ド口ワ系8 私の可愛い子たち_3




 それにしても──予定と言うのは、一度狂うと何度も狂うものなのだろうか。
 やっと自宅マンション前にたどり着き、時計を見ながら私は思った。
 もう教室を出てから軽く30分は経過している。
 この週末はたっぷりと、本当の私で居られる時間を過ごすつもりだったのに。
 もっとも、教室で級友たちと会話し、廊下で軽いトラブルに見舞われて時間をロスした
おかげで、このありすと出会えたと思えば、まぁ予定の遅れも悪く無いだろう。

「さぁ、ありす……この建物が、私とあなたのお家よ」
 目が覚めたら私の部屋と言うのも味気ないだろうから、眠っていたありすを起こし、建
物の外観を見せてやる。
「……ゆっ……うぅ~ん……あ、う、うん……」
 口の端に少しだけ涎を垂らし、目尻に涙、ぽやんと弛緩した表情を浮かべるありすも、
やっぱり可愛い。
 無防備な寝顔も可愛いし、寝ぼけた表情もいい──この子も、やっぱり私だけのありす
にしよう。

「ここの最上階に私たちの部屋があるわ。どう、気に入った?」
「う、うん……すご……な、なかなか、とかいはなおやしきね……」
 凄いと言いかけて、慌てて言い直したようだ。
 と言うか、お屋敷じゃなく普通のマンションなのだが、別に訂正する必要はないだろう。
 いや、英語だとマンションは豪邸を意味するから、あながち間違えでも無いか。

「ふふっ、気に入ってくれたようで嬉しいわ……じゃあ、行きましょう」
 建物の外観を見る機会は、このありすには今後あまり与えられない。
 せいぜい散歩の行き帰りぐらいだろう──私は、ゆっくりを放し飼いにしないから。

 学園の周辺は危険だ。
 いや、学園近くに限らず、お家の外はゆっくりにとって危険に満ち溢れている。
 可愛い可愛い私だけの子たちを、私が制御できない危険にさらしたいと、私は思わない。

 そう、私の、私だけの子は、私だけが可愛がって、虐めて、面倒見て、一緒に暮らす。
 誰にも渡さない。
 他人の自由になんか、絶対にさせてやらない。

 ひとたび私だけの子となったからには、危害を与えた存在には、いかなる理由があろう
と報復してやる。
 たとえそれが人間だとしても、大川には蓋が無く、月夜の晩ばかりではない。
 老若男女の別なく、生きていれば隙は絶対に生じるのだから、あらゆる手段を用いて、
私の可愛い子に手を出した報いをしてやる。
 楽にはしない、殺さない。
 この世に生をうけたことを後悔し、父母を憎み、死を望みながらも、穢れ腐った命を無
様に永らえるような運命を与えてやる。

「いっ……いたいわよ、おねえさん……」
「あ、ごめんね。ちょっと強く抱っこしすぎちゃった? 気をつけるわ」
 内心の想いが腕の力に影響したのか、つい強く抱きしめすぎてしまったようだ。
 この子は怪我をしているのだから、気をつけなければ。

 ここは六階建ての、単身者向けではない家族向け分譲マンションである。
 私が入居する前年に建てられたそうで、ほぼ新築同然の新しい建物。
 管理人は常駐していないが、防犯システムはしっかり整っていて、ペットの飼育も可能
と言う、非常に優良な物件だ。

 学園に入学するにあたって、私はここに一人で越してきた。
 そう、親元を離れた一人暮らしだ。
 実家が資産家と言うわけでは無く、とある事情で一室手に入ってしまったのである。

 そのまま人に貸す、売ってしまうと言う選択肢もあったのだろうが、たまたま私が近く
の学園に入学するタイミングだったのが幸いした。
 実家は賃貸に出すより、私を住まわせた方が手間がかからないと判断したのである。
 経済的には、マンションを貸して家賃を取り、それを私が住む下宿か寮の費用に回せば
プラスとなるが、そんな事より手間を省くのを優先したのだろう。

 ともかく、私にとっては幸運だった。
 一人で住むには広すぎる、3DKの部屋を与えられたのだから。



 さらに3分ほど時間を費やして、漸く私は自分の部屋へ帰って来た。
「さぁ、ありす。ここが私たちの部屋よ」
「う、うん……」
 腕に抱くありすに語りかけてから、私は部屋の鍵を開け中へと入る。

「ゆっ! おねえさん、おかえりなさい!」
「おねえさん、かえってきたの? おかえりなさい!」
「おかえりなさいだぜ! おねえさん!」

「ゆっくりかえってきたみたいだぜ、れいむ。おねえさん、おかえりなさいだぜ!」
「お、おそかったじゃないの! べ、べつにしんぱいなんかしてなかったんだからね!」
「おかえりなさい! ずいぶんゆっくりだったじゃない! ありすをまたせるなんて、お
ねえさんったらひどいわよ!」

「さ、さびしくなんか、なかったわよ! お、おかえりなさい……!」
「うっうー、おかえりだどぉぅ~♪」
「うー! おねえさん、おかえりおかえり☆」
「むきゅ! おかえりなさい、おねえさん……そのこも、ひどいめに?」

 れいむ、まりさ、ありす、れみりゃ、ゆっちゅりーが私たちを出迎えてくれた。
 私と暮らすゆっくりは、れいむが二体、まりさが二体、ありすが三体、れみりゃが三体、
ふらんが一体、ゆっちゅりーが一体の合計十二体である。
 通常種はみんな直径40センチ前後ある成体で、四肢を備えた種も全員成体で身長は小学
生女児と同じぐらいだ。
 全員一度に玄関まで迎えに来られると、どう考えても私が中に入れなくなるため、奥か
ら声だけで挨拶する子もいる。

 ふらんともう一体のれみりゃの声は聞こえなかったが、この二体は挨拶出来ない事情が
あるから、別に私は気にしない。
 むしろ挨拶の声が聞こえたら、それは想定外の事態を意味する──。

「ただいま、みんな。そうよ、この子も怪我してたから連れて帰って来たの。これから治
療するから、みんなは部屋で、ゆっくりしててね!」
 私は帰宅の挨拶をしつつ、連れてきたありすについて軽く説明した。

「ゆっくりしていってね!」
「ゆっくりしていってね!」
「ゆっくりしていってね!」
「ゆっくりしていってね!」
「ゆっくりしていってね!」
「ゆっくりしていってね!」
「ゆっくりしていってね!」
「うー☆ ゆ、ゆっぐじじでいっでね!」
「うっうー♪ ゆっくりゆっくり!」
「ゆっくりしていってね!」

 みんなは大声でありすに挨拶する。
 可愛いけど、ちょっとうるさい。

「あ……あ、ありがと……ゆ、ゆっくりしていくね!」
 連れ帰ってきたありすも、みんなに向かって挨拶を返した。
 歓迎されて感動したのか、少し涙声になっている。
 強がるくせに淋しがり屋なありす種は、かなり涙もろい。
 悪意によって痛めつけられた身には、なおさら嬉しく思えるのだろう。

「元気になったら、この子と一緒にみんなでゆっくりしましょうね……それじゃ、みんな
また後で」
 そう言い置き、私はありすを連れてダイニングキッチンへ向かう。

 ここの間取りは、玄関を入るとフローリングの内廊下が真っ直ぐのびていて、ドアは左
右に合わせて6つ。
 玄関から見て、右側は手前からダイニングキッチン、私の自室、ゆっくりたちの部屋、
左側は収納、洗面所と手洗いおよび脱衣所と浴室に通じるドア、もう一つのゆっくりたち
の部屋となっている。

 ベランダへは、右側の部屋にそれぞれガラス戸があり、そこから出入りできる構造だ。
 私の居室が八畳、ゆっくりたちの部屋はそれぞれ十二畳で、DK以外には収納も備わっ
ている。
 女学生の一人暮らしには不釣り合いと言える広く贅沢な住居だが、どの部屋にも家具は
あまり多く無い。
 住んでいる人間が私だけで、あとはゆっくりしか居ないのだから、家具が少ないのは当
たり前だが。

 もっとも、家具と言えるかどうか微妙なラインの物は、そこそこ多い。
 中身が入った箱、空の箱、ゆっくり用の各種道具や雑貨などは、一般的ご家庭よりも多
く持っている。

 ダイニングルームにも、あまり家具らしい家具は多くない。
 四人がけのダイニングテーブルと椅子、アメリカンサイズの巨大冷蔵庫、食器棚と整理
棚、オーブンレンジ、炊飯器──これぐらいである。

 キッチンは電磁調理式のシステムキッチンで、シンクも大きく、様々な料理を行うのに
支障が無い構造となっているが、私はあまり料理らしい料理をしない。
 別に苦手なわけでは無く、色々と工夫したり手間を掛けて調理する、と言うのが面倒な
のである。

「じゃあ、準備するからそこでじっとしててね」
 ダイニングテーブルの上に、私はありすを降ろした。
「うん……わ、わかったわ……」
 物珍しそうに室内を見渡しながら、ありすは返事をした。
 食事を楽しむ部屋としては、かなり殺風景なのだが、ゆっくりの目に人間の住居はだい
たい珍しく見える。

 冷蔵庫から、私はありす種用に作った治療ペーストと特製ジュースを取り出す。
 ゆっくりの外傷治療には、水で練った小麦粉を使う場合が多いが、私は同種の皮肌を砂
糖水で溶いたペーストを用いて行う。
 特製ジュースは、失った体力を回復させるためと、自己治癒能力を促進するために、こ
れまた同種のゆっくりの中身を使って作った物だ。

 もちろん、それらの素材が何かなどは、完全に私だけの子になるまで聞かれても教えな
い。
 少し酷いと思えるかも知れないが、人間の皮膚移植や輸血と大差ない事でも、ゆっくり
は共食い的な事柄を通常強く忌避するから、身も心も私に慣れるまで教えないのが情けで
あろう。

 使用する分だけペーストと特製ジュースをそれぞれ別の容器に移し、レンジで温めつつ、
私は手を洗う。
 袖をまくり、薬用ハンドソープで肘まで入念に洗ってからタオルで拭き、アルコールを
吹きかける。

 別に潔癖性な訳では無い。
 治療行為を行うのだから、なるべく手指を清潔にするのは基本だ。
 多少の雑菌など問題無いのは知っているが、治療を施す子への礼儀として、また気分を
出すための儀式である。

 洗浄と滅菌済みのガラス浣腸器やヘラなどを食器棚から取り出し、温めたペーストをふ
た匙ほど取り、フライパンで薄く焼く。
 ペーストを傷口に詰めてから、そこに被せるためだ。
 自然乾燥させるより、焼いて皮肌と同じにした物で塞いだ方が、治りが早くなる。

「それじゃあ、ありす……はじめるわ、まずはこれ飲んで」
 人肌に温めた特製ジュースを浅い皿に注ぎ、ありすに勧め飲ませる。
「……ん、ごくっ……お、おいしい……なに、これすごくおいしい……」
 美味しいのは当たり前だ。
 オレンジジュースをベースにして、中身だけではなく砂糖や果汁、別種のゆっくりの中
身も加えてあるから、とても甘くて美味しいだろう。

「ふふっ、体力つけないといけないからね……じゃ、ちょっと痛いけど、我慢してね」
 浣腸器の中に私はペーストを充填する。
 注射器よりも容量が多く、とば口が痛くないよう丸くなっている上に、他の用途にも使
えるから浣腸器は便利だ。
 あまり注射器と変わらないサイズの10mlから、20ml、30ml、50ml、100ml、200ml、300ml、
500mlと、私は3000mlまで合計12本の浣腸器を取りそろえている。

 傷の大きさと深さから、私は今回500ml浣腸器を選んだ。
 何度もこの浣腸器は治療や本来の用途に用いた物だが、使用後は洗ってしっかり煮沸消
毒を行っている。
 ちゃんと清潔にしているからこそ、私が日常使う食器と一緒に保管しているのだ。

「え? ちょ、ちょっと……ま、まさか……それ……」
 私の手にしっかりと握られた浣腸器を見て、ありすは顔色を変えた。
 とば口が長さ54ミリ太さ18ミリ、本体は外筒と内筒合わせて長さ320ミリ以上で太さ70
ミリの円筒形をしたガラス器具は、なかなかの威圧感を持つ。

「そうよ、これで治療するのよ。もしかして、怖いの?」
 わざと挑発的に言って、ふふんと鼻で笑ってみせた。
「なっ! こ、こここわく……な、ないわよ! そ、それぐぐら、い!」
 ありすは本当に判りやすい。
 強がっていても、目を泳がせ言葉はどもり体を震わせていれば、どう思っているかは明
らかだ。

「そう、さすが都会派ね。偉いわよ、ありす……あ、力んじゃだめよ、中身漏れるから」
 にっこりと微笑みかけてから、私は浣腸器をありすに近付ける。
 滑らかな皮肌を醜く化粧する乱雑に抉り取られた傷口へ、私はゆっくりと慎重に浣腸器
を差し込む。

「あ……っ、い、いだ、くないわ……あっ、ぐ……あ゛ぁ……」
 傷の大きさとほぼ同じ太さの器具を、ぐいぐいと押し込まれているのだから、痛くない
わけがない。
 しかし、それでも痩せ我慢して強がる姿は──とても健気で可愛く魅力的だ。

 白人種と黄色人種の中間ぐらいの肌色をした皮肌を、苦痛に赤く染め汗を滲ませ、あり
すは耐える。
 大きな瞳の端には涙の玉が作られ、口からは呻き声が漏れ出しても、都会派の矜恃でそ
うそう「痛い」とは言わない。
 ああ、本当に──可愛すぎる。

 私がちょっと残酷な衝動に駆られ、このまま浣腸器を向こう側へ突き抜けるまで押し込
んだら、この子はどんな顔で、どう悲鳴を上げるのだろうか?
 想像すると、胸が疼く。
 良心と嗜虐心が葛藤する、この甘い疼きは心地良い。
 じんわりと下腹部が熱を帯び、お尻が収縮し、乳首が勃って来る。

「……ゆ゛ぎっ! あっ、があ゛ぁっ……う゛ぅぅっ……」
 大きな叫び声が私の意識を引き戻す。
 ちょっと奥まで入れすぎてしまったようだ──危ない、危ない。
「……そっ、そ、それじゃあ、ちょっと染みるわよ」
 気を取り直して、私は浣腸器の中筒を押しながら、じわじわと本体を引き抜いて行く。
 ペーストを奥から体内に充填して、傷口を塞ぐのである。

「……ぐっ……うぅっ! あ、あぁっ……」
「大丈夫よ、ありす……私がついてるから、私を信じて……すぐ、終わるから」
 出来るならば、なるべく早くに終わらせてあげたい。
 しかし、急ぎすぎて先ほどのようなミスを犯し、余計な苦痛を与えてはならない。
 口頭で励ましながら、私は治療を続ける。

 ゆっくりのぺにぺにとは、体外に突出させた産道と子宮だ。
 ぺにぺにを抉り取られたという事は、すなわち産道と子宮も失ったという事である。
 産道と子宮は、要するに体内にある皮肌で作られた筒と袋。
 だから外傷を治療するのと同じように、皮肌と同じ物を充填してやればいい。

 れみりゃ種ふらん種の高い自己再生能力は有名だが、それ以外のゆっくりたちも自己回
復能力を持っている。
 人間が傷を負って回復するよりも、早くて強い自己治癒能力だ。
 体の構造がシンプルで、ある意味では精神生命体に近そうな存在だから、人間をはじめ
とした普通の生き物より回復が早いのだろう。

「……ふぅ、終わったわよ……良く頑張ったわね。偉いわよ、ありす」
 中身が空になり役目を終えた浣腸器を置き、私は額に浮いた汗を手の甲で拭った。
 差し込んで引き抜きながら充填と言う、単純と言えば単純な作業ではあるが、私の可愛
い子の体を治す行為は神経を使うし緊張する。

「う、あ……あ、ありがと……おねえ、さん……」
「ふふっ、あなたはもう私の可愛い子なんだから、お礼なんていいの……さ、どうぞ」
 仕上げとして、ペーストを薄く焼いて作った人造皮肌を傷口に被せてから、私は再び特
製ジュースをありすに勧めた。

「あ……う、うん! で、でも……ありすがいいたいから、おれいいうんだからっ! あ
りがとう! おねえさん、ありがとうっ!」
「はいはい、どうしたしまして……ふふっ、ほら早くお飲みなさいよ」
 椅子に腰を下ろした私は、ありすの頭を撫でる。
 さらりとした金色の髪は美しく、手に心地良い感触だ。



「うー! ちりょう、おわったんだどぉぅ~?」
「うっうー☆ おねえさん、おわったおわった?」
 開け放したままのドアから、とてとてと二体のれみりゃが入ってくる。
 部屋に戻ってみんなと遊ばず、廊下に控え様子をうかがいながら待っていたようだ。

「ひっ! れ、れみりゃ……お、おねえさん……!」
 さっき顔を会わせたはずだが、あの時は緊張していて気付かなかったのか、今頃ありす
は捕食種が闊歩しているのを見て、怯えた声を上げる。
「ああ、大丈夫よ、ありす。この子たちも私の家族よ。怖がらなくて良いわ」
 説明が終わるまで奥へ入って来ないよう、れみりゃたちを手を上げて制しつつ、私はあ
りすに話した。

「れみりゃもふらんも、ゆっくりを食べるけど、同じゆっくりだからちゃんと仲間に、家
族にもなれるのよ。大丈夫、この子たちは私がしっかり躾しているから、ね? ありす」
 真っ直ぐにありすの眼を見て、穏やかな声でゆっくりと説明する。
「そ、そ……う、なの?」
 半信半疑と言った面持ちだが、すぐ傍に私が居る安心感からか、ともかくありすは落ち
着きを取り戻した。

 ゆっくりを食うゆっくり、すなわち捕食種とされている、れみりゃ種ふらん種だが、ど
ちらもきちんと手順を踏んで躾ければ、通常種と一緒に暮らす事は可能だ。
 野生でも希にあるケースだが、仲間もしくは家族であると認識した個体は、狩るべき対
象として見なくなると言うか、親密な同族以上として扱うようになる。
 人工的な環境下においては、他の食べられる食事を充分に与えつつ、通常種と暮らす事
に慣れさせて行き、しっかりと教えれば、そんなに困難な事業では無い。

 ふらん種は闘争本能が強すぎるため、結構な手間と時間がかかるが、外敵の危険が無く
食料の心配が存在せず遊びも充分ならば、その闘争本能は次第に薄れて行く。
 どんな生き物に対してでも襲いかかる厄介な習性さえどうにかしてしまえば、次第に通
常種と暮らすのにも慣れ、家族と見なすようになる。
 元から知能が高く賢いのだから、色々なルールを覚えさせるのも簡単だ。

 れみりゃ種については、もっと楽だ。
 戦いや狩猟よりも、ゆっくりする、遊ぶ、寝る、踊る、歌う、食べるなどへの欲求が強
いと言うか、そもそも他の遊びを知らないか、気が向いたか、空腹時ぐらいにしか狩りを
しないため、他の食物が充分にあれば生きたゆっくりを襲って食う事を忘れる。
 淋しがり屋で構われたがる習性もあるため、一緒に暮らさせれば通常種ともすぐに仲良
くなるので、もう家族を襲う心配は皆無となる訳だ。

「そうよ。だって、ほら……あの子たち、私が良いって言うまでこっち来ないわよ。あり
すが怖がらないようにしてるのよ」
 ドアの方へありすを向き直させ、部屋の入り口付近で待機している二体を指し示す。
 れみりゃたちは、にこにこと満面に笑顔を浮かべて、じっとこちらを見ている。

「ほ、ほんとだ……わらってる、やさしいかおで……」
「ね? だから大丈夫よ、ありす。あの子たちを信じて、そして私を信用して……くれる?」
 再び私は目線をありすと合わせ、怖くならない程度に真面目な顔で語りかけた。
「う、うん……わかったわ、おねえさんも、れみりゃも、ありす……しんじる!」
「ありがと、ありす……可愛いわよ、大好き……」
 そう言って、私は自らの唇を、ありすの唇に重ねる。
 舌を口腔内に入れたりはしない、唇を触れ合わせ軽く押し付け続けるだけのキス。

「……! ……んっ……」
 驚きで大きくありすは目を見開いたが、やや間を置いてからその眼を閉じた。
 あわせて私も目を瞑る。

 片手を彼女の後頭部に回し、形の良い頭を髪の上から撫で、もう片方の手は頬にのばし、
吸い付くように滑らかな皮肌を摩る。
「ん……ふっ……んっ……」
 軽く唇を押し付け続けていると、ありすの方から舌をのばして来た。
 ぺろぺろと私の唇の表面を舐め、中へ入りたいと開門を要求する。

「……ちゅっ、ん……んんっ……ん……」
 私は彼女の要求に応えて閉じた唇を開き、温かく湿った粘膜のような組織を、己の口腔
内に受け入れた。
 甘い、とても甘い味が口内を満たしながら、良く動く粘膜的な物が私の舌に触れる。
「んちゅ……んんっ、ん……うっ、む……」
 されっぱなしも嫌いでは無いが、それだけでは物足りない。
 好きなように私の口腔を犯す異物に、口をすぼめて吸い付く。

「……んっ、む……んー……んっん……」
 口内粘膜でぎゅっと締めて動きを封じた侵入物に、私は自らの舌を絡めた。
 柔らかく少しざらっとした粘膜の感触を味わいつつ、刺激によって大量に分泌された唾
液を表面に塗り込める。

「うー、れみぃもちゅっちゅするどぉぅ~☆」
「うっうー♪ れみぃ、れみぃとちゅっちゅちゅっちゅ!」
 可愛らしいが、凄く間の抜けた声が聞こえてくる。
 ああ、そうだ──入り口に、れみりゃたちを待たせたままだった。

「んっ、じゅ……ぷはぁ……ふぅ……」
 思い切りはしたない水音を立てて吸ってから、私は唇を離す。
「ふっ……んっ……はぁ、んっ……」
 頬を赤く染め、ありすはとろんとした目をこちらに向けて来た。
 もう、終わり? もっとしたいよ、と訴えかけるような視線だが、生憎と気分が壊れた
と言うか、そもそも私が先走りすぎたので、今はここまで。

「あー……ごめん、お待たせ。ほら、こっち来て良いわよ」
 性的な興奮で私自身の顔も赤くなっているだろう。
 このれみりゃたちにそんな顔を見られたところで、今さら別に羞じらいを覚えたりはし
ないが、放置していたのはバツが悪い。

「うっうー! れみぃ、まってたんだどぉぅ~♪ えらい?」
「う~っ☆ れみぃ、まってたまってた♪」
 ぷにぷにと可愛らしい短い足を前後に動かし、二体は私たちに早足で寄ってくる。
「あははっ、ごめんね。うん、それでどうしたの?」
 私の座る椅子のすぐ前まで来た二体の頭を、交互に撫でてやった。
 何の悩みも無さそうな、にぱーとした笑顔は、見ていると心癒され楽しい気分にしてく
れる。

「れみぃ、ありすに、かんげいだんす、みせるんだどぉぅ~♪」
「うー! かんげい、かんげい☆ だんす、だんす♪」
 きゃっきゃとはしゃぎ、手を上げたり下げたり、せわしなく全身で喜びを表しながら、
れみりゃたちは言った。

「そうなの、きっとありすも喜ぶわ……ほら、ありす、れみりゃたちがダンス見せたいん
だって、あなたのために」
「あ、ありすの、ために……う、うれし……そ、そんなにみせたいなら、み、みてあげる
わよ!」
 内心では、きっと飛び上がりたいぐらい嬉しいのだろう。
 しょうがないと装いながらも、ありすの表情は喜びを隠し切れていない。

「うー☆ れみぃのだんすで、ありすもきっとめろめろだどぉぅ~♪」
「ありす、めろめろ、めろめろ♪ れみぃ、だんすだんす☆」
 そう言うと、二体は軽くありすの頭を撫でてから、再び私たちから離れ壁際へ移動する。
「うっうー、じゃあはじめるどぉぅ~♪」
「うー! はじめるはじめる☆」
 仲良く横に並び、二体は微笑みを浮かべて舞踏の開始を私たちに告げた。

「うっうー♪ うぁうぁ♪」
「うっうー♪ うぁうぁ♪」
 れみりゃたちは両手を上げ、陽気に腰をくねくねさせて踊る。
 しばらくの間、延々と同じ動作を繰り返すと言うか、上げた両手を握ったり開いたりし
ながら、ひたすら腰をくねらせた。
 この上なく楽しいと言わんばかりに、真ん丸な満月のような笑みを浮かべたまま、踊る。

「うっうー♪ うぁうぁ♪」
「うっうー♪ うぁうぁ♪」
「あはっ、可愛いわよ、れみりゃ。いつ見ても本当に良いわね」
 手拍子をしてやりながら、私は言った。
 くねくねと動く腰と天真爛漫な笑顔は、見ているだけで楽しい気分になれるほど可愛い。
 ダンスとして考えると、かなり微妙かも知れないが、可愛ければ問題無かろう。
 しかし、音楽がないと非常に寂しい気がする。

「うっうー♪ うぁうぁ♪」
「うっうー♪ うぁうぁ♪」
「……………………」
 ありすは、何とも言えない表情をしていた。
 どうコメントすべきか、どのように反応するのが良いのか、呆気にとられながら考えて
いると言った風情である。
 残念ながら──まだ、この可愛さが理解出来る域には達していないようだ。

「うっうー♪ うぁうぁ♪」
「うっうー♪ うぁうぁ♪」
「……………………か、かわいい……わよ、れ、れみりゃ……」
 色々な葛藤が内心であったのだろう。
 ぎこちない笑みを無理矢理浮かべ、ありすはお世辞を述べる。
 うん、やっぱりこの子は良い子だ。
 どんなにアレだとしても、それが真心だと言う事をわかっている。
 向けられた好意に、ちゃんと答えられるのは良い事だ。

「うっうー♪ うぁうぁ♪」
「うっうー♪ うぁうぁ♪」
「……す、すっごいわ、と…………と、とても……とかいは……よ……」
 少しずつありすの目の焦点が合わなくなってきている。
 ああ、かなり無理をしているな。
 そろそろ止めてあげるべきかも知れないが、精神的に消耗させられ、目から光を失って
行くありすも可愛いから、迷うところである。

「うっうー♪ うぁうぁ♪」
「うっうー♪ うぁうぁ♪」
「…………ぐ……か、かわいいわ……ぐすっ……う、うれしいわよ……」
 笑顔のまま、ありすは涙をこぼし始めた。
 もう目に光はない。
 このまま放っておけば、ほど良く壊れた子になるだろう。
 それはそれで──良いかも知れない。
 精神が壊れても、ありすは可愛いのだから。

「うっうー♪ うぁうぁ♪」
「うっうー♪ うぁうぁ♪」
「………………あ…………あはっ…………」
 ありすの口が、だらしなく半開きになり、小さな笑い声が溢れた。
 ゆっくりの顔はどの種も緊張感に乏しいが、ありす種は比較的締まりのある顔をしてい
る。
 その顔が、今は呆けたような表情を浮かべ、唇の端から涎を垂らしつつあった。
 ああ、こりゃ止めないと本当に壊れるな。

「ありがと、れみりゃ! 今日も、とっても良かったわよ! 疲れたでしょ? ジュース
あるわよ!」
 頃合いを見て、立ち上がって拍手をしながら賞賛の言葉を贈りつつ、ありすの精神を壊
すダンスを終わらせた。
 他者の好意や真心を忖度できるような、かなり優良な子を、簡単に壊してしまうのはか
わいそうだし、勿体ない。
 壊すのならば、ありすと私が一緒に楽しみながら、なおかつこの子自身が「壊れても良
い」と望んだ時にしたい。

「うー! れみぃ、がんばったんだどぉぅ~♪」
「うっうー♪ れみぃ、えらいえらい☆」
 そこそこな時間ずっと運動し続けていた二体は、汗を浮かべた顔をほころばせ、誇らし
げに胸を張った。
「とても可愛かったわよ。れみりゃのダンスは素晴らしいわ」
 本当は、あまり私も素晴らしいとは思っていない。
 頑張っているのが可愛くて素晴らしい、と言ったところである。
 私は彼女たちに、れみりゃ種用に調整した飲み物を手渡した。

 この二体は非常に仲が良く、いつも行動をともにしていると言うか──実の親子だ。
 語彙は多いが濁音過多なのが娘で、人間の幼女のような喋り方をする方が母である。
 人間の目では区別が付かないほどにそっくりな二体は、一年ほど前に私の家族となった。

 その頃は、まだ娘は母を「まぁまぁ~」と呼んでいたし、身体も親より二回りほど小さ
かったから、すぐに親子だと見分けが付いた。
 母親の方は今よりも語彙が豊富で、濁音がやたらと多い喋り方をしていた気がする。
 何故だか詳しくは判らないが、いつの間にか母親はボキャブラリーを貧困化し、話し方
も変わって行った。
 れみりゃ種は成長とともに喋り方が変化するのかも知れないが、ちょっと事例が少ない
ため確証が持てない。
 そのあたりの生態は、一緒に生活しながら、今後もっと観察して調べたいところである。

 ありすと同じで、この母子とも学園内で出会った。
 物凄い徹底的な虐待を受け、瀕死の状態で放置されていたのを、私が助けたのである。
 母子は発見したとき、頭髪をモヒカンに刈られ、付け根から四肢をもぎ取られ、両目を
抉り取られ、舌を引き千切られ、生殖孔と肛門にビール瓶を根本まで挿入され、顔と胴体
全身に一センチ間隔で根性焼きを入れられ、その火傷の上に爪楊枝を刺され、びっしり総
身を蟻と蛆にたかられていた。

 生きているのが不思議なほどの重態と言うか、助けるよりも速やかに楽にしてやった方
が良さそうな状態だったが、何故か私は連れ帰り治療を行ったのである。
 れみりゃ種の驚異的な再生能力が、どれほどなのかを確かめたかったのかも知れない。
 ってか、蟻と蛆まみれな死体半歩手前の物体を、良く私は素手で触る気になったな……。

 治療は今までで最も時間がかかったと言うか、蟻と蛆を取り除き爪楊枝を抜くのに徹夜
した記憶がある。
 だが、治療らしい治療は、それしか行っていない。
 あとは舌のない口へ栄養豊富なスープを何度も注ぎ、たっぷりと飲ませただけで、二体
は無事に再生した。
 確かその時も週末だったが、金曜の夕方に連れ帰って来て、日曜の夕方にはほぼ元通り
になっていたような気がする。

 とりあえず、首と胴が繋がっていて、切断された両手足と虫に食われた分しか、中身が
失われていなかったのが幸いしたのだろう。
 ゆっくりの命の源は中身である。
 全体量のうち過半以上が残っていれば、どんなにひどい外傷でも、命に別状が無い場合
も多い。
 無論あのまま放置していたら、蟻と蛆に食われて、ゆっくりと死に至ったのは間違いな
いが、それさえどうにかすれば問題無かった。
 あっと言う間に元気になった母子と私は、すぐに仲良くなり──。

「うー? おねえさん、どうしたんだどぉぅ~っ?」
「うー、おねえさん、どしたのどしたの?」
 突然黙り込み回想していた私を、れみりゃたちは不思議そうな顔で見ている。
「ん!? あ、いや、別に……ああ、もう飲み終わったのね……うん、お菓子もあげるわ。
お部屋に戻って、みんなで食べなさいな」
 回想を中断した私はジュースに続いてお菓子を与え、とりあえずダイニングから下がら
せた。
 ぽてぽてと廊下を歩く、れみりゃたちの可愛らしいお尻と翼が部屋に消えたのを確認し
てから、ダイニングのドアを閉める。

「ありす? ちょっと、大丈夫? ねぇ、ありす」
 未だ呆けた顔で、テーブルへ涎の水溜まりを作っているありすを、私は揺り起こした。
「…………あ、ぅ……ぁ……お、おねえ……さん?」
 少しずつ目に光が戻ってくる。
 不可逆的なレベルの精神ダメージを負ったわけではなく、逃避行動として一時的に白痴
状態となっていたようだ。

 ゆっくりたちは意外と精神力が強い。
 狂いやすい、壊れやすい個体も居るが、もう戻らないレベルにまで壊すのは、ある意味
難しい。
 人間だったら気にしない程度でも、そこそこに精神的打撃を受けるが、逆に人間だった
ら死ぬまでカッコーの巣の上なほど精神を痛めつけても、回復してしまう場合が多い。

 もっとも、完全に元通りとならず、与えられた精神的苦痛の内容によっては、性格が変
わってしまったりする事も良くある。
 先月死んでしまったふらんは、肉体的苦痛を与えられるのを喜ぶようになり、それがど
んどんエスカレートして──。

「……だ、だいじょうぶ、よ! あ、ありす……とかいは、だから……」
 つっかえながらだが、ありすは力強く言った。
 その声で、私の思考は中断される。
「そ、そう! うん、無事で良かったわ……あの子たちなりの好意なのよ、悪かったわね」
 この子なら言わなくても判るだろうが、一応フォローを入れておく。

「ありすは、きにしてないわよ! れ、れみりゃのだんすなんて、そうそうみれるものじ
ゃないから、け、けっこう……た、たのしめたわ!」
 どう見ても、楽しんでいると言うより苦しんでいたのだが、あくまでありすは強がる。
 ひょっとしたら、私が賞賛していたから、それにあわせようとしているのかも知れない。

「それなら良かったわ。どうする、みんなとゆっくりする? それとも、ちょっと休みた
いかしら?」
 もう一杯ジュースを勧め、ついでにお菓子も前に置き、私は聞いた。
 精神的な消耗で体も疲れているだろうし、治療を終えた直後でもあるから、出来れば少
し眠らせた方が良さそうだが、みんなと遊びたいならその意志を尊重したい。

「……うーん、そうね……ちょっとつかれてるから、やすませてほしいわ……」
 やや悩んでから、ありすは休養を選択した。
 極めて妥当な判断だろう。
 現実的かつ冷静な判断力を持っている子は、とても好ましい。
「わかったわ。それじゃ、少し待ってて。寝床を用意するから」
 そう言って私は、毛布を敷いた大きめのバスケットを持って来ようと、ダイニングを出
て自室へ向かう。



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最終更新:2008年10月27日 22:07
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