ゆっくりいじめ系2608 ゆっくり鉄輪・前

※俺設定注意
 厨ゆっくり注意










「ゆっくりの強化薬?」
「そう、ゆっくりの強化薬。ひとたび使えばその身体は強靭になり、被捕食種が捕食種を倒すことも容易になる夢の薬さ。
 今までの硬化薬やトレーニングに依ることなく、それ単体で効果を発揮する。身体能力、知能向上。防水性の強化。その他諸々。
 野良被害に悩まされていた飼いゆっくり達を救うにはうってつけの手段だと思わないかい?」
「それは素晴らしい話だな。ただし、副作用が無ければの話だが。そこん所は一体どうなんだ?」
「あるよ、もちろん。
 まず被検体の性格に影響が出た。
 非常に凶暴になり、同属の共食いに躊躇しなくなった個体もいる。廃ゆっくりも出た。
 薬物の副作用に似ているね」
「駄目じゃねぇか」
「いや、それはあんまり問題が無かったんだ。
 やろうと思えばそれに対抗するような鎮静剤みたいなものも作れるしね。ゆっくりだし。
 それより厄介なことがあったんだ」
「それより厄介なこと?」
「変質だよ。
 精神面でもそうだけど、肉体面でも変化が起こるんだ。
 脱毛、変色、膨張は当たり前。
 器官の増殖、新生なんてのもあった。
 あるれいむは腕が生えて口と目が五つずつになってたよ」
「なんだそりゃ」
「そのれいむはふらん4匹をあっという間に解体したんだけどねぇ。
 いかんせん僕達は『変えさせる』事はできても『直す』事はできない。
 キミ、キミは自分の飼いゆっくりにそんな薬を与えたいかい?」
「いいや、御免だね。流石に彼女達をバケモノにする趣味は無い」
「そう!かくしてこの強化薬は廃棄、僕たちのプランも白紙になったわけさ!
 永遠亭の協力もパァ!今までの苦労も水の泡!
 当たり前ながら誰も愛するペットを恐ろしい化け物にする気はないって事だよ!」
「そりゃ、そうだろう。あ、でも虐待用の薬とかとしてなら許可が下りるんじゃないのか?」
「いや、それはもういいんだよ。
 僕が作りたかったのは強化薬であって、そういうものじゃない。
 まぁ大丈夫さ。次はうまくやるよ。
 ・・・ところでさ、その強化薬の件なんだけど・・・・・・」
「何かあるのか?」
「実を言うとね、今ここにその強化薬のサンプルがあるんだ。
 廃棄を免れたごく少量の、だけどね。
 もし良かったらこれを使って報告をしてくれると嬉しい」
「嫌だよそんなもん。言ったろ、俺は彼女達をバケモノにする気はない」
「いや、そうじゃない。キミの愛するゆっくり達でなくても良いんだ。
 キミはゆっくり農園とやらを経営してるだろ?他にもゆっくり養殖場とか。
 そういうので良いんだ。適当なゆっくりを捕まえて、適当にサンプルを打ち込んでくれればいい」
「そいつが凶暴になってどんな被害を出すかわからないのに?」
「ああ、そうだ。でもキミなら大丈夫だろう。そう僕は確信している。
 いくら凶暴になっても、ゆっくりはゆっくり。人間や、ましてやキミが遅れをとるとは思えない。
 ゆっくりの扱いは心得ているだろう?それこそドスであろうと」
「確かにゆっくりの扱いは心得ているが、何故そんなことをしなければならないんだ」
「そりゃあ、次のためさ。
 新しい製品を作るには多くのデータがいる。多くのデータを取るには大量のサンプルが要る。サンプルは多ければ多いほど良い。
 とりあえずこの強化薬は失敗したが、それを無駄にはしたくない。できれば何故変質したのかを解明したいしね。
 万事は試行錯誤。実験の積み重ねだよ」
「・・・・・・仮にその実験に付き合ったとして、その見返りは何だ?」
「特に何も。
 ただ、そんなお願いを聞いてくれた優しいキミへ僕・・・いえ、私からの心ばかりのお礼があるだけだ・・・・・・わよ」
「急に女らしくなったりするな気持ち悪い。
 ・・・・・・解った。いいぜ、その話乗ってやるよ」
「あぁ、ありがとう。やっぱりキミは良い人だね。頼んだ甲斐があったよ」
「こら、手を握るな。・・・・・・俺も少しは興味があるしな、その薬。適当なので良いんだろう?」
「ああ、勿論。ただし報告は忘れずにしてくれたまえよ。その方がぼ、私も嬉しいしね」
「だからその口調止めろ。何を意識してるんだよ」
「・・・・・・だって『お礼』って言ったら急に引き受けてくれたから。こういうの嫌い?」
「いや、嫌い・・・ではないが。なんか違和感ある」
「ところでお礼は何が良い?やっぱり・・・デ、デート、とか?」
「お前は何を言っているんだ」










ゆっくり鉄輪










ありすは幸せだ。
ありすは生まれついての飼いゆっくりだった。ブリーダーである男の元で生まれ、教育を施され、金バッジを取得した。

男の生活は変わっており、彼はゆっくり農園というものを営んでいた。
それはゆっくりのみで管理された大農園。ありすはそこで働いていた。
先輩であるゆうかや他のゆっくりの助言を頼りに、頑張って畑を耕し、水を遣る。
ありすの生活は充実していた。

そう、ありすの生活は充実していた。
頼りになる先輩達。優しい仲間。そして、最愛の夫。
ありすには伴侶がいる。優しいまりさが。





ありすが成体になって間もなく、散歩の途中、小川に架かる橋の上でそのまりさを見かけたことが始まりだった。
まりさの帽子には飼いゆっくりであると言う証明のバッジがついていない。
それは、このまりさが野生のゆっくりであると言う証拠だった。

ありすは飼いゆっくりだ。もちろん、人間たちの常識、ルールは叩き込まれている。
飼いゆっくりは野生や野良のゆっくりと仲良くするべきではない。そういう風にありすは教育されてきた。
野生と飼いでは常識が違う。飼いが悪とすることでも、野生のゆっくりにとっては正義となることがある。
だからお互いが悪影響となりかねないのだ。

だがありすは、そんなことに頓着することは出来なかった。
そのまりさをはじめて見たその瞬間、ありすに電流が走ったのだ。
少々汚れながらも精悍なその顔。芯の強さがにじみ出てくるその瞳。優しげに微笑むその唇。
ありすの一目惚れだった。

何も考えることが出来なくなり、思わず反射的に声をかけてしまった。
「ゆっくりしていってね!!!」と、その直後に後悔に襲われるありす。
ああ、やってしまった。野生のゆっくりに声をかけるべきではないのに、なにをやってるの、ありすは。
そんな思いに囚われるありす。挨拶すべきではなかったという後悔の念は―――。

「ゆっくりしていってね!!!」

その明るく、優しい声に吹き飛ばされた。



少し話してみると、このまりさがとても優しいゆっくりであることがわかった。
もじもじと恥ずかしがってばかりのありすに、まりさはいつまでも付き合ってくれたのだ。

「ねぇ、ありすはどこからきたの?」

「ありすはとってもきれいだね!」

「ありすはかいゆっくりなの?すごいんだね!」

楽しい時間はすぐに過ぎていった。
まりさがありすに質問し、ありすが答える。そんなぎこちない会話でも、ありすは幸せだった。

「ゆっ!もうおひさまがしずみそうだよ!たのしいじかんはすぐにすぎちゃうね!」

夕暮れになったときに、まりさはそう言った。
ありすもよ。ありすも、とっても楽しかったわ。
そう言おうとしても、満足に口を動かせないありす。

「それじゃあまりさはもうかえるね!ありす、またあしたもゆっくりできる?」

そんなありすに、まりさはまた会おうと言ってくれた。
言葉にならない感動に、ぶんぶんと首を振るありす。

「ゆぅ!よかった!それじゃありす、まりさはあっちのほうにおうちがあるから、もうばいばいだよ!」

そう言いながら森の方へと身体を向けるまりさ。
夕焼けに照らされたその笑顔は、とても温かい。

「あ・・・あの!まりさ!ありす、ありす、とっても、とっても・・・・・・」

別れ際に言おうとするその言葉も、ろくに出てこない。
言わなきゃ。とっても楽しかったって。何でこの口は動かないの。都会派ならちゃんとはっきり言わなくちゃ。
そう思っても身体はまるで金縛りにあったように動かない。ありすは自分に腹立たしくなる。

「まりさもとってもたのしかったよ!ありす、またあしたね!」

まりさは満面の笑顔でそう言ってくれた。
良かった。伝わった。ちゃんとわかってくれた。
まりさに自分の気持ちが伝わったことにありすの胸が熱くなる。

赤く照らされた森にぽよぽよとまりさは跳ねていく。
明日もまた会おう。ありすのカスタードにそのことが深く刻まれる。
ありすはまりさが見えなくなるまで、ずっとその背中を見続けていた。



それからありすとまりさは毎日橋の上で会い、遊んだ。
最初の数日間はぎこちなかったありすも慣れて、照れずにまりさと向き合えるようになった。

やはり数日間一緒に遊んでわかった。
このまりさは優しい。それだけでなく、機知に富み、勇気に溢れていた。

飼いゆっくりを妬む野良や野生のゆっくりは少なくない。
自分の境遇と比べて幸せである飼いゆっくりを嫉み、襲い掛かるゆっくりは後を絶たないのだ。

だがまりさはそんな事とは無縁だった。
飼いゆっくりと野生のゆっくりに隔たりなんか無いとばかりに、ありすに接してくれた。

初めて森の中に入ったありすに、まりさは綺麗な花をプレゼントしてくれた。
甘い香りを放つそれは、まりさが頑張ってとってきたものだと言う。
少し自慢そうに微笑むまりさに、ありすはどんどん惹かれていった。



ありすは飼い主である男にまりさを飼ってくれるよう頼み込んだ。
実際、男は性格の良いゆっくりならスカウトのように農園に迎え入れていたので、ありすには勝算があった。
頼りになる先輩ゆっくりの中にも、野生出身の者は少なくない。

「おねがいします!まりさをかってあげてください!」
「・・・・・・」

男はあまり良い顔をしなかった。
それはそうだろう。いつの間にか野生のゆっくりと親密になり、そして農園に入れてやってくれと頼み込まれたのだから。
元々彼は放任主義だったが、今回は少し頭を悩めた。

「まりさはいいゆっくりなんです!きっとおにいさんもきにいりますから!」
「・・・・・・そのまりさはここに居ないようだが?」

ありすはとりあえず飼い主の了解を得ることから先に始めた。
とにかくお兄さんの了解を得ないことには始まらない。先にまりさを連れてきてお兄さんを怒らせたらことだ。
ゆっくりにしてはそこそこ頭を働かせてありすはこの計画を立てたのだ。

「おにいさんがゆるしてくれたらつれてきます!だからおにいさん、おねがいします!」
「・・・・・・珍しいな、ありすがそこまで強情になるなんて」

男にとっては意外だった。
普段はおしとやかと言っても差し支えないほどに大人しいありすが、ここまで強情になるだなんて。
今まで彼に逆らったことなど数えるしかないありすがここまで入れ込むまりさに、興味をもったのも事実だった。

「・・・・・・そこまで言うんならしょうがない。いいよ、ありす」
「ゆっ!?ほんとう!?」

反対する理由などあまり無いのも確かだ。
本当に善良なまりさならありすの眼に狂いは無かったと言うことになるし、違うのならば潰せばよいことだ。
そんな軽い気持ちで男はありすに許可を出した。

「おにいさん、ありがとう!ありす、まりさをせっとくしてきます!」

言うや否や、ありすは森へと跳ねていった。
もしまりさがうんと言ってくれたなら、ありすとまりさは同じゆ舎の中で暮らすことになるだろう。
そうすれば、もしかしたら、ありすと一緒に・・・・・・結婚・・・・・・。

湧き上がるその思いを抑えきれずに、ありすは真っ赤になりながら森へと向かっていく。



「まりさ!まりさ、あ、あの、その・・・・・・」
「ゆ?なぁに、ありす?」

いつもの待ち合わせ場所である橋の上で、ありすはそう切り出した。
また口が満足に開かない。どうなっているんだ。
ありすは最初にまりさに出会った頃を思い出しながらも必死に続ける。

「あの、その、えっとね!お、おにいさんに、きょかをもらってきたの・・・・・・」
「ゆ?」

その突飛な申し出にまりさは思わず首をひねる。
いきなりこれでは訳が分からないでしょ、この田舎者。
そう自分に毒づきつつ、しどろもどろになりながらも必死に言葉を紡ぐありす。

「え、えっと、まりさ!まりさはかいゆっくりになりたくない?」
「ゆっ!?かいゆっくり!?」

きらきらと目を輝かせるまりさ。
当然だろう。飼いゆっくりになれば少なくとも野生よりは安全に生きられる。できる事ならそうなりたいのも確かだ。
まりさにとってもその魅力は大きかったようだ。

「もしかして、まりさはかいゆっくりになれるの!?」
「そ、そうよ!まりさはかいゆっくりになるのよ!」

問いかけるまりさに、答えるありす。
やった。確かな手応えに、ありすは歓喜する。
これで、まりさと一緒に暮らせる。

「ゆっ・・・・・・ゆわーい!!!やったー!!!」

よほど嬉しかったのだろう。飛び跳ねるまりさ。
その姿を見てありすもまた嬉しくなる。
こんなに喜んでくれるだなんて。本当によかった。
そう思うと、胸の奥からこみ上げてくるものがある。

「まっ・・・・・・まりさ!!」
「ゆ!?なぁに、ありす!?」

飛び跳ねるまりさに、思わす声をかける。
言ってしまおう。この想いをぶちまけてしまおう。
今なら恐れずに言える、そんな気がする。

「あ、ありすは!!ありすはまりさのことがすき!!すきなの!!だいすき!!!
 だ、だから、いっしょに、いっしょにずっとゆっくりしてほしいの!!」

真っ赤になりながら一気にまくし立てるありす。
言ってしまった。もう後戻りは出来ない。
このプロポーズをまりさは受けてくれるか、どうか。

「ありす・・・・・・まりさは・・・・・・」

はたと立ち止まり、ありすに向かってポツリと呟くまりさ。
まりさの答えを待ち望み、まりさを見つめるありす。

「まりさも、ありすのことがだいすきだよ!!いっしょにゆっくりしようね!!!」

最初に出会ったときのような満面の笑顔で、まりさはそう言ってくれた。
嬉しい。
思わずありすの頬に、一筋の涙が伝う。

「ま、まりさっ!」
「ありす!」

お互いに駆け寄り、身体を擦りつけあう。
それは友情ではなく、夫婦となったゆっくりに許される愛情のすりすり。
今ここに2匹は番となった。





それからありすはまりさをゆっくり農園に連れて帰った。
夫となったまりさを皆に紹介する。帰ってきたのは驚きの声と、祝福だった。

まさかありすがこんなに早くお相手を見つけてくるとは思わなかった。
そのまりさは野生のゆっくり?ありす、大人しいと思ってたのに大胆だねぇ。
そうだ、ありすのけっこん祝いになにかしてあげられないかな。
それはいいね。何がいいだろう。
おめでとう、ありす。

そんな皆の優しい祝福に、またありすは泣いてしまう。
どうしかたのかとおろおろし始める周囲に、ありすは微笑みながらも言った。

「ちがうの。ありす、とってもしあわせで、うれしくて、それでないちゃったの」



それから、ほんのちょっとだけありすの生活は変化した。

いくらスカウトされた善良なゆっくりと言えど、人間たちの常識に慣れるには時間が必要だ。
いきなり最初から農場で働かせるわけにもいかない。そのまま遊ばせておくなど論外である。

だから、男はそんなゆっくりのためにもう一つ農場を用意していた。
いや、正確に言うならそうではない。ただ単にあぶれ者の収容所というだけだ。

野外農場。
それだけならば聞こえは良いが実際は単なる奴隷農園だった。
人里に侵入を図った野生のゆっくりなどを捕まえ、そこで働かせる。
言うことを聞かなければ鞭が飛び、逃げようとすれば監督官であるふらんたちに食われる。
スカウトされたゆっくりとて少々大目には見るものの基本的に扱いは変わらない。

ありすはそんな野外農場で働くことになった。
夫のまりさがそこに行くのだ。付いて行かない理由などどこにも無い。
今まで培ったお野菜の栽培法を活かせば、恐ろしいことなんて何一つ無いはずである。

実際、ありすはそこで上手くやった。
言われるままに動くしかない他のゆっくりと違って、ありすには知識がある。ヘマをするようなことは無かった。
事情を知っているふらんたちも、わざわざ金バッジであるありすに目くじらを立てることは無かった。
ありすの夫であるまりさも同様に見逃されていたようである。

昼は悲鳴を上げる奴隷ゆっくりを他所にまりさに農耕を教え、夜には寄り添いあいながら眠る。
まりさもありすの教えを良く飲み込み、早くも農場で頭角を現し始めている。
逆恨みしてくる他の奴隷ゆっくりからは、ふらんたちが守ってくれた。
時々視察に来た先輩ゆっくりたちも、ありすに優しくしてくれる。

そう、ありすの生活は充実していた。
少し場所は変わったが、やる事に何一つ変わりは無い。
頼りになる先輩達。優しいふらんたち。そして、最愛の夫。
ありすには伴侶がいる。優しいまりさが。





そして。
そして―――子供が出来た。

ありすとまりさの愛の結晶。
今このお腹の中に、その命の息吹を感じ取れる。

ありすは胎生にんっしんっをしていた。
男の見立てによると、約一ヶ月で生まれてくるそうだ。

ゆっくりの妊娠期間は千差万別だ。
早ければ数分から、遅ければそれこそ人間とほぼ同じ時間ほどかかる個体もいる。

ありす自身も胎生にんっしんっで生まれたゆっくりだった。
そのときにかかった期間が一ヶ月。ならば今回もそれとほぼ同じ時間がかかるだろう。
それが男の考えだった。

わずかに膨らんだように見えるお腹を見て微笑む二匹。
どんな子が産まれるのだろう?
ありすに似た子かな?それともまりさだろうか。
二人の愛に包まれて、この子は祝福されながら産まれてくるのだろう。ありすは思わず頬が緩んでしまう。

ゆっくりとして生きられるうちの最高の幸せ。
それを受けていると言ってもいいほどにありすは幸せだった。
これからはどんな困難もふたりで、いや、おちびちゃんとも一緒に超えていけるだろう。

そう、だからありすは幸せだ。










「ありす、まりさはありすのえいようのためにおいしいものをとってくるよ!」
「ゆ?まりさ?」

ありすがにんっしんっして一週間後、唐突にまりさはありすにそう言った。

身重となったありすは農場で働けなくなった。
その代わりとでも言うように、まりさはありすの分まで頑張っているとふらんから聞かされている。
更にまりさはありすの栄養のために、わざわざ森へ行って食べ物を持ってきてあげると言い出したのだ。

嬉しい。
迷惑をかけているのに、そんなことも気にせずにまりさはありすのことを案じてくれている。
この心遣いがとても嬉しい。でも―――

「ゆっ、いいわよ、まりさ。そんなにがんばらなくても」

申し訳なく、思う。
もうこれ以上の負担を負う必要はない。そんなに頑張らなくても誰もまりさを責めたりしないのに。

「だいじょうぶだよ!まりさはありすのためならへっちゃらだよ!」

そう笑うまりさの顔には、確かに疲れがにじみ出ている。
ありすの分も連日働き続け、まりさが疲労しているのは明らかだ。

それでもまりさはありすのために何かしたいのだと言う。
やっぱりまりさは優しいな。
ありすの胸が熱くなる。

「でも、まりさ・・・。まりさ、つかれてるじゃない。いいからきょうはやすんで・・・・・・」
「ありすはがんばってあかちゃんをうもうとしているときに、まりさだけやすめないよ!」

二匹の主張は平行線。
延々とお互いのことを案じ、助けようとしている。

「ゆぅっ!ありすはもっとゆっくりしてね!まりさはありすのためにごはんをとってくるんだよ!!」
「わ、わかったわよ、まりさ・・・・・・」

結局、ありすが折れた。
元々ありすは大人しく折れやすかったのだが、それに加えてまりさがここまで強情になるのも初めてだった。
こんなにありすのことを案じてくれているだなんて。
まりさの優しさに胸を打たれる。

「まっててね、ありす!まりさ、のいちごさんとか、はちみつさんとかたくさんとってきてあげるからね!」
「う・・・うん!まりさ、きたいしてまってるわね!」

ここまで意気込んでくれているのだ。もう応援して送り出してしまおう。その方がきっとまりさも嬉しい。
ありすはそう考え、まりさに満面の笑顔を向ける。

「じゃあ、いってくるね!・・・と、そのまえに・・・・・・」
「ゆ?・・・ゆゆ・・・♪」

まりさがありすに寄り添い、ほっぺたをくっつける。
すりすりと柔らかい感触。二匹の愛情に満ちたすりすり。
いってらっしゃいのキスと言わんばかりに、二匹は愛情をこめてお互いに擦り寄る。

「それじゃあ、こんどこそいってきます、ありす!」
「わかったわ、まりさ!がんばってね!」

お互いに満面の笑み。
行ってきますと森に向かうまりさに、行ってらっしゃいと見送るありす。

心なしかお腹の赤ちゃんも嬉しそうに震えているような気がする。
まだ一週間目だが、それでももう赤ちゃんの形くらいは出来ているはずだ。
きっと愛情たっぷりな夫婦のやり取りを感じて嬉しくなったのだろう。

お腹の中の赤ちゃんの感触と、まりさの優しさにありすは微笑む。
あと3週間ほどで、ありすたちは親子になるんだ。その光景を思い描くたびに頬が緩む。
こんなに幸せでいいんだろうか。ありすはそう思うほどに幸福だった。

森に向かうまりさのその姿が見えなくなるまで、ありすはずっとまりさを見送っていた。










しかし、その後ありすの元にまりさが帰ってくることは無かった。










ありすは泣いた。
泣いて、泣いて、泣き続けた。

一体まりさの身に何が起こった?
もしかしたら、れみりゃに襲われて死んでしまったのかもしれない。
もしかしたら、何か事故にあって死んでしまったのかもしれない。
もしかしたら、もしかしたら・・・・・・

ありすの頭の中にあらゆる可能性が駆け巡り、それがまたありすを悲しみに突き落とす。
もうまりさはこの世にはいないのかもしれない。でも、それでも。

それでも、まりさが死んでしまったなどとありすは信じたくは無かった。
きっと生きているはずだ。今もどこかで、きっとありすの元に帰ろうとしているはず。
可能性は低い。だけどその可能性に縋り続けたかった。

今、ふらんや他の空を飛べるゆっくりがまりさの捜索に当たってくれている。
身重のありすにはそれを眺め、待つことしかできなかった。

ありすにはそれが悔しい。
にんっしんっさえしていなかったら、ありすは真っ先にまりさを探し出すだろう。
赤ちゃんが悪いと言うわけではないが、それでも・・・・・・歯がゆく感じてしまう。

赤ちゃんが動いた。
まるで母親を慰めるように。
それに気付いたありすは、赤ちゃんに小さく謝った。

ごめんね。
赤ちゃんのせいなんかじゃないんだもんね。
大丈夫よ。
あなたは安心して、生まれてくることだけを考えればいいのよ。

ねぇ、まりさ。
早く帰ってきて。お願いだから。
今、農場はあなたを探すために大変なの。
みんなが一生懸命まりさの事を探してくれているの。

栄養の付く食べ物なんていらないから。
ありすにはまりさが、あなただけがいればそれでいいの。
お腹の中の赤ちゃんもまりさのことを待っているの。

ねぇ、お願い。
早く帰ってきて。今すぐ帰ってきて。
そうじゃないと・・・・・・悲しくて、悲しくて、泣いてしまうから。
ねぇ、まりさ。

ありすは待った。
泣いて、泣いて、それでも待ち続けたのだ。まりさの帰りを。
あるはずの無い、夫の帰りを。

胎内の赤ちゃんは、少しずつ、大きくなり始めていた。










それから一週間後。
まりさが見つかった。
正確には、まりさを見つけたとふらんが報告してくれたのだ。

まりさは森の中にいる、とだけふらんは教えてくれた。
その言葉を聴いた途端、ありすは走り出していた。
目指すはまりさのいる森の中。

既にお腹は大きく膨れ、移動することすらおぼつかない有様だ。
だがそれでもありすは一生懸命跳ね、森へと向かっていく。
まりさに会いたい。その一心でありすは跳ね続けている。

沢山待った。とても長い間、ひたすら待ったのだ。
まりさの居ない朝ををすごし、一緒にとるはずだった昼食をひとりで食べ、夜は寂しく眠る。
そんな生活を、一週間も続けていた。

ゆっくりにとって一週間とは、短い時間ではない。
妊娠しているありすにとって、この一週間は何年、いや、それ以上の長さに感じたことだろう。

今はお腹の赤ちゃんのことも頭に無く、ひたすら身体を動かし、跳ねる。
まりさは既に死んでしまっているかもしれないと思ったこともあった。
でも、生きていた。生きていてくれたのだ。これほど嬉しいことがあろうか。

待っててまりさ。
今、ありすが行くからね。だからちょっと待ってて。
ほら、こんなにお腹も大きくなったんだよ。まりさとの赤ちゃんだよ。もうすぐ生まれそうだよ。

ありすは跳ねていく。
その瞳に愛しのまりさを映しだそうと森の中へと入ってゆく。
失くしかけた幸せ。失いかけた夫。それを取り戻さんと、ありすは森を駆けていった。










「ゆっくりかえったんだぜ、れいむ!」
「ゆぅ~ん!おかえり、まりさ!」

ありすは立ち尽くす。
木の陰に隠れ、遠く離れた2匹の饅頭をひたすらに見続ける。

「おまたせなんだぜれいむ!きょうのごはんはこんなにあるんだぜ!」
「ゆうぅ!すごいよぉまりさぁ!」

帽子を脱ぎそこに溜め込まれた木の実や虫を取り出していくまりさ。
そしてそれを見て感動するれいむ。

ありすは今何が起こっているのか理解できなかった。
今、ありすが見つめ続けているのは確かに自分の夫であるはずのまりさだ。それはわかる。
あのお帽子、あのきれいな髪。ありすがまりさを見間違えるはずは無い。

じゃあ、まりさの傍にいるあのれいむは一体何者だ?

見ればれいむの額には茎が生え、そこには5つの赤ん坊が眠りながら繋がれている。
れいむが3に、まりさが2。もうすぐ生まれ落ちそうなほどに良く育っている。
いや、そんなことはどうでもいい。一体何故、そのれいむにまりさの赤ちゃんが実っているのだ。

「やっぱりまりさはすごいね!れいむはこんなにたくさんのごはんみたことないよ!」
「ふん!こんなのかんたんなのぜ!まりささまはもっとつらいところにいたからこんなのらくしょうなのぜ!」

れいむの賞賛に、胸を張りながら答えるまりさ。
ありすにはまりさたちの会話が理解できない。目を開き、見つめ続けるだけだ。

「まりささまはむかしにんげんにつかまって、そこでじごくのようなろうどうをさせられていたのぜ!」
「ゆぅ!こわいよぉまりさぁ!」

まりさは軽薄な笑みを浮かべ、そう話し始めた。
ありすの知るまりさとはかけ離れた表情。少なくとも、ありすはこんなまりさを知らない。

「そこではまいにちまいにちつちをほったりみずをばらまいたりして、おやさいをつくらされていたんだぜ!」
「ゆぅ!?なにそれぇ!?」
「まったくだぜ!!おやさいはかってにはえてくるのに、まったくむだなろうどうだったんだぜ!!」

一体何を言っているのだ?
お野菜さんは沢山世話をして、それでようやく収穫できるものだ。勝手に生えるなどありはしない。
まりさにそう教えたときはわかったと言ってくれたはずなのに。

「あるときまりささまはいやになってそこをとびだし、にげだしたんだぜ!!」
「ゆっ!だいじょうぶだったのまりさぁ!?」
「おそいかかるふらんやれみりゃをあいてに、なんとかまりさはこのもりまでにげのびてきたのぜ!!」
「ゆーっ!!すごーい!!」

違う。違う違う違う。
まりさはありすのために。栄養のある食べ物をとってきてくれるって。そう言ってくれたはずなのに。
そうやって、ありすがまりさを見送ったはずなのに。

「そこでまりささまはもりいちばんのきれいなれいむにであい、そしてふうふとなったってわけなんだぜ!!」
「ゆぅ・・・!はずかしいよぉまりさぁ・・・!」

思い返せば、まりさのことを教えてくれたふらんの表情は暗かった。
きっとこの事を知って、迷いに迷ったうえでありすに告げることを選んだのだろう。
何故ふらんの態度を疑問に思わなかったのか?それはありすがまりさのことだけを考えていたからだ。
こんなことが待ち構えているとは思いもしないで。



このまりさは飼いゆっくりになりたかった。
危険の無い生活。十分な量の食事。夜れみりゃにおびえる事も、突然の雨も心配することは無い。
同じ群れに暮らしていたぱちゅりーの話は、まりさの記憶の奥底に深く刻まれた。

そしてそんな夢を見ながら暮らしていたある日、ありすと出会った。
清潔な髪の毛。栄養をたっぷりとっていそうな肌。見るからに飼いゆっくりであるとわかった。
そこでまりさは、ある考えを思いつく。

このありすと夫婦になって、飼いゆっくりになってしまおう。

そうと決まれば話は早かった。
まりさはありすにモーションをかけ続け、ありすに惚れさせることに成功した。
もともと初心な飼いゆっくりのありすには、プレイボーイであるまりさにめろめろになるのも時間の問題だった。

そうしてまりさはありすと結婚し、飼いゆっくりとなるはずだった。
ところがどうだ。待っていたのはゆっくりとした生活ではなく、地獄のような労働の日々。
まりさにとっては寝耳に水どころではない。

聞いていた筈の生活などどこにも無く、毎日毎日意味の無い労働ばかり。
それがまりさを幻滅させるのにそう時間はかからなかった。
いや、むしろ一週間以上も良く持ったほうだということか。

そうとなればこんな場所に用は無かった。妻であるありすのことも最早どうでもいい。
すっきりしようと思えばいくらでも相手はいるし、この生活のお陰で身体も鍛えられた。

そしてある日まりさはありすのために食べ物をとってくると嘘をつき、農場を後にした。
まりさの演技力は抜群で、誰もが妻のために奔走する姿にしか見えなかっただろう。
勿論まりさはそんな気など毛頭ない。ただ森へと逃げ帰る事しか頭に無かった。

結局は、ありすはまりさに体よく利用されただけに過ぎなかった。
飼いゆっくりに憧れて幸運にもありすを孕まし、そして理想と違ったから逃げ出した。
ただそれだけに過ぎない。



だがそんなことをありすは知らない。
ただ何故と呟き、その場からあとずさるだけだ。
気付けばその双眸からは涙がとめどなくあふれ出てきている。

「ゆぅ~ん、れいむ、なんだかおそらがくらくなってきたのぜ」
「ゆっ!そうだねまりさ!もうすぐあめさんがふってくるかもしれないから、おうちにかえろうね!」

そうして2匹は巣の中へと戻っていく。
頭の先についた赤子をかばうようにそっと動くれいむを、まりさは支えている。
その姿はお互いを愛し合う夫婦のようだった。

嘘だ。
まりさはありすの夫で、そこにいるれいむの夫なんかじゃあない。
理解しきれない現実。理解したくない事実からありすは必死に目をそらそうとする。
だができない。ありすの視線は2匹を中心に収めたまま動かない。
開かれた瞳からは、更に涙があふれ出ている。

嘘だ。
あのまりさは本当のまりさじゃない。きっと偽者。そうだ。別の誰かがまりさの帽子を被っているんだ―――違う。
見間違えるはずも無い。あの顔、あの瞳、あの声、あの仕草。全てがまりさのものだ。帽子なんかは関係無く、判る。
つまりはあのまりさはありすが愛したまりさと同一人物。その事実がありすを一層苛む。
既に涙で視界はぼやけ、2匹が巣に入る瞬間は見えなかった。

嘘だ。
一体何が嘘なんだ?今見た光景がか?まりさと夫婦になったと言う事実か?それとも―――いま生きている、この世界のことか?
全ては現実。ありすが見たものも、ありすが今までにしてきたことも、ありすを取り巻く全ては現実のものだ。
それが耐えられない。それを理解したくない。ありすは声にならない絶叫をあげる。

嘘だったのだ。
まりさがありすを愛していたことは。ありすが思い描いていた幸せの日々は。
まるで足場が崩れ落ちるような感覚をありすは味わっていた。
この落下感にも似た感覚を、人は絶望と呼ぶ。

もうここにいたくない。
壊れかけた心がそう叫ぶ。もう一分一秒とて、この場所にいたくない。
もつれるように背を向け、ここから走り出す。少しずつ離れていく光景。
涙で濡れたその顔に、また一滴雫が落ちる。
それは、空から降ってきたものだった。

雨が、降り始めていた。












タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2009年05月11日 18:38
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。