「冬馬661~670」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら

冬馬661~670」(2016/01/27 (水) 17:10:18) の最新版変更点

追加された行は緑色になります。

削除された行は赤色になります。

[[冬馬651~660]] お風呂を済ませると、リビングにもう冬馬先輩の姿は無かった。 休むといっていたし、もう寝てしまったのかもしれない。 客間に行って確認するのも憚られるので大人しく階段を上る。 そして自室に入って扉を閉めた。 「私も寝ようかな」 部屋の電気を消そうとして、干してある制服のスカートが目に入る。 脱いだときはかなり濡れてしまっていたけれど、もうほとんど乾いているようだった。 (そういえば……ポケットに番号札が入りっぱなしだったっけ) 私はポケットに手を入れて、札を取り出す。 プラスチックのプレートに703と印刷されている。 水野先生はこれが一郎くん達と冬馬先輩の確執の原因だと言っていた。 (サイコメトリーって言っていたけど、私にも出来ないかな) ベッドに腰掛けて、番号札を両手で握り締める。 静かに目を閉じ、物に残ったままの思念を取り出そうとする。 けれど何の情景も記憶も思い浮かばない。 今の私の力では無理だったようだ。 「やっぱり、出来ないか」 仕方なく諦めて、枕の横に番号札を置く。 そしてそのままゴロンとベッドに寝転がった。 「いくらなんでも上手くいくはず無いよね」 やはり力を手にしないと、色々不自由なのままだ。 私が本来の力を取り戻す事に冬馬先輩は反対していた。 けど私の気持ちを知って、周防さんに話をしてくれると言ってくれた。 今はそれを信じて待つしかない。 (春樹が出て行ったり、一郎くんと冬馬先輩の仲がますます悪くなったり……) 事態は良くなるどころか日に日に悪くなっている。 何とかして好転させたいけど、思い通りにはいかない。 (私には未来を変える力があるらしいけど、実感無いよ) 私の中の別人格の存在が気にならないといえば嘘になる。 春樹が出て行ってしまった今、悠長に構えている場合ではない。 (せめて体力だけでも回復させておかなくちゃ) 「お休みなさい。チハル」 少し時間は早かったけれど、チェストの上で動かないままのぬいぐるみに声を掛ける。 そしてゆっくり目を瞑った。 「では君達が目を通した限り、コードNO.673が最有力だと言うのかね」 神経質そうな白衣の中年男性が話をしている。 ほとんど白で統一された殺風景な室内に放り出されてしまった。 また夢の中に入り込んでしまったようだ。 長机に少年が二人、その対面にさっき話していた白衣の男性が座っていた。 「うん……。だよね、兄さん」 気の弱そうな少年が確認するように横を見る。 「そうです。ただ、モニター越しでは僕達の見る力にも限界があります」 ハッキリとした口調で答えた少年。 涼しい目元やよく整った目鼻立ちには既視感がある。 幼さはあるものの良く見知った顔と口調だった。 (そうだ! 一郎くんだ) 歳は7、8歳で小学校一、二年生ぐらいだろうか。 二人とも水色のセパレートの簡単な衣服を身に纏っている。 まるで入院患者が着るような病院服だ。 (兄さんと言った隣の子が……修二くんなのかな) オドオドと下を向いたきりの少年が修二くんだろうか。 面影があるものの随分と印象が違うので全く分からなかった。 「君達が最も鏡に近いと上は見ているようだが……しょせんはただの子供の戯言だ」 白衣の中年男性は馬鹿にするような口調で言った。 「僕達が鏡であるのは間違いありません。僕には鏡だった過去の記憶もあります」 「知っている。文献と符合するところが多いらしいな」 「素性も明かしたし、協力もしてきた。いい加減に僕達を開放してください」 「だが、弟の方は記憶を持っていないそうじゃないか」 「それは……」 「ここは能力者の墓場だ。成果を出せなければ分かっているな」 「………………」 中年男性は気弱そうな弟の方を見る。 大人の威圧感に負けたのか、肩をさらに小さくすぼめた。 「でも僕達は二人でないと力が弱まってしまう。弟の修二も鏡で間違いないはずです」 「ここでは弱者を庇うほどの余裕は無いんだがな」 中年男性はどっちでもいいと言う投げやりな言い方をした。 (修二って……やっぱりこの子達は一郎くんと修二くんなんだ) 子供の修二くんには現在のような強引さや自由奔放な部分は欠片もない。 怯えるように萎縮して、視線を落としてしまっている。 小さい頃とはずいぶん性格が変わってしまったようだ。 (だけど、どうしてこんな夢を見ているんだろう) 今はまだなぜこんな夢を見ているのか分からない。 何か意味があるのかもしれないし、そのまま見続ける事にする。 今は子供の一郎くんと白衣の中年男性が会話を続けているところだった。 「無事に施設を出たいのなら、他の神器とやらを早く見つけ出して欲しいものだ」 「だから僕達はNO.673が最も剣に近いと疑っているんです」 「私は子守のためにここに居るわけじゃないんだ」 「どういう意味ですか」 「いいか、NO.673は私が作った欠陥品だ。そんな大層なもののはずが無い」 「でも僕達は……」 「奴は私が調べつくしたんだ。もう何も出てこんさ」 白衣の中年男性は苛立たしげに言葉を吐き捨てる。 (もしかしてこの人は冬馬先輩のお父さん?) 「とりあえずNO.673に直接会わせてください。そうでないと僕達だって判断できません」 「いいだろう。ただNO.673は話すことさえできない。失望しないといいんだがな」 先輩のお父さんらしき男性が立ち上がり、壁付けの白い電話機を取った。 「面会室にNO.673を入れてくれ。そうだ、ああ、そうしてくれ」 男性は電話を置いて、一郎くん達に向き直る。 「別室で面会できるよう手配をしておいた。しばらく待っていろ」 「よかったね兄さん。やっとここから出られるね」 「そうだな」 「ぬか喜びにならなければいいがな」 「僕達には感じるんです。そうでなければNO.673を選んだりしません」 「まぁいい。君達のこれを付けておけ。それぞれのコードナンバーだ」 男性は一郎くんと修二くんに何かを渡している。 (これは……) 一郎くんと修二くんの胸にはそれぞれ602、603のプレートを胸に付けた。 この番号札は間違いなく私がさっきまで触っていた物と一緒だ。 (私、サイコメトリーに成功したのかも) 浮遊霊のように実体のない私を無視し、彼らは動き出した。 どうやら面会室と呼ばれる部屋に行くためのようだ。 一郎くんと修二くんは男性の後に並んで付いて行く。 しかし黙って歩いていた途中、修二くんが突然立ち止まってしまった。 顔をしかめて苦しそうに頭を抱えている。 「どうした? 修二」 「……何でも……ない」 「もしかして、またあれが視えたのか?」 「ううん、本当に何も無いよ」 「未来を感じる能力はお前しか持っていない。教えてくれないと僕には分からないんだからな」 「違うって。ただの立ちくらみだよ」 「だったらいいが……」 「ほら行こうよ。これ以上あの人を待たせるとまた嫌味を言われるよ」 「……そうだな」 修二くんの顔色は青白くなったまま優れない。 足取りもひどく重そうだ。 「本当に大丈夫か、修二」 「うん。ほら、着いたみたいだよ」 白衣の中年男性は扉の前で立ち止まった。 「ここはマジックミラーで別室から被験者を観察できる。まず、そちらから見て判断するといい」 一郎くんと修二くんは案内された場所に入っていく。 そこは薄暗い部屋になっていて、ガラスを隔てて奥まで部屋が続いていた。 「あれがNO.673だ。年齢は君達より一つ年上になる」 鏡越しの少年は明るい蛍光灯の下に居た。 髪は伸び放題で、手足はダラリと伸ばしたまま。 上下一体になった患者衣のような服を着て、椅子に座らせられていた。 一人では座る事も難しいのか、別の白衣の人が折れそうな腕を持って支えている。 口は半開きでその唇は乾燥しきっていた。 (あの子が……冬馬先輩……ひどい……) 人の形をしていたけれど、意思や覇気は一切感じられない。 まさに人形そのものだった。 「どうだ。あれは言葉も話さなければ排泄も一人では出来ない。 実験動物以下のゴミだ。それでも神器の一人だと言うのか」 一郎くんと修二くんに向かって白衣の男性が忌々しげに言った。 「どうだ、修二」 「……わからない、かな」 「僕も判断できない」 「だってあの子……他人との接触を拒んでいるみたい」 「神器ならば触れてみれば分かるかもしれないが」 「そうだね……」 兄弟の会話を聞いていた白衣の中年男性が口を開く。 「では鏡の向こうの部屋へ行ってみるといい。それで満足するのならばな」 「修二、行ってみよう」 一郎くんが修二くんを促す。 だけど修二くんはその場から動かない。 「早く行くぞ、修二」 「兄さん待って。僕は……一人で行ってみるよ」 「は? 何を言い出すんだ修二」 「僕は兄さんのお荷物なんかじゃない。それを証明したいんだ」 「だが二人ではないと本来の力の半分しか出せないんだぞ」 「それでも……僕にだってやれるって分かってもらえるチャンスだから」 弱々しい口調ばかりだった修二くんにしては強い言い方だった。 一郎君に比べて修二くんの扱いが軽んじられているのはさっきの会話から私でも受け取れた。 修二くんなりに認めてもらうチャンスが欲しいのかもしれない。 「……いいじゃないか。No.603だけ行ってくるといい」 中年男性が横から口を出す。 「しかし……」 「行かせて、兄さん」 「わかった。駄目だった時は俺も一緒だからな」 「ありがとう」 修二くんは一郎くんを見て微笑む。 「じゃあ行ってくるから。……あの、兄さん」 「どうした?」 「無事に家へ帰ったら、お父さんとお母さんに謝っておいて」 「突然何を言い出すんだ」 「僕達を見捨てた人達だけどそれでも会いたくなるものなんだね」 「……? 何の話をしている」 「ううん、やっぱりいいや。じゃあ行ってくるから」 修二くんは寂しそうに笑って、去っていく。 しばらくすると、鏡越しに修二くんが現れた。 ゆっくり冬馬先輩の前に立つと静かに語りかけた。 「僕の名前は宗像修二。君の名前を教えて」 「………………」 「施設で生まれ育ったコレには名など無い。あるのはコードナンバーだけだ」 白衣の中年男性が備え付けのマイクで答えた。 向こうの会話は全部聞こえるけど、こっちからの会話はマイク越しにしかできないようだ。 「そうなんだ。お友達になりたかったのに、数字で呼び合うなんて少し寂しいね」 修二くんが話しかけても冬馬先輩は空ろなままで何の反応も示さない。 「あのね、僕は君の敵じゃないよ」 「…………………」 「どうか心を閉ざさず僕の声に耳を傾けて欲しんだ」 修二くんは枯れ木のような節だらけの手を取る。 「僕は昔、鏡と呼ばれていたんだって。君は……僕の仲間なのかな」 まだ冬馬先輩は人形のように動かないままだ。 「知ってる? 神器同士は離れていても引かれ合うんだって。僕の兄さんが教えてくれたんだよ」 修二くんは優しい口調のまま言葉をかけ続ける。 「兄さんは色々な過去を知ってるんだ。それに比べて僕は少しの未来予知くらいしか取り柄しかないんだよ」 「……………………」 「その予知もね、本当に予知だけでさ。いくら努力しても絶対に未来は一つに決まってしまっているんだ」 「……………………」 「隣のおばさんだって、親戚のおじさんだって……。どれだけ変えようとしても最後の結末は一緒だった」 「……………………」 「もし変えることが出来るなら、それはきっと神様だけだって思ってた」 「……………………」 「けどね、そうじゃないって兄さんは言うんだ」 「……………………」 「知ってる? 唯一未来を変えられる子が居るんだって事」 「……………………」 「そして僕達はその子に会わなくてはならないんだって。女の子らしいんだけどどんな子だろうね」 「……………………んぁ」 「僕の声が届き始めているのかな。そうだよ、恐がらなくていいから」 「うぁ……」 私は二人のやり取りを声を殺して見守っていた。 ただ……この光景に聞き覚えがあるような気がしていた。 (誰が言っていたんだっけ) 『間違いなく僕は大勢の人を殺めました』 『もしかして……その時の記憶が無いの?』 『はい。マジックミラーのある個室に連れて行かれたことは覚えています』 『他には何も覚えていないの?』 『誰かに何かを問いかけられたような気がします』 (そうだ! 今の状況ってこの事じゃ) (このままいけば冬馬先輩の力で……大変な事になる!) 「一郎くん、この後冬馬先輩の能力が暴走してしまうんだよ!」 「ねぇ、聞いてよ! このままここじゃ危ないんだって!!」 私より小さな一郎くんの肩を掴もうと叫ぶ。 けれど私の体はそのままスルリと通り抜けてしまった。 相手には私の存在が見えていない。 それどころか声も届かなければ、存在そのものも無い。 (駄目だ。でも見ているだけしかできないの?) このままでは諦めきれない。 鏡をすり抜けて、今度は修二くんと冬馬先輩の部屋へ移動する。 「二人とも気付いてよ! この先の出来事を私は知っているんだよ!」 「沢山の人が亡くなってしまう! 気付いて、お願い!!」 どれだけ声を荒げても、誰にも声は届かなかった。 (これは過去を見ているだけなんだ) (起こった出来事を追体験しているだけで、私には何も出来ない……) 誰にも気付かれないまま、膝から崩れ落ちる。 私はただ呆然と目の前を見た。 すると目の前の冬馬先輩が言葉にならない声で呻いていた。 「あぅ…う……」 「何か話したくなったのかな?」 「………ぅう」 「もし剣なら、きっと今より良くしてもらえると思うよ。神器はとても貴重な存在なんだって」 「っ……う……」 「君が覚醒すれば僕達も家へ帰れる約束になってるんだ。お互い今よりずっと自由になれるよね」 「うぅ……あぅ……」 冬馬先輩の反応が強くなっている。 空ろだった目も見開かれていた。 ただそこに感情らしきものは一切無く、血走っているようにもさえ見えた。 (このままじゃ……) 「修二、もういい。僕もそちらに行くから待っていろ」 天井から一郎くんの声がした。 きっと業を煮やして話しかけてきたんだろう。 監視部屋は暗くなっていて一郎くんや白衣の男性の姿は一切見えない。 それでも修二くんは大きな鏡を見据え、口を開く。 「兄さんは来ないでって言ったよね!!」 「……修二」 「来ちゃ駄目だ。これは僕の役目だから」 「だが二人の方が効率がいいはずだろう」 「これ以上彼を刺激させたくない。僕だけでやってみせるよ」 「……わかった。お前に任せよう」 「ありがとう。あと、この部屋を彼と僕の二人きりにしてもらえませんか」 「人払いだな、いいだろう。研究員はすみやかにその部屋からこちらに移動だ」 部屋に居た数人の研究者達は部屋から出て行く。 それを確認し終えると、修二くんはまた冬馬先輩に向き直る。 そして冬馬先輩の頭に触れ、自分のおでこを寄せた。 「これから僕の力を送るよ。君が本物の剣ならちゃんと応えてくれるよね」 そう言って修二くんは目を瞑る。 しばらくすると修二くんの体が青白く光り、冬馬先輩の方へ伝染していく。 「やっぱり君は剣だね。さっき僕が視た通りだ」 「うう……うわぁ……」 「さあ、ずっと押し殺していた扉を開けてみて」 「うわぁぁああ!!」 「僕じゃどこまで押さえ込めるか分からないけど、出来る限りの事はしてあげるから」 青白い閃光はさらにまばゆく光りだす。 私も見ていることができず、思わず目を瞑る。 「駄目だな……さっき視た未来通りになっちゃった」 「修二!」 光りが収まって、私は目を開ける。 すると修二くんの体が宙に浮いていた。 よく見ると浮いているのではなく、冬馬先輩に首を掴まれ持ち上げていた。 枯れ木のようにか細い子供の腕とは思えない力だった。 「ごめんね、兄さん……」 息苦しそうに修二くんが呟く。 「やっぱり……僕には未来は変えられなかった……みたい……」 冬馬先輩が操り人形のように修二くんの首を締め上げていく。 修二くんは苦しそうに顔を歪めていた。 「修二! おい、修二!」 「早く逃げて、兄さん……僕の……さいご……ねが」 掠れた言葉が途切れると同時に、修二くんの体が水風船の様に一瞬膨れ上がった気がした。 そして忽然と目の前から消えてしまう。 ただ一人残った冬馬先輩に血の雨が降り注ぎ始める。 手にはさっきまで修二くんが身に着けていた服の切れ端だけが残っていた。 「うわわぁぁぁあああ!!!」 地響きのように叫んだのは一郎くんだった。 冬馬先輩はその悲痛な声さえ聞こえないようだった。 何かを拾う仕草でゆっくり地面に膝をつく。 血溜まりに人差し指を沈めると、それは形あるものに変化していく。 それは一振りの細身の剣だった。 「ははははっ、鏡候補の人間すら風船のように簡単に弾け飛んだぞ」 天井から冬馬先輩のお父さんであろう中年研究員の笑い声がする。 「草薙の剣……確か水を操る力だったな。なるほど、70%ほどの人体の水分を暴発させたのか!」 その声色は興奮で震えていた。 「まさに鬼神だな。いいぞ、大いなる神の力を私に見せてみろ」 冬馬先輩が作った血の剣を振り下ろす。 赤い一閃が空を切ると、分厚い部屋のドアが真っ二つになった。 蛍光灯が衝撃で割れたのか部屋が一気に暗くなる。 切れたコードが漏電し、火花が飛んでいた。 (これは……悪夢そのものだ) 先輩は音も無く廊下に消えていく。 そしてしばらくすると悲鳴があちらこちらから挙がり始めた。 (もう沢山。早く目覚めさせて) (こんなの……見たくなかった) 次へ[[冬馬671~680]]

表示オプション

横に並べて表示:
変化行の前後のみ表示: