ゆっくりいじめ系2392 ゆっくりとおねえさんのささやかな楽園5

前から




「ゆっ、ゆっくりしてないよ! ゆっくりおしおきしないでね!」
「いい子ね。ゆっくりしていってね」
「「ゆっくりしていってね!」」

 お仕置きされたありす(あとぱちゅりーも)の変死はさすがのゆっくりブレインにも焼き
ついたようで、子ゆっくりたちは娘の顔を見る度に、一斉に動きを止めてお約束を守って
いることをアピールするようになっていた。
 この悪意も知らない子ゆっくりどもは、ゆっくりすることがゆっくりの本分であるとい
うのに、約束通りにゆっくりしなければお仕置きされないと信じているのだ。お仕置きは
されなくても虐待されることなんて、考えもせずに。娘は手近な一匹の子まりさを取り出
すと、キッチンへ向かった。娘は子まりさを手に乗せ、半ばまで水を張っておいた寸胴鍋
を覗き込む。

「まりさはおぼうしですいすいできるのよね」
「ゆっへん! まりさはすいすいおじょうずだよ!」
「よかった。すいすいできないダメまりさだったらどうしようかと思ったわ」

 娘は子まりさの帽子をひっくりかえして水面に浮かべ、その上に子まりさをそっと置く。
慎重にバランスを取る子まりさのゆっくりらしからぬ神妙な顔に、娘は顔をほころばせる。

「すーい、すーい、ゆっくりー!」

 さほど大きくはない寸胴鍋でも、子ゆっくりには充分広い。ゆっくりした水面を、器用
に帽子を操って子まりさは旋回はじめた。帽子を止め、得意げな顔をして娘を見上げよう
としたまりさだったが、鍋の外から覗いていたはずのおねえさんはどこにもいない。

「ゆっ、ゆっ? おねーさん?」
「まりさ、おまたせ。一人ぼっちですいすいしてもゆっくりできないでしょう」

 底抜けお帽子で浸水間違い無しの煙突まりさだけ箱に残し、残りの子まりさを全てエプ
ロンに乗せて運んできた娘は、次々に帽子を浮かべては子まりさをその上に置いていく。

「すいすいでゆっくりできるよ! ゆっくりしていってね!」
「「ゆっくりしていってね!」」

 透明な箱からも、群のゆっくりできないゆっくりからも解放され、嬉しそうな声をあげ
て子まりさたちは思い思いに水面を進んでいく。しかし、全てのまりさがゆっくりできた
わけではなかった。

「おねーさん、あんよがつめたいよ! おみずはこわいよ! ゆっくりたすけてね!」

 水が不得手なまりさは、帽子のうえでぶるぶる震えながら泣きそうな顔で娘を見上げて
怯えた声を出す。バランスを取って浮かんでいることも危ういようで、傾いた縁から入っ
てきた水にびくっとして、更なる浸水を招いていた。そして、それ以上にゆっくりできて
いないのは、娘が帽子を間違えて乗せて、期せずしておぼうしを交換することになった二
匹だった。

「ゆゆっ! このなかにゆっくりできないこそどろがいるよ!」
「おねーさん! だれかがまりさのおぼうしをしぬまでかりていったよ!」

 二匹はゆらゆら水面に浮かぶだけの帽子の上で、居心地悪そうに帽子の中を覗き込もう
と伸びたり縮んだり、落ち着き無く身をよじっていた。変に動いては縁から水が入って
ゆっくりできなくなってしまう。自由に動けない分、余計にゆっくりできない二匹は不満
げに、ゆっくりした声をあげて水面で遊ぶ他の子まりさを睨み付けていた。しばらくの間
もぞもぞしていた二匹は、自分の帽子が近くで浮いており、しかもその上に憎い泥棒が居
座っていることに気付くと、小さな頬を膨らませて互いに激しく威嚇をはじめた。

「どろぼー!」
「まりさのすてきなおぼうし! ゆっくりかえしてね!」

 しかし、二匹は睨み合うばかりで一向に近づこうとしない。いかなる理屈か娘には知る
由もなかったが、自分の物ではない帽子では、まりさ種は水面を移動できないようだった。

「隣まで行って交換すればいいでしょう」
「こんなゆっくりできないおぼうしじゃ、すいすいできないよ!」
「ゆううううっ! ばりざのだいじなおぼうじはゆっぐりできるよ!」

 いがみ合う二匹に楽しそうに声を掛ける娘に、はち切れんばかりに頬を膨らませた一匹
が不満をあらわにする。帽子を馬鹿にされたもう一匹もまた、思わず小さく跳ねて必死な
声をあげる。不安定な帽子の上で暴れては、当然縁は水をくぐり、入ってきた水がまりさ
を濡らす。

「おみずさんがはいってきたよ! このおぼうしゆっくりできないよ! 」
「ゆぎいいっ! ばでぃざのおぼうじはとってもゆっくりできるんだよ!」

 互いの帽子のうえでゆっくりできず、二匹の子まりさは泣き顔を真っ赤にしていく。睨
んでいるだけでは帽子はまったく進まず、波紋が水面に広がるばかり。一向に動かない帽
子。大事な帽子を泥棒のまりさが無碍に扱っている。そのゆっくりできなさたるや、今い
る場所が帽子なくしては致命的な水上であることを忘れさせるには充分だった。
 その瞬間を胸を躍らせて待つ娘の前で、ついに痺れを切らした一匹が跳躍を見せた。水
面に浮いているだけの帽子は、子ゆっくりとはいえ踏み台に耐えうるものではないが、そ
の体当たりは奇跡的にもう一匹の子まりさを帽子から弾き出した。しかし、子まりさの幸
運はそこまでだった。

「おぼうじっ! おぼうじがえぜええ!」

 そして、弾き出されたまりさもまた少しだけ幸運で、帽子の縁にかじりつくことができ
てしまった。帽子の上のまりさがどれほど水を口に含んでは外に吐き出そうとも、かじり
つくまりさの重みで帽子は傾いていくばかり。跳んだまりさが不運であれば、帽子に届か
ず水に落ちて、一匹は助かったのに。弾かれたまりさが不運であれば、縁に届かずに沈ん
で一匹は助かったのに。二匹は少しだけ幸運で、どうしようもなく不運だった。

「ぷぴゅー、ぷぴゅーっ! おびずざんゆっくりはいってこないでね!」
「ゆ゙ぎぎぎぎぎ! おぼうじどろぼぉ゙ぉ゙ぉ゙!」

 帽子の上でどれほど汲み出そうと、とんがり帽子は流れ込む水を蓄えていく。縁にかじ
りついたまりさが暴れるたびに帽子は激しく揺れる。大騒ぎにやっと気付いた他の子まり
さが、遅まきながら空の帽子を押して運びはじめる。

「ゆっくりいそいでおぼうしにあがってね! ゆっくりできなくなっちゃうよ!」

 しかし、帽子の縁にかじりついているだけの子まりさに、足場も無しに自ら上がること
などできるはずもない。沈みゆく帽子の上の子まりさもまた、やっとの思いで取り戻した
帽子を諦めることなどできるはずもない。

「ゆぐぐぐぐう!」
「おぼうしどろぼうのまりさはゆっくりはなしてね!」

 水中のまりさは必死に縁を咥えて離さない。水上のまりさも必死に水を吸い出し続ける。
二匹の決死の努力を嘲笑うように、まりさのすてきなおぼうしは水を蓄えていく。そして、
流れ込む水が傾いた帽子を満たし、可哀想な二匹を道連れに、ゆっくり沈んでいった。生
死を賭けて帽子を奪い合った二匹も、今や仲良く水の中。

「がぼがぼがぼ……ばりざの……おぼうじ……」
「ぼごぼご……も゙っと……ゆっぐり゙……」

 ご存じの通り、寸胴鍋は底が深い。そして、沈んでいく二匹がどれほどもがこうとも、
まりさ種には泳ぐ機能はない。二匹にできることは、恨みがましい顔で届かない水面を見
上げることだけだった。ゆっくり底まで沈んだ二匹は、鍋の底を蹴って水面を目指す。し
かし、水の中で跳ねるだけでは僅かに浮き上がるだけで、水を押す器官を持たないゆっく
りを歓迎したのは輝く水面などではなく、冷たい鍋底だった。上が駄目なら横から上がろ
うと、二匹は水の抵抗でより緩慢な動きで鍋の縁を目指すが、垂直に立ち上がった側面は
文字通りに取り付く島もない。帽子なく、水の底から逃れる術もなく、そこにはただ帽子
を奪った憎い泥棒と二人きり。

「ゆっくりつかれたよ!」
「おねーさん、おそとにだしてね!」
「ゆゆっ、おねーさん?」

 一方、水上にはすいすいに疲れた残り三匹の子まりさたち。しかし、笑顔で見守ってく
れたはずの娘の姿はどこにもない。呼べど叫べど、お姉さんが現れることはなかった。子
まりさたちに見えるのは高くて届かない鍋の縁と、二匹を飲み込んだ水の底。水は寸胴鍋
の半ばほどまで張られており、水底に沈んだ子ゆっくりが水面に届かない程度には深く、
水上の子ゆっくりが鍋の外へと跳ね出ることのできない程度には浅かった。

「ゆ、ゆぅ……」

 不安げに互いに顔を見交わす三匹。先ほどまではとてもゆっくりできた水面も、今と
なっては途端にゆっくりできなく見えてきていた。主を失った帽子がゆらゆらと揺れ、そ
のからっぽの帽子はゆっくりできない水底へ、まりさたちを誘っているようだった。どれ
ほどゆっくりできない時間を過ごしただろうか。ようやく顔を覗かせた娘に、子まりさた
ちは不満の声を上げる元気もなく、涙を浮かべて助けを求めることしかできなかった。

「おでえざん゙ん゙! ゆっぐぢしすぎだよ゙ぉ゙!」
「おびずざんゆっぐりでぎないよ!」
「ばでぃざをゆっくりいそいでたすけてね!」

 しかし、水上の三匹に緩慢な死を宣告するときも、娘は普段通りのにこやかな表情を変
えることはなかった。

「まりさはお帽子の上でいつまでもゆっくりしていってね。心配しないで。ごはんはお姉
さんが持ってきてあげます」
「「「ゆ゙っぐり゙?!」」」

娘がそっと手を開くと、帽子を寄り添わせて震える三匹から離れた水面に、ぽちゃぽちゃ
と音を立ててゆっくりフードが落ちた。

「まりさはすいすいが得意だから、特別にもうお約束は免除してあげます。好きなだけ
ゆっくりしても、好きなだけむーしゃむーしゃしあわせー、しても、好きなだけすっきり
しても、お姉さんはもうまりさにお仕置きしません」

 逃げ場のない鍋の中でなければ、水の上でなければ、どれほどゆっくりできたことだろ
う。帽子の上でバランスを取りながら水面に浮いている餌を咥えるのは、すいすいの得意
なまりさ種でも容易なことではない。しかし、目の前の美味しいあまあまは食べなければ
お水に沈んでしまう。そんなことはとてもゆっくりできないことだった。子まりさのうち
二匹は巧みにペレットの側まで帽子を寄せると、バランスを保ちながらぶるぶる震えて縁
から身を乗り出し、舌を必死に伸ばしてペレットをすくい上げる。少し濡れていてもその
味はゆっくりの本能を直撃し、二匹は久しぶりに思う様しあわせー、の声をあげた。
 そして、すいすいの不得手だった子まりさはおぼうしを巧く操ることができず、餌に辿
り着くことはできなかった。悲しそうに見つめる前で、水を吸ってふやけたペレットは鍋
の底へと沈んでいった。子まりさがペレットを追って覗き込んだ鍋の底には、届くことの
ない水面を目指してあがき続ける、先ほど沈んだ二匹の子まりさの哀れな姿があった。そ
のゆっくりできていない形相は、お帽子の縁から入り込んだお水で浸みるあんよの冷たさ
よりもなお、子まりさを震え上がらせた。お帽子から落ちたらああなるのだ。そして、二
度と浮かび上がることもできず、冷たい水の底で永遠にゆっくりするのだ。

「お姉さんはもう寝るわね。電気は消すけど、ゆっくりしていってね」
「ゆっくりしていってね! ゆっくりしてね! まりさをおそとにだしてね!」
「おねえさん! ここはゆっくりできないよ!」
「ゆっくりしていってよー! おうちにかえしてよ!」

 悲痛な声をくすくす笑いでいなし、娘は用心のために蓋をするとキッチンの電気を落と
した。暗闇に包まれた寸胴鍋の中、三匹には水音が嫌に大きく聞こえていた。

「ゆっくりしていってね……?」
「ゆっくりしていってね!」
「ゆっ、ゆっくりー……」

 闇の中、小声でゆっくりを確認し合う三匹。たとえどれほどゆっくりできなくとも、
ゆっくりしていってね、と呼び合うだけでも多少はゆっくりすることができる。真っ暗で
何も見えず、遊び疲れた子まりさたちの声は一つずつ、ゆぅゆぅという微かな寝息に取っ
て代わられた。そして、三つの寝息と、微かな水音だけが鍋の中に響いていた。
 夜半過ぎに、ぼちゃりと小さな水音が一つ。それからは、寝息は二つになった。




「おはよう。ゆっくりできて?」
「ゆっくりおはよう! おねえさん! ゆっくりできないよ!」

 鍋の蓋を取って微笑む娘に、子まりさは反射的に挨拶を返してから小さな頬をいっぱい
に膨らませる。水の不得手なもう一匹もその声に目を覚ますと、きょろきょろと鍋の中を
見回し、不思議そうな声をあげた。

「ゆっ、ゆゆっ? おねえさん、まりさたちなんだかすくないよ!」
「あらほんと。夜の間にお水に落ちてゆっくりしてしまったんじゃないかしら」
「まりさはゆっくりしたくないよ!」

ゆらゆら水面に漂う、主のない帽子。慌てて水の底を見やれば、ゆっくりできない形相で
もがいている何匹もの子まりさの姿に、二匹は砂糖水を垂らして震え始めた。その震動で、
縁が水をくぐってあんよを濡らす。

「ゆ゙ぴぃっ! あんよがつめたいよ!」
「おみずさんはもういやだよ! おうちかえる!」
「ほら、あまあまをあげましょうね」

 半狂乱になって帽子を揺らしては、水の冷たさに震え上がるのを繰り返す二匹に、娘は
朝のゆっくりフードを与える。もちろん二匹から一番遠い水面に浮かべて。

「あまあまさん!」
「そろーり、そろーり……ゆっくりたべるよ……むーしゃ! むーしゃ! しあわせー!」
「まってね! まりさもあまあまたべたいよ!」

 一匹は帽子をペレットに寄せ、水に落ちないようにぷるぷるバランスを取りながら、帽
子から身を乗り出して餌を頬張り、歓喜の声をあげる。水の不得手なもう一匹はその場で
回転したり、大きく蛇行したりとちっとも餌へ辿り着けない。娘が転覆ショウを期待して
見守っていると、すいすいの得意な方の子まりさが傍らに帽子を近づけ、柔らかなおまん
じゅうボディを伸ばしたり縮めたりねじったり、身振りを交えてすいすいを教え始めた。
 これはこれで別の見物と、娘は引っ張ってきたスツールに腰掛ける。かの女の眺めるう
ちに、動きが鈍い方の子まりさもよろよろしながらも餌までたどりつき、危うげにバラン
スを取りながら、なんとか餌にありつくことができた。

「むーちゃ、むーちゃ! しあわせー!」
「いっしょにゆっくりしようね!」
「ゆっくりしていってね!」

 ゆっくりした声をあげる水上組とは異なり、鍋の底まで沈んだ三匹は悲惨そのものだっ
た。大事なお帽子は届かない遙か上の水面に漂って、見上げることしかできない。冷たい
水の底にはゆっくりできることは何一つ無い。動くこともままならず、食べる物もない。
ゆっくりしていってね、と口を開いてもお水が入ってくるばかりで声は出ない。帽子を奪
い合った二匹の子まりさ、ゆっくり眠っている間に転げ落ちた子まりさ。じくじくと皮か
らあんこに染み込んでくる水で、三匹は緩やかにゆっくりしようとしていた。決して届か
ない水面を仰ぎ、ゆっくりすることしかできなかった。






 鍋の中でゆっくりしている子まりさを残し、娘は透明な箱へと向かった。今はまだゆっ
くりさせておけばいい。少し眠って、餌も食べてゆっくりできた二匹は、夜までは元気で
遊んでいるだろう。しかし、夜になったら? 夕べ、一匹が眠っている間に水に沈んだこ
とは、蓋を閉めて暗くすれば、いくらゆっくりブレインとはいえ嫌でも思い出すことだろ
う。二匹はいつまで水上生活をゆっくりできるのだろうか。今日は大丈夫だしても、明日
は? あさっては? やがてどちらかが沈み、一匹になったらどんな顔をして泣くのだろ
う。残された一匹は、ゆっくりできずに衰弱して沈むのだろうか。遠からず訪れるその時
を思い描くだけで、娘の胸は高鳴った。

「おはよう。ゆっくりしていってね」
「ゆっくりしていってね! おねえさんたいへんだよ! まりさがみんないないよ!」

 娘が来るのを待っていたのか、煙突まりさがぽいんぽいんと跳ねて声を張り上げた。

「まりさはみんな、向こうですいすいしてゆっくりしているわ。あなたもすいすいした
かったかしら?」

目を細める娘に、煙突まりさは何かを感づいたのか怯えた顔をみせる。存外に賢いこの子
まりさは、仲間のまりさが二度と戻ってこないことをゆっくり理解したのかもしれない。

「まりさのおぼうしは、すいすいできないよ……」

 悲しそうに俯く煙突まりさは、気付く前よりもさらにゆっくりできなくなることだろ
う。娘は小さく鼻を鳴らすと、ゆっくりフードを箱に放り込む。もちろん歓喜の声はあげ
させない。子ゆっくりの成長は早い。しかしそれはゆっくりフードを食べさせたり、親
ゆっくりや姉妹とゆっくりすることで、成長に必要なだけゆっくりできてこそ。群の中に
はゆっくりできないゆっくりがおり、お姉さんの見ている前でゆっくりしたら、お仕置き
されてしまう。おいしいごはんも、むーしゃ、むーしゃ、しあわせー! を叫ぶことは許
されない。しかも、この透明な箱からは楽しそうなお姉さんのお部屋が見えるのに、お外
に出ることは絶対にできない。子ゆっくりに許されたゆっくりは衰弱しない程度でしかな
く、育つにはとても足りなかった。
 それでも大半の子ゆっくりは砂糖水の涙を垂れ流し、痙攣したりひしゃげたり転げ回っ
たりして歓喜の声をこらえ、二粒目にありついていた。もちろん子ゆっくりが苦もなく本
能を我慢できようはずもない。何匹かは食べカスを散らしながら声を張り上げてしまうが、
娘は構わなかった。かの女が何も言わなくとも、次第に一粒しか食べられないゆっくりは
ゆっくりできないゆっくりであるような風潮ができてきていた。もちろん野生や野良であ
れば、そんなことはない。しかし、親から引き離された子ゆっくりだけの群では、娘の与
える偽りの情報が絶対だった。歓喜の声を上げた後、周囲の子ゆっくりからの視線に、ふ
しゅるる、と縮こまる子ゆっくりを満足げに眺めていた娘は、しあわせー、を叫んで一粒
しか食べられなかった中から、一匹の子ぱちゅりーを箱から取り出し、白い小皿に乗せた。
ゆっくりは本来がおまんじゅうであるため、本能的にお皿の上がゆっくりできるのである。

「いつもいつもむーしゃむーしゃしあわせー、している下品で可哀想なぱちゅりーには、
特別におねえさんが食べさせてあげましょうね」
「むきゅっ?」

 半眼にしてゆっくりしていた子ぱちゅりーは、全体を斜めに傾けて不思議そうな鳴き声
をあげる。実際にこの子ぱちゅりーが毎回歓喜の声をあげていたかどうかは、娘にはどう
でもよかった。わらわらと群れている子ゆっくりを事細やかに判別しろという方がどだい
無理な話である。娘が竹串に刺したゆっくりフードをぱちゅりーの前に差し出すと、抗い
難い誘引力に、子ぱちゅりーはへの字口をいっぱいにひろげてかぶりついた。

「む゙ぎょ゙っ?!」

 ぱちゅりーは目をまん丸にして、濁った声を絞りだす。透明な箱からは見えない程度に、
娘が竹串を小さく突き出した為、餌がぱちゅりーの無防備な口腔の奥をしたたかに突いた
のである。手足のないゆっくりは、異物を飲んだときの防衛反応としてすぐ吐くようにで
きていた。つくりの脆弱なぱちゅりー種であっても、それは同じである。勢いよく中身の
ブルーベリージャムが溢れ、小皿をでろりと汚した。

「もう、ぱちゅりーは一人で食べることもできないのかしら? はい、あーん」
「ご、ごぼっ、ごぶっ」

 ゆっくりは悪意に疎い。食べるためでもなく、楽しみのためにゆっくりを苦しめる存在
がいることを知るゆっくりなどいなかった。子ぱちゅりーは自分がなぜ苦しくて、中身を
吐いているのかすら理解できていなかった。それでも、大事な中身が出ていってしまい、
おねえさんのくれるごはんを食べ、急いで中身を補わなければ永遠にゆっくりしてしまう
ことだけは本能的に理解していた。ぱちゅりーは震えながら、への字口を力無く開く。

「ぎょぼっ!」

 その口の奥を、ゆっくりフードが静かに突いた。目を白黒させ、子ぱちゅりーはブルー
ベリージャムを小皿に吐き出した。娘がペレットをぱちゅりーの奥に埋めたままで指先を
小さく捻る度に、白い皿を紫のジャムが満たしていく。たった三度。子ぱちゅりーが中身
を全て吐き出して平らになるには充分だった。

「むーしゃむーしゃのやめられない、下品で可哀想なぱちゅりーは永遠にゆっくりしてし
まったわね……お姉さんはとっても悲しいわ」

 この愉快なパフォーマンスで、次の楽しい餌の時間はもっとゆっくりできなくなること
だろう。娘は偽りの沈痛な面もちで、ゆ゙っゆ゙っと細かく痙攣を繰り返す子ぱちゅりーの
皿を下げ、平べったくなった残骸は竹串でキッチンのゴミ箱に放り込んだ。

「しあわせー、できないとゆっくりできないよ……」
「むきゅっ! かんがえたわ! むーしゃむーしゃできなくても、おねえさんにあまあま
ふたつもらえばしあわせーになれるわ!」
「わかるよー、しあわせーにばーいなんだねー」
「ゆっくりしようね!」
「えいえいゆー!」

 もちろん、一粒でゆっくりしても、ゆっくりできずに二粒でゆっくりしても、差し引き
で同じだけしかゆっくりできず、育つのに必要なだけゆっくりすることもできないのだが、
子ゆっくりたちはそんなことは知りもせずに嬉しそうな声をあげていた。





続く

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最終更新:2009年03月29日 04:21
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