• やっぱりこの人はすごい


「なかなか美味かったな」
「……ハ?」
 美味かった、だと?
「何を言ってる?」
 黒ゆっくりは答えず、窓の外に再び眼を遣った。
 そうだ、こいつは虐待死の復讐と言った……俺はまだ殺していない。殺したのは……
「何を、食った」
 夕日は落ち、外は暗くなり始めている。この時間になったら、家の中に戻るようにしつけてある。しかし、いない。
「まあ落ち着いてほしいな。お前さんも何か腹に入れたらいい」
「答えろッ!」
 まさか、こいつは、まさか。
「牛乳などはどうだ? カルシウムも取れる」
「答えろぉおッ!!」
 怒号が喉を張り裂かんばかりに発せられ、窓を響かせる。信じたくない、そんなはずがない、そんなはずがない!
 黒ゆっくりは大仰に目を見開いて、何かに気づいた様子を演じる。
「ああ、そうか。怒るのも無理はないな。そう、まだお礼を言ってなかった」
 黒いゆっくりは、ゆっくりと、黒く、言った。
「ごちそうさ「破ぁーーーーー!!」」
 その直後、叫び声とともに青白い光が飛んできて、黒ゆっくりを包み込む。
 突然の襲撃に驚く暇も、断末魔の叫び声もあげる暇もなく、目の間で黒ゆっくりが消し飛んだ。
 男はあまりに突然の出来事に呆然としていた。先ほど起こったことを理解するために脳が全力で働く。
 生かさず殺さずの状態にあったレイムを両手でバラバラに解体していたが、それを気にする素振りさえない。
「おーい、大丈夫ですかー?」
「……ッ!」
 どのぐらい時間がたっただろうか。男は突然かけられた声で正気に戻った。慌てて窓を開け、声がした方を見る。
 ひとりの青年が、子供を抱えて立っていた。抱えられた子供はぐったりとしている。しかし、僅かに上下する胸がその生命に別状がないことを告げていた。
「よかった……。生きてる……! 生きてる……!」
 その子供は、まごうことなき自分の大切な宝。黒ゆっくりに食われたと思った、自分の息子。
 男の双眸からはとめどなく液体が流れ出す。男は、泣いた。うれし涙を恥ずかしげもなく流した。
 一通り涙を流したところで、男は息子を抱えている青年を改めてみる。
 さっきの青白い光は、きっとこの青年が出したものだろう。そして、息子を救ってくれたのも。
 普通であれば俄かに信じがたいことだが、何せ状況が状況だ。男は疑うことなくそう思った。
「随分と危ないところでした。」男が落ち着くのを待っていたかのように青年が口を開く。
「お子さんの方は、肩の肉が少し食い破られていただけです。その痛みで気を失ったようですが、命に別状はありません。
 大方、あなたを動揺させるためにお子さんの血肉が少し欲しかったというところでしょう。
 あ、肩の傷は俺が治しておきました。少しあとは残りますが後遺症の心配はしなくて大丈夫です。
 本当はすぐにあなたの方へも駆けつけたかったのですが、レミリア種を目撃しましてね。
 念のためを思って掃討していたのですが、思ったより時間がかかってしまって……。」
 青年が苦笑交じりに話を続ける。男はぽかんとして話を聞いていた。
 いったん話を区切ると、青年は抱えていた子供をやさしく床へ下ろす。青年は軽く肩を揉み息をついた。
 子供の服は少し破れていてところどころに血が付着しているものの、肉体には目立った傷はなかった。
「ゆっくりをいじるのもいいですが、お子さんから目を離してはいけませんよ」
 少し口調を強め、青年は男を叱咤した。
 確かにその通りだと男は痛感する。あのとき自分が目を離していなければ、この子が怖い目にあうこともなかったかもしれない。
 思いつめたように考え込む男の肩を、青年は軽く叩いた。
「そう思いつめないで下さい。結果的にお子さんは無事です。ゆっくりも始末しました。」
「し、しかし……」
「それに、あなたがお子さんを大切に思っているのがわかったからこそ、俺は助けたんですよ」
 青年は曇りのない笑顔をみせた。その笑顔に、男も釣られて笑う。
 ここで男は、この青年にお礼を言っていないことを思い出した。慌てて頭を下げる。
「本当に……本当にありがとうございました」
「いえいえ。やるべきことをしたまでです」
「よろしければお名前を……」
「名乗るほどの者ではありませんよ」
「お礼の方をしたいのですが……」
「先ほどの言葉だけで十分です。それに、急ぎの用がありましてね。……では」
 そういうと青年は一瞥し、どこかへ走り去っていった。
 すごい人もいるもんだなと男は思った。

 男の家をあとにした青年は、近くで待たせていた青年と合流した。
「Tさん、今回はやっかいでしたか?」待っていた青年が尋ねる。
「そうでもないな。あのゆっくりはこの世のものじゃない。相性抜群って奴だ」Tさんと呼ばれた青年が答える。
「そういうもんですか。それにしても、やっぱゆっくりって不思議ですね。人肉を食らうなんて恐ろしい」
「特別な力を得た優越感の証として人間の血肉を食らっていたのかもな」
「Tさんが始末しなかったら更に被害は広まっていたかもしれませんね」
「そうでもないさ」Tさんは軽く笑い、話を続ける。

「身の程をわきまえないものが調子に乗った先は破滅だ。俺が手を出さなくても、遅かれ早かれ誰かに始末されていたさ。
 身の程をわきまえる謙虚さというのはどんなものにでも必要だな」

 それに。と呟き、Tさんはちょうど目の前に現れたれいむを掴み、青白い光を使い一瞬でれいむを焼き上げた。
「饅頭はしょせんどこまでいっても饅頭さ」焼きあがったれいむをうまそうに食べながらTさんが言う。

 寺生まれはすごい。分けて貰ったれいむを頬張りながら青年は思った。



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最終更新:2022年05月18日 21:31