ゆっくりいじめ系2572 亜空饅頭旅行記(前編)

私天内杏奈19歳、現在老舗甘味処『緩饅堂』で和菓子職人として修行中です!
今日は近所に住んでいて、和菓子にはちょっとこだわりアリのおじいちゃんの所へ手作りのお饅頭を届けに行くところです。
おじいちゃんは甘党なのにいうことはとっても辛口なのでいっつも駄目出しされてばっかりでヘコんじゃうけど
さすがに年の功というかおじいちゃんの指摘はいっつも頷かされることばっかりだから
一生懸命言われたところを直してちょくちょく通ってます。
今日はこれでも結構自信作!
餡子から皮、何から何まで一人で作った甲斐があって、緩饅堂の師匠からもお墨付きをもらえちゃった!
「まあ今回は良く頑張ったな」
だって!師匠が褒めてくれるなんて半年に一度あるか無いかだからすっごく嬉しい!
この調子でおじいちゃんもギャフン!と言わせちゃうぞ!


そんなことを思いながら、私はおじいちゃんの家の扉を開けました。
その時、戸を引くガラガラという音と共に
何かがズレるような、不思議な音が耳に違和感を残したのです。
思えばこの時鳴った何かがあの不思議な世界へと私をいざなったのでしょう。

【亜空饅頭旅行記】

「たのもー!勝負だー!って……え、え?」
扉を開けば玄関と鰻の寝床のように細長い廊下があるはずでした。
でも、おじいちゃんの家の低くて暗い天井は無くて空には青空が広がり
狭い廊下の代りに広い野原に長い机が並べられていました。
私は目を擦って辺りを見回しました。
「…………なんだあいつ」
机にはとても立派な服を着たおじさん達や、料理人らしき白い服を着た若い男が数人。
それから少し漫画チックな派手目の女の子が一人。
みんな私の方を目を点にして見つめていた。

「たのもーって……飛び入り乱入!?」
「え、いや違うんです!?」
眉毛の太くて暑苦しそうな男の子が驚愕の表情で叫んだのを聞いて私は慌てて否定した。
「デハドウイウワケカセツメイシテモライマース!」
「せやな、お嬢ちゃん、神聖な勝負の場に土足で踏み込んだンや
説明してもらわなかなんわ」
金髪碧眼カタコトのあからさまに日本人ではない料理人と
恰幅のいい白い髭のおじいさんが続けて言った。
「あ、いやその、道を間違えて……私はお饅頭を持って来ただけなんです!勝負なんて!」
私は正直に事情を話した。
それだけなのだ。
「…………!?」
なのに場の空気は一片、緊迫したものへと変わってしまった。

「くっくっくっ、なるほど……やはり挑戦者、という訳か…………」
料理人としてどうかと思うレベルで前髪の長い料理人の男がニヒルな笑みを浮かべながら私を睨み言った。
「くっ、これは俺と市目との勝負だ!見ず知らずの女の飛び入りなんて認めるわけには……!」
例の眉毛の太い暑苦しい男の子が私への怒りを露に拳を握り締めて叫んだ。
「あかんで満太郎くん」
「斎京おじいさま!?」
と、例の白い髭のおじさんが割って入る。
例の漫画チックな女の子はおじさんの行動が予想外だったのか口に両手を当てていた。
「ど、どういうことだよ斎京のおっちゃん!」
「市目君も満太郎君も二人とも既に超新星としてこれからの饅頭界をしょって立つニンゲンや
せやさかい、こと饅頭においてはどんな挑戦からも逃げたらあかんのや!」
「お、おっちゃん……でも……これは俺達二人の……!」
「いいでしょう斎京老」
前髪改め市目さんがなんだか陰鬱なオーラを纏いながらゆらりと前へ出た。
「市目!?お前まで!」
「既に私の暗黒饅頭はありとあらゆる饅頭の頂点に立つ存在として完成した!
どんな相手からも逃げる必要は無い!雑魚が一人二人増えようと関係ない!」

「市目……!くっ、なんて自信だ……俺さえ眼中に無いって言うのか……!」
「まんまんおにいさん!だいじょうぶ!れいむとおにいさんのおまんじゅうならきっとかてるよ!」
眉毛改め満太郎くんの横に妙にふてぶてしい表情の丸顔の女の子が机の下から首を出した。
そして首を振り上げ跳ねるように頭が動き
「え、え、え?」
机の真ん中へと頭が移動した。
私は再び目を擦りなおした。
どう見ても首が千切れているようにしかみ得ない。
物凄く首が長い人?机に何かしかけが?

「ゆいしょっ!」
ぼいん、首が机から落ちた。
「ひいいいいい!?」
「どうした、今更怖気づいたか?」
市目さんがニヤニヤ笑いながらこちらを見ているがそれどころではない。
「ゆゆ?おねえさんだいじょうぶ?」
生首が地面に転がっている!しかも喋ってる!
私は尻餅をついて後ずさった。

「わかった、れいむがそういうならやってやるさ」
満太郎くんは生首をむんずと掴みあげると、私に突きつけて言った。
「正々堂々、どちらの饅頭が上か勝負だ!」
そこで漸く私はあることに気が付くことが出来た。
食欲をくすぐる小麦の香りとその下からほのかに香る甘い香り。
「え、それひょっとしてお饅頭?」
私は呆然と生首謎生物を指差してそう言った。

この時理屈では理解できないものの、感覚的になんとなく事態を飲み込んだ。
そう、私はいつの間にか動き回る人面饅頭の居る世界へと紛れ込んでいたのだ。





「うおおおおおおおおおおお離せええええええええええ!!!」
「落ち着いて満太郎くん!」
「あかん!暴力はあかんて!」
「ノーモアヒロシマ!」
「ゆびえーん!ゆびえーん!!」
怒り狂う満太郎の手足を掴んでなんとか押さえ込もうとする周りの人たちと
泣き喚く生首人面饅頭。


私はおじいちゃんのために持ってきた饅頭の重箱の包みを大事に抱えながら机の後ろに隠れながら事態を伺っていた。
どうにも『え、それひょっとしてお饅頭?』が酷く彼のプライドと生首人面饅頭の心を傷つけてしまったらしい。
なんとか謝って済ませたいが、烈火の如く怒り狂う彼を見るに話が通じそうに無い。
生首人面饅頭の方は、謝る以前に怖いので近寄りたくないというか視界に入れたくない。

「くっくっく……所詮雑魚の発想か」
唯一背を木にもたれながら事態を静観していた市目さんが口を開いた。
「なんだと!?どういう意味だ市目!」
我を忘れるほど怒っていた満太郎君も市目さんの言葉には反応した。
そこから見ても、どうも二人は並々ならぬ関係のようだ。
「俺の暗黒饅頭ならあんな戯言簡単に黙らせられるということだ
もっともお前の饅頭ではそうは行くまいが……」
「ぐっ!」
「そんなふうに怒る満太郎くん、私もみたくないよ……いつもみたいに太陽みたいな笑顔で『なら饅頭で勝負だ!』って言って欲しいよ……」
「満太郎くん、気持ちはわかるが今回は市目くんのいう通りや
ここは饅頭職人として雑音は味で黙らせたり」
「奄美ちゃん……斎京のおっちゃん……
わかったよ、よし、やろうぜれいむ!」
吹っ切れたようなとてもいい笑顔を満太郎くんは浮かべた。
「ゆ……れいむのゆっくりしたあまあまおまんじゅうぱわーをみせてあげるよ!」
生首饅頭改めれいむも泣き止んでキリッとしたいい表情で私を見つめていた、怖い。

「お嬢ちゃんも自信家なのはええけど対戦相手を挑発して勝負を有利にするようなことはしたら許さへんで!」
「あ、はい!すみませんでした!」

「くっくっく……では」
「勝負開始だ!」

そうして正直自分でも流されやすいとタイプと感じる私はなし崩し的にこのお饅頭対決へと参加することになった訳です。



なんとか落ち着いて深呼吸をしてあたりをもう一度見回す。
まず真ん中に長い机があり、その両側に調理用の道具等が置かれたこれまた長めの机がありコの字になっていた。
向かって右には満太郎くんとれいむ。
左には市目さんが堂々とした姿で立っていた。

「お嬢ちゃんは飛び入りやし後回しにさせてもらうで」
「は、はい」
結局断れずにここまで来てしまったことに頭を抱える。
こういうとき怖くて発言できない自分が憎い。
しかし変に反論してことを荒立てたくない。
私は小さいころからこの手の厄介ごとに直面するとひたすら周りに流されていく悪癖があった。
こればっかりは何歳になっても治らなかった。
「それでは両者、まずは種ゆっくりを」
「よし、行くぞれいむ!」
「ゆっくりしていってね!」
種ゆっくりと言われてれいむがぴょいと前に出た。
意味は良く分からないが、少しでも理解しようと一挙一動に目を凝らす。
「くっくっく、出ろ、まりさ」
「…………」
今度は左の市目さんの側からうつろな目の生首、まりさが現れた。
表情がれいむとは打って変って死人のように感情を写さず普通に怖い。
「ゆ……ま、まりさああああああ!!!」
と、そのまりさの姿を見てれいむが涙を滝のように流しながら大口を開けてその名を叫んだ。
「まりさ……やっぱり出てきたか……!」
「まりさあああ!!あ゛いだがっだよおおおおお!!」
どうやられいむとまりさは知り合いのようだった。
そう言って駆け寄ろうとするれいむを満太郎君が手で制した。
「…………」
市目さんとまりさを見る満太郎君の表情は険しかった。
そんな一人と饅頭一つの熱い視線を浴びながらもやはりまりさの表情に変化は無い。
「まりさ?どうしたのまりさ!おへんじしてね!」
れいむが不安げに瞳を歪めて机の上でぴょんぴょんと跳ねた。
ぽよんという音が聞こえた気がした。
「まりさちゃん……あんなに元気溌剌としていたのに……一体どうして……!?」
漫画チックな女の子奄美ちゃんがまた両手を口に当てて目を潤ませながら言った。

「くっくっく……なぁに、俺の饅頭を食べれば全てわかる……!」
市目さんが近寄り難い漆黒のオーラ的なものを纏った。
比喩じゃなく本当にそう見えるような気がするほどだ。

「まんまんおにいさん!どぼぢでま゛り゛さ゛おへんじじでぐでな゛いの゛お゛おおおおお!?」
まりさが返事どころか一向に動かないことにれいむは泣き叫んだ。
涙で瞳の形が歪んで見えた。
皮もふやけたように見える。
滝のように流れる涙はどこか甘い香りがした。
少し離れた私にもわかるくらいだから近くだと恐らくすごいことになっているだろう。
「俺にもわからない……けどここまできたらやるしかないんだ」
満太郎くんの真剣な面持ちになんとなく釣られて私も息を呑んだ。

「よろしい……では、調理開始!」


それから二十分ほど経っただろうか?
私は彼等の光景を正座してじっと見ていた。
残念ながら椅子は無かった。
痺れてきた。
それでもなんとか無難に場を治めるために
この後何かやらされそうになってもなんとか取り繕えるように二人の動きは逐一叩き込んだ。
これでも和菓子職人の見習いの端くれ、見よう見まねで人の技を盗むのはいつもやっている。
出来るはず、出来るはずだ。
やらねばならない。

そんなことに力を入れる余裕があるのならいいから誤解を解け、その場から逃げ出せというのは気の強い人の傲慢だ。
この緊迫した空気で今更それは無理だ、無理なのだ、無理です勘弁してください。
勝負さえ終われば平穏にこの場を離れることが出来るはずである。
ことを荒立てることは無いのだ。


「……」
満太郎くんはれいむと同じ顔の、でも一回り小さいお饅頭を真剣な面持ちで丁寧に揉み解していた。
お饅頭達は満太郎くんの指に力が入ると、くすぐったそうに身を捩らせたりしている。
やはりあれは食べるのだろうか。
そう考えると鳥肌が立った。
人間の言葉を喋るものを何のためらいもなく普通に食べるなんて常軌を逸している。
そう思う。
しかしここでは多分あれは食べてしまうのが普通なのだろう。

それは風習の違いとして否定せず受け入れなくてはならないと思う。
郷に入って郷に従え、だ。

「ゆゆ!まんまんおにいさん!くすぐったいよ!」
「これいむたちいっぱいゆっくりしておいしくなってね!」
食べられると思われる小お饅頭の表情には、これから死ぬのだという悲壮感は無く陽気に笑っている。
「ああ、任せろ!お前等を最高の味に仕上げてみせる!」
満太郎くんの瞳にも後ろめたさなどは感じられず、真っ直ぐとお饅頭たちを見つめながら作業をしている。
そこから感じ取ることが出来るのは
恐らく食べられることに対して、お饅頭自身抵抗が無い普通のこととして受け入れる価値観が形成されているのだろう。
古代マヤ文明では生贄として神にささげられることが最高の名誉と考えられており


等と普段考えない難しいことを考えなければ吐き気がしてやってられない。

そういえばお饅頭の起源は川に奉げる人柱の代わりだったはず。
そういうこと考えると余計に気持ちが悪くて思わず手を口に当てた。

無理、少なくとも踊り食いは無理。

お願いです、調理してください……絞めてください。
「こっちは完成だ!」
「ゆっくりめしあがれ!」
誇らしげに小饅頭が皿の上で審査員席に向かって胸をはった。
背中、といえるのかわからないが後頭部の辺りのカーブが反転してまるで丸っこいバナナみたいな形に見えた。
形自体はユニークでやわらかそうでとてもおいしそうに見える。
「ゆゆ!これいむちゃんたちとってもおいしそうでゆっくりしてるよ!」
れいむは目頭に涙を浮かべて彼等の雄姿に歓声をあげた。

ああ、神様。
生だ、完膚なきまでに生だ。
喋るし、つぶらな瞳でこっちを見ないで。

「くっくっく……全く凡庸で面白みの無い調理をしたものだ」
市目さんが調理器具の入った鞄をごそごそと探りながらいやみったらしくもらした。
「なんとでも言え!俺はれいむ達が最もおいしくなる調理をした!」
「ならそれがお前等の限界だ!精々俺の調理を指を咥えて見ていろ!」
そう言って鞄の中から、まりさと同様に虚ろな瞳の生気の無い小饅頭たちを取り出す。
表情の割には血色だけはいい。
そのギャップが異様で、不気味さに震えた。
「ゆゆ!どうしてまりさのゆっくりしたあかちゃんたちげんきないの!?」
れいむ達がまりさ達の以前とは変わり果てているらしい姿を見て目を見開きガタガタと体を震わせていた。
「市目……お前一体何を……!?」
「こうするのさ!」
そう言って長い針を何本も取り出し五指の間に挟み込むとぷすぷすと手際よく小饅頭まりさ達に突き刺していった。
「ゆ゛びぃゃ゛あ゛あ゛あああああああ゛あ゛!?ま゛りざああああああ!?」
「見るなれいむ!!」
そう言うと満太郎くんはまるで自分が針に刺されたかのように悲鳴をあげるれいむにナプキンをかぶせて視界を覆った。
歯で噛み千切られるのと針で刺されるのはまた違っているのだろうか。
「どういうつもりだ市目ええええええええ!!」
「ふっ無論はっおいしく調理しているのさふぉぁあ!」
そう言って無数の針を突き刺していく。
何本針を刺されようともまりさ達は微動だにしない。
私は少しまりさ達の生存を疑った。
むしろ願ったといった方がいいかもしれない。
生は食べたくない、本当に。
踊り食いは嫌。

「市目……究極の味を求めるあまり狂ったか!?」
「凡人にはわかるまいッ!!」
「輝也くん……昔はあんなに仲良くみんなでゆっくり牧場で遊んでたのに……どうして……!?」
奄美ちゃんがはらはらと涙を零した。
市目さんは下の名前は輝也というらしい。
フルネームは市目輝也かぁ、等とどうでもいいことに関心が行ってしまう。

「ま゛んま゛んおにいざん゛!ばり゛ざば!?ばり゛ざばどうな゛っだの゛!?」
「見るんじゃないれいむ!味に影響するぞ!」
「ゆ゛っ、ゆ゛あ゛ぅ゛ぁあああああ゛……!」
れいむはその説明でなんとなく状況を察してナプキンの下でふるふると体を震わせ泣いていた。
れいむの体が揺れるたびにナプキンがふわりふわりと揺れてまるで白いドレスを着てダンスを踊っているかのようだった。
しかし彼等にとって自分の味というのはよほど大事なものらしい。


「完成だ!」
そして高らかに市目輝也は完成を宣言した。
綺麗な白い皿に盛られたまりさ達からは針は全て抜かれていた。
何の意味があったのかはよくわからない。
満太郎くんのマッサージに対して針治療のようなものだろうか?
満太郎くん達のリアクションを見るにこの世界でも余り一般的なものではなさそうだ。



「よろしい、ほなら市目くん
君の饅頭からいただこか」
「よろしいので斎京老、私の饅頭を食せばそこの凡庸な饅頭などもう食する意味がなくなるが」
にじみ出る自信、腕を組み不敵に笑いながら市目さんは斎京おじさんに歩み寄る。
「それはわしらが審査して決めることや」

「……くっくっくっく……いいでしょう」
納得して頷くと、俯いてまりさ達を乗せた皿を審査員と
満太郎くん達の席にも

そして、私の前にも。

「さあ食べるがいい」
市目さんは配り終えるとコの字に並べられた机の中心に陣取ってそう宣言した。
「ひっ、は、はい……」
皿の前に正座してこの世界のお饅頭と私は対峙した。
悲しそうな瞳で見ているよ。
そんな歌があっただろうか。
だがこれにはそんなものは無い。
その瞳に感情を見出すことが私には出来なかった。
まあ普通に考えて食べ物自身に感情は無いだろう、それを付加、投影するのはそれを調理する料理人だ。
そう思って周りを見回すと他の人たちはそうは考えていないように見えた。
「私こんな……こんな目をしたゆっくり見たこと無いよ……」
誰もそのお饅頭に手を付けようとはしなかった。
それほど彼等にとってこれは異常なものだったのだろう。

「こ、これは!?」
最初に動いたのは斎京さんだった。
ぱくり、とお饅頭を手に取り齧ったその表情は得体の知れないものを見たような表情を浮かべていた。
「ど、どうしたんじゃ斎京さんや?」
斎京おじさんの隣のおじいちゃん審査員がびっくりして少し仰け反っていた。
「あ、ありえへん……しかしこれは……」

「な、なんだこの饅頭は!?」
「これは本当にゆっくりなのか!?」
「まるで黒曜石のような静謐さだ……」

「なんだ、一体何が……!?」
満太郎くんはまりさを一つ手にとってかじりついた。

「……!?ゆっくり特有のゆっくり臭さが……無い!?」
周りのリアクションになんだか気になって私も思わず一齧り。
と、その瞬間まりさと目が合った気がした。
「~~~~~~~―――ッ!?」
背筋と胸に怖気を感じて思わず吐き出しそうになり、慌てて手で口を塞ぐ。

「くっくっく……声も出無いか」
それを見た市目さんは味に驚いて喋ることが出来ないと受け取ったらしく
満足げに口元を吊り上げていた。

よかった、変に刺激しなくてと思いながら私は恐る恐る、ゆっくりと一噛み一噛み口の中の饅頭を咀嚼した。
怖気が胸から口の中にまで昇ってきて味覚を阻害していたが味は多分悪くないのではないかと思う。
ただ口の中に広がる臭いの中にほのかに違和感を感じた気がした。
なんだろう、嗅いだ事の無いにおいだ。
「うっぷ」
余り深く味わおうとすると無表情なまりさのことが脳裏に過ぎり口中の饅頭を吐き出しそうになる。
私は下顎に力を篭めて無理矢理ソレを喉の奥に流し込んだ。

やっと飲み込んで辺りを見回す。
審査員はじめあの饅頭を口にした人は皆騒然としていた。
「こんな馬鹿なことが……!」
「まるで凍りついた湖の水面!」
「これほど揺らぎの無い饅頭は初めてだ!」
「あの独特のゆっくり臭さを消し去るなんて!」
「それだけじゃない!味もどうだ!こんな……このゆっくりの存在を感じさせない静かで丹精に整えられた甘みは!」
「まるで碁盤の目のように整えられた平安京の町並み!」
「普通なら饅頭を食べればゆっくり自身の生前の癖のようなものを感じさせるというのにそれが全く無い!」
「煩わされることなく饅頭の味に没頭できる!」
「これは一体どういうことかああああああああ!?」

なんだかよくわからないがそういうことらしい。
ここの普通のお饅頭はもっと癖のあるものということだろうか。
私には結構癖があるように感じられたのだけれども。

「市目くん……君は一体どうやってこの饅頭を……!?」
「くっくっく……なあに簡単なことですよ」
市目さんがもったいぶった仕草でコの字の中心に歩み出た。
一同は固唾を飲んでその一挙一動に視線を注いだ。
「全ての秘密はこの本にある!」
そう言って市目さんが懐から一冊の本を取り出した。
古びた本で、黒ずんだ紐で閉じてある。
「その本は……まさか、ゆ虐全書!?そんな外法に手を出してなんのつもりや市目くん!」
「ゆ虐!?斎京さん、それは一体!?」
満太郎くんが斎京さんに詰め寄った。

「俺が説明してやろう満太郎!」
市目さんが天に向かってその本を掲げた。
「これは古今東西のゆっくりをいぢめ貫く方法が記されているのだ!」
「な、なんですって……!?」
「どぼぢでぞんな゛ひ゛どいごほんがあるのおおおおおおお!?」
れいむはガタガタと震えて満太郎くんに寄り添った。
他のれいむ達も皿の上で小刻みに震えてカタカタと音を立てている。
「い、市目!お前そんなものをもってそれでも饅頭職人か!?
少しでも誇りがあるなら今すぐに破り捨てちまえ!」
今にも殴りかからん勢いで満太郎くんが机に乗り出して指を突きつけた。

よくわからないが興奮を抑えきれないのだろうか、市目さんの両手がわなわなと蠢く。
「くっくっく、馬鹿め!饅頭職人としての誇り故に!俺はゆっくりの全てを知らねばならんのだ!
無論ゆっくりが嫌がることも全てなぁ!」
そして市目さんは高らかに笑い声をあげた。

「だからって、そんなものが何の役に……!?」
審査員の一人が首をかしげた。
「ふっ、ゆっくりを虐待する方法を学び研究した俺は、ついに発見したのさ
ゆっくりを傷つけずにゆっくりからゆっくりらしさを、ゆっくりとしての心を奪う方法を!」
「…………?!」
一同皆絶句した。
私も喋りづらい雰囲気だった。

「市目ぇ!!!」
静寂を破ったのは満太郎くんだった。
「てめぇまりさに何をしたああぁぁああああ!!」
「知れたこと、完全に計算されつくした拷問で心を奪い去り
より完成された饅頭として生まれ変わらせてやったのだ!」
市目さんは右腕を振るい自分の調理机の上でこの騒ぎの中でも微動だにしないまりさを示した。
「うおぉぉおぉおぉぉおぉぉおおお!!」
満太郎くんが市目さんに殴りかからんとして机を飛び越える。
私は一瞬先の惨状を思い浮かべ思わず目を逸らした。
「オヤメナサーイ!!」
そこに金髪碧眼の調理人が飛び出した。
そういえば居たなぁカタコトの人。
「止めるなデイビット!!俺は!!」
「ソンナヤリカタワタシハミトメマセーン!」
しがみついたデイビットの腕を振り払おうとする満太郎くんに
デイビットは真摯な怒りの篭った真剣な面持ちで叫んだ。
「……!?」
満太郎くんははっと何かに気付いたように動きを止めて自分の胸に手を当てた。
「アナタハワタシヲマンジュウショウブデタオスホドノマンジュウマイスター!
ソンナアナタガボウリョクニウッタエルナンテワタシハユルシマセーン!」
「で、デイビット……」
デイビットの剣幕に満太郎くんはジリジリと後ろへとあとずさった。
「マンジュウマイスターナラマンジュウデ……ユックリデジブンノタダシサヲシメシナサーイ!!」
「満太郎くん……デイビットさん……」
奄美さんが二人の男を見つめていた。
「まんまんおにいさんがおごっでるどごれ゛いぶびだぐなんがな゛いいいいい!!」
「奄美ちゃん……れいむ……」
満太郎くんはれいむや奄美ちゃんを交互に見ていき、怒りに硬直させていた表情を緩めて微笑んだ。
「すまないデイビット、お前の言うとおりだ……俺は、俺の、俺とれいむの饅頭で市目を否定する!」
「くっくっく……ふ、ふふふ……はぁ~~~はっはっはぁ!!貴様にそんなことできるわけが無い!
俺は、俺は饅頭は全ての饅頭の頂点に立つ存在!貴様のような凡人に凡頭ごときが太刀打ちできるわけが無い!」
「やれるさ!俺とれいむの饅頭にはこれまで俺たちの饅頭を食べてくれた人たちの想いがある!」


正直に言おう。
テンションの高さについていけない。
何が満太郎くんを怒らせているかも正直よくわからない。
ペット感覚なのか食材なのかはっきりしてほしい。
後者なら、どうせ食材なんだからおいしくなればそれでいいのに、体に悪いわけでもなし。
いや、本当に体に悪かったらどうしよう。
怖い。

とにかく盛り上がる彼等を私は冷めた目で見ることしか出来なかった。


後編

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2009年05月01日 23:52
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。