ゆっくりいじめ系1745 アンラッキーな赤ゆっくり

『アンラッキーな赤ゆっくり』 presennted by 春巻

※前書
『SSC』シリーズは少し休息。
 と行きたいけれど、文章書きはしばらくやらないでいると能力低下が酷くなる。
 てなわけで、リハビリ代わりに書きました。
  • 『SSC』の主人公とは全く関係が有りません
  • 若干矛盾点があるかもしれませんが、多めに見てください(例えば、あまりにも頭の出来る赤ゆっくりとか)
  • 主人公のキャラが定まってない
  • いつもどおり、改行については完全度外視です。適宜読み易くしてください。





「さてさて、こいつらを如何せん」
 申の刻をやや過ぎたくらいで、世界は暗闇に支配された。唯一の光は弱く煌めく星だけだ。風もなく静かなものだ。吸血鬼の散歩にうってつけの夜だろう。
 さて、閑話休題だ。現在重要なのものは、そんな静謐な宵闇への賛訟ではない。
「ゆっくちしていっちぇね!!」
「ゆっくち、ゆっくちー!!」
 誰へでもなく呟いた俺の視線の先には、二つの一口饅頭――もとい、赤ゆっくり。
 片方は後頭部付近に大きなリボンを付けており、もう一方は黒い大柄な帽子をかぶっている。リボンが『れいむ』、帽子が『まりさ』だそうだが、んなもなァ、どーだっていい。
 此処――我が家に来てから、かれこれ二時間は経とうとしているが、一向に黙る気配がない。この小さい饅頭の、どこにそんなパワーが秘められているのか。誰か解明してほしいなー、なんて思ったりしているが、きっと無理だろう。そもそも、解明する必要性も言うほど感じられるようなものではない。そして、いい加減この騒々しさに辟易しはじめていることも否定できない。
 俺はゆっくり愛護派でも無ければ、虐待派でも無いし、もちろん虐殺派でも無い。
 饅頭を食べることは好きだが、かと言ってゆっくりの《踊り食い》をする気は更々無い。
 そんな俺が何故に赤ゆっくりを目の前にしているかというと、知り合いが飼っているものを預かっただけだ。
 諸手で大事そうに饅頭をもち、小脇には小冊子――タイトルを『ゆっくり飼育法』と言った。どう見ても彼の直筆――を挟んでいたが、その様子は俺の眼にはやはり非常に滑稽だった。しゃべる饅頭の相手をしながらここまで歩いてきたのだろうが、彼は一体全体、如何様な不特定多数の視線を浴びてここまで辿り着いたのだろうか。その思考は俺がしゃべる饅頭の相手をあまりしないことに起因しているのか。それは俺には判じ切れないものだった。
 彼が言うには『のっぴきならない大変な用事がある』らしいのだが、河童のにとりちゃんが監修した新しいVR系ゲームを買いに行くことが、いやはやどうしてのっぴきならないのか俺には全く理解できない。そういうものが好きな人には確かに最重要項目なのだろうから、俺は満面の笑みで彼を送り出してやった。
 こういう、腹の中で考えていることを面に出さないことが、うまく生きていくコツなんだな。うん。
「おにーたん、ゆっくちちてるの?」
「ゆっくちー?」
 ――おっと、少しだけ「おにぎり大好きな画家」のようなことを呟きながらトリップしてしまった。
「おうおう、はいはい。ゆっくりゆくーりー」
 友人から受け取った直後、真剣に「ゆっくりしてるよ」と応えたときには喧しさが乗倍に膨れ上がった。その教訓から、ゆっくり何某と問われても適当に対応することに決めた。跳ねようがしゃべろうが、所詮、饅頭は饅頭。そんなもの相手にまともに会話がなりたつなんて、更々考えちゃいないのだ。
 そういった具合に慣れないゆっくりの取扱にどうにか耐えつつ、そして妙に甲高い、延々聞いていたら鼓膜に微細損傷を作り出しかねないような声にも耐えつつ(こんな声を毎日聞いていて、よくわが友人は耳が悪くならないものだ、とさりげなく感心)、辛うじて饅頭どもに御飯を与えるミッションは終了した。
 彼の本に寄ればゆっくりフード(ドッグフードと何が違う?)、無ければ鯛焼きだの、果物だの、オレンジジュースだのの、添加物の無い、質の良いものをあげてくれとあったが、そんなものは一切あるはずがない。それならばそうと、与えるべき餌はしっかり手配してほしいのだが、そういうこともない。これだから、人を宛てにしすぎる人間は嫌いなんだ。
 ふと思ったことだが、預かっている間に発生したこの口うるさい饅頭たちの《養育費》は、はたして彼の財布から俺の財布へと補填されるのだろうか。今はやりの《ガキども(今回は饅頭だが)の食費を浮かせたいがため》に俺の許へ送り込んできたのではなかろうな、などと考えてしまう。寸借詐欺だなんつったら、ただじゃおかない。
 俺はその腹いせとして、残飯に、どう考えても人間が食ったらヤバそうなもの――芽が出てしまったじゃがいも、酸っぱい匂いのする古い饅頭などなど――を混ぜ、におい隠しにオレンジジュース――これは、たまたまあったものだ。ただし果汁0.5%という代物――をかけたものを食わせた。妙に甘みの強いオレンジジュースのおかげで完全に食べきったものの、なかなか丈夫なものだ。というか、こいつらの生態が意味不明。
 しかし問題は、この次。
 友人が渡してくれた、手作り感がやたらと漂ってくるようなこの『赤ゆっくり飼育法』と名付けられた本によれば――。
 ――入浴。
 うーん……。
 はー。
 なるほど……?
 いやはや。
 チョットマテ、と。
 ねえ?
 ――何で、饅頭を、湯に浸からせなアカンねん、て。
 溶けちゃうんじゃないの?
 ってな疑問が浮かんでくるのは、一般ピープルなら自明ともいえる展開だろう。
 そんな素朴な疑問にあっさりと答えてくれるのが、わが友人だったりする。先ほどの『何某飼育法』によれば、まあ事細かに執筆されている。

1. 髪の毛や体は、柔らかい筆みたいなもので、やさしーく、やさしーーーく、洗ってね。シャンプーはゆっくり専用のがあるみたいだけど、人間のシャンプーを何倍かに薄めれば問題ない。
2. バスタブの代りには、御猪口を使ってくれ。お前の家の風呂桶はちょっとデカすぎるから、人間のは無理だ。
3. 洗い流すときは、シャワーだと力が強すぎるので、小さい如雨露でヨロシク。
4. アクセも筆で、髪の毛とかと同じように洗ってね。基本、アクセも体も構造は同じらしいから。

 いや。
 だからさ。
 俺って、絵も描かないこと知ってるべ?
 ガーデニングなんかやってないことも、知ってんべ?
 解かれよ。
 つーか、察しろよ。
 如雨露とか。
 筆とか。
 ――んなもんねーよ。
 というより、ホントに俺に頼むなら、そういう類の道具とか、食糧とかを、俺に寄越すのが普通じゃないのか、って。
 思わない?
 あ、しかも、猪口もねえや。俺、下戸だから。
「さてさて」
 本当に、どうしようか。
「なあ、饅頭たち」
「ゆ!? まりしゃはまりしゃだよ! まんじゅうじゃにゃいよ!」
「しょーだよ! れいみゅもれいみゅだよ!」
 何が言いたいのか。まるで《This is a pen.》レベルの無為な英会話レッスンを受けているようだ。ちょっと高等な強調文として扱えば、《It is sure that this is a pen.》的な。『ここにあるのはペンであるのである。』みたいな謎の文章。恒真文の概念があるのか、と言いたいが、生憎こいつらは饅頭。初等日本語しか扱うことの出来ない、子供以下の《アタマ》。一人称が自分の名前であるだけだと、俺は静かに思い直した。
「はいはい。わかったわかった。それでだ饅頭ども」勿論、饅頭に真っ当な対応をしてやろうなどとは、露ほども思わないわけで。「お前らは、いつも風呂は何時ころに入ってるんだい?」
「ゆゆ!? しょーいえばおふろにょじかんだね!!」
「しょーだね! れいみゅはおふろだいしゅきだよ!!」
「しゅっきりー、しちゃいよ!」
「しゅっきり、しゅっきり!!」
 余程綺麗好きなのか、饅頭は。
 ああ、本家の饅頭(食い物のことだ)にも粉が塗してあるのは、きっと綺麗好きだからなのかにゃ?

 ――は!
 いかんいかん。
 気を確かに。落ち着いて!
「そうか。じゃあ、まぁそうな。どっちが先に入るか決めてといてくれ。俺は風呂の準備をしてくるからな」
「ゆっくりわかっちゃよ!」
 後ろからきゃいきゃいと姦しい声が聞こえてくるが、俺は頭が痛かった。
 勿論、掛詞的に。




 結局、先にまりさが入ることになったらしい。
 昨日はれいむが先だったかららしいが、まあそんなんどーでもええっちゅーねん。まあ、昨日のことを記憶しているあたり、この小さい饅頭たちの頭は然程悪くはないかもしれない。もちろん、他の赤ちゃんゆっくりとの比較論だ。
 俺はまりさを掌に乗せ、洗面所へ向かった。まだ赤ちゃんであるから、当然のように「おしょらをとんでるみちゃい!」と喜んでいたのは、意外にも可愛かった。が、やはり五月蝿かった。
 洗面所にはすでに準備しておいた入浴グッズが鎮座している。
 ゆっくり用の物なんか有るわけないだろうと思っていたが、案外と応用が効きそうなものが多かった。
 バスタブは、マグカップ。
 ボディータオルには、歯ブラシ。
 シャンプーは、仰せのとおり、十倍に薄めた俺のリンス・イン・シャンプー(おい、饅頭ども。お前らは幸せ者だ)。
「ゆゆ、ゆっくちできるね!!」
 まりさもご満悦ということらしいので、俺は早速マグカップに湯を張る。蛇口を捻って三秒。人間の風呂もこれくらいで一杯なったら面白いのにな、と思いながら、掌の上で嬉しそうなまりさをマグカップに入れた。
 ――が。
「ゆっきゅぢべだばばぼぽぷぶびばべべべべ」
 終った。
 マグカップに並々と湯を注いだら、こんな小っちゃい赤ちゃん饅頭なんか溺れてしまうじゃないか。
 時々『ドジだなあ、君は。どうしてそんなことをしちゃうんだい?』とわが友人に笑われるが、まさかここでもそのドジっぷりが発動するとは。やはり油断は良くない。まりさのスマイルの所為だろうか、それとも喧しさの所為だろうか。
「べべばばべばっぶぶっべ」
 俺は急いでマグカップを引っくり返してまりさを救出したが、まりさは危篤状態と言っても過言では無いほどに震えていた。「ゆっ、ゆっ……」と悲愴に痙攣している。が、何か笑えるのは気のせいだろうか。
 蘇生方法が全く分からないのでそのまま眺めていると、徐々にまりさの痙攣は治まりはじめ、その後三十秒も経たない内に、
「ゆ、ゆー、お、おにーいぃぃ、たん!!」
 と文句ありげな顔で俺を見た。
 しかし、声が震えたままだった。
「おい、どうした。声が可笑しくないか」
「だ、だっで、しゃぶがっちゃもん!!」
 ん?
「寒かったの?」
「ぢょ、ぢょうだよっ!」
 言われて気づく。そう言えばボイラーが作動していなかった。
「メンゴメンゴ。もっかいな、もっかい」
「いや、ゆぐふっ」言葉に詰まったが、咽(むせ)たらしい。「いやだよ!! もうおにーたんとおふりょでしゅっきりーしたくにゃい!!」
「我が儘だなあ、まりさは」
「だってゆっきゅちできにゃいもん!!」
「そうかそうか。でもな、まりさよ。お風呂で、その……、何だ。『すっきりー』しないと、余計にゆっくりできないんじゃないのか?」
「ゆっ……。しょんなこと」
「お風呂に入らない不潔なまりさは、きっとれいむにも嫌われちゃうし、お前のお兄さんにも可愛がってもらえなくなっちゃうかもしれないぞ。それでもいいのか?」
「……ゆゆぅ」
 あまり相手にしないとは言ったが、教育というか、そういう持っていてほしい知識は教えようと思っている。第一、清潔じゃない饅頭は食品衛生法に引っ掛かって、ドナドナと保健所に連れられる可能性も否定できないではないか。赤福になっちまうぞ。
「まりさ、ちょっと考えろ」
 そう言って俺は黙す。
「ゆっくちわかっちゃよ! やっぱりしゅっきりーしちゃいよ!!」
「それでこそだ」
 とは言え、俺も少し反省。今度はしっかり湯になっていることを確認した。暖かな湯気が濛々と立ち上っている。
「あ、そうだ。おい、お前、その帽子はどうする?」
「ゆ?」
「まりさは、風呂に入る時に、その帽子はどうしてるのかな?」
 ここまで懇切丁寧に聞かなきゃいかないわけではないだろう。俺の訊き方が若干適当だったのだろう。
「ゆん! おぼーちはいちゅもにゅいでるよ!!」
「そうか。じゃあ外すからな」
 イッチョマエに《脱ぐ》だとさ。《外す》と言った方が適当だと思うのは、俺が友人ほどにゆっくりの性質を理解していないからだろうか。そもそも、饅頭の飾りにそんな大きな帽子は不要だと思うのだが。別に、あの小生意気小悪党小泥棒に忠実である必要はないだろう。
「ゆっくちはいるよ!!」
 元気を取り戻したまりさは、帽子を外した分だけ身軽になった体で、俺の掌から一っ飛びにマグカップへ入った。
「ゆああああああああああああああああああああああああ!!?」
 マグカップの縁でまりさの姿かたちは全く視認できないが、この絶叫は嫌といっても鼓膜に突き刺さる。
「おい、今度はどうした!?」
「あぢゅいいいいいいよおおおおおお!!」
「どこがだ。さっきのは冷たいって言ったから」
「だぢでっ!! ゆっぐぢぢないでばやぐだぢでにょおおおおおお!!」
「あ、やっぱ、湯気が立つのはダメか……」
 熱いというならば、それはすなわちまりさにとっては《ゆっくりしていないこと》そのものであろう。本日二度目となるマグカップ引っくり返しを終え、まりさを見る。
 先ほど、数秒前までは若々しく白い皮が、すっかりレア肉か、はたまた大トロのような赤身を帯びている。ゆっくり的には、これは全身火傷のレベルだろう。まりさは今にも死にそうであった。
「ゆ゛、ゆ゛、ゆ゛」
 適当に蛇口の下にまりさを置き、キンキンに冷えた流水をぶち当てて、まりさは何とか息を吹き返したものの、『お風呂恐怖症』を患ったように洗面台の片隅で震えている。
「ほら、もう大丈夫だからさ。な?」
「いやぢゃあああああああああ!! ぼう、あぢゅいどぼ、づべだいどぼいぢゃぢゃああああああああああ!!」
 しかし、どれだけ暴れようが、マシュマロ程の大きさの物体が人間の前でどうこうできるはずもなく、結局まりさの体は湯船の中に押し込まれた。
 三度目の正直が、今回は成功を導いた。まりさは最初は大声を出していたものの、それもたった五秒ほどだった。暑くもなく冷たくもないことに気づくと、今までの火傷などのこともすっきりと忘れてしまったようにまさにゆっくりし始めた。
 あまりのゆっくりさに、俺はずっと待たせっぱなしだったれいむも入れてやろうと思い、一度居間の方へ向かった。まりさが浸かっているマグカップは、便宜的に洗濯機の上に置いておくことにする。が、洗剤やら何やらでかなり雑然としており、置き場が全く無かった。仕方なく風呂場に置くことにしたが、まりさは移動したことも知らないらしくゆんゆん歌っていた。耳障りなので、少し蓋をした。



「おしょいよー! れいみゅはまちくちゃびれちゃったよ!!」
「おお、そーかそーか、そーりーそーりー」
 文句への対応は適当にね。そう、食品偽装をした会社の社長程度で十分だ。官僚程度でも良いだろう。饅頭相手に説明責任を果たす必要なんてない。
 と、れいむは、落ち着かない様子で周囲を見渡す。
「まりしゃは?」
「まりさは、湯船に浸かってるよ。あまりに気持ちよさそうにしているから、さきにれいむを洗ってあげようと思ってね」
「ゆゆう!」
 嬉々としたれいむは、俺が差し出した掌に颯爽と乗る。全然ゆっくりしていないことには、敢えて指摘しないでおいた。ゆっくりしていないところは、今日の数時間でもう何度も見たから、いまさら感想はない。今は風呂に入れるのが先決だ。
 ゆっくりの適温は、もう体で覚えたので一発でれいむお気に入りの湯温に設定できた。れいむもご満悦なので、これは自己ベストといえよう。
 さて。
 本題に入ろうと思う。
 まずは洗髪だ。
 先ほど合成しておいた薄めたシャンプーに歯ブラシを浸す。少しブラシを指で擦るが、あまり泡立たない。薄めすぎたらしい。これではあまり効果がないと思い、しかし俺のシャンプーなので勿体無いと思いながらも、やはりこれは仕方がないことだと諦め、俺はシャンプーを追加したところ、今度はしっかりと泡立った。
「よーし、れいむ。行くぞー」
「ゆん!!」
 威勢のいい返答は清々しい。俺は少し上がったテンションも手伝って、勢いよくれいむの頭を擦った。
「い、いぢゃい!!? いじゃいよおおおおおおお!! ぴぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
「うるさいな、気持ちいいべ?」
「いぢゃいいよおおおおおお!!」
「ツンデレは俺の流行じゃないぞ?」
「いじゃいよおおおおおお!! ぼうやべでええええええええええ!!」
「莫迦言え。しっかりと洗わんと、将来は禿げ饅頭が確定だぞ」
「ぞでぼやだけど、いだいのばぼっどいやぢゃあああああああああ!!」
「うっさーい!!」
「びぎゃあああああああああああああああ!!」

「おし!! こんなもんだろう」
 そんなこんなで五分間、れいむの頭辺りを念入りに洗った。もこもことれいむの頭にたっぷりの泡が乗り始めた半ばあたりかられいむは徐々に静かになり始めたので、耳にも優しかった。気持ち良すぎて眠ってしまったのだろう。このちびれいむはツンデレ体質であることが解かったのも素晴らしい収穫だった。
「んじゃ、洗い流して、っと」
 蛇口からの流水だと流石に不味いだろうから、一度風呂場へれいむを連れていく。その間、まりさの歌が聞こえている。のんびりした、ゆっくりした、いい入浴タイムを満喫しているようでなによりだが、BGMとしてはかなり不愉快になる。
 パッと見た限り、このマグカップは麦酒でも入れているのではないかと思うほどに泡だらけだ。やはり泡がないと洗った気分にはならない。泡を立てすぎると環境汚染になると言うものもいるが、シャンプーや洗剤を吝嗇に使った結果として綺麗に洗えず汚いままでいる方が、よほど世間の鼻つまみ者ではないだろうか。
 そんなことを考えながら、シャワーのコックをひねる。あまり強くしないように、だが弱くなりすぎない、絶妙な加減を見つけ、いざ行かん、れいむの頭を流す。
 が。
 衝撃的な光景だった。
 ――れいむの頭は、半分無かった。
 まさしく先ほどまで湯船に浸かっていたれいむと同一であるはずの饅頭。それが、すっかり虫歯にしか見えない。ど真ん中に鎮座する餡子は、さながら虫食いの跡。薄っぺらな皮はエナメル質。
 慌てたところでもう手遅れのところなのは明らかだったが、念のため風呂桶の蓋の上に乗せる。
 悲劇だ。まさに悲劇だった。
 れいむの体積は見事半分になり、人間でいえば鼻の高さから上が綺麗に失われている。スプラッタ映画で惨殺された遺体のような風体だった。通りで、静かになるはずだ。気持ち良くて寝たわけではなく、いわゆる中枢餡子の損傷で永遠の眠りに就いただけだったのだ。
「いやあ……。これは予想外と言うか、ホント、どうすっかな……」
 どうするも何も、もう死んでしまったれいむが黄泉甦るわけもなく、しかし所詮饅頭なんだから生きている方が可笑しい、これで正しい饅頭になったのだ、と強引に自己完結させられる名案を思い付いたような気がしつつも、やはりどうすることもできず、じっとれいむを見ていた。
 その時だった。
「ゆうん……」
「!!!!!」
 拙い。
「……おにーたん、いるの?」
 まりさが起きたらしい。
 一瞬、れいむの声に聞こえた辺り、俺の精神環境は不味いところにあるらしい。
 そう。
 慌てた俺は、れいむの半身を……。







「よし。まりさ。ちょっと待ってろよ」
「ゆん!」
 元気な挨拶を返すまりさを洗面台の縁に置いて、早速帽子の洗濯に取り掛かる。本当はまりさから洗ってあげるのが先決だろうが、先ほどれいむを永遠のゆっくりへと旅立たせてしまった反省から、もう少し間隔を覚えてからの方がいいだろうと、俺は独自の判断をした。それに加えて、まりさがいい具合に《ゆっくり》していたので、そのままにしてあげた方がいいだろうとも思った。
 餡子をぎっしりと纏った歯ブラシは、燃えるゴミのゴミ箱に葬り去った。洗おうかとも思ったが、何処か縁起が悪い気もして捨てることにした。
 後に聞いた話だが、死んだ饅頭――ゆっくりの餡子は生きたゆっくりからすると、正に忌避すべきもののひとつであるらしい。もしそのまままりさを、れいむを葬った歯ブラシを使って洗おうとしたら、間違いなくまりさはゆっくりしなくなっていただろう。
 けがの功名だった。
 ――そう言えれば、良かったのだろうけど。
 そんなわけで、まりさの帽子は手洗いにすることにした。これならブラシという二次的な接触ではなく、直に触れることでより力の入れ方を身体で覚えられるだろうと思った。
 少し憎たらしくなるようなまりさの笑みを横に、俺は帽子に手を掛けた。
 饅頭本体と比べて糸のような繊維質が確認できる。これで饅頭本体と同じような構造をしているというから、意味がわからない。不思議生物(なまもの)なのだから、それぐらいがいい感じに不可思議であるからちょうどいいきがするが、決して納得はできない。
 しばらく擦り合わせているうちに、だんだんと泡立ちが良くなってきた。ごわごわとした感触はすでになく、気持ちいいくらいだ。
「まりさよ。これはきっと着け心地のいい帽子になってるぞ」
「ゆゆ? ゆっくちできるおぼーち?」
 ゆっくりできる、ってそんなに万能な言葉だったか?
 そんな疑問が不意に湧いて出てきた。
「なあ。ゆっくりできるって、どんな感じなんだ?」
 饅頭相手に、何でこんな漠然とした概念感を訊いているのだろうとは思ったが、訳も解からない言葉を子供に使わせるのは、いくらゆっくりと言えどもよくはないだろう。これも教育の一環だ。
「ゆっくちはゆっくちだよ!! しょんなこちょもわかんにゃいの?」
「お前は一言多いんだよ。それに、お前のはただの鸚鵡返し。答えてないぞ」
「ゆっくちはゆっくちなのったら、ゆっくちはゆ」
「うっせ。しばくぞ」
「ゆん……」
 訊いておいて、其れ何ぞ。
 とは、自分でも思うが、本当にこの生物は一言余計にしゃべるように遺伝子構造ができているらしい。寸分前に熱湯にぶち込まれたことをもう忘れているらしい。
 その気になったら、ゆっくり釜茹地獄くらい、簡単にできるんだぞ――。
 ――ん?
 泡の感触の《奥》が、何だか可笑しい。
 何と喩えればいいだろうか。
 何だろう。
 そうだ。
 差しあたって。


 ――何も無いような。



 ――え!?

「ゆ? おにーたん、どうちたの?」
 まりさの疑問を馬耳東風とばかりに聞き流して、俺は手の中にあるはずの何かに向けて、蛇口の水を一気に掛けた。
 すると。
「うひゃあ……」
「ゆあああああああああああああああああああ!!」
 前者は、俺の愕然としすぎて気の抜けたコカ・コーラのような呟き。
 後者は、予想外すぎて叫ぶことしか出来なくなったまりさの絶叫。
 帽子は、帽子ではなくなっていた。
 もう、それが何であったのかさえ分からない。新品のまりさの帽子を持ってきて、比較対象として横に並べてみても、恐らく同じものには見えないほどにぐちゃぐちゃに千切れ、分裂し、破壊されていた。
 交通事故に見舞われ、ぐちゃぐちゃになってしまった自転車を見たことがあるだろうか。
 あれとまったく同じか、それ以上に、容を失っていた。
 庇(ひさし)の部分と中央部分に分かれている、あるいは真っ二つに引き裂かれている、というような、単純な言葉では到底書き表わせない、まさに筆舌に尽くしがたい状態になっていたのだ。
「まぢぃざのおお、まぢぃざのぼおおおぢいいいいいいいいいい!!!」
 哀れ、まりさは自分の帽子の《骨》すら拾ってやれない状況を嘆き、滂沱の雫を流している。口を有り丈《へ》の文字に曲げ、その端からは粘性高そうな、間違いなく気持ち悪い液体(というか、かなりジェルに近い感触のもの)を垂れ流し、わんわんゆんゆんと喚き散らしている。
 ――そう、正直な話。
「ああ、うるせえ……」
 先ほどまでまりさが気持よく歌っていた風呂場とは違うが、それでも居間などと比較すれば、ゆっくりたちの甲高い迷惑千万な声を響かせるのに、空間的には充分に狭い。壁に跳ね返された声が音源発射の音と共鳴し、唸るのだ。
「うるじゃぐだいい、おにーざんがおぼーぢをゆっぐじざぜないがらあああああ!!!」
「何言ってるか聴き取れねーし」
「うるざいいいいいい!! ゆっぐりじでないぐぜにいいいいいい!!!!!!」
「ゆっくりしてないのは、誰がどうみてもお前だろ。この、目糞饅頭」
「うるざああああああああああああいいいいいいい!!!!! ゆっぐりじないおにーざんはじねえええええ!! ざっざとじねえええええええええええええええええ!!!!」
「いい加減にしろ。お前だって、そもそも帽子を被ってない方が軽くなってゆっくりできるんじゃねーの?」
「ぞんなごとあるわげないでじょおおお!!!??? おぼーじがないとおおおお!!!」
「《おぼーじ》が無いと?」
 あまりに興奮しすぎた所為で、自分が何を話したいのかわからなくなったらしく、まりさは今までの騒ぎ喚いていたのも忘れて無言になった。所詮頭の中身も餡子だ。会話しながら思考し、思考しながら会話することは出来ないのだろう。だから鸚鵡返しの会話になるのだろうか、と俺は静かに思った。
 実に二分は黙り込み、しかしようやく口を開いた。まりさの口調はほぼ正常時のものになっていた。
「おぼーしがないど、およげなぐなるんだよっ!!!」
「お前、飼われてるんだろ? 別に泳げる必要無くね?」
「!!!」
 そんな飼われまりさが、どうして浮かべた帽子を使って泳ぐことを知っているのか甚だ疑問ではあるが、今はそれを問題視している時間はない。しかしながら、まりさは自分がそれを実際に使用した水泳を経験していないらしく、愕然とした顔(顎関節を全力で外したような顔だ)で俺を見た。じっくりゆっくり考えた苦肉の結論が、まさか瞬時に否定されるとは思わなかったのだろう。大人のゆっくりでも人間の子供相手に言い負かされるくらいなのだから、子供のゆっくりが大人の人間に言い負かされるのは道理だ。
 実際、飼い主の友人が、このまりさを海だの川だのアウトドアに連れ出すようなことがあればこの指摘はただの空論になるのだが、それに気付かないからゆっくり相手の議論は容易いのだ。
「まあ、いい。帽子くらい、お前のお兄さんが作ってくれる」
「ぞんだぼーぢじゃいみないでじょおおおおおおおお」
「うるせえな」
 思わず舌打ちをしてしまう。
 意味ないでしょ、って言われたって、そんなこと俺は知らない。
 ゆっくりを熟知しているような人間(愛でる人、虐待する人、殺す人とか)なら知っている内容だろうが、俺は生憎にも、今日初めてゆっくりに触れた人間だ。周知の事実みたいに言われても困る。
 よく人間にもいるだろう。
『ホラ、私/僕/俺って、○○○○じゃないですかー』
 と言う人間。
 もし、この文章を読んでくれている心やさしい人の中に、上記のような物言いをしてしまうことがある人がいれば、特に目上の人に対して使うことは止めたほうがいい。気分を害する恐れがあるのだ。
 話が大きく脱線した。閑話休題。
 今この瞬間、このまりさも俺の逆鱗に触れた。
「あえっ、ぶびゅ!」
 洗顔クリームなどを置いていた台上に居たまりさの髪を掴んで引き上げ、少し宙に浮かせて、蛇口付近にはたき落した。バレーボールのオーバーハンドサーブを想像してもらえればうれしい。
 然程力を込めないようにと思っていたが、やはり無理だった。苛立ちがかなりピーク値に近づいている。この状況で抑力するのはかなり難しいのだ。
「ゆええぇぇぇ……」
 陶製の洗面台に対して顔面を潰すように着地したまりさは、顔面を押しつけてびくびくと震えている。洗面台には餡子が残留している。嘔吐(もど)したらしい。
 再び髪をつかむ。
 視線がふらついている。
 焦点はあっていない。
 顔は若干潰れている。
「ゆああぁ」
 数秒眺めていたら、俺を見て痙攣するように震えだす。
 怯えているのだろうか。
 怒りに震えている、ということは有り得ない。
 この状況で怒れる饅頭が有るなら、それはよほどの身の程知らずだ。生きていられるはずがない。
「そう言えばさぁ……。なあ、お前よ。さっき、俺に対して『ゆっぐりじないおにーざんはじねえええええ!! ざっざとじねえええええええええええええええええ!!!!』って言ったよな? なあ? おい?」
 口調をも真似して言う。
 まりさは、俺の声量に身体を大きく震わせた。
 怖いのか?
 五月蠅さに対して震えたのなら、それもまた身の程知らずだ。俺は先ほどから、まったく同じ音量の声を延々聞かされ続けたのだ。
 少しは利巧になってほしい。
 しかし、これ以上は望めなさそうだ。
「どういう領分だ? あ、領分っていうのは解からねえか。どうしてそういうことを言ったんだ?」
 震動が大きくなった。
「理由もなしに、散々世話してくれた人間様に対して『死ね、さっさと死ね』ってか? 『ゆっくりしてない奴は、ゆっくりしないで死ね』ってか? ああん!?」
「ゆ」
 全うな語彙能力を持たない癖に、小生意気なことを言いよる。
 小賢しいという点では、元ネタに酷似していると思った。
 ――ほら、霧雨魔理沙が「死ぬまで、一生借りておくぜ」と言い放つようなものだ。
「言葉通りに捉えるなら」
 敢えて言葉を切って、まりさの視線と俺の視線を交錯させる。怯えた視線が、只ならぬ快楽を与えているような気分になる。
「お前はさっき、散々喚き散らしたよな? ぼーじいいいい、って。あれは俺の感性からしてみりゃ、半端じゃないほど、やんごとなきレベルで、驚くほどにゆっくりしていない」

 ――一瞬の静寂。

「ゆっくりしないで、さっさと死ね」

 若い命への死刑宣告は、その処刑法とは裏腹に、ひどく厳かで、余りにも静かだった。












 まりさは、れいむと同じく、生ゴミ処理機の中にぶち込まれた。
 最後は、あのぐちゃぐちゃになった帽子を被せてやった。これで成仏できるはずだ。

 しかし。
 これって。
 どうする……?
 なあ、どうする?
 俺。
 預かりもの、壊しちゃったよな?
「ゆっくりしなかった結果が、これなのか?」
 こんなことなら、最初からあずからなければ……。

『ピンポーン』

 静謐を壊す、インターフォン。
 俺は、それに抗うようにして、静かに……。






FIN.











※後書
 このあと、主人公はどうしたのでしょうか。
 それは私にも解りません。
 もしかしたら、上白沢慧音さんが知っているかもしれませんよ。

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最終更新:2008年12月14日 17:29
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