*豆れみりゃ=なんか手のひらサイズの小さいれみりゃ
珈琲豆的なれみりゃを挽くわけではありません
豆れみりゃ喫茶
ホールからキッチンにコールが入る。
「店長ー、アイミル(冷たいミルク)1、お願いしまーす」
「はいよ」
砂糖壷から豆れみりゃを一匹取り出し、コーヒーカップの中に落とす。
店長はカップに牛乳を注いだ。
豆れみりゃは牛乳のおいしそうな匂いにうっうー!と喜びの声を上げたいが、そうするとどうなるかを知っているので、
何も言わずに黙っている。
店で使用されるこれらの豆れみりゃは、既に己の立場を理解している。
何かにつけ増長する性格はある程度のレベルまで矯正されており、己の生殺与奪権を持つのが人間であることも理解している。
やがてカップが牛乳で満たされる。ここでも動いてはいけない。体を動かしたせいで飲み物がこぼれたりしたら
やっぱりお仕置きだ。お仕置き、それとも――死。
じっとして、冷たい牛乳に浸されたまま、ウェイトレスの手によってテーブルに運ばれる。
「冷たいミルク、お持ちいたしました」
ことん、とソーサーがテーブルに着地する。客の大きな顔が、白い水面に浮かんだ豆れみりゃの顔を覗き込む。
「(ごあいどぉ~ざぐや~)」
カップが傾けられる。
「(でも、おぜうさまはかわいいからきっとだいじょうぶなんだどぉ~)」
およそ8割と言われている。
豆れみりゃ達がさまざまな用途のために”お持ち帰り”される割合のことである。
残り2割は、店内で供される飲食物の添え物、もしくはデザートとして、このテーブル上でその命を終える。
「(おぜうざまはじにだぐないどぉ~~)」
豆れみりゃを使用するためにメニューはいずれも若干割高となっているが、
この一口目で豆れみりゃを口に含む人間もわずかながら存在する。砂糖漬けの豆れみりゃの味を単に愛好する人間や、
豆れみりゃにあっけない終わりを与えて喜びとする、迂遠な趣味の人間だ。
そういった人間は、自分だけはえれがんとだから大丈夫、と信じきっているに違いない豆れみりゃが、
あまりにもあっけない自身の終わりに絶望する様子を想像して(口に含んでしまっているのだから、見て楽しむことはできない)
快楽を得ることができるのである。ある意味かなりの上級者と言える。
あまりの恐ろしさに目を閉じていた豆れみりゃは、やがてカップがソーサーに置かれたことで
危難の半分が終わったことを理解する。
「(よがっだどぉ~~)」
不意の死は免れたものの、死の恐怖はいまだ去ってはいない。
客は豆れみりゃをじっと見下ろすと、手を上げて店内のウェイトレスを呼ぶ。
「チョコレートケーキ下さい。あと冷たいミルクもう一杯」
「かしこまりました。カトラリー(食器類)は、何組お持ちいたしますか?」
来た。
豆れみりゃはぎゅっと縮こまり、再び目を固く閉じる。
一組、と言えばそれはケーキのぶんだけ。
二組、と言えばそれは豆れみりゃ用の食器が要るということだ。
「(おねがいだどぉ~~!!でびりゃをだずげでほじぃどぉ~~!!)」
しかし、客の男は言う。
「二組下さい」
「かしこまりました。失礼いたします」
「(うわああああああああ)」
嫌だ。嫌だ。嫌だ。死にたくない。死にたくない。死にたくない。
立ったまま震えている豆れみりゃに客が言う。
「おい、お前。踊れ」
豆れみりゃは客を見上げる。
「(あう?)」
「上手に踊れたら、喰わないでやってもいい」
「(あうー!)」
豆れみりゃは感激した。客にぺこぺこと頭を下げ、かしこまって踊りを開始する。
「(うっうーうあうあ☆)」
「(れみ☆りゃ☆うー!)」
しかし、この喫茶店のために育成された豆れみりゃである。野生のゆっくりのようにのびのびと踊ったことなどない。
個体差はあるが、踊りはあまり上手でない。
ひどく拙い踊りを、拙いという自覚もないまま必死に踊る。
「(うっうーうあうあ☆)
「(れみ☆りゃ☆うー!)」
客は興味深げな顔で豆れみりゃを見る。
「本当に喋らないんだな、踊ってるときも……たいしたものだ」
豆れみりゃは踊り続ける。
「(うっうーうあうあ☆)
「(れみ☆りゃ☆うー!)」
「(れみ☆りゃ……)」
つるん。
「(うぁ~!?)」
カップの底に残った牛乳に足を滑らせた。
「(しっぱいしちゃったどぉ~。
……あう!?)」
起き上がった一瞬後、自分がしてしまったことの重大さに気づく。
「(も、もういっかいだどぉ~。おぜうさまのじつりょくはこんなもんじゃないんだど~!)」
しかも丁度その時、客の注文した品が運ばれてきてしまう。
「追加のご注文、お持ちいたしました」
「ありがとう」
客の目が、傲然と豆れみりゃを見下ろした。
「(やだどぉ!!ちがうんだどぉ!!おぜうざまはほんとはもっとえれがんとなんだどぉ!!じにだぐないどぉ~~!!)」
冷たいフォークが豆れみりゃの頬を撫でる。
「……!……!」
飛んで逃げようとした。しかし翼は動かなかった。
大声で助けを求めようとした。だが声は出ない。
生まれた瞬間から、この用途のために特別の調整を重ねられてきた豆れみりゃだ。
いの一番に刷り込まれる”黙って死ね”の至上命令が豆れみりゃの問題行動を抑制し、店内の秩序を守る。
「(あうーー!!)」
死にたくない。死にたくない。死にたくない。
誰か。誰か。誰か。
死を感じ鋭敏になった知覚がある視線を感知する。思わずそちらへと振り向く。
女性店員がこちらを見ていた。必死で、助けを求める視線を送る。
「(あ゛う゛~~おねーざんだずげでぇ~~)」
だが、おねーさんは笑っていた。
「(おねー……ざーん?)」
その脇を別の店員が通り過ぎた。彼も笑っていた。
席待ちをしている二人連れの若者も、こちらを見て笑っていた。
みんな、豆れみりゃを笑っていた。
「(うぐぅぅぅぅ~~!!)」
フォークが引き上げられる。次にそれが突き立てられる時こそ、儚い命の費(つい)える時――
「(どーじでだどぉ~~!!??どーじでおぜうざまがじななぎゃならないんだどぉ~~!!??)」
生まれてからこの最期に至るまでの数週間。それは、自尊心を育む機会などない日々だった。
れみりゃであるならばあって当然の、誰かよりえれがんとであるという実感。立派なおぜうさまであるという自覚。
そうしたものはついに与えられることはなかった。
ただ最後に残った自意識、自分が自分であるというその思いだけが、豆れみりゃにとって自らの命を輝かせる原動力だった。
それなのに、その何よりも愛しい命も、今ここで手折られようとしている。
想像していたよりも、ずっと早く。
「(やだどぉぉぉぉぉぉぉぉぉ)」
――おぜうさまはぁ、やさしいにんげんさんにえれがんとなおうちにつれてってもらうんだどぉ~。
――う~!おぜうさまもだどぉ!
――おぜうさまたちはえれがんとだからぁ、みんなしあわせ~になれるにきまってるどぉ♪
そんな風に、仲間達と励ましあった日々。
消費され、遠くない未来に死んでゆくという諦観はあったけれど、まだ終わりなど想像もしていなかった日々。
あの優しい日々には、二度と帰れないのだ。
全ての音が消えた。全ての光景が消えた。
目を閉じ、固く身を強張らせて、豆れみりゃは――
「ははは、冗談だよ。」
「(あう?)」
「ちょっと怖がらせてみただけさ。僕の家でゆっくりしようね」
「(…………)」
ゆっくり?
にんげんさんのおうち?
「(まだいきてられるどぉ?)」
客は店員を呼ぶ。
「これ、テイクアウトでお願いします」
「かしこまりました」
「(うっうーー!!うれちぃどぉーーーー!!
にんげんさんありがとうだどぉーーーー!!)」
豆れみりゃは、客の手のひらの上で泣きながら笑った――
この店の最大の売り物である、最高の笑顔で。
「……」
それをうっとりと眺める双眸の残酷さには、ついに気づくこともなく。
END
□ ■ □ ■
おまけ
別席のこの客は、ホットメニューの定番”豆れみりゃが熱湯風呂に耐えているさまを鑑賞”を楽しんでいる。
「(う゛~~!う゛~~!)」
「(あぢゅいどぉ~~!!じんじゃうどぉ~~)」
「(とってもあぢゅがっだどぉ~~、でもちょっとらくになってきたんだっどぉ~)」
「(ぽかぽかだどぉ~♪おぜうさまはがまんづよいんだどぉ~!ぎゃお~!)」
「あ、お湯下さい」
「どうぞ」
コポコポコポ……
「(うあぁぁぁぁーー!!あぢゅいぃぃぃーー!あぢゅいどぉーー!!)」
もちろんこうしたニーズのために珈琲は濃い目に淹れてあり、カップも通常のものより二回りほど大きい。
また、1オーダーに付き一度まで、業務用スチームでの温め直しサービスが利用できる。
「(う゛ぅぅぅ~~~!!あぢゅいのやだどぉぉぉぉーーー!!)」
客は恍惚とした表情で、涙を流して熱さに耐える豆れみりゃを眺め続けるのだった。
END
最終更新:2009年04月22日 04:11