原案=
ズワイガニ
編著=Дальний Восток(杏珠)
作=名無し
電脳鯖民所記
「…?」
渦中、はじめに目を覚ましたのは杏珠であった。
「どこやねん…」
呟きは非常に淡々としていた。森のような外の景色に陽が差すホテルのような部屋は妙に明るい様である。ふと周りに目をやると横に寝ている1人の少女の姿が見える。普通は困惑するところであるが、何故かその時杏珠は非常に冷静沈着であった。取り急ぎに横の少女を起こすと、彼女も大まか同様の反応をした。
「えっここどこ」
本来は顔も知らない2人の間に妙な空気が流れる。その間、本来は明るいはずの部屋がやけに暗く感じられた。
「朝起きたらここで目覚めたんですけど…そっちもそんな感じですかね…?」
「あっはいまぁ…」
「なんか共通点とかあるんですかね、わかんないですけど…」
「共通点…」
そこからはひたすら共通点らしきものを挙げ続けるが、何ら成果らしき成果は出ない。そればかりか初めは冷静を保てていた2人の焦りは着々と加速する一方である。
「隠れん坊オンラインやってます?」
ふと杏珠が投げかける。
「あっやってますやってます!もしかして?」
「え、あの私杏珠って言うんですけど…」
その言葉が出た刹那、2人は頭の上に電球を浮かべたかの如く納得のいったような顔をする。
「えまじ!うち蕣なんやけどw」
それまで初対面であった2人の距離はここで急速に接近する。
「まじこれが蕣か…普段坊でしか見ない人の実体見れてなんか感動」
杏珠らしいセリフである。しかし、彼女らの素性が判明したとて結局状況は依然謎なまま。彼女らが始めたのはまず身辺の調査だ。少し捜索を始めた頃、片割れがあるメモを発見する。
「ここには106鯖と掲示板民の者たちが集められており、その中には…」
と途中まで読み上げられた時、不意に杏珠が口にする。
「閉じ込められている…?」
それに対して蕣は驚いたように杏珠の方を見るが、すぐに紙に目を戻すとまた読み上げを開始した。
「遊び鯖民を殺して回る"人狼"がおり、それを発見し倒せば勝利…。すなわちここから出ることができる…。」
彼女らの反応にはやけに現実味がないように思える。
「また、自分が人狼かそうでないかは各自くばられたカードに明記されている、、」
2人ともども枕元に置いてあるアルミ板のようなカードに気がつく。見た目はまるでクレジットカードのようだが、相反してそれは硬い。
「蕣なんて書いてある?」
「白…」
「あぁ私も白」
「てことはうちらは白ってことなんよな?」
「多分そう、少なくとも人狼ではないはず」
「てか紙には106鯖民と掲示板民が集められてるとか書いてあったけど横にも部屋とかあるんかな?」
「見るか」
杏珠が扉に近付いた時、不意にドアチャイムが鳴った。蕣は少し顔をしかめたが、杏珠は一切臆していない様子である。
「誰や」
「そんなん後でいいだろ」
「いやちょっと名乗ってもらわんとこっちも開けるもん開けられへんから」
「x jap」
部屋の風通しが少し良くなった。そう錯覚させる程の空気感である。
「あぁ、japね」
杏珠は開けても良いかを尋ねるように蕣に視線を送る。それに勝手にしなと言わんばかりに視線を送り返す。
ガチャ。
開錠。
「これどう言うことですか」
「こっちが聞きたい。こん中になんでこうなったか把握してるやつがおるわけない」
「そりゃそうか」
他愛もない会話。しかしこちらも同様に何故か落ち着きがある。
「まぁいいや、これ2人部屋っぽいからそっちは部屋誰おるん?」
「めすがきさん」
「うわなんかすごい組み合わせ」
「なんでお前ちょっと引いてんの」
「だってこれ人狼ゲームっしょ。普通に殺される可能性あるやん」
「確かにそうか」
ふと蕣が時計を見ると2時を指していた。
何か蕣の様子を察したように会話を切り上げる。
「とりま部屋の配置把握したいな。君ら2人でこのホテルみたいなとこ回ってってや」
「俺そう言うの無理」
「、じゃあこっちでなんとかする」
少し呆れたように言い放つ。
「じゃあなんか部屋とか探しといてそっちは」
「おk」
あまりにも軽いノリで会話は意外と早く終着した。
「蕣部屋回っていこー」
「良いけどちょっと髪とかしたりさせて」
ふと我に返る。現在、ここにいる全ての人間はリアルでの生身の姿と同じである。
「うわー…やらかしてんなぁ…」
こちらも急ぎで色々と準備を済ませる。
「今更やけどなんでこんなんなってんや」
「こっちが聞きたいよw」
さっきの自分と全く同じ返しをされ少し驚くも、目に見えて出るほどではない。今一度自らが置かれる状況の深刻さを悟る。
「あっ、紙とペンある?」
「ちょまって探す」
「ある!」
「じゃあとりまそれ持ってこ」
この時杏珠が蕣に紙を用意させたのは間取り図を書くためと判明するが、蕣は未だ意図についていまいち理解していない様子である。
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彼女らがこのホテルらしき建物の調査を終える頃、徐々にこの建物全体が共鳴するような話し声が聞こえてきた。はじめ2時を指していた時計は今や3時にさしかかる勢いである。
どうやら建物は真ん中をくり抜いた回の字型のホテルのような造形をしており、そのくり抜かれた真ん中には彼女らが部屋の窓から見た森のような自然は確認できない。ましてや内側の窓から建物の外を見晴らすと、少し遠くに摩天楼が見えるほどである。その摩訶不思議な背景と構造はいつぞや流行したbackroomsを想起させる。また、こうしている間にも時計の秒針は止まることを知らないのだ。
最終更新:2025年07月25日 02:11