―――――愛にできることはまだあるかい――――
目を覚ました時には全てが変わっていた。
ここはどこだ?
困惑と共に辺りを見回す。周囲には様々な人影があった。
が、奇妙なことに、そのいずれにも黒いもやがかかっており、ソレが男なのか女なのか、はたまた大人なのか子供なのかもわからなかった。
わけがわからないと思いつつも、私はひとまず手を伸ばしてみるが、影に触れることは叶わず、すり抜けてしまう。
いったいこれはなんなんだろうと思いつつ、私は傍にある椅子にもたれかかった。
ブ―――ッ
突然のブザー音に、私はあわてて飛び跳ねた。
瞬間、身体が椅子に縫い合わされたかのように硬直し、不思議なことに声すら出せなくなってしまう。
たちまち襲い掛かる困惑と恐怖に飲まれる私を他所に。
ズチャズチャズチャズチャ
どこか軽快な音楽が流れ始め、いつの間に現れたのか、前方の巨大なスクリーンに映像が流れ始めた。
そして、映し出されたのはなにやら奇妙なパントマイムを踊り狂う頭部がハンドカムの奇人。それを見て憤るポップコーンと紙カップ、そしてハンドカムを捕まえるパトランプ。
No.More映画泥棒の文字と共に、再びスクリーンは暗転。
わけがわからない...呆然とする私を置いて、再び映像が流れ始める。映し出されたのは雨。途方もなくどんよりとした雲から降り注ぐ雨だ。
そこから流される映像は、少年と少女の物語。雨に包まれた世界を晴れにする少女と、彼女に惹かれていく少年のボーイ・ミーツ・ガールな世界だ。
どんよりとした空模様を晴らすまぶしいほどの陽光。弾けるような老若男女の笑顔。そして明かされる残酷な真実―――
なにやら編集したのか、ところどころ繋ぎに不自然な場面があったけれど、私は、当初の困惑すら忘れるほどの映像美に魅入っていた。
そして、少女が少年の前から消え去り物語が佳境に入ってきたまさにその時、バツン、とスクリーンから映像は消え失せ再び暗闇に戻る。
―――そんな、ここまで見せておいて生殺しだなんて。
不満を口に出そうとするもやはり声は出せない。身動きもとれない。
「―――堪能してもらえたかの」
キィン、というハウリングと共に声が響き渡る。
老婆だ。いつの間にか舞台脇に立っていた老婆がマイクを手にしていた。
「今の映画でなんとなく彼奴らの背景は掴めたじゃろう。天気は天野陽菜の存在によって保たれている。それがこの世界のルールじゃ」
コホン、とひとつ咳払いをし老婆は続ける。
「さて。そなたらにこれを見てもらったのには相応の理由がある。...これよりそなたらにはバトルロワイアルに参加してもらう」
バトルロワイアル。
その如何にも物騒な単語に理解が追い付かなかった。
バトル?ロワイアル?つまり私はだれかと戦わなければならないということ?
そんな私に答えるかのように、老婆は話を続ける。
「困惑している者もいるようじゃな。まあ、早い話がそなたら参加者同士で行われる殺し合いじゃよ」
殺し合い―――あっさりと告げられたその単語にますます困惑してしまう。
殺す―――つまり殺人をする。誰が。私が、誰かと?
「といっても、そなたら全員が死ぬ必要はなく、手を汚す必要もない。ただ制限時間まで大人しくしていれば帰れないこともない」
へっ、と思わず声を漏らす。
いきなり連れてこられて、雑に切り取り編集された映画を見せられて、殺しあえと言われたと思えば全員が死ななくてもいいという。
情報が二転三転しすぎだ。このお婆さんはなにをさせたいのだ。
「ルールは簡単。天野陽菜を連れ戻そうとする『森嶋帆高』を制限時間まで食い止めよ。『森嶋帆高』の生死は問わん。如何な手段をもってしても『森嶋帆高』を食い止めればそれでこのゲームは終わりじゃ」
森嶋帆高―――さきの映画の少年の名前だ。彼を止めれば殺し合いなんて起きず、私は家に帰れるのか。
なんだ、簡単じゃんと止めようとした思考に待ったをかける。
たしか、映画では天野陽菜は人柱となって現世から消えてしまったはずだ。彼女を連れ戻すということは彼女を現世に呼び戻すということ。
逆に言えば。彼女を連れ戻そうとする帆高の邪魔をするということは、彼女の存在を消すということではないか。
「そしてこのゲームにおいてそなたらの命運を左右する最も重大なルールじゃがな」
「神子柴――――!!」
突如、老婆の言葉を遮り、叫びが響き渡ったかと思えば、薙刀を持った女性が舞台に躍り出てきた。
「ふん、貴様か...下がっておれ。説明はまだ終わっておらん」
「うるさい...あんた、勝手に自殺したかと思えば今度はなに?ふざけるのも大概にしな!」
「今までわしの財力で暮らしてきた小娘がよく吼えるわ...それで?わざわざ上がってきて貴様はどうするつもりじゃ?」
「...あんたのことさ。目的はなんとなくわかってるわ。そしてそれが絶対に許せないことだってのも」
女性は老婆を睨み、薙刀を持つ手をぐっと握りしめる。
「娘たちはあんたを斬らなかったが、あたしは違う。あんたこそ日の本の...いえ、あの子たちの悪鬼。だから、あんたはここで私がたたっ斬る!」
「巫女でもない青二才がほざきよる。ならここで死んでもらうとしようかの」
老婆がパチンと指を鳴らすと、床下や背後から大量の魑魅魍魎じみた異形が湧いて出てくる。
「やれ、貴様ら」
老婆の合図とともに怪物たちは一斉にとびかかる。
女性は襲い来る異形にも怯まず、深呼吸をひとつ。そして
「ハッ!」
ザンッ。
一閃。怪物たちは、あえなく斬られ、あるいは吹き飛ばされ彼女から引きはがされた。
「巫女じゃなかろうが関係ないさ。...あの子たちに運命を託す他なかったあの時をバネに、私は鍛錬を重ねてきた。大切なものを失わないために。あんたみたいなクズからあの子たちを守るために!」
「...威勢がいいのは構わんが、状況は変わらんぞ?」
老婆の言うとおりだ。
あの女性は確かに強い。だが、怪物たちは際限なく湧き出て、なおも彼女へと迫りくる。
このまま続けば、女性は間違いなく体力が尽き怪物に殺されてしまうだろう。
「だったら―――」
女性は、薙刀を地面に突き立て、腕力で身体を垂直に立てる。
そのまま、薙刀を押し、宙に飛び翻り、老婆へと飛び掛かった。
怪物たちもその唐突なアクロバティックな動きに付いてこれず、老婆への接近を許してしまう。
女性の薙刀が、老婆へと迫る。
行ける!と私が確信したその瞬間
ボンッ。
小さな爆発音が響き渡った。
「...と、まあ、このように、わしに逆らえば巻かれた首輪が爆発し死ぬことになる。常々心しておくように」
「―――――キャアアアアアアアアア!!!!」
誰かの悲鳴が響き渡り、たちまち周囲が困惑と恐怖に満たされていく。
私もまたその一員となっていたが、しかしここで気が付く。
先ほどまで動かなかった身体が自由を取り戻していたことに。
なにがなんだかわからなかったが、これはチャンスだ。私はすぐに振り返りこの場から逃げ出そうとするが...
「やれやれ...小娘のせいで予定が狂ってしまったわい。ひとまずゲームを始めてしまうとするかの」
足元から激しく煙が噴射し、それを吸い込んだ私の膝が力を失いがくりと地に着いた。
「ルールの詳細はデイバックに張り付けてある説明書に記載されておる。忘れず目を通しておくことじゃ。そうそう、それと―――」
朦朧としていく意識の中、老婆の声が耳に木霊する。
「その説明書には各々がこなすことで褒美を得られるお題が記載されておる。それを達成した暁には如何なる願いをも叶えてやろう。例えば―――」
堕ちていく瞼が最後に映したのは、手で口元を隠す老婆と、爆死した女性の身体が光に包まれると共に、瞬く間に再生していく様。
「こんな、道理をこえたことも可能じゃ。どうしても願いを叶えたい者は是非とも参加してもらいたいのう」
堕ちる意識が聞き遂げたのは、女性の小さなうめき声と老婆の甘い誘惑だった。
【時女静香の母@マギアレコード 死亡】→【時女静香の母@マギアレコード 蘇生】
主催
【神子柴@マギアレコード】
【カメラ男@映画泥棒】
【パトランプ男@映画泥棒】
【ポップコーン男@映画泥棒】
【紙コップ男@映画泥棒】
最終更新:2021年01月04日 01:32