■品種改良415号報告書4■
野生種といった改良種でない既存のゆっくりを母体に選び、妊娠前から母体に投薬をおこなうことで、
次世代のゆっくりの知能強化等を図る本実験415号計画の途中経過について記す。
コストパフォーマンスと管理の点から鑑みて、本計画に使用する薬品はA薬を採用することになった。
以後の実験はA薬のみでおこなう。
注意していただきたいのは、B薬は決してA薬に劣るものではないこと。良品であり、むしろ強化という面ではA薬を遥かに凌ぐ。
(とはいえ、母体への投薬によって赤ん坊の知能が向上しているにも関わらず、舌足らずな喋りである点はA薬B薬ともに共通であり、関係者は首をひねるばかりだ)
知能強化はもとより効果は身体強化にもおよぶ。
(御存知のかとは思うが、投薬された母体のゆっくりの能力向上は一切存在しない)
(415号実験での母体は全て植物型出産である。ニューボーンが小型であり多産であった方が投薬の効果を確認しやすいためだ)
効き目が強いためか、結果が表に出るのも早く、目覚めたばかりの赤ん坊の時点でその効果が明らかにみられるのだ。
ひどい話になると、生後15分の赤ん坊ゆっくり達に指導される親ゆっくり――というケースも誕生する。
実験施設の餌の採り方を赤ん坊から教わったり、子供より先に体力の限界が訪れ動けないとぐずる親。果たして面倒をみてもらっているのはどちらなのか。
基本的にゆっくりは純粋なモノであるため、投薬による能力差の逆転が発生しても彼ら親子の関係は良好である。
子は親を慕い、親も子に妬みを抱くことはない。ただ、ゆっくりという種特有の愚かさから、親が事故を起こすことは多々ある。
なお、ゆっくりに“慕う”“妬む”、それ以前に感情が存在するのか? という問題は本件とは別であるため考慮しない。
B薬の問題点について軽く記す。
(詳細なB薬の報告書は担当者が提出済みであるため、そちらを参照されたし)
B薬の問題点は“一代限り”であるということ。
薬によって生まれた有能な子世代の能力を、孫世代以下はまったく受け継がない。
何度か実験を繰り返したが、孫世代の知能・身体能力の全ては親世代のそれである。
毎度毎度の実験で、頭の良い子世代が、能力的に劣る親世代・孫世代を不思議がるのはもう笑えなくなってきた。
何故受け継がれないのかは依然不明であるが、さすがはゆっくりブレインと言しか言いようがなく、研究員一同、苦笑いするしかない。
(笑えないのに苦笑いなのか、という意見は却下させていただく)
これでは意味がない。我々が欲するのは永続的な改良種である。
能力に向上があったとしても、次の世代にそれを残せなくては無意味であり、たとえ向上がわずかであっても次世代に受け継がれる方を良しとする。
本研究の目的に適さず、なおコストがかさむため、以降の415号実験にはB薬は使用されない。
繰り返すがB薬は良品である。他の実験でB薬が日の目をみることを、研究者の一人として望まずにはいられない。
これらの理由により。本日13:00を持って、品種改良415号B薬被検体は廃棄処分となる。
(415号実験での母体は全て植物型出産である)
他の部署が実験用ゆっくりとして、品種改良415号B薬被検体の提出を要望した場合、供与して良い。
また外部に持ち出さず研究所内部に限るが、関係者による品種改良415号B薬被検体の使用が、昨日許可された。
各人存分に楽しんでいただきたい。ただし、書類は提出すること。私の分も残しておくこと。この二つを守られたし。
■――――以上――――■
「すーや……すーや……すっきりー!!!」
黒髪に赤いリボン、少女の顔をデフォルメしてデザインされたような饅頭。通称ゆっくり。
その一種であるゆっくりれいむは実に幸せそうな顔で目を覚ました。
「ゆゆ? へんなきがするよ! でもしあわせー!!!」
直径15cm前後の成体れいむが立つのは、直径5cm幅の円柱の上。
足場の狭さから身動きがとれない場所ではあるが、固定された彼女が気にすることはない。
生まれ落ちた頃より、とんだりはねたりとは縁のなかった彼女だ。
今更あわてることではなく、動き回れなくとも、いつだって美味しい食べ物は向こうからやってきた。だから、しあわせー!!!
「……しあわせー? ゆっ! そうだったよ! れいむはあかちゃんができてしあわせなんだよ!」
生体れいむは親れいむ。昨日の朝にお母さんになったばかり。しあわせれいむだ。
頭部に蔦を生やし、葉(の様なもの)を茂らせ、赤ちゃんゆっくりを実らしたゆっくりの姿は……。
見ただけでしあわせそうだな、と思わせる要素を多段に含んでいるのも確かだ。
頭上に実る赤ちゃんゆっくり達を見上げるためか、それとも「思い出したれいむ偉い」と胸をはっているのか、ふんぞり返る様な動作の親れいむ。
その所作で親れいむの下腹部に付けられた薄いプレートが姿を見せた。
【実験No.46B 母体(親子廃棄)】
「ゆーゆー♪ あーかちゃん♪ おかーさんとゆっくーりしようねー♪」
2~3cmサイズのちいさなちいさな可愛い赤ちゃん。
ごきげん笑顔で歌を歌う親れいむ。しあわせでしあわせで仕方がない。
早く蔦から赤ちゃんが切り離されて、ぽてちんと地面に生まれ落ちないものか。
親れいむの視界に映る赤ちゃんは、れいむが2種、まりさが1種。
見える範囲で3匹の赤ちゃん。だったら「もっといっぱいいるよ!」と勝手なビジョンを思い描いている。
それは正しい。確かに赤ちゃんは4匹以上。
ただそれが真っ当な想像力によるものではなく、ゆっくりブレインしあわせブレイン。
こうあればいいという勝手な願望にしかすぎないのだ。
周りを見ずに、己の都合のいい事だけしか頭にない。これが普通のゆっくりである。
「……ゅ」
「……ゆ?」
親れいむの頭上で声が聞こえた。
「ゆー?」
何事かと思い、親れいむが首を傾げる(様な動作をする)。
動きにあわせて、葉と葉が重なりあい、ガサガサと音を立てた。
それが合図であったのか、
「ゅ!」
「ゅぅ……ゅぅ……」
「……ゅ! ゆゆっ!」
蔦に実った赤ちゃんゆっくりの何匹かが声を出し始め、その内の1匹が目を開いた。
「ゆっくちー!」
世界への目覚めの挨拶。
一番最初に目を開いた赤ちゃんれいむは、元気よく叫んだ。
おそらく彼女がこの姉妹の長女になるのであろう。
挨拶をすませニコニコとごきげん赤ちゃんれいむ。
「ゆ! れいみゅのおかーしゃんはどこかにゃ?」
蔦に繋がったままであるため、軽く身をひねる程度ではあるが、
母親を視界にとらえよう、見つけようと赤ちゃんはきょろきょろと周りを探す。
「おかーしゃん?」
「ゆゆ! ひょっとしてれいむのあかちゃん!? あかちゃんなの!?」
「ゆー! おかーしゃんはしたにいるんちゃね!」
この時点でようやく親れいむは、赤ちゃんれいむが目覚めたことに気がついた。
ワンテンポ早く、赤ちゃんれいむは母親の位置を把握し喜ぶ。
「おかーしゃん! れいみゅだよ! いっちょにゆっくちしよーね!」
「ゆゆー!? ゆゆゆゆ! ゆっくりしようね!!!」
本来、植物型出産の赤ちゃんは、蔦から切り離され、地面に落ちた衝撃で目覚め、言葉を発する。
そのプロセスと違い、蔦に下がった状態で既に挨拶をはじめた赤ちゃんれいむ。
そういう理由もあり、事態をまだ把握し切れていない親れいむだが、そんな事は些細なこと。
赤ちゃんが目覚め、自分に声をかけてきてくれた事が何よりの喜び。
きゃっきゃと会話を楽しむ2匹の声に反応し、他の赤ちゃん達も目覚めだした。
「ゆーゆっくちー!」
「おひゃよーおねーしゃん」
「ゆゆ! おねぼーしゃん」
「まりしゃだよー」
「まりしゃもまりしゃだよー」
「れーみゅもいるよー!」
「みんにゃゆっくちちてねー」
『ゆっくちー!!!』
皆仲良し赤ちゃんゆっくり姉妹。
「ゆーん! あかちゃんたちゆっくりしてるのー?」
「ゆゆっ! おかーしゃんだよ! みんなあいしゃつしよーね?」
『おかーしゃーん!!!』
「ゆゆー!」
親れいむは、ゆーんと感動で瞳をうるうるさせている。
自分の赤ちゃんはなんとゆっくりした子供達なんだろう。
「ひーひゅーみーよー……ゆ! おかーしゃん!」
「ゆ?」
「れいみゅちゃちがよん! まりしゃちゃちがに! ろくしまい!!」
長女の赤ちゃんれいむが親れいむに姉妹の数を報告する。
親れいむの赤ちゃんは、れいむ種だけでなく、金髪に黒の三角帽子がトレードマークのまりさ種がいるようだ。
れいむが4匹、まりさが2匹、合計6匹。
本来は30を超える大姉妹達であったのだが……
この家族は投薬の効果を高めるため、今の数まで間引きされている。
もちろんそんな事実を親れいむも姉妹達も知るよしもない。
ついでにいえば、親れいむに6という数字の概念はない。
「ゆゆー! いっぱいいるんだね! れいむはうれしいよ! しあわせー!!!」
そのため、純粋に赤ちゃんの誕生を祝うのみである。
「そうちゃよ! いっぴゃいいるよ!」
『いっぴゃいいっぴゃい! ちあわちぇー!!!』
「ゆーん! すごくゆっくりしたあかちゃんだね!」
親れいむはうれしくてしかたがなかった。
だからこそ早く赤ちゃん全員の顔をみたくてみたくてしかたがなかった。
その雰囲気を、赤ちゃんゆっくりは感じとっていた。
顔をみたいのはこちらも同じこと。
早く蔦から離れ、愛する母と正式に対面して、「ゆっくちしちぇいちぇね!!!」と言ってあげたい。
先ほどから、一匹たりともとそう叫んでいないのは、無意識からの行為。
真にゆっくりできる場所は母の傍。蔦に繋がったここではないのだ。
「おかーしゃん! れいみゅがいくよ!」
一番最初に親れいむの元へと顔を見せたがったのは、親れいむの真上に実ったれいむだった。
この赤ちゃんれいむは、蔦の中心部に実っていたため、親れいむの声も聞き辛く、
葉に視界を邪魔されて景色を楽しむこともできずに寂しい思いをしていたのだ。
主張のために、ぷるぷると身を震わす。一緒に揺れるリボンには――
【れ-4】
――と、書かれた小さいタグが付いている。
タグは姉妹全てが付けていたが、彼女達は飾り程度にしか認識していない。
れいむもまりさも関係ない、仲良し姉妹のおそろい飾りだと。
「ゆーじゅるいよー」
「ゆ! そんにゃこといっちゃ……め!」
「ゆー! れいみゅはすねただけちゃよまりしゃおねーしゃん」
「わかっちぇるよ! みんにゃにゃかよしねー?」
『ねー?』
「じゃあいっておいちぇ!」
ゆっくり姉妹は仲良し姉妹。
みんなわかっていたのだ。彼女が寂しいことも、最初にいかせてあげるべきだとも。
姉妹に祝福され、赤ちゃんれいむは再度、身を震わせる。
今度は蔦から自分を切り離すためのものだ。
「ありがちょー! ゆっくちいくよ!」
『ゆっくちゆっくち!!!』
「ゆ……ゆ……ゆっくちー!」
プチンと軽い音とともに、赤ちゃんれいむの頭は開放感を得た。
今まであった愛する母との繋がりを失いはしたが、赤ちゃんれいむに悲しさはない。
いわば儀式の様なものである。古い繋がりを捨て、新しい親子の繋がりを得るのだ。
これからのことを思い、笑顔の赤ちゃんれいむは落ちていく。
ぽてちんと、親れいむの額で跳ねてワンクッション。
「ゆゆ~ん♪」
「ゆー! れいみゅのいみょーとおしょらをとんでるみたい!」
「おかーしゃんがゆっくちしゃせてくれちゃんだね!」
「ゆっくちおちちゃらじめんしゃんでいちゃいもんね!」
「おきゃーしゃんありがちょー!」
「まりしゃちゃちのおかーしゃんはゆっくちしてるね!」
赤ちゃんれいむはしあわせを感じていた。
優しいお母さん。お母さんの顔はどんな顔なんだろう。
背を向け、母の額から跳ねて落ちる赤ちゃんれいむは、楽しみでしょうがなかった。
お母さんに言う言葉は決めている。「ゆっくりしていってね!!!」だ。
その次はどうしよう。嬉しすぎてその次は考えていなかった。
言いたいこともしたいこともたくさんある。そうだ。綺麗に着地できるかな。
続く姉妹の手本になればいいな。上手くできたらお母さんは褒めてくれるかな。
次々と考えが浮かんでくる。赤ちゃんれいむの目はしあわせに輝いていた。
「ゆ~ん♪ 」
「…………ゆ?」
なにやらおかしい。
いつまでたっても、姉妹の「ゆっくちしちぇいっちぇね!!!」が聞こえない。
流石にゆっくりしすぎではないだろうか?
赤ちゃんゆっくり姉妹は各々首をひねった。
「おかーしゃんれいみゅは?」
「ゆ! まだー? れいむのかわいいあかちゃんまだなのー?」
挨拶が聞こえない事を疑問に思った長女れいむが、親れいむに声をかけたが……
返ってきたのは催促の声。
姉妹達の中で不安が高まっていく。
のん気な母の声に感情を動かされながら、おそるおそる長女れいむは再度訊ねた。
「おかーしゃん……れいみゅのいみょーちょのれいみゅは……いにゃいの?」
「まだだよ! れいむのあかちゃんゆっくりしすぎだね! あかちゃんにあいたいよ!」
『ゅ゛ーっ!?』
異常だ。
先に落ちた姉妹は、怪我をして声を出せないわけではなく、“そこにいない”。
赤ちゃんゆっくり姉妹は驚愕に身を震わせた。
互いに目をあわせ、頷きあう。
“お母さんはまだ何も知らない。心配させない様にまだ黙っておこう!”
一緒の母から生まれた姉妹。思うことはみな同じだ。
そう誓い、現状を把握すべく、姉妹達はきょろきょろと動ける範囲で身を動かす。
生まれたばかりという理由もあり、家族に会えた喜びに浸って周りが見えていなかった。
先にこうしておくべきだと、もう少し注意をしておくべきだったのだと。
幼さにあわぬ考え。
しかし、生まれ持った知能の高さ故に、姉妹にとってそれは当然のこととして認識されている。
「ゆゆっ! おねーしゃんじめんしゃんがとーいよ!?」
「ほんちょ! どうじぢぇぇぇぇぇぇ!?」
「おかーしゃんのいるびゃしょはせまいにょぉぉぉ!?」
「まっちぇね! まりしゃもみゆかりゃまっちぇね!!」
「なんぢぇー!? どーいうこちょー!?」
そして、その知能の高さ故に、彼女達は自分が置かれた事態を把握し、恐怖に泣き叫んだ。
泣き叫びながらも、親れいむに心配をかけないようにと、全員がなるべく声を押し殺していたことは特筆に価する。
「ゆ? あかちゃんたちにぎやかだね! おかあさんをなかまはずれにしないでね!」
「ゆゆっ!? おかーしゃんちょっとまっちぇちぇね!」
「ゆ? ゆっくりまつよ!!!」
親れいむに待ってとお願いし、赤ちゃんゆっくり姉妹は状況を整理することにした。
幸い、親れいむはゆっくり待ってくれている。今は。
姉妹全員が得た情報を集めると、だいたいこういうことがわかった。
●お母さんは何か長くて高いものに乗っていること。
●おそらくお母さんの座っている場所は狭くて、他の皆は乗れないだろうということ。
(親ゆっくりが固定されているのは、幅5cm・長さ1.5mの棒の上である)
●そのため、自分達は地面さんからとても遠くて高いところにいること。
●地面さんは色んな種類の綺麗な色だということ。
●この高さから落ちるとどうなるの?
●……ゆっくりできないんじゃないかな。
「ゆゆゆっ! だいじょーびゅだよ!」
「まりしゃ!?」
「ほら! おかーしゃんとおなじくりゃいのたかしゃにもじめんしゃんがありゅよ!」
よく見れば、親れいむから離れた位置に、同じ高さの地面がみえる。
今いる場所からそこまでの距離は、親れいむ1.5匹~2匹分の幅だろうか。
「おかーしゃんがぴょんしちぇくれれびゃみんにゃたすかるよ!」
「おかーしゃんならいけりゅね! おかーしゃんここかりゃむきょーにぴょんしちぇね!」
「おきゃーしゃんぴょん!」
「ぴょん!」
「ゆ? ぴょんってなーに?」
『ゆ゛ぅぅぅぅぅう!?』
成体ゆっくり2匹分の幅。
自分達では無理だろうが、大きなお母さんなら跳び越えられる!
そんな姉妹の希望は即座に打ち砕かれた。
5cm幅の足場での跳躍。難しいかもしれないが、一般的なゆっくりなら可能であったかもしれない。
が、この親ゆっくりは、生まれ落ちた時には既に、運動能力を削がれていた。
主な生活場所は1匹用の水槽。たまにみる仲間も同様、運動能力を削がれた個体。
動けずとも、餌は研究員が食べさせてくれた。
最初から運動はできず、運動という行為を見聞きすることもなく知らず、動けずとも不満はない。
まったく動けないわけでもない。暇なときは上下左右に体を揺らしたり、軽く身をひねる。たのしい。
そうやって、ずっとゆっくりしてきたのだ。これまでも、そしてこれからも。
「ゆっゆぅぅぅぅぅぃぃぃっ!! おかーしゃんごめんにぇぇぇ!! みんにゃごめんにぇぇぇ!!」
「ゆ? ゆ? あかちゃんなんであやまるのー?」
親ゆっくりに“ぴょん”の説明をしている途中で、赤ちゃんまりさは気付いてしまった。
理由はわからないが、母親が運動をおこなえないこと。それを理解できないことに。
だから、自分の不用意な発言が、母を傷つけ、みなに余計な希望を持たせたと、赤ちゃんまりさは思った。泣いた。
「まりしゃなきゃないちぇね!」
「……まりしゃ?」
泣く赤ちゃんまりさをなだめたのは、もう1匹の赤ちゃんまりさ。
ちょうど、親れいむの左右に実った赤ちゃんまりさ2匹は、互いの顔を合わせたことがない。
6姉妹の中でまりさ種は2匹だけ。
他の姉妹も大好きだったが、同じまりさ種同士の仲間意識がなかったといえば嘘になる。
その顔も知らない、言葉を交わすだけの姉妹が、自分を励ましてくれている。
「ないちゃらおかーしゃんもみんにゃもきゃなしーよ?」
「そうちゃよ! れいみゅちゃちもきゃなしーよ!」
「みんにゃ……」
雨降って地固まる。
結果として姉妹・家族の結束を強くする出来事となった。
見方を変えれば選択肢のひとつが減って、尻に火がついたといったところだが。
「まりしゃはまりしゃでしょ! しみゃいのいきおいににゃるんちゃよ!」
「……ゆ、まりしゃ……ありがちょー」
「まりしゃなきやんぢゃね! まりしゃしゅごいね!」
「ゆー! まりしゃはしゃっきもたくしゃんのことをおしぇーてくれちゃね!」
「でみょむりしにゃいちぇね!」
励ました方の赤ちゃんまりさは、親れいむの左外側に伸びた蔦の一本に生っていた。
その環境と持ち前の行動力で、限界ぎりぎりまで身をひねって、周りの情報を集めていたのだ。
現に姉妹が手に入れた情報の多くは、彼女からもたらされたものが多い。
長女れいむは、そんな勇敢な妹まりさを誇りに思っていたが、同時に危うくも思っていた。
蔦から切り離されるとき――
それは赤ちゃんが落ちても大丈夫なぐらい成長した結果、その自重で落ちる。
あるいは(ある程度成長しているという前提がつくが)、外敵に襲われた場合、
刺激によって目覚めた赤ちゃんが、体を揺すって自力で蔦との繋がりを切って逃げる。
あとは成体ゆっくりが切り離してくれる場合だが、前の二例ともに蔦が離れやすくなっている。
今の姉妹は、生まれ落ちる準備ができているため、蔦は動き回れば切り離されやすく、例え動かなくとも自然に切り離される。
後者の理由で赤ちゃん達は急いで対策を立てる必要があり、前者の理由で長女れいむはまりさの行動を心配していた。
今もまた、まりさは体をひねって下界を見下ろそうとしていた。先に落ちたれいむの姿を探しているのだろう。
「ゆー! みゅりじゃないよ! みんにゃのためにゃらまりしゃにちょっちぇ――」
プチンと音が聞こえた気がした。
「――ゆ?」
音と一緒にまりさの体が軽くなった気もした。先ほどまで見えなかった景色が目に入ってくる。
姉妹達が見つけたかったものが……見えた。
「れいみゅおねーしゃん――」
――まりしゃのいみょーとのれいみゅいたよ?
このまま落ちると姉妹がどうなるのか。
先に落ちた赤ちゃんれいむがどうなったのか。
これから自分がどうなってしまうのか。
赤ちゃんまりさは、ゆっくりと理解し……姉妹の視界から消えた。
「…………」
「…………」
「…………」
「……まりしゃーっ!?」
「まりしゃおねぇーしゃぁぁぁぁん!?」
「ゆー!? ゆー!? まりしゃがどうしちゃの!? まりしゃのしみゃいのまりしゃどうしちゃのー!?」
自分の見えぬ場所で何が起こったのか? 泣く自分を慰めてくれた姉妹が何故、泣き出したのか?
赤ちゃんまりさはわからなかった。わからなかったからこそ不安でたまらなかった。
もう一匹のまりさが、まりさがどうなってしまったのか?
「……ゆっぐ……ゆっぐ」
「……おちちゃった。れいみゅのいみょーとのまりしゃ……おちちゃった」
長女れいむが嗚咽を堪え、幼いなりに努めて冷静に、残った赤ちゃんまりさに事実を告げた。
姉妹がどうなったのかを伝えられた。……が、頭がついてこない。
それでもゆっくりと、ゆっくりブレインにその意味が染みこんでくる。
……顔をみたことのない、もう1匹のまりさとはもう二度と会えない。
理解がおよんだとき、色んな感情が堰をきって流れ出そうになる。
「……ゅ……ゅぁ……っ……ゅぁ」
「りゃめ! にゃいちゃりゃめ! おかーしゃんがかなしみゅよ!」
「……ゆっぐ!」
そうだ。親れいむを悲しませてはならない。
皆で誓った。先ほど母を悲しませてしまった時、あのまりさが止めてくれた。
ここで自分が泣けば、尊いその行為を無駄になる。残された赤ちゃんまりさは、堪えた。
無駄にしないために。あの姉妹の行為を無駄にしないために。
その思いは残された姉妹も一緒。ゆっくりするよ!!! 心は一つ。
と、赤ちゃんゆっくり達はイベント満載であったが、頭上のドラマを知らぬ親ゆっくりは暇であった。
いつまでたっても、赤ちゃんが顔を見せてくれない。
待っててと言われたが、まりさと聞いて視線を上にやれば、目に見える赤ちゃんは2匹。
「ゆ~? そういえばまりさがいないよ~? どこーまりさどこー?」
のん気なことを言う。
母の言葉に子供達は震えていた。言えるはずがない。
母を思って押し黙る赤ちゃん達であったが、親からすれば返事がないだけのこと。
待てといわれ相手にされない。
親れいむは待っていてもよかった。ずっと1匹でゆっくりしていてもよかった。……いつもなら。
しかし今は話が違う。赤ちゃんが生まれ、親れいむは1匹ではなくなった。
一緒にゆっくりしたい。その欲求を満たしたいのだ。
「れいむのあかちゃんゆっくりしすぎだよ? ゆゆ! そうだ! おかあさんがゆっくりおろしてあげるね!」
待ちきれなくなった親れいむは、名案とばかりに体を揺らす。
あわせて揺れる頭上の蔦、葉、赤ちゃんゆっくり。
ガサガサと葉がすれる音はリズムカル。
「ゆっゆゆー♪ あーかちゃんゆっくりおーちてーきーてね♪」
歌い出すぐらいごきげんになる名案。親ゆっくりにとってはそうかもしれない。
が、赤ちゃん達にとっては名案でもなんでもなく、死を早める行為に他ならない。
「ゆ! ゆぅぅぅぅっん!?」
「やめちぇね! おかーしゃんゆっくちやめちぇね!?」
「おきゃーしゃぁぁぁんっ!?」
「れーみゅちゃちがゆっくちできにゃくなっちゃうにょぉぉぉ!!」
「ゆ! わかったよ! ゆっくりやめるよ!」
親れいむは愚鈍ではあったが素直で聞き分けはよかった。
この点は感謝してもよく、幸運であったともいえる。
それで事前の愚行がなかったことになるわけではないが。
間違いなく、今の揺れで赤ちゃんと蔦を繋ぐ接点は脆くなっただろうから。
元より残された時間はわずかだった。赤ちゃん達の時間は更に削がれた。
「ゆっゆっゆっ……!」
「……ゆふー」
急がねばならないのはわかっている。考えねばならないのもそう。
しかし幼い生命にとって、今をなんとか生き延びたこの瞬間から、
脳裏にちらついた死の恐怖を遠ざけ平静になろうとする時間を誰が責められようか?
恐怖は転じて生への執着でもある。落ち着きを取り戻す中、生きようとする意志が、1匹の赤ちゃんに閃きをもたらす。
その1匹は、しばし真剣な顔で前後の揺れに身を任していた。
冷静になった状態で揺れを体感し、自分の考えを実行する。
「ゆっ!」
「……ゆ! ゆっくちしてきちゃよ! ……れいみゅ?」
「ゆっ!」
声をかけられた赤ちゃんれいむは、揺れ幅の頂点で力み、自ら体を動かして勢いをつけ揺れ幅を広くしていく。
親れいむの正面付近に生る長女れいむから、親れいむの右横よりやや後ろに生る、この赤ちゃんれいむの姿はみえない。
何やら力んだ声が聞こえてくる。
長女れいむは、残った方の赤ちゃんまりさ――親の右側に生った子に声をかけた。
「まりしゃ! まりしゃにゃられいみゅがなにしちぇりゅかわかりゅ?」
「ゆ! まりしゃにょうしりょのれいみゅはびゅんびゅんいっちぇりゅ!」
びゅんびゅん? なんのことだろうと不思議に思ったが、その答えは本人から語られた。
親ゆっくりが揺らした事をヒントに、振り子運動の力を借りて、向こうまで飛べないかと。
「ゆゆっ!」
なるほど。ひょっとするといけるかもしれない。
「でもあぶにゃいよ! ぷっちんしておちちゃうかみょしれにゃいよ!?」
「しょーだよ!」
「ぢぇも! こにょみゃみゃだとおちちゃうよ!」
何もしないままでも落ちて、ゆっくりできなくなる。それは皆にもわかっていたことだ。
状況を打破できる術があるのなら、たとえリスクを抱えてもやるべきこと。
特に長女れいむは、そのことを痛いほど感じていた。責任感があった。
ほんの十数秒早く目を開けただけの僅かな差。それだけではあったが、それが長女としての意識を芽生えさせた。
ゆっくりにしてみれば、それだけで十分。
「ゆ! わかっちゃよ! じゃあおねーしゃんがしゃきにとぶよ!」
まずは自分が飛ぶ。危険なことを先に妹にやらせるわけにはいかない。
自分が飛んでいる間に、他の姉妹が別のアイデアを練ってくれるかも知れない。
「だめりゃよおねーしゃん! れいみゅがしゃき!」
「……ゆっ!?」
「れいみゅがしゃき! おねーしゃんはおねーしゃん! みんにゃのしょびゃにいちぇね!」
赤ちゃんれいむの振り子の動きが、速く大きくなっていたこともある。蔦がもう持たないかもしれない。
そんな理由もあったが、今口にしたことが一番の理由。姉妹の精神的柱になっていて欲しい。
大きく動く右側の赤ちゃんが、蔦から離れるのも時間の問題だということもあり、長女れいむは困ったが納得した。
もうこの赤ちゃんれいむは飛ぶしかないのだ。
「そりょそりょいくにょ……!」
前、後。前、後。前、後。前、後。前……。
勢いは十分。よく見ていてね、と姉妹に言う。次に飛ぶ姉妹の参考になるだろうから。
もし失敗しても、とは言わなかった。
この回で飛ぼう。決意が鈍らないうちに。
……後。勢いを利用して前に出る。いける、いくしかない。ゆっくりするために。
そのためには、前方の頂点に達するより先にやらなければならないことがある。
加速を得た赤ちゃんれいむは、勢いの力を借り頭部に力を入れて――蔦を切り離した。
「ゆぅぅぅぅぅぅぅっ!!」
宙を舞う。
蔦という枷から解き放たれ、より前へ。
「ゆゆっ!? ゆーっ!」
赤ちゃんまりさはみた。背後にいた姉妹の背中を、勇気ある姉妹の姿をみた。
「がんばっちぇ!」
「ゆ! れいむのあかちゃん? あかちゃんとんでるの!?」
「れーみゅのおねーしゃんおしょりゃをちょんぢぇるにょ!」
「いきぇぇぇぇ!」
長女れいむと、その傍にいる赤ちゃんれいむが激を飛ばす。
お母さんが自分の姿を見てくれている。
「ゆゆーん! ゆぅぅぅぅーん!!」
飛んでいた。皆の思いに支えられ、何物にも邪魔されることなく飛んでいた。
目指す場所が近づいてくる。いや、自分が近づいているのだ。着地するために。自由を得るために。
壁が近くなる、もうすぐだ。……壁?
赤ちゃんれいむは気付いてしまった。高度が落ちているのだ。
「――ゆびゅっ!」
失敗は激突によって告げられ。失敗の結果は落下。
2cm……いや1cm高ければ、運命は変わっていたかもしれない。
だが最初のチャレンジャーの挑戦はもう終わり。もう二度と挑むことも、ゆっくりすることもない。
また1匹、姉妹がゆっくりできなくなってしまった。信じたくはない。が、赤ちゃんれいむがぶつかった場所には染み。
皮肉な話だが、それが赤ちゃんれいむの生きていた証となっている。“生きていた”、だ。
「ゆ~? れいむのあかちゃんどっかいっちゃたよ?」
赤ちゃんがどこにいったのか、不思議そうな母れいむ。
もうここにいない姉妹を思って、残った赤ちゃんゆっくりは泣きたかった。
「ゆ! でもいいよ! れいむはゆっくりまつよ! つぎはだれ!? れいむにおかおをみせてねあかちゃん!!!」
子供とゆっくりしたくてたまらない、そんな母の和やかな声が、赤ちゃん達の悲しさと申し訳なささを増加させる。
残るは3匹。その内の1匹、全姉妹の中で最後に目覚めた末っ子れいむの、感情は決壊寸前。
「まりしゃがいくよ!」
「……ゆ?」
外に流れ出してしまいそうな、末の子の感情を押しとどめたのは、まりさであった。
まりさがやるんだ。体を前後に振り、飛ぶための加速を得ながら、まりさは思う。
もう1匹のまりさは、自分を励まし皆を元気付けた。
飛んだれいむは、先に行くことと意思をみせた。
勇気あるものの行為は、皆の勇気をも奮い立たせる。誰かが笑えば皆も笑える。
まりさはそれがまりさの生き方なのだと、ゆっくりまりさのあるべき姿なのだと、そう心で理解した。
「……ゅ……まりしゃおねーしゃん……」
「まりしゃ!」
「ゆん! ゆん! ゆ……っん! あんしんちちぇね! まりしゃのかりぇーなちょーやくにおどりょいちぇね!」
誰も泣かせない。だから自分も泣かない。不敵に笑う。皆が笑える先を作るために。
泣き虫まりさはもういない。先に行ったまりさを見たとき、皆が誇りを抱き、先に進もうと思える、そんな背を持つゆっくりになるんだ!
スポンという音が聞こえた気がした。すぽん、かもしれない。
結論だけいえば、決意をしてからのまりさは最期まで泣かなかった。二度と泣くことはなかった。
「…………」
「…………」
あまりにも唐突。残された赤ちゃん達は、流れるように起こった事象に、泣き出すことも叫ぶこともなく、ただ呆然とする。
理解が追いついてこない。いや、少し時間を置き何があったのかの理解はできた。理解したくないだけだ。
だが現実はそれを許さない。目の前では、蔦にぶら下がった黒いとんがり帽子が揺れている。
振り子運動を繰り返すのは帽子のみ。視界から帽子が消え、また戻ってくる度に、帽子の下にまりさがいるのではと――そんなことはなかった。
残る姉妹は2匹。
長女れいむと末っ子れいむ。6匹いた姉妹の中で、一番近い距離にいた姉妹だ。
「れいみゅ……」
長女れいむは悩む。
自分は飛ぶ気でいる。姉妹の行為を無駄にしないために、残された者の務めとしてゆっくりする未来を勝ち取るために。
妹を残して飛ぶのは気が引ける。もし自分が失敗すれば、末の妹だけ残していくことになる。
母も残っているが、自分以外の姉妹がいなくなってしまったという悲しさに、彼女は耐えられるのだろうか。
現に今も、小さく揺れる黒い帽子を眺めたまま動かない。や、無言で小刻みにぷるぷると震えている。
ゆっくり達は知るよしもなかったが、長女れいむが最初に目覚めた事から、年長者の責任に目覚めたのと同じ様に――
末っ子は最後に目覚めたことと、長女れいむがそばにいたことで、他の姉妹より精神が幼く、他者にやや依存する傾向があった。
そんな理由を長女は知らないが、妹が残されることに耐えられるとは思わなかった。
ならば自分が横で見守り、励まし、助言を送りながら、妹を先に飛ばせるべきか?
否、先に飛んでねといえば、彼女は泣くだろう。落ちていった姉妹の恐怖がこびりついている。
ならば同時に飛ぶべきか?
否、自分にあったタイミングで飛ぶべきだ。下手に相手にあわせて距離が足りなければ意味がない。失敗は許されないのだ。
ならば答えはひとつしかない。
「れいみゅ……ゆっくちきいちぇね……おねーしゃんがしゃきにとぶよ」
「――ゆゆっ!?」
末の妹の意識が、長女の言葉で現実に引き戻される。同時、妹の浮かぶ表情は驚愕。そして悲嘆。
「れーみゅをおいちぇかないぢぇぇぇぇ! いっしょにゆっくちしよーよーっ!?」
「……れいみゅ」
できることならそうしたかった。
あるいは別の方法を一緒に考えてもよかった。
……今なら、2匹だけになった今ならとれる方法もある。
皆がいたときは言い出すことはできなかった方法。偶然にも残った2匹は、母の正面側に実った姉妹。
狙いをすまして落ち、母に舌で受け止めてもらい口の中に避難する。向こう側に飛ぶよりも安全な方法だ。
「だいじょうぶだよあかちゃん! おかあさんがいっしょだよ!」
「ほりゃ、おかーしゃんがいるよ? だかりゃあんしんちちぇね?」
安心できる声。お母さんの声に、長女れいむの不安も薄らいでいく気がする。
お母さんはきっと受け止めてくれるよ、れいむ。疑いはない。
けれど長女れいむは飛ぶことを選ぶ。先に進むべきだと、それが残されたものが受け継いでいくことだと思うから。
「れいむ……とぶのがこわかっちゃりゃ……おかーさんにうけとめちぇもらうんぢゃよ?」
「ゆっぐ……ゆっぐ……ゆっぐ……」
妹は聡い子だ。返事はなかったが理解してくれているだろう。
前に飛ぶために、加速を得るために、長女れいむは体を動かす。
お母さん――れいむ達を産んでくれて、うれしかったよ。
れいむ――長女である自分が浮かれていないで周囲注意をくばっていれば、あんなことにならなかった。ごめんね。
まりさ――本当は自分がしなければいけなかったのに、皆を引っ張っていってくれた。ありがとう。
れいむ――皆が見た背中はとても頼もしかったよ。勇気がでたよ。がんばるね。
まりさ――泣かなくなったね。自分だけじゃなく、妹の涙を止れる子になったね。つよいね。
れいむ――お姉ちゃんが飛んだら、れいむは泣きやんでくれるかな?
感情を込め、力を得る。喜びも悲しみも、立ち止まるためではなく、巡り巡って、前にただ前に進むための糧となる。
速く速く、強く強く、前へ前へ。
こんな状況でなければ楽しかったのだろう。だが笑う。快と長女れいむは笑う。
生きるために、妹に何かを残すために。
皆! 一度でいいから力を貸してね! 不出来なお姉ちゃんが、立派なお姉ちゃんとしてやり遂げるために!
れいむは飛んだ。
高くより高く。
前へより前へ。
目指す場所へ、ぐんぐん近づいていく。高台より更に高く、長女れいむは宙を飛んでいる。
身を任すではなく、意志によりれいむは風になった。進むべき風に。留まることのない風に。
次は着地だ。飛ぶ時間は思うより短い、早々に心の準備を決め。衝撃に備える。
高さは十分だった。が、着地の構えによる動きのせいか、若干軌道が変わった。着地地点が僅かだが、台の端にずれる。
このままでは、着地の際にバランスが崩れ、落ちてしまう――
「――ゆんっ! ぐぅっ!」
前へ。
体重と勢いを前半身にかけ、進むことの意志を押し通す。
鈍痛が幼いれいむの体を支配しようとする。否。ここで痛みに飲まれることも流されることも、否。
ここまで来た。ならば前へ。前へと意志を通す。落ちるわけにはいかない。
はねる。
勢いそのままに、地面に叩きつけられた衝撃が全身に駆け巡る。
前へ進むことを選んだ結果、直前で受身を放棄した結果がこれだ。痛みはあれど、後悔はない。
始めて触れる地面さんは固かった。それでも、触れれることが喜ばしかった。
ころがる。
れいむの体は台の外ではなく、内へ。
姉妹達の想いを胸に長女れいむは到達を成し遂げたのだ。
やったよ皆。やったよお母さん。やったよれいむ。れいむはやったよ。
地面さんは痛かった。でも、お母さんは柔らかいに違いない。妹と一緒にふかふかー、ゆっくりー!!! するんだ。
そうだ!
早くお母さんにれいむの無事な姿をみせてあげよう。れいむもお母さんのお顔をちゃんとみたい。
早く妹にもお姉ちゃんは大丈夫だよって言わなきゃ。妹を早く安心させて、ゆっくりさせてあげなきゃ。
――泣きやんでくれたかな? れいむは妹の涙を止めてあげられたかな?
痛みが引き始めたれいむが、目を開けて見たものは、母の顔でも妹の笑顔でもなかった。妹の泣き顔でもなかった。
遠い遠い地面だった。
「ゆ~~~? れいむのあかちゃんきえちゃったよ?」
母れいむは、今度こそ自分の赤ちゃんを見失うことはないと思っていた。
今回飛んだ子は、視線をあげれば見える位置。頭上でぷらぷら動き出したときから、しっかりと目を離さなかった。
飛んで自分から離れた場所に乗るのもきちんと見た。のに忽然と消えたのだ。不思議だ。
だけど母れいむは楽しかった。初めてなる母親というのは新しいできごとばかり。
赤ちゃんは飛ぶ。赤ちゃんは消える。自分にはできないことだ。
母れいむも赤ちゃんだった頃があったはずだが、そんな経験は無い。でも、きっとできたに違いない。
「ゆ? ゆゆゆゆゆっ!?」
急に髪が痛くなった。少し重い気がする。
今までなかったことだ。これも母親になったからに違いない。赤ちゃん達ができたときも頭の上が重くなった。似ている。
「ゆーん……れいむどんどんおかあさんになっていくよー」
だらしのない笑みを浮かべる母れいむ。しあわせー。
これからはもっとしあわせーだ。母れいむは1匹だけではない、家族がいる。どんどん新しい発見と喜びがあるだろう。
赤ちゃんに色んなことを教えてあげよう。ごはんは美味しいよ。みんなで食べたらもっと美味しいかな。
「……ゆ? だれかよんだ?」
考え事の途中、赤ちゃんに呼ばれた気がして、母れいむは頭上の赤ちゃん達に訊ねた。返事はない。
気になったが、何度もしつこく訊ねるような事はしない。にんげんさんに教わった。れいむはいい子だからそれを守れる。
ああ、そうだ。そのことも赤ちゃん達に教えてあげないと。にんげんさん達にも可愛い赤ちゃんをみせてあげないと。
楽しい未来に想像をめぐらせる。母れいむが好きな遊びだ。にんげんさんは忙しいから、母れいむはこの遊びに興じることが多かった。
でも、もう1匹じゃない。早く赤ちゃん達と皆でゆっくりしたいな。母れいむは楽しみで仕方がなかった。
いつの間にか、髪の重みは消えていた。
■点数発表
+0点:れいむ4、まりさ1、まりさ2
+1点:れいむ1
+2点:無
+3点:れいむ2
+10点:無
-2点:れいむ3
昼までに各自が選んだ3匹の得点合計合計をすましておきます
2位までが集めた参加費を使って食堂でタダ飯喰ってください
シャレで作ったマイナスゾーンに落ちたれいむが勝敗を分けた
わりと飛ぶもんですね飛びすぎたせいで暫定1位からビリ辛い
最終更新:2008年11月09日 17:23