野菜の生え方について本気出して叩き込んでみた
ゆっくりにおける常識の一つに、「野菜は勝手に生えてくる」というものがある。
これに俺たち畑作人は大変迷惑している。
確かに自然界においては植物は勝手に生長するものだろう。
しかし、人間が作った畑という区画の中では少々事情が異なる。
手塩に掛けて、種から育てた作物を勝手に食べられてはたまったものではない。
そこで、畑にやってきたゆっくりに、野菜の生え方を身をもって知ってもらうことにした。
「せまいよ!ゆっくりできないよ!ゆっくりさせてね!」
被験者はこの透明な箱に現行犯逮捕したれいむ。大きさは一般的な成体ゆっくりより一回り小さいといったところ。
家族で行動する事が多いゆっくりにしては珍しく、単独で畑のキュウリをかじっていた。
「おにいさん!ここからだしてね!おうちかえる!」
畑を襲うゆっくりは大抵が暴言を吐きまくるゲスなのだが、このれいむからはゲスの香りを感じない。
これも珍しいことだった。
とりあえず、実験に入る前に意識調査をしてみよう。
「れいむ。ゆっくりしていってね」
「ゆっ!ゆっくりしていってね!」
「れいむ、お前は野菜の育て方を知ってるか?」
「ゆっ?おやさいさんはかってにはえてくるんだよ!」
「いや、お前がかじっていた野菜は俺が丹精込めて育てたんだが」
「おにいさん、うそつかないでね!おやさいさんはみんなのものだよ!ひとりじめはゆっくりできないよ!」
「皆のものじゃなくて、俺がこの種を蒔いて育てたんだよ」
そう言って、れいむにキュウリの種を見せた。
「ゆぅ・・・?この、しろいつぶつぶさん・・・?」
「そうだ。ここから芽が出て、どんどん生長して、野菜ができたんだ」
「ゆぅ・・・おにいさん・・・ほんとにしらないんだね・・・
おやさいさんははえるところがきまってて、つちさんからはえるんだよ!
こんなちいさいつぶつぶさんからはえてくるわけないよ!
ざんねんだけど、おにいさんがそだてたわけじゃないんだよ!
でもがっかりしないでね!ゆっくりりかいしてね!
わかったらもうひとりじめはやめて、れいむにもおやさいさんわけてね!
そしてれいむをここからだしてね!おうちかえる!」
お分かり頂けただろうか。これがゆっくりの考え方である。
俺は今すぐ叩き潰したいという衝動を何とか抑え込み、大きく深呼吸をした。
大体予想と違わない返答だ。予定通りにれいむに処置を施したいと思う。
「よし。じゃあれいむ、よく聞けよ」
「ゆっ!なに?」
俺は畑の一角を指さした。
「今からここに、この種を蒔く。そうすると、2日もすれば芽が出てくる。
大体2ヵ月後には野菜が実るだろうな。れいむにはそれを確認して欲しい」
「ゆぅ......おにいさん......れいむのはなしをきいてなかったんだね......
おやさいさんはつぶつぶさんからはえてこないんだよ......」
「まあ、俺の話も聞け。もし生えてこなかったら、今ここに植わってる野菜を全部お前にやるよ」
「ゆうううんっっ!?おやさいさん、ぜんぶ!?」
「ただし、ちゃんと生えてきたら勝手に野菜を食べた罰を受けてもらう。どうだ?どっちが正しいか証明しようじゃないか」
「ゆゆーっ!いいよ!このしょうぶ、れいむがもらったよ!」
一も二もなく飛びついてきた。もう勝ったつもりなのだろう、満面に笑みを浮かべている。
......しかし、俺としてはここで乗ってもらっては困る。そんなぬるい証明にちんたら時間を掛けるつもりはないのだ。
分かりやすい方法で、ガッツリとインパクトを与える。そうしないと、餡子脳はすぐに忘れてしまうのだ。
「れいむのおやさいさん、ゆっくりしていってね!ゆ~♪」
「まだお前の物じゃない。それよりれいむ、いいのか?」
「ゆっ?なにが?」
「もしかしたら、俺はここに野菜が生えてくるのを、あらかじめ知っているのかもしれないぞ」
「......ゆ?」
「だから、野菜が生えてくる場所は決まってるんだろ? だったら、俺はあらかじめその場所を把握していて、
そこを証明の場所に選んでいるだけなのかもしれないじゃないか」
「......ゆ!?ゆーっ!」
目を真ん丸に開いて驚愕するれいむ。俺って親切だよね。
「うっかりだまされるところだったよ!やっぱりおにいさんは、ひとりじめするわるいひとだったんだね!ぷんぷん!」
「そう。だから、それだけじゃ証明にならないんだよな。というわけで、こうしよう」
俺はれいむの入っている箱の上面を開けた。
「ゆっ!だしてくれるの?」
跳びはねて脱出しようとするれいむの頭を押さえる。
「まあ待て・・・れいむ、お前の頭から野菜が生えてくることはあるか?」
「ゆっ!?あるわけないでしょ!」
「他のゆっくりから生えてくることは?」
「だからあるわけないよ!」
「だよな。そこで、今からこの種をお前の頭に埋め込むから」
れいむの動きがピタリと止まった。
「な、なにいってるのおにいさん!そんなことしてもはえてくるわけ・・・」
「こうでもしないと証明できないだろ。よし、歯食いしばれ」
「やめてね!やめてええ゛え゛あ゛あ゛あ゛!!」
れいむの髪をかき分け、頭頂部の皮を突き破って親指をねじ込む。
「いだい!いだいよおにーざん!」
ビクンビクンと跳ねて抵抗するれいむを一層強く押さえつけながら、俺は懐からあるものを取り出した。
将棋の駒サイズの小さな機械。盗聴器だ。
これは設置点から電波を飛ばし、離れたところにあるワイヤレスイヤホンに送る。リアルタイムで盗聴できる優れものだ。
電波は山を1つ挟んでも届き、電池は数ヶ月間保ち、水や衝撃にも強い。科学技術の粋を集めた一品だ。
これも種と一緒に埋め込む。
「ばりざあ!ばりざああああ!!」
盗聴器を頭皮の裏に貼り付ける。そうしてから餡の上に3粒ほど種を乗せた。
仕上げにオレンジジュースをかけ、修復させる。あまり皮が厚くならないよう少しだけだが。
「ほら、終わったぞ」
「ゆううっ・・・ひどいよおにいさん!」
一瞬にして頭の傷を治したれいむ。改めて思う。でたらめな生物だ。
俺は先ほど指さした地点にも数粒の種を蒔いた。
「ほら、畑のここにも蒔いたからな。よく覚えとくんだぞ」
「そんなのどうでもいいよ!れいむにゆっくりあやまってね!おわびにおやさいさんもちょうだいね!」
「お前の頭から生えてこなかったらな。そうだな......じゃ、一週間だ。一週間って分かるか。7日だ。
7日経っても芽が出てこなかったら、ここの野菜全部やるし、土下座でも何でもしてやるよ」
「ゆうぅぅ......わかったよ!ゆっくりわすれないでね!」
納得いかない、といった表情を浮かべつつも、れいむは体全体を縦に振った。
「ああ、お前も忘れんなよ。ところでさっき叫んでた“ばりざ”って何だ?」
「ばりざじゃないよ!まりさだよ!れいむのふぃあんせだよ!おにいさんにはふぃあんせいないの?」
「おい、もう帰っていいから5秒以内に俺の目の前から消えろ。さもないと潰す」
「ゆゆっ!ゆっくりおうちかえるよ!」
れいむは箱を飛び出し、山の方に跳ねていった。
言い忘れていたが、俺の家と畑のすぐ隣には山がある。山のふもとに俺の家があると言った方がいいか。
ゆっくり達は山のどこかに群れを作っていて、そこから下りてきて畑を荒らすようだ。
れいむも山の群れのゆっくりなのだろう。
俺はれいむが山林に消える直前に声をかけた。
「おーい、れいむ。困ったら、すぐ俺の家に来てもいいからな」
れいむは振り返って叫んだ。
「こまることなんかないよ!ゆっくりかくごしててね!」
群れに帰る道中も、れいむは憤慨が収まらなかった。
野菜をちょっと分けてもらおうと思っていただけなのに。
訳のわからないことを言われ、訳のわからない理屈で頭をえぐられた。
人間は本当にゆっくりできない生き物だ。7日後にはちゃんと謝ってもらおう。
そう思っているうちに、群れに到着した。
早く家に帰って、まりさとゆっくりしよう。
「むきゅ!れいむ!どこいってたの!」
「ゆゆっ!おさ!」
しかし、それはできなかった。群れの長のぱちゅりーに見つかってしまったのだ。
「むきゅう......おやさいさんのにおいがするわ!にんげんさんのところへいってたのね!」
「ち......ちがうよ!れいむは......」
「うそをついてもだめよ!あれほどにんげんさんのところはゆっくりできないっていってたのに!」
そう、実は人間のところへ行ってはいけないと常日頃言われていたのだ。
この群れには長ぱちゅりーが定めた様々な規律が存在し、みんなそれに従って生活している。
「ゆぅ......ごめんなさい......」
「むきゅ?でもれいむ、どこにもけがはないわね......にんげんさんになにもされなかったの?」
「ゆ!?そ、そうだよ!つかまるまえににげてきたんだよ!」
れいむは証明の話や、白い粒を埋められたのを黙っていることにした。
余計な心配は掛けたくないし、話が長くなりそうだったからだ。
「それよりおさ!にんげんさんはおやさいさんをひとりじめしてるよ!ぜんぜんゆっくりしてないよ!」
「むきゅ......にんげんさんのいいぶんは、『にんげんがそだてているから』らしいわね......」
「そんなのおかしいよ!おやさいさんはかってにはえてくるんだよ!」
「れいむ、いいたいことはわかるわ......でも、にんげんさんはゆっくりよりもつよいから、さからえないのよ......」
それはれいむも身をもって知っていた。あんな力で押さえつけられたのは初めてだ。
きっとれみりゃもあんな感じなんだろう。
「ゆぅ・・・」
「れいむ、こんかいはみのがしてあげるから、もうかえるのよ!むきゅ、もうにどといっちゃだめよ!」
「わかったよ!」
とりあえず、いい返事をしておく。
れいむは長ぱちゅりーと別れ、まりさの待つ家へと急いだ。
「ゆゆっ!れいむ、おそかったんだぜ!しんぱいしたんだぜ!」
木の洞に入ると、愛しのまりさの声が帰ってきた。
「ただいま、まりさ!ごめんね!」
まりさはれいむの自慢の婚約者だ。口はあまり良くないが、根は素直で誰よりも優しかった。
「どこいってたんだぜ?おさんぽにしてはゆっくりしすぎだぜ!」
「ゆゆ......おやさいさんをとりに......」
「ゆっ!?にんげんのところにいったのぜ!?なんでだぜ!?」
「けっこんしきのごはんにしようとおもったんだよ......」
れいむとまりさは結婚式を一週間後に控えていた。その時の祝い膳に野菜を添えようと思ったのだ。
「なんでまりさにだまっていっちゃったんだぜぇ!?」
「ゆ......まりさをびっくりさせようと......」
「ゆっ!きもちはうれしいけど、そんなあぶないことはだめなんだぜ!
れいむはかよわいゆっくりなんだから......れいむがいなくなったら......まりさは......」
「まりさ......」
れいむは深く感動し、また深く反省した。二度と危ない橋は渡るまいと。
「それで、にんげんにはなにもされなかったのぜ?」
「ゆっ......じつは......」
まりさには正直に話すことにした。
透明な箱に入れられたことや頭に白い粒を埋め込まれたこと、全てを話した。
「げすなじじいなのぜ!れいむにそんなことするやつは、ばんしにあたいするんだぜ!」
それを聞いたまりさは、次々と悪態を突いた。心の底からの怒りを抑えられないようだった。
れいむはそれを諫めつつも、ここまで自分を思ってくれていることに、また温かい気持ちになるのだった。
「......ゆぅ。でもちょうどいいんだぜ!けっこんしきのごはんももらえるし、
じじいにいたいめもみせてやれるんだぜ!」
「ゆぅ!?まりさ、それはあぶないよ!?」
「だいじょうぶだぜ!まりさはれみりゃよりもつよいんだぜ?」
確かにまりさは一度、群れを襲いに来たれみりゃを撃退したことがあった。
ただ、その時は勝利を手にするとともに、生死の間を彷徨うほどの大怪我も負っていた。
れいむもまりさが負けるとは思わないが、痛い目にはあって欲しくなかった。
「それでもあぶないよ......おやさいさんをもらうだけでゆっくりできるよ!」
「......れいむはやさしいんだぜ。そんなれいむがだいすきだぜぇ!」
「ゆううぅん!れいむもまりさがだいすきだよ!」
とても幸せなひととき。れいむはまりさと熱い抱擁を交わした。
「すーりすーり!」
「すーりすーり・・・じゃあれいむ、すっきりー!するんだぜ?」
「ゆゆゆ!?だ、だめだよまりさ!すっきりーはけっこんしきのあとだよ!」
だが、とんでもないことを言われて急いで離れた。今、子どもができるのはまずい。
結婚式の新婦が子持ちだったら、ぱちゅりーからは怒られ、群れの仲間からは白い目で見られること請け合いだ。
「つれないんだぜ......」
まりさも本気ではなかったらしく、ニヤニヤと笑いながら身を引いた。
からかわれたと判り、れいむは大いにむくれるのであった。
翌日は2人仲良く狩りに出かけた。
とてもいい天気だったので、丘の上で昼寝をしたり、川の水を掛け合って遊んだりもした。
あまりに楽しくて、れいむは頭の白い粒のことなどすっかり忘れてしまった。まりさと一緒のゆっくりを満喫した。
しかし、その翌日。
この日もいい天気だった。なので、2人は前日と同じように昼寝をしていた。
「ゆーぴ......ゆーぴ......」
「ゆーぴ......ゆー......!!」
――ズキ。
「......!?」
れいむは飛び起きた。突然、頭頂部に小さく鋭い痛みを感じたのだ。
誰かのいたずらか。辺りを見回す。
「ゆーぴ......ゆーぴ......」
隣で健やかな寝息を立てているまりさだけ。他には何もなかった。
「......?」
痛みもすぐに引いていた。違和感があるような気がしなくもない......が、気のせいだろうと断じた。
「ゆっくりおやすみなさい」
1人で呟き、昼寝を再開した。
そして、また翌日。陽も昇らぬ早朝のことだった。
――ズキン。
「!!」
れいむは飛び起きた。今度は気のせいなんかじゃない。頭に走る、はっきりとした痛み。
「いたい......いたいよ......」
しかも、この前と違って痛みは引いてくれなかった。
はっきりと目覚めた今でも、未だにズキズキと響いている。
その上、頭頂部だけじゃなく、その周辺にも広がっているような......
「いたいよ......のどもかわいたよ......」
猛烈な喉の渇きも感じた。この頭痛は、もしかしたら水分が足りないからかもしれない。
静かに寝息を立てるまりさを残して、薄暗い家の外に飛び出した。
「ゆぅっ......ゆぐっ......ゆ゛っ......」
頭が重い。跳ねて着地する度に響く痛み。今までに経験したことのない、相当なものだった。
歯を食いしばって前へ進む。
やがて、暗い森の中を流れる、真っ黒な水の流れにたどり着いた。
「ごーく......ごーく......」
川の水をたらふく吸い上げたれいむ。喉の渇きは収まったが、頭の疼きは収まらない。
「ゆっくり......できないよ......なに......これ」
重い。とにかく頭が重く感じる。病気だろうか。ぱちゅりーに診てもらった方がいいかもしれない――
そう考えたとき、太陽が遠くの山の上から顔を出した。
木々の間を縫って、れいむの周りに光が射す。
真っ黒な水の流れは、きらきら光る透明な流水へと変わった。
れいむの姿が、川面に映し出される。
「ゆ......ゆ゛う゛う゛う゛ぅぅう゛うっ!?」
れいむの口から、絶叫がほとばしった。
その理由は、片目が取れてるとか、リボンが破れてるとか、端の方が腐り始めてるとか、そういう類ではない。
れいむの全身は昨日と同じ状態のまま、何も欠損はない。
ただ、一つだけ、付け加えられているものがあった。
頭頂部から生えている、植物の、短い茎。
「ど......どぼじでえ゛え゛え゛ぇえっ!!」
なんで。どうして。れいむの頭に。茎。茎さん。れいむは何もしてない。
昨日だってずっとまりさと一緒。狩りをして。遊んだだけ。何も――
ぐるぐると回るれいむの脳。頭の痛覚はどこかに吹っ飛んでしまった。
突然、後ろからガサリと言う音がした。
振り返ると、まりさがいた。婚約者のまりさがいた。
目が真ん丸に見開かれている。でも、口は横一直線に結ばれている。プルプルと震えている。
「ちっ......ちがっ!まりさ!これは......」
れいむの口が、勝手に動く。言い訳じみた言葉の断片。
もっと、はっきり、伝えないと、何かの間違いだって――
震えていたまりさの唇が、パカッ、と開いた。
「れいぶのうわぎもの゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛!!」
そう。ゆっくりの頭から生える茎。それはつまり、子どもを宿す茎に他ならない。
ゆっくり同士の愛の行為、“すっきり”によって、母体となるゆっくりの頭から生えてくる。
まれに愛もへったくれもなく、レイプされてこれを生やすゆっくりもいるが、
大抵その場合は頭から何本も茎を生やし、瀕死もしくは黒ずんで事切れた状態で発見される。
れいむは1本しか生やしておらず、外傷もない。
状況証拠から考えれば、他のゆっくりと同意の上で“すっきり”したと推定されるだろう。
ゆっくりの頭から、子どもを宿すこと以外の役割を持った茎など、生えてくるはずがないのだから。常識的に考えて。
「ひどいんだぜえ゛え゛え゛え!!でいぶぅ!ひどいぜえ゛え゛え!!」
まりさの目からボロボロと大粒の涙がこぼれる。
「ちちちがうのお゛お゛お゛お!!ばりざぁ!ちがうのお゛お゛お!!」
れいむも涙目になりながら、必死に潔白を主張する。
「なにがちがうんだぜっ!そのあたまにはえてるのはなんなんだぜええ!!」
「ゆぐっ!......こ、これは......とにかくちがうのっ!なにかのまちがいなのお゛お゛おっ!!」
れいむは本当に覚えがないのだ。他のゆっくりとすっきりなんてしてない。
「うるざいぜっ!しりがるでいぶはしゃべるんじゃないぜ!!」
でもまりさは信じてくれない。動かぬ証拠が頭にあるから。
「こんやくはかいしょうなのぜ!
まりざはもうにどとれいむにちかづかないから、れいぶもまりざにちかよるんじゃないぜ!
あのいえはのこしといてやるから、どこかのゆっくりとあかちゃんたちとしあわせにやればいいんだぜ!」
「まっで......まりざ......はなしを......」
「でいぶなんて......だいっきらいだぜえええぇ!!」
最後の一言が、れいむの胸に深く突き刺さった。
まりさは踵を返し、ものすごいスピードで跳ねていった。あっという間に見えなくなった。
「ゆ......ゆわ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ん!!ゆわあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ん!!」
れいむも涙をボロボロとこぼした。まりさを追おうと1回跳ねたところで、頭の茎が大きく揺れた。
「いだっ......いだいよお゛お゛お!!ゆわあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ああん!!」
痛くて、悲しくて、れいむは泣いた。川のほとりで泣き続けた。
夕方、涙濡れのれいむは家の前にいた。他のゆっくりに今の姿を見られるとまずい。
昼過ぎくらいに体を引きずって戻ってきたのだ。
だが、今のれいむにできることは1つしかなかった。
「まりざぁ......かえってきてよぉ......いっしょにゆっくりしていって......ね......」
もう何度口にしたか分からない、まりさへの懇願。
まりさがいない生活なんて考えられない。誤解で永遠にさようならなんていやだ。
斜めに射し込む日を浴びながら、れいむは機械のように喋り続けていた。
その時、一陣の風が吹いた。
れいむの頭の茎が大きくたわむ。
「ゆぎい゛いぃいいっ......!」
茎は今日1日で、かなり生長したようだった。ちょっと風が吹いただけで揺れる。......それがとても痛い。
「くきさん......ゆっくりしてね......」
頭全体が支配されているような感覚。れいむ自身が生まれ落ちたときも、植物型出産によってだった。
自分の母親のれいむも、この苦痛に耐えて産み落としたのだろうか。
「......ゆ?」
でも、あのときの母親はそれほど苦しんでいただろうか。
茎に繋がっていたときの記憶をたぐり寄せてみる。
......母れいむは、満面の笑みでれいむ達に話しかけていた気がする。
苦痛を感じている様子は、一切なかった。
そうだ。おかしい。いままでに何人も植物型妊娠をしている群れのゆっくりを見てきた。
みんな、元気に『あかちゃん、ゆっくりしていってね』と言っていた。
やっぱり、異常だ。この頭に生えているものは。
そもそも、生長スピードがゆっくりしすぎだ。少なくとも半日以上経ってるのに、赤ちゃんが実る気配もない。
というか、茎って途中で折れ曲がって、自分の眼前で見えるようになる物だったろう。
こんな空に向かって伸びていくはずがない。
おかしい。おかしい。おかしい。
こわいよ。どんなあかちゃんができるの?れいむと、まりさなの?ありすなの?ちぇんなの?
それすらもわからない。
「まりさ......まりさ......かえってきて......ゆっくりしようよ......!」
れいむは再びまりさを呼び始めた。応えるものは何もない。
だんだんと暗くなっていく空。気付かぬうちに、れいむは眠りに落ちていた。
翌朝。
れいむはうっすらと目を開けた。朝日がまぶしい。ちかちかして、周りがよく見えない。
凝り固まった体をほぐそうと、大きく伸びをした。
ビキリ。
「ゆあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ!!あ゛あ゛あ゛あ゛あ!?」
全身を襲う、激痛。体がバラバラになりそうなほどの。
「あっあっあっ......いだああぁぁ......」
少しでも体を動かせば痛みが走る。声を出すだけでも全身に響く。
目のちかちかが一層激しくなる。頭がきゅーっと絞られているようだ。
「だずげで......ばりざ......ばりぁ......」
喉の渇きも昨日と同様に......いや、昨日より遥かに強い。
でも動けない。大きく動いたら、それだけで瓦解する気がする。
ふと、れいむは口の中に広がる甘味を感じとった。
舌の上に、何か紐のような物が乗っているのも感じる。
何だろこれ。
まぶたと舌だけは動かしても痛くなかった。舌で紐を辿る。
紐は、自分の上あごの真ん中を突き破って伸びていた。
そこからジクジクと漏れ出す自分の血。甘い血。
「ゆぴゃああぁぁ......なにごれ......」
強い風が吹いた。れいむの頭上の茎は為すがままに翻弄される。
ざわざわと葉擦れの音がする。
「いだああ゛あ゛あ゛あ!......やべて......かぜさん......
くきさん......ゆっくりしてね......ざわざわやめてね......」
......あれ?
......ざわざわ?
おかしい。おかしいおかしいおかしい。
赤ちゃんの実る茎に、ざわめく葉っぱなんてあったっけ?
れいむは眼球を無理やり上に向けた。未だにちかちかする視界も移動する。
そこには、明らかに異常な植物が植わっていた。
茎だけじゃなく、葉も、蔓も見える。
なんだっけこれ。どこかでみたようなきがする。
......。
......。
にんげんさんのところでたべた、おやさいさんだ!
「ゆわあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
れいむの頭の中で、4日前の出来事がフラッシュバックした。
食べた野菜。白い粒。埋め込まれた白い粒。
「おにい......さん......ほんとう......だったんだね......」
「れいむ?......れいむううぅ!!」
すぐ近くで、まりさの声がした。
「そのあたまのはなんなのぜ!?ゆあぁ、からだもぱりぱりなんだぜ!」
戻ってきてくれた。まりさが戻ってきてくれた。頭のどこかでそう考えた。
でも、知ってしまったあることに対するショックと、それについて考えるので精一杯で、返事ができなかった。
「まってるんだぜ!いますぐおさをよんでくるんだぜ!」
「むきゅ!すぐにみずをもってくるのよ!このままじゃひからびてしまうわ!」
長のぱちゅりーがやってきた。ついでに集まってきた野次馬に指示を飛ばしている。
「むきゅ......れいむ、ちょっと“しんだん”させてもらうわよ」
ぱちゅりーは人間に飼われていたことがあるらしい。
そのために知識が豊富で、群れの長であるとともに医者でもあった。
ぱちゅりーがれいむの体を触診しようと近寄る。しかし、ちょっと触れただけでれいむは敏感に反応した。
「いだあ゛ああ!!いだい、いだいよぉ......さわらないで......」
やむなくぱちゅりーは離れて、外見を診るだけにとどまった。
「むきゅ......これは......どういうことなの......」
「れいむ......れいむっ......」
まりさも泣き腫らした目に、いっぱいの涙を溜めてれいむを見つめている。
そんな婚約者に対し、れいむは口を開いた。
「ばりざ......おにいさんの......いってたことは......ほんとうだったんだよ......」
「......!?まさか......そんなことあるわけないんだぜ!」
「むきゅ?なに?どういうこと?」
すぐさまぱちゅりーが割り込んできた。
「まりさ、おにいさんってなに?ちょっとはなしをきかせてもらうわ」
「ゆ!?で、でも」
「まりざ......おさに、はなしてあげて......」
「まりさ、こっちにきて」
まりさとぱちゅりーは家の裏に跳ねていった。
れいむは、いくらか落ち着いた頭で再び考え始めた。
お兄さんの言っていたことは本当だった。つまり、れいむが間違っていたと言うこと。
お野菜さんは人間さんが白い粒から育てていて、独り占めしている訳じゃないと言うこと。
......ごめんなさい。おにいさん、ごめんなさい。うそついて、ごめんなさい。
......れいむはどうなるの?このままあたまにおやさいさんができるの?
とってもおもくて、いたいよ。ゆっくりできるの?れいむは、ゆっくりできないの?
いやだよ。たすけて。ごめんなさい。ゆっくりしたいよ。だれか、たすけて――
その時、思いだした。お兄さんが別れ際に言ってたこと。
『困ったら、すぐ俺の家に来てもいいからな』
おにいさんは、こうなること、わかってたんだ――
「おさー!みずをもってきたんだよー!」
「......むきゅ。じゃあそれをれいむにかけてあげて」
いつのまにか、まりさとぱちゅりーは戻ってきていた。
群れの、とあるまりさの帽子に大量の水を入れたものが運ばれてきた。
それをれいむの体に少しずつ掛けていく。
ぱりぱりに乾燥していた皮膚が潤いを取り戻していった。
「ありがとう......ゆっくり......できるよ......」
全身に染み渡る水で体が柔らかくなり、れいむは少し楽になった。
「ゆっ......ゆぐっ......!いだっ......!」
しかし、それでもまだ体を揺らすと相当痛い。
「......れいむ。はなしはきいたわ。きいたけど......しんじられないわね」
「ほんとうだよ......おさ。れいむのあたまにはえているのは」
「......おやさいさんね。それはわかるわ。
むきゅう......でも、おやさいさんはつちさんからはえてくるのよ?しろいつぶなんかからは......むきゅ」
ぱちゅりーは信じられない、と言った。当然だ。ゆっくりの常識から考えれば、あり得ない。
でも、現にれいむの頭からは野菜の茎が生えている。完璧な矛盾。
「いまはそんなのどうでもいいんだぜ!おさ!れいむはたすかるんだぜ?」
「むずかしいわ......ここまでせいちょうしてしまうと......」
「なんで......なんでなんだぜ!はやくひっこぬいてしまえばいいんだぜ!
そもそもどうしてれいむはこんなにいたがってるんだぜ!?ただくきがはえてるだけなんだぜ!」
「むきゅ!おちついてまりさ!おやさいさんとあかちゃんのくきはちがうのよ!」
ぱちゅりーは説明を始めた。
赤ちゃんが実る普通の茎は、頭頂部から体の外に向かって、ただ生えてくるだけである。
強引に引っ張っても根本で千切れて取れるだけ。
しかし野菜の茎は通常、土の上に茎を伸ばすと同時に、土の下に“根”と呼ばれるものも伸ばす。
“根”は白い紐のようなもので、複雑な形をして伸びている。
無理やり引っ張ったら、周りの土も一緒にまとわりついて出てくる。
「......つまり、いまむりやりひっぱったら、れいむのあんこさんもいっしょに......むきゅ」
「そんな......そんなばかなこと、あるわけないんだぜ!」
れいむはその話を聞いてもあまり驚かなかった。
「おさ......れいむのくちのなかに、ひもさんみたいなのがあるよ......」
「むきゅ!?みせて、れいむ」
れいむの口の中を確認したぱちゅりーは、悲しそうに目を閉じた。
「まちがいないわ。ねっこさんよ。ここまでふかくのびていては......もう......
そしていつか、れいむの、めやからだをつきやぶってでてくるわ。そうなれば......むきゅぅ」
ぱちゅりーの悲痛な声。その声色だけで、何を言わんとしているかは明白だった。
まりさの目から、昨日と同じように涙がこぼれ落ちた。
「でいぶう゛う゛う゛う゛う!!うぞだ!うぞだあ゛あ゛あ゛あ!!」
周りを取り巻いていた群れのゆっくりからも、すすり泣きが聞こえた。
「うぞだ!!でいぶは......ばりざど......ずっといっしょに......ゆっぐりじで......
......ころす。じじいをごろず!ずっどゆっぐりできなくじてやるんだぜえ゛え゛ぇえ!!」
「まって......まりさ」
そんなことを言ってはいけない。間違っていたのはれいむ達なんだから。
その上、あの優しいおにいさんは、救いの道も用意してくれていた。
「おにいさんが......いってたんだよ。こまったときはすぐにこいって。
......れいむは、いかなくちゃいけないよ」
「だ、だめだぜ!こんどこそ、なにされるかわからないぜ!ゆっくりできなくさせられるぜ!」
「いかなくても、いつかゆっくりできなくなるよ......だいじょうぶだよ。あのおにいさんは、ゆっくりできるよ」
その後れいむは、まりさやぱちゅりーをゆっくりと説得した。
もう治すにはそれしかない、という状況が効いて、ぱちゅりーからはわりとすぐ了承をもらった。
まりさはなかなか許してくれなかった。まりさとずっとゆっくりしたい、だから行かせてくれ、と何度も繰り返した。
最終的には「じゃあまりさもいっしょにいくんだぜ!じゃないといかせないぜ!」ということになった。
お世辞にも口がいいとは言えないまりさは、初対面の相手にはあまりいい印象を与えない。
少しだけ不安を感じたが、それ以上に付いてきてくれることへの感謝と頼もしさを感じた。
れいむとまりさは、2人で人間のところへ向かうこととなった。
しかし、問題があった。
れいむは、ちょっとでも体を動かしただけで激痛に見舞われる。
でも人間のところへ行くには、移動しなければならない。
この群れにはスィーもないし、ドスまりさもいない。
れいむは、ひたすら耐えつつ、人間の家まで自分の足で跳ね続けなければならないのだ。
「じゃあ、いくよ」
「......がんばるんだぜ、れいむ!」
頭に大きな茎を生やしたれいむは、それを揺らしながら一歩目を踏み出した。
ビキキィ!
「ゆぐぁあっ!」
着地と同時に、視界が真っ白になるほどの痛みが襲ってくる。思わず声が出る。
ビキィ!
「ゆっぎゃああ!」
でも立ち止まらない。なるべく、苦痛の時間は短くしたい。
ビキィ!
ビキィ!
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
痛い。とにかく痛い。体の内側のあらゆるところが、殴られている。外に向かって。ひねりを加えて。
ねじ切られるような。バラバラにされるような。引きちぎられるような。壊されるような。とにかく痛い。痛い。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
おにいさん。おにいさん。ごめんなさい。ごめんなさい。
やさしいおにいさん。れいむ、まだゆっくりしたいよ。
おねがい。たすけて、たすけて、たすけて!
「あ゛あ゛あ゛あ あ゛ あ゛あ゛あ゛ あ゛あ゛あぁ!!」
後ろの遠くの方で、まりさの声が聞こえた気がした。
「あ゛ ゛ あ゛ ゛ ぁ」
朦朧とした意識の中で、おにいさんの家の屋根を見つけた。
「来たな。れいむ」
俺はオレンジジュースのパックを引っつかんで、家の外に飛び出した。
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あとがき
キュウリってそんな簡単に饅頭に根付くものなの?あと明らかに生長スピード速すぎるだろ!
......という突っ込みはご容赦下さい。
しかしもっとライトにまとめるつもりだったんですが......重い。
こんな乱文でも付き合えるぜ!という方は、次も読んでやってください。
過去作品
- ゆっくりバルーンオブジェ
- 暗闇の誕生
- ゆっくりアスパラかかし
- 掃除機
最終更新:2011年07月30日 02:05