ゆっくりいじめ系2916 教育の成果2


「ん? この音は……?」
俺は冷たい井戸水を飲もうと外に出たのだが、そこで不穏な音を聞きつけた。畑の方からだ!
俺は急いで音の方へと駆けつけた。
「うーうー! お野菜いらない! お野菜ポイするの!」
そこにいたのは……れみりゃだった。
それも胴付きれみりゃだ。
れみりゃは何をトチ狂っているのか、俺の大切な野菜を次々に引き抜いては放り投げていた。
酷い! これではゆっくり以上の害ではないか!
「お野菜いらない! お野菜いらないぃぃぃぃぃ! れみりゃのあまあまどこぉぉぉぉぉぉぉ!」
「こンの!」
クソメスブタがッ!
俺はれみりゃを思いっきり蹴り飛ばした。
「ぶぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛!」
れみりゃは醜い悲鳴をあげながらすっ飛び、無様に地面に突っ込んだ。
とんだ不覚だ。ゆっくりの教育にかかりっきりになっている間に、随分荒らされてしまった。
しかし、れみりゃという種は普通は畑には来ないし、作物には興味を示さないはずなのだが。
れみりゃの体はゆっくりか菓子しか受け付けないという。特に胴付きは燃費が悪い。
野菜が単に嫌いなだけでなく、食べても栄養にできないのだ。
だかられみりゃに関しては完全にノーマークだったのだが……れみりゃの教育まで必要なのか?

れみりゃはしばらくもがいていたが、やがて立ち直ると俺の方に腕を振り回しながら向かってきた。
「あまあまよごぜぇぇぇぇぇぇぇ! れみりゃのあまあま返ぜぇぇぇぇぇぇ! あまあま隠ずなぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
もう一度蹴り飛ばす。
「ぶぼべぶぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛!」
今度はれみりゃは立ち上がらなかった。
地面に突っ伏したままうーうー唸っている。
「れみりゃのあまあまぁぁぁぁぁぁ……れみりゃのあまあま逃げだじだぁ……人間がいじわるじでぇ……お野菜の中に隠じだぁぁぁ……
れみりゃはごーまがんのおぜうざまなんだどぉ……ざぐやぁぁざぐやぁぁぁぁぁ……」
こーまかんなるものがどうとか言ってるが、その薄汚い格好から見て確実に野良だろう。
こいつは完全に狂ったれみりゃなのだろうか。れみりゃ、それも胴付きは全ゆっくりでも知能が最低だと言う話だが。
だいたい、あまあまが逃げ出したとか隠したとかこいつは何をわけのわからんことを言って……ん? あまあまが逃げただと?

「まさか!」
俺はあることに気がついた。気がついてしまった。
なぜ気がついてしまったのだろう? あるいはなぜ今まで気がつかなかったのだろう?
れみりゃの言う『あまあま』とは……ゆっくりのことだ。
そのゆっくりが逃げ込んだ……どこへ?……俺の畑だ!
「あのくろぼうじのあまあまが邪魔じだどぉ……あいづは川に落ぢで食べられなぐなっだどぉ……
ひもじいんだどぉぉぉぉ……れみりゃが死んじゃうんだどぉぉぉ……ざぐやどこぉ……」
黒い帽子……まりさか……親まりさがつがいと子供を守るために身を挺して……その隙に一家は隠れられそうな場所に……。
隠れられそうな場所……畑!?
俺は唸っているれみりゃを置いたまま、すぐさま母屋の台所に飛び込んだ。
確認しなければならないことがある!

「おい! おまえたち! 俺の話を聞け! 返事をしろ! 大切なことなんだ!」
俺はゆっくりの入っている水槽をがたがたと揺らして、ゆっくりたちに迫った。
ゆっくりたちはよだれ垂らしてふーふー唸りながらこちらを睨みつけている。
「おまえたち……俺の畑に逃げ込んできたのか? れみりゃから逃げてきたのか?」
赤ゆたちは誰も答えなかった。
「おまえたちの親はまりさ種だな? 親まりさがれみりゃに突っ込んでいったんだな? おまえたち家族を守るために……」
赤ゆたちは誰も答えなかった。
「なあ、答えてくれよ! おまえたちは野菜を食べに来たんじゃなかったのか? おまえたちは……」
「……逃げてきちゃんだよ」
一匹の赤まりさが答えた。
「れみりゃがやってきちぇ……おちょーしゃんが……」
一匹の赤れいむが答えた。
「おきゃーしゃん、れみりゃに見つきゃらないように、葉さんのいっぴゃい生えちぇるちょころに逃げようっちぇ!」
赤ゆっくりたちが次々に答えた。
「おちょーしゃんの分までゆっくちしようっちぇ……」
「おちょーしゃん……おきゃーしゃん……ゆぇぇぇーん!」
「ゆぇぇぇーん! ゆぇぇぇーん!」
楽しい食事を取りに来た割には妙に真剣な表情をしていた。
親れいむの歯には野菜カスが挟まっていなかった。
赤ゆっくりたちはれみりゃに対して他の捕食種よりも大きな反応を示した。

「なぜ……なぜ……なぜそれを」
言わなかったんだ!
俺はその言葉を飲み込んだ。
俺にこの言葉を喋る資格は無い。
いかにゆっくりが唾棄すべき存在であっても通すべき信義はある。
こいつらは恐ろしいれみりゃから逃げるために、命からがら俺の畑に逃げ込んできた。
植物が生い茂っていて隠れられそうだったからだ。
こいつらが助かる道はそれしかなかった。
もし、人間の畑に入ってはならないことを知っていたとしても、こいつらに選択肢はなかったのだ。
それを俺は……畑荒らしと見なして殺した、虐待した。問答無用で!
親まりさが身を挺してかろうじて助かった命を!

俺は運命を呪った。
もしあのとき、親れいむに刺した鎌が言語餡を破壊していなければ。
……いや、それでも同じことだったろう!
親れいむがれみりゃから逃げ出してきた、悪気はない、お野菜を食べるつもりはない、隠れるためにしかたなく──そう言ったとしよう。
俺はそれを信じるのか? 信じられるのか? 信じられたのか!?
「信じられる!」
そう言いたかった。神にでも仏にでも大地にでも誓いたかった。
だが、俺にその自信はなかった。信じられる自信がなかった!
ゆっくりには話が通じない。
愚かだから。ゆっくりは愚かだから人間の言葉を都合のいいように捻じ曲げるから。
だが、視点を変えれば……。
人間には話が通じない。
信じてもらえないから。人間はゆっくりを馬鹿にしているから。その言葉を軽視するから。
信じてもらえなければどんな言葉も意味がない。共通の言語を持っていても意味がない。
運命を呪うのはお門違いだった。本当に呪うべきは……。
「ゆぇぇぇーん! ゆぇぇぇーん!」
「ゆぇぇぇーん! ゆぇぇぇーん!」
「ゆぇぇぇーん! ゆぇぇぇーん!」
「ゆぇぇぇーん! ゆぇぇぇーん!」
ゆっくりたちの号泣が俺の耳をつんざく。
俺はいたたまれなくなり、情けないことだがその場を逃げ出した。

逃げた先にはあのれみりゃがいた。
ノーたりんれみりゃ。クソブタれみりゃ。あまあま大好きれみりゃ。運命の使者れみりゃ。俺に罪の無いゆっくりを殺させたれみりゃ。
「うー……うー……」
蹴り殺してやりたかった。
だができなかった。
駆除するだけの大義名分はある。こいつのせいで畑は滅茶苦茶だ。
だが、今ここでこいつを殺すとそれは八つ当たりになる。行き場の無い感情のはけ口となる。
やってしまったらもう止まらない。自分を止められない。

「これを食え」
俺は饅頭(喋らない動かない生きていない知能のない感情のない)を地面に突っ伏したままのれみりゃに投げ渡した。
「うう……ううー……」
れみりゃは俺のことを警戒しつつも、飢えには勝てなかったのか饅頭をおずおずと食べ始めた。
「もうここには来るな。二度とな。絶対に来るんじゃないぞ」
「うー……」
饅頭を食べ終わったれみりゃは足を引きずりつつ、とぼとぼと畑を去っていった。
れみりゃは生きるために必死にあがいていただけにすぎない。
ゆっくりたちも生きるために必死にあがいていただけにすぎない。
じゃあ俺は?
「畑を守るためには必要なことだ!」
俺は日の沈みつつある空に向かって叫んだ。
そうだ、そのはずだ。必要だったはずだ。
しかしそれは本当に畑を荒らすゲスなゆっくりに限ったことだ。
今回、俺が痛めつけて惨殺したのは……。
そして俺の心中にはある疑惑が浮かび上がってきた。
俺は出来る限りそれから思考を背けたかった。
だが、それは俺の意識野を次第に占領していった。



      ** 議題:あの一家は冤罪の最初の犠牲者だったのか? **



俺の脳裏には今までに『教育』してきたゆっくりたちが、思い出せる限り浮かび上がってきた。
俺はそれらを仔細に検討する。検討させられる。それは血を吐くような作業だった。
去年のあいつは……たしかに食っていた。俺の野菜を食っていた……現場を抑えた……クロだ……そのはずだ……。
何ヶ月か前のあいつは? 歯に野菜カスらしきものが挟まっていた。いや、らしきものじゃない! あれはたしかに!
数週間前のあいつは? 食べるところは見なかったが、「これからいっぱいむーしゃむーしゃするよ!」と宣言してた。
俺の畑のど真ん中で。万死に値する行為だ。そうだろう? なあそうだろう!?
あいつは? あいつは? あのゆっくりは?

いや待てよ! 今回のあの親子だって、今日虐待して引き裂いた親子だって、野菜を食べたかもしれない!
隠れるために仕方なく畑に入ったのはいいだろう。だが去り際に野菜を食べていかなかったとは限らないではないか?
追い掛け回されて体力を使った後だ。きっと食ったに違いない。だから俺は……。
いや、問題はそういうことではない。
俺はこれまで経験によってゆっくりのゲス性を見極められると信じていた。
だが実際には、ゆっくりの言動、行動を好き勝手に解釈し、そのときの気分で決めていたにすぎなかったのでは?
確信が得られない。
思い返すほどに薄弱な証拠しかなかったように思えてくる。

ゆっくりたちの弁解の声が一斉に再生される。
「れいむはここを通って向こうに行くだけだよ!」
「ここが人間さんの畑だったなんて知らなかったんだよ!」
「こっちからが人間さんのものだと思ってたんだぜ! こっちの草さんは大丈夫だと思ったんだぜ!」
「お野菜食べてないよ! 虫さんを食べていたんだよ! ここは美味しい虫さんが多いね!」
「ぱちゅは日差しがとっても強いから、この影さんでむっきゅり休んでたのよ! ぱちゅは体が弱いのよ!」
「でいぶのぢびぢゃん探じでいだんでずぅぅぅぅ! まいごのぢびぢゃん探じでいだんでずぅぅぅぅぅぅ!」
過去の俺はそれらを、真っ赤な嘘、姑息な言い逃れとしてすべて切り捨てた。一蹴した。
もっともらしい弁明をするゆっくりほど、狡猾なゲスだと思った。より過酷な虐待でそれに答えた。
ゆっくりの発言を片っぱしからゲス性の証明と見なしたのだ。

ゆっくりたちの懇願の声が一斉に再生される。
「もうじまぜん! 人間ざんに逆らいまぜん! だがらもうやめでぇぇぇぇぇぇぇ!」
「お野菜食べまぜん! ぜっだいに食べまぜん!」
「ゆっぐぢさせぢぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
「畑ざんにばいりまぜん! 近づぎまぜん!」
「いじゃい! いじゃい! いじゃあああああああああああ!」
「人間ざんは強いでず! 森で一番のばりざよりずっどずっどずっど強いでず!」
「もうぷぐーじまぜん! もうじじいっで呼びまぜん!」
「ばぢゅのあんよがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「でいぶのぢびぢゃん潰ざないでぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
「悪いのはあいつらだ! あいつらが人の畑で怪しまれるようなことしたからだ!
畑は俺のもんだ! 俺の生命線だ! かけがえのないものなんだ!
殺されたって仕方がないんだ! 俺は何にも悪くない! 何にも悪くない……今回だけを……今回だけを除いて……」



それから、俺と四匹の赤ゆっくりたちとの奇妙な共同生活が始まった。
だがそれは、『しばらく』程度のものでは済まず、
決して『楽しい』ものではなかった。

ゆっくりはゆっくりしたい気持ちがなくなると知能や生存能力が向上するという。
たしかにそうなのかもしれない。
だがニュアンスが違う。
俺はそれまで「まったくゆっくりどもは怠け者だ」という意味で捉えていたのだ。
ゆっくりがゆっくりをやめる。
それが一体どういうことなのか、身を持って知るはめになった。

一応確認しておくと、赤ゆっくりたちを育てるのはけじめのためである。
俺は善良なゆっくり、少なくとも罪なきゆっくりは殺さない。虐待しない。
虐待狂たちとは違うのだ。
俺が虐待の対象とするのはゲスのみだ。
ここがやつらとの違いだ。
人によっては些細なものでしかないと言うかもしれない。
だが、俺にとっては大きな違いなのだ。
楽しみのための残虐行為か、神聖な畑を守るための必要悪か、この一事で分かれるのだ。
意味も無く善良なゆっくりを殺すことは自分だけでなく畑をも貶めることになるとも言える。
畑の存在が残虐行為を正当化するためだけのものに成り下がってしまうからだ。
無実のゆっくりを殺してしまったことは俺の落ち度だ。全面的に俺に責任がある。
だからこの赤ゆ四匹は育てる。親が死んだ代わりに俺が育てる。一匹で生きられる成体になるまでは。
ゆっくりが好きになったわけではない。
『教育』自体は必要なことだった。そう、必要なことだったのだ……。

当初、四匹のみなしご赤ゆたちは手が付けられなかった。
俺の顔を見るだけで、否やってくる足音を聞くだけでゆひーゆひー騒ぎ立てるのだ。
それも仕方がない。すべては俺が撒いた種なのだから。
赤ゆたちは餌を与えてもまったく手をつけようとしなかった。
餓死されては困るので、しかたなく高いゆっくり用栄養剤を買ってきて、それを無理やり注射することで持たせた。
どんな優しい言葉をかけても、どんなにやつらが喜ぶことをしてやっても、どんなに甲斐甲斐しく世話をしても、ゆっくりたちは決して心を開かなかった。
俺にゆっくりを殺す気がないと確信したためだろうか、やつらは俺を呪うようになった。
「にんげんぎゃおきゃーしゃんを殺しちゃ!」
「にんげんぎゃおきゃーしゃんをぷくーしちぇパンしちゃ!」
「おきゃーしゃんを返しぇ!」
「おきゃーしゃんを返しぇ! 返しぇ! 返しちぇ! 返しちぇ! ゆっくち返しちぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
「人間にゃんか! 人間にゃんか!」
「死ねぇ! ゆっくち死ねぇ!」
「ゆっくち死ねぇ!」
「ゆっくち死ねぇ!」
「ゆっくち死ねぇ!」
「ゆっくち死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
俺の顔を見るたびに四匹揃って「ゆっくり死ね!」の連呼だ。
胸がむかついて仕方がなかったが我慢するしかなかった。

だが、そうやって耐えている内に、やがてゆっくりたちは多少はおとなしくなっていった。
俺の与えた餌を食べるようにすらなった。
少しずつ、ほんの少しずつだけど俺に慣れてきているのかもしれない。
──そう考えたのは大きな間違いだった。
あるとき、ゆっくりたちの会話を偶然聞きとめたのだ。
「生きりゅよ……絶対生きりゅよ……」
「あの人間を……おきゃーしゃんを殺した人間を……」
「許しゃないよ……絶対に……」
「いつかきっちょ……いつかきっちょ……」
そう、やつらは復讐のために生きる決意をしたにすぎない。餌を食べるようになったのも俺に慣れたからではない。
燃えるような憤怒が氷のごとく凝り固まった憎悪に変化したのだ。
……俺はゆっくりたちに許してもらいたいのだろうか?
人間であるこの俺が? ゆっくりごときに許しを乞うというのか?
いや違う! 俺はあくまでちょっとした手違いの埋め合わせをしたいだけだ。
ゆっくりが畑を荒らすゲスな害獣であることにはなんら変わりはない。
ただ、こいつらに関してだけは俺に責任がある。
こいつらに関してだけはな……。

「ゆっ! ゆっ! ゆっ!」
「死ねぇ! 死ねぇ!」
「ゆあああああああ!」
「おまえたち何やってんだ! やめろ!」
あるとき、四匹のゆっくりたちが互いにぶつかりあっていた。
憎しみに歪んだ形相で、体当たり合戦を繰り返していたのだ。
俺は最初喧嘩をしているのかと思った。
だが、違った。
「ゆっ! ゆっ!」
「もっちょ強きゅ! もっちょ強きゅ!」
こいつらは……戦闘訓練をしていたのだ。
「殺しゅ! 殺しゅ! 殺しぇるようににゃる!」
もちろん饅頭の体などいくら鍛えたところでほとんど意味はない。
だが、こいつらの憎悪の根の深さを改めて思い知らされることとなった。
俺は最初、優しく世話してやればゆっくりなんてすぐ恨みを忘れるやつらだと考えていた。
俺のことをおちょーさんと呼ぶことすらありうると思っていた。

甘かった。
ちょっと考えれば、虐待をしておいて許してもらえるはずがないことなどすぐにわかるはずだ。
虐待された生物は一生、障害とトラウマを引きずるのだ。
なぜ俺はそんな簡単なことに気がつかなかったんだろうか?
相手がゆっくりだからか? 半端な生物だから、動く饅頭にすぎないからか?
頭の悪いやつら、ゲスどもだから、ちょっと餌で釣ればすぐになびくなんて考えていたのだろうか?
俺はやむなく赤ゆたちを水槽から出して放し飼いにすることにした。
のびのびと野を跳ね回れば、ストレスも解消され、多少はゆっくりしてくれるかもしれない。
……愛護派でもない俺がゆっくりに『ゆっくりしてくれる』ことを求めるはめになるとは。
もし、どこかに逃げ出して帰ってこなかったら……それはそれでいい。俺の重荷が消えてくれることになる。

だが、やつらは俺の元を去ることはなかった。
家の外にもほとんど出なかった。
だが解放したことによって、やつらは俺に多大な迷惑をかけた。
これはゲスとか復讐とかいうより、単に人間の家の勝手を知らないというためだった。
俺の大切にしていた家具が次々に壊れていった。中には祖父の代から使い続けていたものもあった。
うんうんは一箇所にするようだが、場所が好ましくなかったし、別の場所でさせることもできなかった。
ゆっくりたちに躾をする気にはなれなかったのだ。
自分に何かを教える資格があるのかどうか自信がなくなっていた。
ゆっくりを解放して以来、眠るときは必ず自室で、厳重な戸締りをした。俺はたかが赤ゆっくりを恐れていたのだろうか?
やつらは始終ぶつぶつと呪詛を呟き、決して四匹離れることはなく、家の中でじっとしていた。
ゆっくりしていたのではない。
ただじっとしていた。何かを待ち構えているかのように。

ゆっくりたちが亜成体にまで成長した頃のこと、俺が農作業をしていると、ゆっくりたちが後ろからじっと見ていることに気がついた。
この頃になると、ゆっくりたちも大分おとなしくなっていた。
もう呪詛を吐きかけたりしないし、戦闘訓練もしていないようだ(少なくとも俺の見ている前では)。
だが……その表情は不快極まりないものだった。
明らかに俺のことを嘲っていたのだ。ときおりわざとらしいため息をつくこともある。
あからさまな要求こそしてこないが、奴隷と見なされるようになったのかもしれない。一度、力関係を再認識させる必要があるかもしれない。
俺はこのゆっくりたちを成体まで育てると己自身に誓ったが、ゆっくりに舐められて平気なわけはない。俺は愛護派ではないのだ。
だがその機会はなかった。やつらは故意にゲス行為を行うことがなかったのだ。
特に、威嚇は絶対にしなかった。
また、野菜を食べることもなかった。
俺が餌として与えた野菜もだ。
頑として野菜をうけつけなかった。
まるで俺の罪状を決して忘れてないことを誇示しているかのようだった。

──ゆっくりたちは俺の背中にじっと目を注いでいる。
俺はそれを、農業に興味を持ったのかと思った。
「いいか、まず土さんをこのクワさんで耕すんだ。それから……」
俺はゆっくりたちに農業について説明した。
農業がいかに大変なのか、どのようにして野菜に愛を注がなければならないのか、そんなことを延々と語った。
これが、ゆっくりたちが立ち直るきっかけになってくれればいい。そう思ったのだ。
何か喋らなければ頭がおかしくなりそうだったからかもしれない。
「言ってみれば野菜は子供なんだよ。俺と大地との間に生まれたちびちゃんなんだ。どうだかわいいちびちゃんたちだろ?」
だから、俺はそれを横取りするゆっくりたちを憎んでいたのだ。
わかってもらえるだろうか? 俺には譲れないものがあるのだということを。
野菜を、自然を愛するということをゆっくりたちにわかってもらえるだろうか?

あるとき俺は胸の悪くなるものを見つけてしまった。
子れいむの一匹の頭に、なんと茎が生えていたのだ。
もちろん、繁殖のための、新たな赤ゆっくりが生るあの茎である。
「お、おまえ! 一体どうして!」
子れいむはせせら笑うばかりで答えない。
こいつらはまだ亜成体、子供を作るには早い。
おそらく未熟ゆが生まれてしまうだろう。
外に出たときに他のゆっくりにすっきりさせられたのだろうか?
だが、こいつらはほとんど外に出ない。
出るときも俺の農作業を見るためで、言い換えれば俺の目の届く範囲から離れることはない。
ゆっくりが家に侵入した? それもない。やつらが侵入してくるなら大抵はおうち宣言をしてくる。
ゆっくりとはそういう生き物だ。
となると……嫌な想像だが……相手は身内……。
数日の間、問題に手をつけず様子を見ていると、今度は子まりさの一匹の頭にも茎が生えてきた。
間引くべきか? 断種するべきか?
それができなくても隔離すべきか?
俺は踏ん切りがつかなかった。このゆっくりたちに干渉することを恐れていた。
俺はあいつらを一度不当に虐待しているのだ。
身内同士で夜な夜なすっきりしあう(何を思いながら?)……その光景を想像すると吐き気がこみ上げてくる。
だが、本当におぞましいものはこの後に待っていたのだ。

「むーしゃー♪ むーしゃー♪ しあわせー♪」
ゆっくりが食事するときの決まり文句だが、俺が預かっているゆっくりたちはこの歌を唄うことはなかった。
久しぶりに聞いた気がした。
最初は食べる喜びを思い出してくれたのかと思ったのだが、すぐにおかしいことに気がついた。
まだ餌の時間ではない。
俺はゆっくりたちのいる部屋にあわてて飛び込んだ。
「むーしゃー♪ むーしゃー♪ しあわせー♪」
「おまえたち……何食ってんだ? おいやめろ! 吐き出せ! 今すぐに!」
ゆっくりたちが食べていたのは……ゆっくりだった。
生まれたての赤ゆっくりだった!
身内ですっきりして産んだ自分の赤ゆっくりを食っていたのだ!
「うめぇ! これめっちゃうめぇ!」
俺は慌てて赤ゆたち──やはり未熟ゆだった──を取り上げた。
そのために、多少はゆっくりたちを叩く必要もあった。
大分食われてしまったが、三匹の極小の赤ゆっくりたちを確保できた。
だが、いずれも未熟で大半は畸形らしきものが認められた。こいつらは育たないかもしれない。

「あー! いけないだー! いーけないんだー! いけないんだー!」
「人間さんがゲスなことしたよー!」
ゲスだと? 俺の一体なにが? ゲスはおまえら……。
「れいむたちのお野菜とっちゃったよー!」
「まりさとれいむが一生懸命育てたお野菜を独り占めしたよー!」
「野菜? 馬鹿な! これはおまえらの子……」
俺は愕然とした。
俺はかつてゆっくりたちに得意げに言った。
(言ってみれば野菜は子供なんだよ。俺と大地との間に生まれたちびちゃんなんだ。かわいいちびちゃんたちだろ?)
「お野菜はちびちゃんなんでしょー? だったらちびちゃんはお野菜だよねー?」
「人間さんも育てたちびちゃんを食べちゃうんでしょ? れいむたちも同じだよー?」
「人間さんを真似て『のーぎょー』してみたんだよー! 『のーぎょー』ってとってもあまあまだねー!」
俺の教え方は間違っていたのだろうか?
いや、俺の認識が間違っていたのだ。
たとえ知能が高く、さらに善良なゆっくりがいたとしても俺の考えていた『教育』は失敗を運命付けられていたのだろう。
賢いか愚かか、善良かゲスかといったものは『教育』には関してはほとんど関係ないことを悟るしかなかった。
生態の違い。種族の違い。根本的な違い。
知能があり、言語を解するがやつらは人間とは根本的に違う。
このゆっくりたちが行ったおぞましい行為は、俺への悪意と皮肉を込めて行われたことだ。ゆっくりの価値観から見ても外道そのものだろう。
だが俺の農業を模したものなのだ。それは認めなければならない。
ゆっくりから見ると農業とは最悪のゲス行為なのかもしれない。決して相容れないものなのかもしれない。
今まで様々なゆっくりに施した『教育』も、ゆっくりにとっては異質で受け入れ難い人間の価値観を、暴力と恐怖で無理やり押し付けていたにすぎなかったのか?
心身を破壊して虚空への機械的な恭順を強制したにすぎなかったのか?
俺はゆっくりに、ゆっくりに農業の素晴らしさ、野菜の大切さを学ばせたかった。
野菜の大切さを教えて……「お野菜さんのためならおかーさんが殺されてもゆっくり仕方がなかったよ」とでも言わせたかったのか?

「あははははははははははははははは!」
「あははははははははははははははははははははははははは!」
「あははははははははははははははははははははははははははははははははははは!」
誰かが俺のことを笑っているようだった。
しばらくして笑っているのはゆっくりどもであることに気がついた。
「人間さんのおかーさんもぷくーしないとダメだねー!」
「ぷくーしてパーンしないとダメだねー!」
「ゲスはゆっくり制裁されるよ!」
「ゲスはみんなパーンされちゃうよー!」
「ぷくー!」
「パーン!」
「ぷくー!」
「パーン!」
「人間しゃんのおきゃーしゃん死んじゃっちゃー!」
「あははははははははははははははははははははははははははははは!」
ゆっくりたちは長い間することのなかった威嚇の膨張をしては、パーンと言いつつ萎むことをこれ見よがしに繰り返した。
これが決定打となった。饅頭に親を貶されて平気な人間はおるまい。
「この人でなしども!」
ゆっくりに人でなしというのもおかしな表現だが、そのときの俺にはそれしか言いようがなかった。
俺はきれた。ぶちきれてしまった。あらゆる思慮の届かぬところへ行ってしまった。
俺は最後の理性で生き残りの未熟ゆたちを安全なところに置くと、無我夢中で物置へと走っていった。
あるものをとってきて、今や鬼畜地獄と化したゆっくりたちの部屋へと駆け戻る。

「あははははははははははははははははははははははは!」
ゆっくりたちはまだ笑っていた。
俺は一際甲高く笑う一匹のまりさを掴んで持ち上げた。
「あははははははははははははははははははははははははははははははははは!」
掴まれながらもまりさは笑うことをやめない。
その口にガスボンベの口を突っ込んでやる。
「ゆ? ゆゆ!? ゆあああああああああああああああああああああ!」
「ゆあああああああああああ! ゆああああああああああああああああ!」
ゆっくりたちの笑みは一瞬にして凍りつき、絶叫がそれにとって替わる。
ゆっくりたちはガスボンベがなんなのか思い出したようだ。
ガムテープで口を塞ぎ、ボンベの先を固定する。
ついでに目もガムテープで塞いでおく。
「死ね」
そしてスイッチを入れる。
たちまち、まりさはぷくーっと膨れだした。
「ゆあああああああああああああああああ! ゆああああああああああああああああああああああ!」
「ゆああああああああああああああ! ゆあああああああああああああああああああ! ゆあああああああああああああああああ!」
「おきゃーしゃん! おきゃーしゃん! おきゃーしゃあああああああああああああああん!」
ゆっくりたちはトラウマをえぐられて過去に、親れいむが殺されたあの時に戻っているかのようだった。
もう後少しでまりさは散華する。
爆発して餡を撒き散らす。
あの親れいむと同様に。
甘ったるい餡を撒き散らす。

そのとき俺はかすかな声を聞きつけた。
ともすればゆっくりたちの叫び声にかきけされそうな儚い声。
それは、生まれたての未熟ゆたちの鳴き声だった。
「みゅー……みゅー……」
普通ゆっくりは生まれてすぐさま喋ることができる。言語能力に関してだけはなかなか高等といえる。
だが、こういった未熟ゆたちは言語能力を継承できるまで育っていない。
このまま育っても教えない限りは喋るようにはならない。そして、ゆっくりに物を教えるのは極めて困難だ。
……未熟ゆたちは親まりさの助命を乞うているに思えた。
自分たちを食べようとしていた親ゆっくりの身を案じているかのように思えた。
本来喋れない体で、不完全な体を限界まで酷使して、声を振り絞っているように思えた。
それはただの思い込みだったかもしれない。
「みゅー……みゅー……」
ふいに、俺はむなしさに襲われた。
自分が本当にちっぽけな存在に思えた。
世界から隔絶された孤独な存在に思えた。
俺はボンベのスイッチを切った。
ガムテープを剥がすと、子であり親でもあるまりさの口から勢いよく空気が噴出される。抑えてないとそのまま飛んでいってしまいそうなほどだ。
ボンベを外し、残りのガムテープも剥がす。
「ああ……ああああ……」
「おきゃーおきゃー……おきゃー……」
「ゆっくり~のひ~、すっきり~のひ~、ぷきゅ~のひ~、ばくはつ~のひ~」
ゆっくりたちは呆然としている。ぶつぶつと呟いたり唄ったりしている。
俺は殺しかけた子まりさを放り捨てると逃げるように部屋の外に出た。
俺は一体何をしているんだろう?
これまで何をしていたんだろう?

それからのゆっくりたちはおとなしいものだった。
意外にも俺に過剰に怯えることはなかった。
もう呪うことはなかった。もう嘲ることはなかった。
何もしない。
無だった。
ゆっくりたちは始終無表情で、四匹固まっていて、餌を食べる他は何もしなかった。
もう身内同士でのすっきりなどの奇行に走ることもなかった。
あの未熟ゆっくりたちは、結局すぐに死んでしまった。元から生き残れる力がなかったのだ。
もしも、生まれたゆっくりが最初に食べる茎があったら違っていたかもしれないが、
そのことに気がついたときには、もう親ゆっくりたちに食べられてしまっていた。

ゆっくりたちからは何もしなかったが、俺は大いに苦しめられた。
まず、農業に身が入らなくなった。
あの日、ゆっくりたちが自分の子を食う様を見て以来、以前ほど野菜を愛せなくなってしまった。
土地も野菜もなんだか汚らわしいものに思えた。
作物を収穫するとき、間引くとき、悲鳴が聞こえてくるような気がした。
「痛いよ! やめてよ!」
「やめてね! わたしの子供を取らないでね!」
「おねーちゃんを返してね! みんなから切り離さないでね!」
「間引かないでね! わたしだって生きているんだよ! 育ちたいんだよ!」
「黙れ! 黙れ! 黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れぇ!」
それは思い込みにすぎなかった。だがどうしても振り払えなかった。

俺の目の前にいるのは恐ろしい巨躯を誇る悪鬼だった。
悪鬼はその野太い腕で俺をしたたかに殴りつけた。
圧倒的な膂力の前に俺はまったく抵抗できず、なすすべもなく右に左に小突き回される。
悪鬼は俺を掴んで放り投げた。その先にあるのは──針の山ではないか!
痛い! 針が俺の全身を貫く!
標本の蝶みたいに縫いとめられて動けない。
だが悪鬼は俺を針山から引き抜くと、今度は毒の沼に投げ入れた。
毒が全身に開いた穴から染み込み壮絶な痛みをもたらす。俺は声にならぬ叫びをあげた。
しかし俺はこの沼を必死に泳がなければならない。
なぜならばとてつもなく恐ろしいなにかが俺を追い立てるからだ。
やめろ! 来るな! 助けてくれ!

……俺は夜毎に悪夢を見るようになってしまった。
睡眠薬をたっぷり飲まなければ眠れないようになった。
睡眠薬の副作用でどんどん体調が悪くなっていった。
だが幸いにして、本当に恐ろしい悪夢はただの一度しか見ることがなかった。

それはシンプルな夢だった。
暗い部屋の中、誰かが天井から吊るされていた。
それは俺のお袋だった。何年も前に死んだはずのお袋だった。
俺はお袋を床に降ろそうとするが高すぎてどんなに伸ばしても手が届かない。
そうしているうちに、お袋の体が膨らみ始めた。
やめろ! やめてくれ!
このまま膨れ続けたら……。
パン!
不気味な音が甲高く響く。
そして辺りは一面赤く染まった。
俺はぬるぬるしたものに塗れたまま、ただ呆然と立ち尽くす。

この夢を何度も見たなら、俺は完全におかしくなっていただろう。
だが、俺にとっては夢でもゆっくりたちにとっては現実におきたことなのだ!
悪夢の題材はいくらでもあった。その題材は他ならぬ俺自身が作ったのだから。
なぜ、俺はあんなことをしていたのだろう?
なぜ虐待なんかしていたのだろう?
虐待派の中でも、極まったものは善良なゆっくりでも平気で殺すという。
ただ楽しみのためだけにゆっくりを苦しめることができるのだ。
俺には理解し難いことだし、軽蔑すらしていたが、いっそのことそこまで極まっていれば良かったのかもしれない。
あるいはもっと愚鈍ならば良かったのに。
余計なことに気がつかなければ良かったのに!
偽りの正義を盲信し続けていれば良かったのに!

最初はただ追い払っていた。そのように記憶している。
生き物を殺すのは気が引けたからだ
だが、やつらが公式には生物としては認められず、その体は事実上饅頭と同質と知ると、
俺はなんとはなしにゆっくりを駆除するようになった。
いつからだろうか、『教育』を始めたのは。
……最初は殺す前に少し弄る程度だった。
面白かったからだ。
やつらゆっくりは恐ろしく脆弱で愚かなくせに、豊かといってもいい情感を持っている。
だから面白かった!
子を潰されて本気で悲しむ親ゆっくりは見ていて面白かった!
単純な罠にひっかかって困惑するゆっくりは見ていて笑えた!
無力なゆっくりが必死に無駄な抵抗をする様は見ていて全能感に浸れた!
まんまと騙されて仲間同士殺しあうゆっくりどもは見ていて神になったような気分を味わえた!
そうだ、俺はゆっくりを虐待するのが楽しかったのだ。
だが、良心の呵責もあった。
良心の呵責はあったが、それに全面的に従って虐待をやめることはなかった。
かといって一切心の声を無視することもできなかった。
だから、理由を作った。虐待しても良心が痛まないですむ理由を。
それが『教育』だった。
本気で信じてもいない理想を掲げて、後ろめたい行為の隠れ蓑とした。
自分は良いことをしていると自分自身を騙していた。
だが今、心を覆う欺瞞の鎧を剥がされ、むき出しの良心は痛みにもだえていた。

この頃の俺は心身共に限界だった。
俺はゆっくりたちに謝った。
人間がだ。
ゆっくりよりはるかに強くて賢くて正しいはずの人間がだ。
饅頭ごときに土下座したのだ!
俺は切羽詰っていたのだ。何が何でも許しが欲しかったのだ。
だが、ゆっくりたちは何もしなかった。
嘲ることすらしなかった。
ただ無表情で俺のことを見据えるだけだった。
いっそ、罵り、怒り、呪詛を吐きつけてくれればまだ良かった。
ゆっくりたちは俺の謝罪を無いものとして扱ったのだ。
人間の常識を知らないゆっくりが、土下座の意味を知るはずがない。
人間の誠意など、悔恨の念など、ゆっくりにとっては何の意味もないのだ。
そもそも謝ったからといって親れいむは帰ってこないのだ。
意味を知っていたからといって許してくれるはずがない。
俺は神に許されてもゆっくりに許されることは決してないのだ。



しかし、ついには地獄の日々も終わりを告げた。
俺が壊れてしまう前にゆっくりたちは成体にまで成長したのだ。
その日、ゆっくりたちは自発的に家から出て行った。
実際に約束を交わしたわけではなかったが、暗黙の了解として認識していたのだろう。
……殺すべきだったのだろう。
俺や俺の畑だけではない。こいつらはおそらく出あった人間、さらにはゆっくりさえ迷惑をかけるだろう。
殺すべきだったのだろう。その方がみなのためになる。こいつら自身にとってもそれが良かったのかもしれない。
だができなかった。
最後の機会はすでに逸していたのだ。

四匹のゆっくりは一列に並び、見送る俺と向かい合った。
そしてこう言った。
「人間さん……今までゆっくりありがとう!」
「おまえたち……!」
「人間さんのお陰でれいむたちまりさたちはとてもゆっくりしたゆっくりになれたよ!
だかられいむたちまりさたちは森に帰るよ!
ごはんの取り方も、おうちの作り方も、なんにも知らないけど、きっと大丈夫だよ!
だって……生きる力をくれたから! 人間さんが生きる力をくれかたら!
れいむたちまりさたちは絶対に死なないよ! 絶対に生き残るよ!
それで、それで、たくさんちびちゃんたちを作って、大きな群れを作るよ!
そうしたら帰ってくるよ! 人間さんにおん返しするために帰ってくるよ!
絶対に帰ってくるからね!
それまでゆっくり長生きしていってね!」
ゆっくりたちは去っていった。
一度も俺の方を振り向くことはなかった。
道中の野菜には一切手をつけなかった。来たときと同様に。

俺はただ立ち尽くしていた。
俺はすくみあがっていた。
四匹のゆっくりたちのあの表情! あの死んだような目!
それは、すべてを失い、ただ憎悪のみが残った、純粋なる悪意の結晶体だった!
だが、本当に恐ろしい事実はそれを見たのはこれが始めてではないということだった。
このときになって俺はようやく知ったのだ。
ゲスと呼ばれるゆっくりがどのようにして生み出されるのかを。
俺が今までに行ってきた『教育』の成果を!









by餡ブロシア

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最終更新:2011年07月28日 12:41
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