ゆっくりいじめ系1104 capsize 2






「…ふふ。」
 一足先に魔理沙達を追いかけていた幽香を阻むかのように立ち塞がる影。
「こ、ここから先は、ゆっくりできない人は行っちゃダメ!」
 凶兆の黒猫。足が震えており、自分が敵わない相手と対峙している事に気がついている。
「ダメなのだー。」
 宵闇の落し子。よくわかんない。
「最強のあたいに任せるなんて、魔理沙もわかってるわね!!」
 自称最強の氷精。捨て駒にされてもなお、根拠のない自信に満ち溢れていて。
「…お願い。…ひきかえして…。」
 蟲の女王。…やっと逢えた。

「あら?…退き帰せ?…目の前に貴女がいるのに?」
 言葉を口にし歩む。“退き帰す訳がないでしょう?”行動がその後の言葉を続けた。
 歩を進める一者、ずりずりと離れる四者。
「あたいらが引いてどうすんのさ!いっせいに仕掛ければ大丈夫だって!!」
 幸か不幸か、空気の読めない一者は一斉攻撃を提案した。
「一斉攻撃なのかー」
「わ、わかったよ!やってみるよ。」
「…友達は裏切れない、でも幽香が…どうすれば…どうすれば…。」
 悩む蟲姫は動くこともできず、残り三者は攻勢に出るために突っ込んだ。
 同時に宣言されるスペルカード。
 鬼神『飛翔毘沙門天』
 夜符『ミッドナイトバード』
 凍符『パーフェクトフリーズ』
 黒と橙と青はぶっつけ本番の連携攻撃を成功させた。普段から仲良くしているのか息もぴったりでこれ以上はそう簡単には望めないであろう。
 “これならば流石のあの妖怪も…!”三者がそう確信し、彼方を見守った。徐々に晴れていく砂煙と凍気と闇。

 三人は戦慄した。確認できた事は
 “先ほどと変わらぬ歩調で歩いている”
 ただそれだけであった。

 あんまりの出来事に呆然としている三人を見据え、命じた。

 “這わせろ”

 号令は簡潔で明瞭で。無数の植物のツタが三人を捕縛し地に這わす。

 その様子を確認し、そして歩みを止めた。

「…あ、あ。」
 ただの一瞬で仲間を戦闘不能にされ、今、目の前にはその力を行使した者が立っている。そしてそれは
「…。」
 無言のまま立っていた。

 どうしていいか解らない。そもそも、自分は何で幽香と敵対している?目を瞑って考えた。
 圧倒的で、
 恐怖を身に纏い、
 月よりも美しくて、
 太陽のように暖かで、
 何よりも、他の誰よりも好きなのに!
 思考が定まらない。何かがおかしい。自分がいるべきは太陽の傍。

 纏まらぬ思考に終止符を打ったのは、目の前の相手だった。
 相手の動きに身を竦ませる。
 とっさに背中にぬくもりが回ったのを感じた。
 花の香りが鼻をくすぐる。
 恐る恐る目を開けた。
 間近にあった太陽はまぶしかった。

「…リグル、もう大丈夫よ。」

 何度も頭を撫でられた。
 三日ぶりの彼女の胸は暖かかった。

 頭の中で声がする。

「ゆっくりしていってね、ゆっくりしていってね。」

 ああ、いまいましい。今、最高にゆっくりしているのに。
 強制なんかされなくても、幽香の愛情を感じれて、私は最高に幸せだよ。
 だから消えてなくなれ。私から!


 ―Spell Broken―
 →ゆっくり『ゆっくり思考改竄』


 リグルの頭から何か“パリィン”と弾けたような感覚が全身を襲った。

「ただいま、…幽香。」
 その一言で力強く抱きしめられた。


 抱きしめあう二人の背後にてまだまだ元気なのがいた。
(…あたいがそう簡単にやられるわけないんだからね。リグル、そのままそいつの動きを止めてて。)
 チルノ側から見ると、リグルが幽香の動きを止めているように見えていた。
 手足が動かせなくとも、氷弾の一発くらいは何とか作れる。
 狙いは頭。どんな奴も顔を攻撃されてひるまないものはいない!…と思う。
(いけぇ!!)
 渾身の一発は一直線に対象に向か
「…痛いよ、チルノ、ちゃん。」
 わなかった。

 瞬間的に目の前に現れた何かに妨害された。
 声で解った。妨害したのが何か、自分は何に当ててしまったのか解ってしまった。
 熱くなり過ぎていた。どんなにバカをやる時も彼女だけには最高に気を使っていたのに。

「…さ、立って。痛い所、ない?」
 いつの間にか拘束ははずされ、体は自由になっていた。
 なったけれど、顔は上げられなかった。

「ん、怖くないよ。私だよ?チルノちゃん。」
 …知っているよ。だっていつも一緒だったもん。
 いつも一緒にいてくれて、いつも心配ばっかりかけて、いつもいつもいつも…
「やっぱりどこか痛いの?お顔、涙でいっぱいだよ?」
 覗き込まれて言われた台詞がさらに涙腺をゆるくして
 たった今気がついた。
 なぜ自分は大ちゃんを二度も傷付けた?
 頭に響く声が言うようにゆっくりできない?そんな訳無い。
 だって、いつも優しくしてくれたもん!!

 あたいが一番ゆっくりできるのは大ちゃんの傍にいるときだ。
 何でこんな簡単な事に気がつかなかったんだろう。

 あたい、みんなに言われてるように、バカだ。

 瞬間、頭に“パチッ”と痛みを感じたがそんなこと気にもならなかった。
「ぢがうもん!!痛いのは大ちゃんだもん!!ごめんなさい!!大ちゃん!!ごめんね…ごめんね…」
 急いで大妖精の肩に刺さった氷弾を抜いた。
 一度決壊したダムは涙を止めてくれなかった。
「んーん。チルノちゃんが無事なら平気だよ。」
 ただただ優しかった。ハンカチで何度も顔を拭ってくれた。
「泣き止んで?私はまだがんばらなきゃいけないけど、チルノちゃんはここで待ってて?」
「あ、あたいも手伝うよ、だって、大ちゃんの事傷付けちゃったもん、お詫び、手伝いたい!!」
 折角の申し出も
「お姉ちゃん達に任せて。…チルノちゃんはここでルーミアちゃんと橙ちゃんの介抱してあげて。」
 新たな提案と共に却下された。
「…うん。解った。あたいはここで橙とルーミアの事看病してる。」
 大妖精の言うことならしっかり聞いた。

「じゃあ、私は幽香さんと行くからね。…行きましょう、幽香さ、って…ウワァー!?」
 幽香達の方を振り向いた大妖精の突然の声にビックリするチルノ。何事かと思い振り向くと
「チ、チルノちゃんは見ちゃダメ!ま、まだ早いよ。」
 大妖精に目隠しされた。
「えー?なになに?あたいもみたいー!」
 うわぁ…、すごい、いつか、私も…、大妖精の小声を真上に受けながら、チルノはよく解らないが久しぶりの大妖精の手の温もりを感じれて幸せだった。

 ―3分後
「じゃあ行きましょう。」
 超笑顔の幽香に連れられて、大妖精は去っていった。
 それを手を振って見送るリグルとチルノ。二人が見えなくなり、ルーミアと橙が気になりだしたチルノは手を振るのをやめて
「じゃあ、リグルも手伝って!」
 相棒に声をかける、が返事はなく未だに手を振り続けるリグル。
 表情が蕩けきっていて上の空、真っ赤な顔。心ここにあらず。
(あれ?首にあざなんかあったっけ?さっきの戦闘で首に被弾しちゃったのかな?痛くないかな?)
 あれこれ考えるも、そういうのは得意な方ではない。それよりも大妖精の言いつけの方が大事。
「気が済んだら手伝って!さいきょうのあたいとはいえ、二人を運ぶのはきついわ!」
 …ならば一人ずつ運ぶべきじゃないか。突っ込み役がトリップしている今、しばらくチルノはどうすれば二人を運べるか無駄に試行錯誤を繰り返し、ち力と体力を使うことになるのであった。



「おい!ゆっくり私!まずい事になった!はやく逃げ…」
 変異種ゆっくりの元に駆け寄りながら警告する魔理沙。
「ゆ~?だいじょうぶだよ!みんなゆっくりしてるよ!」
 何がまずいと言うのだ?食料が大量にあり、取り巻きのゆっくり達もすぐそばで「ゆぅ…ゆぅ…」と寝息をたてている。何がまずいと言われれば、お姉さんの大声でゆっくりしている皆が起きちゃうかもしれない事だろうと言いたげで。
「だからしずかにしてね!」
「あ、悪い。…だがな。」
 ゆっくりを妨害するのは最大禁止事項。何故それが理解できない?
 饅頭の思考はあまりにもゆっくりし過ぎていた。
「あなたが黙りなさい。」
 その変異種の応対と魔理沙の様子を見て言い放つアリス。虫けらを見るような目で変異種を見下し続ける。
「あと少しで、本気でマズイのが来るからさっさとここから離れなさい。…魔理沙の指示よ。」
 のろのろしてたらゆっくりできなくなるわよ?さらに付け加え、急かす。
「だいじょうぶだよ、なにがきてもまりさのおこえでともだちにしちゃうから!!」
 そういう範疇の相手であればこんな事一々言わずに魔理沙と処理している。餡子脳の相手は本気で面倒くさい。もうほっとこう。
「あー、…ゆっくり私、本当に守れそうにないから避難してくれないか?」
 未だ控えめな魔理沙。
「だ~か~ら~!!おともだちにしちゃえばいいでしょぉぉ!!おねえさんはばかなの!?」
 怒るまりさ、困る魔理沙、もはや無関心のアリス。
 下がれと言っても聞かない饅頭をなだめる魔理沙、反発する変異種まりさ。
 一人戦闘体勢に移行するアリス。
「まりさのおこえはかみさまのこえだよ!!だれでもゆっくりできるようになるん…!!」
 変異種まりさの声は、二人と一匹の両サイドを通過した極光が眠る饅頭の群れと共にかき消した。
「…ゆ゛!?みんな、びんなぁぁ!!!」
「来たわよ、魔理沙。」
「…ああ、…これでわかったろゆっくり私、早いところ逃げな。」
 言われるまでも無いと、ゆっくり逃げる変異種。
 魔理沙達の前に現れる二人の影。

「ねえ、私。あなた達を襲ったのは魔理沙たちの裏を飛び跳ねてる個体かしら?」
「ええ、そうよ。間違いないわ。」
「そう。じゃあ、殺しちゃダメよ♪」
「…!?…解ったわ、私。」

 対峙する両ペア。
「悪いがこの先は通行止めだ。他をあたりな。」
 ミニ八卦炉を構え威嚇。
「へぇ…。」
 構えている物が見えないかのように構わず進む。
「な、止まらないと撃つぞ!」
 魔理沙の得意技のマスタースパークを放つ構えを無視しての行動。自分の技は幻想卿でも最高峰の威力と自負している彼女にとって、構えもせずに優雅に歩いてくるその姿は、挑発以外の何物でもなかった。
「撃ちなさいよ。同じ威力で返して上げるから。」
 笑顔で彼女のトリガーを自ら引く。
「ふざけるなぁーーー!!!」
 彼女の手から放たれる閃光。真正面の二人を消すために最大出力で放つ。
 が、突如魔理沙を襲う衝撃。…何かが向こうから押し返してきている。
 ぶつかり合う光が行き場を失い、衝撃波が辺りをうねり狂う。
 “負けられない。”八卦炉を強く握りなおし、叫ぶ。
「アリス!!後ろを支えてくれ!アレを使う!」
 言うや直ぐに魔理沙を支え、魔力を供給するアリス。
 …アリスはこの技が好きだった。魔理沙の中に自分の魔力を、血を放てるから。

「「いけぇー!!!」」

 叫びと共に太さを増す極光。対峙する地面は更に抉りあがった。

「あら、結構やるじゃない。ねえ、大妖精。」
 恐ろしく凶悪な魔力の照射にたじろきもせず、余裕たっぷりの幽香。
「…わ、わ…!!」
 対して、突然自我が戻りビックリの大妖精。
「貴女はさっきの個体の捕縛をお願い。いい事、貴女に…任せたわよ?」
「…はい!!」
 嬉しかった。彼女は彼女自身ではなく自分に任せてくれた。たかが妖精の自分に。
(ならば失敗はありえない。必ずやり遂げよう。)
 彼女からの期待が、やる気と闘志を高めてくれた。如何すればいいのかも解る。出来る。
 幽香が相手の魔力に対応し、力を強め、更に衝撃と霧散する魔力が濃くなったのを見計らい瞬間移動。大妖精は隠密に行動を開始した。

「くっそぉ!!アリス、もっと出力を上げてくれ!!」
 一向に均衡が崩れず、焦る魔理沙。
「…嫌よ。貴女の魔力容量を考えると、これ以上は限界よ!」
「だけど!」
 口論するにも、余裕はなくなり
「限…界…!だぜ…!!」
 弾き飛ばされる二人。同時に収まる光の衝突。
 尻餅を付き、顔を上げると
「あら?もうおしまい?」
 一人だけの風見幽香。

「アリス!!ゆっくり私がまずい!!助けに行ってくれ!!」
 気が付く魔理沙。
 動かぬアリス。
「何で!!アリス、はやく行かないと!!時間稼ぐから!!」
 とっさにスカートの中から一体のゆっくりを出す魔理沙。
「幽香!コイツがどうなってもいいのか?」
 手に持たれたのはゆっくりゆうか。以前の事件を知っている魔理沙。抑止の切り札。
「ええ、それは困るわ。」
「なにを余裕そうに言っているんだ!!」
 抑止力にならないかもしれない、何で?焦らない?あんなに大事にしていたじゃないか!!
「ゆ゛!!ゆ…、ゆべぇ…。」
 手の中から音がした。
「魔理沙、向日葵って好き?」
 手の中のゆっくりから咲く一本の向日葵。此方を向いて花を広げた。
「うわぁぁぁあぁあああ!!!!!」
 手から放り投げる魔理沙。ゆっくりをあっさりと向日葵の栄養にした。
 あんなに愛でてたのに!らしくないと思っていたのに!!
「…貴女、本気でそんな物で私を止める気だったの?」
 笑顔なのに怒気がする。冷たくて震えが止まらない。
 やってはいけない事をしてしまったのかもしれない。
「く、アリス、い、いいから行ってくれ!!私が止めるから!!!」
 背中に冷たさと恐怖を感じながらも、必死で叫ぶが、返答は
「…嫌よ。」
 否定の言葉。
「なんでだよアリス!!」
「コレはもう終わったわ。…降参しましょう。」
 信じられないという顔の魔理沙を見て、空を指さすアリス。
「…ふふ、早かったじゃない。」
 空を見上げもせずつぶやく幽香。

「…一人で制圧とはね。…本当に今回は敵じゃなくて良かったわ。」
 賢者と
「あ、魔理沙もアリスも原型のこったままだ!間に合った!!」
 エンジニア。

「…危うく消すところだったわ。…それで?」
 二人に問う幽香。
「霊夢は神社で無事保護しましたよ、先ほど紫さん達が術式を解除して今は眠ってます。人間達も皆無事です。」
「…他は、永遠亭の増援と後処理。」
 答える賢者と河童。
「…そう。じゃあ、あとはよろしく。」
 そういうなり大妖精を追うため、パチュリーとにとりに一言つぶやいた後、魔理沙とアリスのわきを通り畑の奥へと消えていく幽香。

 向き合う四人に流れる沈黙。脅威は去ったがもはや動けぬマリアリ。なぜか顔を赤くしているパチェにと。
「…ねえ、アリス。」
 賢者が口を開く。アリスは目を向けるも答えない。
「…貴女、ほとんど正気でしょう。」
 その言葉にビクッと体を反応させ、目をそらすアリス。

(…やはり、か。)
 先ほどの花の主が去り際に言ったセリフは本当なのかもしれない。

『あの術式は、特別な事をしなくても、本当に愛している者が傍に居ればあっさり解ける』

(愛こそが真の魔法なのかしらね。)
 賢者は柄にも無い事を考え、また赤くなる。
 ならば、この術を解くには、自分も包み隠さず、捨て身になるしかない。

「…アリス、いいのよ。…気持ちは解るわ。…私も…。」
 言葉を止め、息を吸いなおす賢者。この呪文を言い終えるのは、今まで試してきたどのスペルよりも勇気がいる。
「私は、魔理沙の事も貴女の事も、好き、…愛しているわ。」
 真っ赤になる賢者。その様子を見て、
「…私は、雛の事を一番愛してる!…でも、魔理沙もアリスもパチュリーの事、大好きだよ!」
 真っ赤になり本心を打ち明けるにとり。
「パチュリー、にとり…、ゴメンなさい…。私が、魔理沙を止めれば、独占したいなんて思わなければ…。」
 小さく痛む頭を無視し、真っ赤になりながら、涙と共に思いを吐露を零すアリス。
「…大好きよ…。パチュリー、にとり…。有難う…。」
 三人は未だ沈黙する魔理沙の方を向く。
「さ!魔理沙も暴露しなよ!!」
 ニッコリ発破をかけるにとり。そのセリフを聞くや、祈るように黙る二人。
 数分の沈黙の後、
「…あ、れ?私…今、本当に、ゆっくりできてる…。…そっか私は…。…が、好…。」
 強烈な頭痛に意識を奪われ倒れる魔理沙。そして寝息。
「…魔理沙はあの変異種の傍にずっと居た訳だから、重ね掛けされた術式の抵抗が大きいのね。」
 先ほどの表情から一変して分析する賢者の顔。
「…どうするの?」
 結果が聞けなくてちょっと残念そうなにとり。
「…ちょっと、休憩させて…。…ああもう!…二人とも恨むわよ!さっきの戦闘より疲れたわ!!」
 怒ったふりをしてそっぽを向くアリス。
「…そうね、私も紅魔館を制圧した時より疲れたわ。…ここで待ちましょう。」
 魔理沙を真ん中に、三人は腰を下ろし本当の意味でゆっくりする事にした。



「…ゆ゛!こっちこないでね!!!」
「い・や♪」
 着々と変異種を追い詰める大妖精。
「なんでおねえざんはおどもだぢにならないのぉぉ!!」
 “かみのこえ”を持つ自分の意に従わない存在。まったく予想していなかった。
「何でって、単純にあなたが大嫌いだからだと思うよ。」
 笑顔でハキハキ答える大妖精。
「ゆぐぅぅ!!おうぢにがえるがらこないでっていってるでじょぉぉぉ!!!」
「そんな事一言も言ってないよ。」
 答えれば止まる饅頭の悲しき習性。もっとも急いだところで瞬時に回りこまれる時点で手詰まりだが。
「がぁぁぁあ!!!ゆがぁぁ!!!」
 激昂し、何かをしようと大妖精の正面で構える変異種。
「ゆっぐりゆうごときかないおねえさんは!!」
(…来る!)
「ゆっぐりじねえええ!!!」
 口を開き閃光を放つ饅頭。
 照射後には人影は残らなかった。一回だけの切り札。切るタイミングは完璧だった。
「ゆ~♪ゆっくりしんで、すっきり!!あの世でゆっくりしてね!!まりさはここでゆっくりするよ!!」
「うん。じゃあ“ここ”が“終着点”だね。」
 饅頭の背後には瞬間移動で回り込んだ大妖精。体に触れ、魔力の点を無数に記し、先程の攻撃で魔力を感じられなくなった饅頭に下方向に方向性を与える大妖精。
「なんでうじろにいるのおおぉぉ!ゆっくりしでいっでよおおおお!!」
 饅頭は自分の体重が何倍にもなったかのような圧力を感じた。そして空気がそのまま自分にのしかかってくるような感覚。
「ぐぐぐ!!おもいよぉぉぉ!!なにごれぇぇぇえ!!!ゆっぐりでぎなぃぃぃ!」
「うん、捕縛かんりょ♪」
 潰れすぎて中身が出ないように調節しながら、ミッションコンプリート。

「あら。もう終わってるわね。偉いわ。」
 感心したと、セリフと共に現れる幽香。
「はい!」
 期待に応えられたのが嬉しくて笑顔になる大妖精。
「じゃあ、今の内に貴女の術式も解除するわ。」
 少し屈み、大妖精に目線を合わせ
「目を背けない。いい事?」
「はい。」

 大いなる精神が自分の中から抜けていく。
 そう、私は大妖精。名もなき自然と共にある妖精。他の何者でもない。
 それでも、抜けていく過程で僅かに残った精神の残滓を大切にしよう。
 元の自分よりも優しくて暖かくて…冷徹になれるから。

「…完了よ。」
 アンインストールはすんなり終わる。
「はい、有難う御座いました。」
「いいのよ。…貴女には、あの子がお世話になってるし、お礼も兼ねて今度皆で家にいらっしゃいな。」
「え…?あ、はい!!」
 そんな、ゆっくりしている大妖精と幽香を眺め
「ゆ゛ひぃ!ゆ゛ひぃ!!まりざもゆっぐりさせでぇ…!!」
 主張する。
「ええ、させてあげるわよ。」
 そういうなり
「…紫、確保できたから戻るわ。」
 空に向かい言う。
 割れる空間。無数の目。それに飲み込まれたあたりで変異種ゆっくりの意識は遠のいた。


 異変は巫女救出成功により急速に収まった。永遠亭は大分苦戦したようだが、何とか制圧できたらしい。
 人間は、疲労により衰弱しているものもいたが、死者はでなかった。永遠亭にはしばらく患者で溢れそうだが。
 妖怪も、未だ衰弱の激しい者もそうでない者も主の計らいにより、マヨイガに搬送され療養している。一つ屋根の下で過ごし、妖怪達も前よりも絆が深まった者や新たに親交が増えた者も居る。
「ちぇぇぇぇん!!ちぇぇぇぇぇぇん!!!!!」「らんしゃま~!もふもふ~!!」
 九尾と猫又のいつもの愛情表現が五月蝿い以外は特に平和なので、殆どの妖怪は主の好意に甘えて療養させてもらっていた。

 ともかく、楽園の転覆は防がれた。奇跡的に物的被害のみで。





 めがさめた。じぶんはいったいどこにいるのだ?
 めのまえにひろがるのはひまわりばたけ。
 そうか、いままでみていたのはぜんぶゆめだったんだ。あんなにゆっくりできないことがおこるわけがないもの。
「ゆっくりしていってね!!」
 おきまりのことばでめざめると、くうふくかんもいっしょになってめざめた。
 めのまえのおはなさんをたべればゆっくりできる。ゆっくりいどうしてぱっくりたべよう。そうおもい、こうどうしようとしたが
「ゆ?うごけないよ?」
 からだがぴくりともうごかない。ひねってもとぼうとしても、はいずってうごこうとしても。

「あ、幽香!目を覚ましたみたいだよ。」
 声を出す緑髪の子。
「…殺さない程度にね。」
 大きなお姉さん。
「殺さなければ何してもいいんだって!チルノちゃん!」
 緑髪でサイドポニーの女の子。
 その他にも、何人かの人影が見える。

 あれ?なんでゆめででてきたこわいひとがめのまえにいるの?ねぇ?なんで?

「お前が!!お前のせいで、私は幽香と!!幽香と敵対したんだ!!」
 右頬を思いっきり蹴り抜かれる。
「ひゃべぇぇ!!いだぃぃいいぃぃ!!どおじでぇぇ!!」
 蹴られた部分が黒くなっているのが解る。強い衝撃を受けると起きる内出餡だ。
 彼女はその一発のみで、その子は大きなお姉さんの傍に戻ってくれた。

「ねえ?これは食べてもいい饅頭?」
 首をかしげ、大きなお姉さんの方を向く金髪の女の子。
「…ええ。でも、もう少ししたら私がふわふわのケーキやいてあげるわよ?」
 お姉さんが答えた。
「ふわふわなのかー!…でもおなかすいたよ。」
 そう言うと、先ほどの黒くなった部分に手を当て
「やべでね!!やべでね!!痛いからやめてね!!!!」
「いただきまーす。」
 抉り取った。
「ぎゅうううぁぁぁぁあ!!いだいぃぃぃ!!」
「…あまり美味しくないなー。…返す。」
 傷口に塗りたくられる自分の中身。

「チルノちゃん、私達はどうしようか?」
 あの時のお姉さん。
「ぼうやべでぇぇぇぇ!!ゆっぐりしていってよぉぉぉぉ!!!!!」
 叫ぶ饅頭。いつまで続く?これは。夢?早く終わってくれ。
「じゃあ、突っついてみる。」
 そう言ってキョロキョロと何か探す仕草も大妖精にとっては可愛らしく映った。
「チルノ、これ貸してあげるわ。」
 そういって幽香から渡される木の棒。
 渡された時にこの棒の名前を聞いた。
 CANE of CORPUS?
 よく解んないけど強そう!チルノは勇者になった気分でウキウキと饅頭に突き刺した。


 変異種に与えられた最後の役割は、今回の異変に関わったもの全てからの制裁。
 ここで受けた傷は治され明日は紅魔館へ搬送される予定。赤い髪の司書が楽しみに待っているとか。そしてその後はまた別の場所に。



 ―マヨイガの離れ。
 異変から数週間後の満月。
 九尾に案内される客人。
(…前に来た時には無かったわね。)
 充分に警戒しつつ、離れの中へ通される。
 中は簡素な造りだった。だが、どの調達品にも品が感じられるし、普段から誰かが使っている気配がした。
 目立つのは中央にある円卓と椅子二脚。卓の上にはワインクーラーにボトルが一本グラスが二杯。
 奥の席に座っている存在を確認し
「…こんばんは。」
 挨拶をした。
 美しい銀髪と赤と青の服が特徴的な天才。
「ようこそ。…御掛けになって。」
 対して、長い金髪とムラサキの服、月光に映える妖艶な微笑み。
 一礼すると、椅子に腰掛ける永琳。
 むせ返る程溢れる、両者の魔力と加齢sh…気品や美貌。 
 対面する妖怪はくすりと笑い、グラスに手を伸ばし、境界を弄りビンの口を開けずに中身を注ぐ。
 酸化防止か、ただ開けるのが面倒なのか、そんな事を考えていた永琳の前に一杯のワインが出される。
 彼女自身の分を注ごうとボトルを傾けたところで制した。
「…待って、私が注ぐわ。」
 気が利くわね。返された返事は嬉しそうだった。
 グラスを上げ重ね、「カキン」乾杯の儀式。

 僅かな沈黙の後、スキマ妖怪が口を開いた。 
「…今回の異変がきっかけでアレを全部排除したの。」
 唐突過ぎたが解った。アレとは饅頭の事だろう。
 更に続く。
「でも、完全に排除出来ない。」
 目が合った。その目は、知恵を貸せとも、何か知っているか、とも取れた。
 実は気になっていた事がある。
「…確証は無いけれど。」
 続けて頂戴、言われなかったが感じた。
「私自身もアレに興味を持って何千も何万も解剖したり、付加をかけたりと、それはもう色々な研究したわ。」
 知っていた。様々な研究データはこっそり読ませてもらったから。
「…結論から言うと、アレが何処から来ているか」
 そう言って窓を指す。
「あそこよ。」
 満月。
「よく考えると、私がアッチで研究していた事の応用なのよね。」
 無から生物を生み出す研究。だが、生まれたのは、生物が無になれなくなる方法。凍結した忌まわしい過去の話。
「へぇ…。それじゃあ月民は何故こんな事するのかしら?」
 真顔で返された。彼女自身、月民はあまり好きではない。
「手の込んだ嫌がらせか」
 少女のように微笑んだ後、真剣な顔に戻り
「幻想卿への物質転送の実験。今回は悪意が明確だったわね。生態兵器かしら。」
 本命は後から言うもの。
「そ。有難う。…じゃあもう一本飲もうかしら。永琳、付き合いなさい。」
 信じたのか信じていないのか、そういうなりスキマからもう一本ボトルを取り出す紫。
「…今はまだ受けに回っててあげますわ。私の力の再現は難しくてよ。」
 真面目な顔から一転してゆかりんモードに戻る紫。この話はここまでらしい。
(…今はまだ、か。)
 最近の幻想卿は人材面で言えば大豊作だ。…だがまだまだ育ちが足りない。
 彼女は、この宣戦布告に何を思う?また戦争でもする気かもしれない。
 目の前の大妖怪に少し身震いした。そして、自分はコッチ側なんだと思ってもらえるのが少し嬉しかった。
 彼女に、管理者に甘え過ぎていた。彼女がそれとなく育てている人間がもっともっと頼れるようになるまでは、自分や他の大妖怪がしっかりすべきなのだろう。

「ねー、えーりん。ほんと今回は疲れたわー。…霊夢に甘えたくても、500歳児が五月蝿いからあんまりいけないしー。」
 ええ、ご苦労様。…流石にお子様扱いしすぎよ?
「藍も最近冷たいし~。」
 なぜか愚痴りだすゆかりん。
 はいはい、と聞いてあげるえーりん。
 延々一時間の愚痴を聞いてあげたら
「…飲みすぎちゃった。寝るわ」
 と言って、スキマを開けた。寝室に戻るのだろう。
 自分の横にもスキマ。先には見慣れた我が家の門が見える。
「…おやすみ、永琳。付き合ってくれて有難う。」
 紫はそう言うとスキマに半身を包ませた。
「おやすみ、紫。また呼んで頂戴ね。」
 永琳もスキマに包まれ消えた。

                                    おしまい。

 ―おまけ―

 “天狗新聞大祭”射命丸 文は優勝した。
 満天の星空を背景に、地上の冷光に囲まれた妖精や妖怪。中心に写るのは四季と夏。その周りには笑顔の妖精や妖怪。
 だが、優勝記事は非常に非情に小さく、一面は異変の事だった。
 その事について
「仕方が無いですよ。ありますよね、自身満々で出したらもっと凄いのが被さって来た事。」
 と、コメントした。彼女にとって、こんな事は日常茶飯事だったらしい。それに、優勝できた事、投稿した事に意義があり、目立とうが目立つまいがあまり関係なかったようだ。



 ―あとがき―

 ごべんなざい。
 強制的にゆっくりさせる能力を湾曲させて悪意だけ残してみた。
 そんな事より、緑髪って何で素敵なの う ふ ふ 。
 ごべんなざい。
                               Y・Y
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