまりさ達だったが、痛みでそれどころではないまりさは叫ぶ。
「うぞだあああぁぁぁあぁぁ!!! うぞをいうまりざはゆっぐりじねえぇぇぇええぇぇ!!!」
「うそじゃないんだぜ、ゆっくりしね!!」
「そごのまりざあああぁぁぁあぁぁぁ!! まりざざまをだずげろおぉぉぉおおぉぉぉぉ!!!」
「まりさ、れいむがいってたんだぜ、ゆっくりできないこいつをころすんだぜ!!」
目の前で行われている仲間の行動に頭が追いつかないのは傍観しているまりさだった。
だが目の前の光景や先程言われた言葉、自分の立場を考える。
そして一つの結論を出した。
「ゆっくりしね!!」
「ゆっ!?」
まりさが選択したのは、枝を加えているまりさへの攻撃だった。
枝を加えているまりさは思わず枝を離して攻撃を避ける。
(ちっ、やっぱりうまくはいかないね……でもよそうどおりだよ)
避けたまりさは心を落ち着かせると、体当たりしたまりさを見る。
枝が刺さったまりさは助かったと思い、罵倒を始めだした。
「ゆううぅぅ、たすかったんだぜ!! まりささまをこんなめにあわせたあいつをたおすんだぜ!!」
これであの裏切り者を倒せる、そう怪我をしたまりさは思っていた。だが──
「うるさいんだぜ、まりささまにめいれいするなんて、ひゃくねんはやいんだぜ」
「ゆぶぇ!!」
「……ゆ?」
なんとせっかく助けたまりさを先程体当たりしたまりさは攻撃し始めた。
その行動は完全に予想外であり、身構えていたまりさは唖然としている。
「なにをずるんだぜえぇぇぇ、でぎばあっぢなんだぜえぇぇぇ!!!」
「おまえはれいむにとってじゃまなんだぜ、ゆっくりしね!!」
訳が判らない。傍観者となったまりさはそう思っていた。
だが当事者である二匹には通じているようで──
「あれはあいづのうぞなんだぜえぇぇぇ、れいむばまりざざまのごどがいぢばんずぎなんだぜええぇぇ!!」
「れいむがいちばんすきなのはまりささまなんだぜ、おまえらみたいなくずはゆっくりしぬといいんだぜ!!」
(ああ、そういうことか)
傍観していたまりさは理解した。
こいつは自分にとって都合のいいように解釈しているだけなんだ、
おそらくれいむを取り合うライバルをこの機会に排除しようとしているのだろう。
仮にれいむが排除しようとしてた事が嘘でも、他の二匹の事は嘘を言えばいいと思っているのだろう。
単純な事だった。まりさはそう思った。
「れいむをうばおうとするやつはまりささまがゆるさないんだぜ、ゆっくりしね!!」
最早動かなくなったまりさに対して、執拗にまりさは攻撃し続ける。
その隙を見逃すはずも無く、傍観していたまりさは助走をつけた力一杯の体当たりを仕掛けた。
「ゆぶぎゃっ!!」
全力の体当たりはまりさに大きなダメージを与え、白目をむいて気絶してしまった。
こうなってしまうと後は一方的な展だった。
無傷のまりさは瀕死のまりさから枝を抜き取ると、気絶しているまりさに向かって勢い良く突き立てる。
「ゆっぎゃあああぁぁぁぁぁ!!!!!」
痛みで目を覚ますまりさ。しかしまりさは容赦はせずに枝を動かし、抜き差し、揺さぶっていく。
「やめろばがっ!! やめっ、やっ、やめでっ!!」
罵倒する体力も気力も尽きたのか、しだいに懇願するようになっていった。
「やめでぐだざいっ!! おねがいじまずっ!!」
まりさにとって偉大な自分が相手に懇願するなど屈辱だった。
だがだからこそこれは効果がある。そう信じていた。
事実、その言葉を発した事によって、枝の動きは止まったのだ。
「やめてって……おねがいしてるの?」
「そうだよ!! だがらまりざをだずげでね!!」
ちょろいもんだ、まりさはそう思っていた。
相手にまったく感謝の気持ちなど存在してなかった。
まりささまがここまで譲歩してやったのだ、助けるのは当然のことだ。
傷が癒えたら復讐してやる。頭の中はそのことで一杯だった。
しかし、帰ってきた言葉はまりさの望みとはまったく異なる物だった。
「そうしたおねがいをしたゆっくりに……おまえはどうこたえたの……?」
「うるざいっ!! さっさとだずげろごのばがあぁぁぁあぁぁ!!!」
上辺だけの誠意だったのが、本来の口調にもどるまりさ。
それを聞いて枝を咥えたまりさは動きを戻す。
「ゆぎゃあああぁぁ!!! やめでえぇぇええぇぇ!!!」
最早枝の動きは二度と止まってくれることは無かった。
やがてまりさは唯の黒い塊と化した。
まりさが後ろを見ると、瀕死だったまりさがわずかに這って動いた後があった。
だが結局は黒い塊と化していた。
「これで……あとはあいつだけだね……」
「ゆっ、れいむをまたせるなんて、やっぱりあいつらはつかえないね!!」
何時まで経っても帰ってこないまりさ達に、れいむは文句を垂れていた。
ゆっくりできないゆっくりくらいすぐに片付けることができないなんて、なんて役立たずなんだ。
別の使えるゆっくりを探そうか、そう思い始めた頃にまりさが一匹帰ってきた。
「ゆっくりかえったんだぜ!!」
「ゆっくりしすぎだよ!! れいむをまたせないでね!!」
ばかなの?しぬの?と続けたかったところをれいむは抑える。機嫌を損ねることは避けたかった。
次に何を命令しようか考えようとして、他の二匹がいない事に気づいた。
「ゆゆっ? ほかのまりさはどうしたの?」
「ほかのまりさはゆっくりできないゆっくりにやられてしまったんだぜ」
「ゆゆっ!!」
れいむは怒った。ただしそれはゆっくりできないゆっくりに対しての怒りではなかった。
三匹対一匹にもかかわらずやられるようなまりさなんて役立たずにも程がある。
いっそ切り捨てれて良かったかもしれないとまで思い始めた。
このまりさだって本当は逃げてきたのではないのか?
そう疑い、まりさを値踏みするように見始めてれいむは気づいた。
(ゆゆっ? まりさがとてもゆっくりしているよ?)
今日のまりさは一段と輝いて見えた。
皮もしっかりしていて艶があり、とても良いゆっくりに見えた。
これなら一緒になってもいいかなとれいむは心揺らぐ。
そんなまりさが突然話をし始めた。
「れいむ、まえにぱちゅりーをおそったときのこと、おぼえてるんだぜ?」
「ゆゆ?」
どうしてそんなことを聞くんだろう。れいむは疑問に思ったが、まりさに心揺らぎ始めてたので素直に答えた。
「ゆっ、おぼえてるよ!!」
「どうしてぱちゅりーをおそったのか、しりたいんだぜ」
「ゆ? あのぱちゅりーはゆっくりできなかったんだよ?」
「そのゆっくりできなかったりゆうってのをしりたいんだぜ」
執拗に理由について聞いてくるまりさに、れいむは嫌悪感を覚えた。
なんだこいつは、このまりさはこんな些細な事を気にするような奴じゃなかったはずだ。
苛立ちながらもれいむは答えた。
「れいむのさがしてたまりさをおいかけていたからだよ!!」
「……そのまりさってどんなまりさ……?」
「まりさがたべものをうばったまりさでしょ!! そんなこともおぼえてないの?」
れいむの答えを聞くたびに、まりさのテンションは下がっていく。
それに対してれいむの怒りによるテンションは上がっていった。
れいむはここまで言って、あることを思い出す。
「そうだよ!! まだあのときのまりさをみつけてないの? さっさとみつけてきてね!!」
自分でもすっかり忘れていたことを棚に上げ、自分の願いを忘れたまりさを怒るれいむ。
だがまりさはまったく動く気配はなく、それを見てれいむはさらに激昂する。
「なにをぼーっとしているの!? れいむがみつけてほしいっていっているんだよ!?
さっさとさがしてきてね!! それともいっていることがわからないの? ばかなの? しぬの?
れいむをゆっくりさせないまりさなんてさっさと──」
れいむの罵倒の嵐は中断させられる事となる。
まったく動かなかったまりさが突然れいむの眼前に迫り──
そのままれいむは空を見上げる形となる。
空は照りつけていた太陽が雲によって遮られていた。
「ゆぐっ!! なにをするの!! れいむにてをだしてただですむとおもってるの!?、ぜったいにまりさをゆる……さ……」
起き上がり、相手を罵倒しようとしたれいむはそれ以上言葉を紡ぐ事ができなかった。
目の前の出来事が夢ではないかと疑ってしまうほど、れいむには衝撃的だった。
「どうして……」
目の前のゆっくりは命の次に大事という黒い三角帽を外しており、枝を咥えて此方に向けている。
先程まで黒い三角帽のあった場所には、別の帽子がつけられている。
そのゆっくりの被っている帽子に、れいむは見覚えがあった。
おかしい、だってあの帽子をしたぱちゅりーは──
「どうじでばぢゅりぃがいぎでるのおぉぉぉぉ!?!?!?!?!?!?」
ぱちゅりーと呼ばれたゆっくりは、枝を構えてれいむに狙いを定める。
恐怖と混乱で動けなくなっているれいむの瞳を見て、静かに言い放った。
「──まりさは、わたさない」
「ゆっぎゃああああああああああ!!!!!」
恐怖で思うように避けることが出来ず、右の頬を枝によって切られてしまう。
致命傷には程遠いが、れいむは大きく悲鳴をあげていた。
これまで自分で手を下さず他のゆっくりに任せていたため、自分が傷つく体験がなく、痛みに悶えているようだ。
「いだいいだいいだいいぃぃぃ!!!!!」
涙を流しながら大きくのたうち回ること数秒、れいむは見苦しくも命乞いを始めだした。
「ごめんなざいごめんなざい、まりざはあぎらめまず、にどどでをだじまぜん」
「れいむはなにもじでまぜん。ぜんぶあのまりざだぢがやっだんでず」
「ぼんどうでず、ゆるじでぐだざい、おねがいじまず」
「いやだああぁぁぁぁぁ、じにだぐないいいぃぃぃぃぃ、もっどゆっぐりじだいいいぃぃぃぃ」
べらべらと喋るれいむを見て、今までに無い程の怒りが込み上げてくる。
なんなんだこいつは、自分では何もせず他の者にやらせ、自分の思い通りに行かないと納得しない。
そのくせ都合が悪くなると簡単に手のひらを返して仲間のせいにする。
今まで見た中で最低のゆっくりだ。
こんなクズのせいで──
こんなクズのせいで──
こんなクズのせいで──
「ゆぎゅぶぇ!!」
咥えていた枝を離し、ぱちゅりーの帽子を被ったゆっくりはれいむの上に圧し掛かる。
れいむは潰れはしなかったが、圧し掛かられた衝撃で餡子を吐き出す。
そんなれいむにお構いなく、圧し掛かったゆっくりはゆっくりとれいむのリボンを咥えて──
ぶちぶちぶちっと音がした。
「ぎゃあぁぁああああぁああぁぁあああああぁぁぁあぁ!!!!!」
リボンを咥えて全力でそのまま飛び跳ねた結果、れいむの髪の毛ごとリボンを奪い取る。
あまりの痛さにれいむの方は失神してしまったようで、白目をむいて倒れていた。
それを見たぱちゅりー帽子を被ったゆっくりは、少しれいむを見た後、振り返り移動する。
奪い取ったリボンは黒い三角帽の中に入れ、そのまま運び出す。
もうれいむに関して興味は無くなっていた。
「ゆぎぃ、いだいっいだいいぃぃぃぃ!!!」
目を覚ましてすぐ、れいむは激痛に襲われていた。
周りを見てもぱちゅりーはいなかった。
れいむはいなくなったぱちゅりーにむかって怒りをぶつける。
「ゆっぎいいぃぃぃ!!! ぱちゅりーめ、れいむをこんなめにあわせるなんて、ぜったいにころしてやるうぅぅ!!!」
怒って叫ぶが痛みがぶり返してきてしばらく黙る。
落ち着いたところで誰かに助けてもらおうと少しずつ動き出す。
そこに都合よく、れいむとまりさの二匹が通りかかった。
「ゆっ、そこのれいむとまりさ!! れいむをたすけてね!!」
その声に反応するれいむとまりさ。これで助かったとれいむは思った。
だが相手の様子がおかしい。見ればこっちを見る目が険しくなっているではないか。
「ゆっ!! ゆっくりできないゆっくりだよ!!」
「れいむのなまえをかたるなんてわるいゆっくりだね、ゆっくりしね!!」
助けてくれると思っていた二匹が、敵意を向けてこちらに来る。
れいむは事情を理解してもらおうと必死になって叫び始めた。
「ゆううううぅぅぅぅ、なにをずるのおぉぉぉ!! れいむばれいむだよぉぉぉぉ!!」
「ゆっ、そんなうそにはだまされないよ、れいむにはりっぱなりぼんがあるんだよ!!」
「うそつきのゆっくりはゆっくりしね!!」
「ぢがううぅぅぅ!! うぞじゃないいいぃぃぃ!!」
二匹に攻撃され、動く体力も残っていないれいむができることは、ただ殺されるのを待つのみだった。
死にたくない、もっとゆっくりしたい、誰でも良い、あのゆっくりできないゆっくりでもいい、助けてくれ。
そう思うが、そのゆっくりの顔を思い出すことは出来ない。何も思い出すことが出来ない。何も──
そうしてれいむは永遠に暗闇の中へゆっくりする事になった。
新たな住処となるはずだった穴の中、まりさは佇んでいた。
全てが終わったはずなのに、全然心が晴れない。
むしろ心に空白が出来た感じもする。
復讐に燃えていた頃は、こんな気持ちにならなかったのに。
いや、空白にはなったことがある。目の前で大切な者が死んで、全てが壊れたと思った時だ。
嫌な思い出なのに、今でも鮮明に覚えている。
笑い声の聞こえなくなった広場で、まりさは傷ついた体を引き摺って進んでいた。
その目はただ虚ろに動かなくなった黒い物体と最愛の者を映していた。
幸いにもまりさは体が痛むだけで、命の素である餡子は流出していない。
この雨で死ぬことはなさそうだが、帽子もないため、危険なことには変わりはなかった。
「ぱちゅりー……」
目の前で大切なものが壊れてしまった。
絶望した子まりさにはただ呟くことしか出来なかった。
その時である。
「まりさ……?」
「ぱっぱちゅりー!? まりさだよ、しっかりしてえぇぇぇ!!!」
「まりさ……だいじょうぶそうだね……よかった……」
動くことはないと思っていた子ぱちゅりーが反応した。
慌てて子まりさは子ぱちゅりーの餡子の流出を抑えようとするが、止まる気配はまったくなかった。
それどころか雨により状況は悪化していく一方だった。
「まりさ……ぱちゅりーはもうだめよ……」
「どうじでぞんなごどいうのぉ!? いっじょになろうっでやぐぞぐじだでじょおぉ!?」
「ごめんねまりさ……ぱちゅりーはやくそくまもれないよ……」
「ばぢゅりーっ!! うごいだらだめっ!! ゆっぐりでぎないよ!!」
もはや子ぱちゅりーは手遅れの状態である。そんなことは誰の目に見ても明らかであった。
しかし子まりさは判っていても認めたくないのか、必死に餡子の流出を抑えようと努力していた。
そんなまりさに、ぱちゅりーは声をかける。
「もういいよ、まりさ……ありがとう」
「だめだよ!! じんじゃっだらゆっぐりでぎないよ!!」
「……まりさ、おねがいがあるの……」
「なんでもぎぐよ、だがらじなないでばちゅりいぃぃぃぃ!!!」
もうぱちゅりーは死んでしまうことは理解していた。最後くらい望みを叶えてやりたい。
子まりさはどんな願いでも聞き届けるつもりだった。
「まりさに……このぼうし、もらってほしいの……」
「ゆっ!?」
「もうぱちゅりーはだめだよ……まりさがもらってくれればゆっくりできるよ……」
「で、でも……」
「ぱちゅりーがしんじゃうまえに……はやく……」
「──わかったよ、ぱちゅりー……」
死んだゆっくりの飾りをつけると、ゆっくりの間では死臭を感知すると同属殺しとみなされ、問答無用で殺されてしまう。
しかし、生きているゆっくりの飾りをつけた場合は、殺される心配はない。
子ぱちゅりーが急かす理由はそこにあった。
自分の飾りをつければゆっくりできないゆっくりとして認識されることはない。
もう死んでいく自分には必要の無いものだ。
帽子を無くした子まりさのためにできる恩返しとして思いついたのが、帽子の譲渡であった。
そんな子ぱちゅりーの意思を汲み、子まりさはぱちゅりーの帽子を受け取った。
「ありがとうまりさ……ぱちゅりーのかわりだとおもってね……」
「ぱちゅりー……」
子ぱちゅりーは微笑んでいた。だがその微笑みは苦しそうであり辛そうであり──
子まりさはそんなぱちゅりーをただじっと見ることしか出来なかった。
そして、最期の時が訪れる。
「……まりさ…………ずっと……ゆっくり……して……いっ……て…………ね…………」
その表情は、とても安らかだった。
「ぜんぜんゆっくりできてないよ……ぱちゅりー……」
まりさは自然と呟いていた。
どうしてぱちゅりーは最期に、ゆっくりしていってねと言ったのか。
いや、それ以前から、まりさのことを確認してからずっとまりさの事を気遣っていた。
この帽子だって、帽子を無くしたまりさが、自分の帽子が無くてもゆっくりできるようにと考えてくれたのだろう。
ぱちゅりーは、優しすぎた。まりさはそう思う。
そんなぱちゅりーだからこそ、それを奪った奴らがどうしようもなく憎かった。
どうしても罰を受けさせたかった。苦しめてやりたかった。殺してやりたかった。
きっとぱちゅりーはそんなことを望んでいないのだろう。だからこそまりさはそれが許せなくて──
晴れた空であるにも関わらず、雨が降っていた。
しばらくして雨が止んだところで、まりさは決意する。
──行こう。
ぱちゅりーはまりさにゆっくりして欲しいことを願った。
まりさはそれに答えるべきだと考えた。
ただし、この辺りでゆっくりするにはあまりにも辛い思い出が多すぎる。
どこか自分の知らない土地に行こう。そう思って歩きだすと──
「ゆ、ぱちゅりーだね、おひさしぶり!!」
「ゆっ!?」
まりさに声をかけるゆっくりが現れた。
そのゆっくりをまりさは知っていた。見間違えるはずなかった。
自分をここまで育ててくれて、あの日巣立ちの別れをしたまりさ唯一の家族。
まりさの生みの親である母まりさだった。
「まりさはげんきかな? ぱちゅりーにめいわくかけてない?」
「ゆっ……まりさはげんきだよっ!! すごくたすかってるよ!!」
どうやら生みの親も自分が本当の子供だとは気づかないらしい。
要らぬ心配をかけるまでもないと思い、適当に合わせる。
「そう、よかったよ……ゆっ? ぱちゅりー?」
「ゆゆっ!?」
気づかれたか!? まりさは内心焦ってしまう。
だが親まりさはまりさにとって思いもしない言葉を話す。
「ぱちゅりー……なんだかまりさのぱちゅりーおかあさんににているね……」
「っ……」
「ぱちゅりーをみてると……なつかしいふんいきがするよ……」
「……」
「おもいだすよ……いろいろと……」
「……」
「ゆっ、ごめんね!! へんなはなししちゃったね!!」
「ゆっ、そ、そんなことないよ!!」
思い出に浸っていた親まりさだったが、目の前のぱちゅりーに気づき慌てて謝罪する。
言われた本人は少しの間呆然としており、親まりさに言われてこちらも慌てて否定する。
何とも言えない雰囲気になり、両者とも退場しようとする。
だが親まりさの方がまりさに声をかける。
「まって、ぱちゅりー!!」
「ゆっ!?」
まりさはなんだろうと思い、振り返る。
親まりさは此方を振り返ったのを確認して話す。
「まりさのこと、よろしくおねがいするね!!
あのこのことだから、つらいことがあったらひとりでせおいこむとおもうんだ。
だから、できればむりをしていないか、きづかってあげてくれるとうれしいな。
わがままなおねがいでごめんね!!」
話すのを終えた後、此方を見ていたぱちゅりーは背を向けた。
どうしたんだろう? 親まりさがそう思っていると、返事が返ってくる。
「ゆっぐりりがいじだよ!!」
そう言って、去っていってしまった。
親まりさは不思議に思うが、その後ろ姿を見送り続けた。
そしてその姿が見えなくなりそうになったところで、親まりさは見た。
「ゆ~っ、とってもきれいだよ~!!」
まりさの進む方向に、きらきらと輝く虹が架かっていた。
あとがき
題名が思いつきませんでした。
ただ単に帽子の違うゆっくりが書きたいなとおもった結果がこれだよ!!
最終更新:2008年10月15日 23:16