原案=ズワイガニ
編著=Дальний Восток(杏珠)
作=Ageha

電脳鯖民所記


ホールでの会話は意外に早く終わった。21とジョイマンはさっさと013号室へ。その他の人間は敢えて遠回りをするように回の字型のこの建物をぐるりと一周し、010号室へと戻った。今や元々杏珠と蕣の部屋でしかなかった010号室はズワイガニ、ぬーんをも加えた一種の拠点へと姿を変えていた。
大きなベッド2つとその周りにある簡単なソファーで会議をする彼女らは、ある種この空間の行動首脳部とも見てとれる。
しかし、彼女らが先ほどの行動で得た結果は惜しくも0に等しいものであった。
「あの左上のスペースに一体なんの意味があるのか…」
「全く分かりませんな」
そう会議をする横で意味深に部屋を捜索する1人の人間がいた。杏珠である。
「人狼は2人…?」
そう、あのメモにはまだ続きがあったのである。裏面に小さな文字で書いてあるそれに何故か彼女は恐怖した。
「また、人狼は両名同じ部屋に配置されている…」
もしこれが本当なのであれば、存在するであろう001号室から、最低でジョイマンらが居る013号室までの部屋に収容されているであろう約26人の中に2人人狼が固まっている部屋があると言うことになる。また、この時点で010号室と011号室の身の潔白は読者、ひいては神目線でこれを語っているこの作者にも明らかである。
「杏珠どしたん」
「いや、ちょいこれ見てみ」
「人狼って2人おるんやな、人狼ゲームと同じなら騎士とか他の役職があっても違和感ないけどw」
「実際どうなんすかね、わかんないすけど」
非常に適当な返しである。
時刻は4時。彼女が初めに目を覚ましてから約2時間が経過した。依然話は進まぬままだ。
その瞬間、部屋のどこかに備え付けられていると思われるスピーカーからどこからともなく声が聞こえてきた。
「おはようございます。現在この空間に存在する"参加者"様全員の起床が確認され始めましたので、放送を開始します。」
因みにズワイガニはこの時結構驚いたようでベッドの後ろの壁に頭をぶつけていた。
「参加者の皆様は準備ができましたら逐一███北西に位置する██████に向かってください。」
スピーカーがボロいのか、放送を行っている者の滑舌が悪いのか、肝心な部分は一切聞き取ることができなかった。
しかし当の4人は暗黙の了解かのように何の、どの場所のことか見当がついているようであった。
「放送してる奴誰?こいつ明らかスピーカーの音量ミスってるやろ」
「確かにうるさかった」
「うちも最初結構びびった」
「和紙の頭から蟹味噌出てくるんちゃうか」
反応は各々、しかし総意は例の場所へ向かうことで言葉を交わさずとも一致していた。
「だるいて、行くの」
「とりあえず行こうや」
「和紙もめんどいけど行くしかないよなー」
「ズワイガニ椅子持って行こうとするのやめよう」
兎にも角にも、彼女らは例のホールを目指す。
廊下ではもうすでに複数人の人影が見える。中庭は未だ明るい。
「結構人おんねんな」
「ソ連」
「なんで椅子持って行ったらダメなん」
「絶対そう言うノリじゃないから」
ホールは満員とは言わずともそれなりに人数がいるように思えた。さっきまで建物全体で起こっていた騒々とした声は今やホールに集まっている。
「うわっまぶしっ」
唐突にホールに光が灯る。先程まで暗雲の立ち込めていた長方形の窓はいつしか無くなっていた。上を見渡してみると橋のような通路がある。そこに、暗くてよく見えないが人が立っているらしい。
「諸君、よく集まってくれたね」
そう語りかけるは当然上に居る何者かである。
「ここに居る君たちはみんな106鯖民か掲示板民のはずだ」
「私のことは"ゲームマスター"なんて呼んでくれれば良い」
ホールの騒々しい声がさらに強まる。なお、ズワイガニや杏珠はこの時点で聞くのを放棄していた。
「今、この階層には約26人もの人間が居る」
「まぁ今は、25人、だけどね…」
瞬時に騒々しい声が小さくなる。
「誰かが…死んだ…?」
上に居る何者かではない誰かがそう呟く。
「この発言の答えはきっとじきに分かるよ」
やはり声は鎮まったままである。
「まぁ、こんな話ばっかりしててもあれだよね、君たちの部屋に朝食を用意しといたから、それでも食べて気分転換しようよ」
「じゃあねっ!」
こうして上の人影は暗闇に包まれるようにうっすら消えていった。
「エレベーター…?」
正体が誰かは分からない。しかし、何かが起きたことは自明である。
「あかんなんも話聞いてなかった」
「和紙も」
「なにしてんw」
「結構大事そうな話してそうだったけど」
ホールは解散。各自が部屋に帰ってもなお、011号室は当然かの如く空である。その代わり、010号室には4人分の朝食が配膳されている。
「大事なってきたな」
「こう言う時はステーションスーツ鈴木を呼べば解決する(?)」
朝食は質素である。簡単に米を配膳したものと、鮭が一匹。それに味噌汁、卵焼き。野菜なんかは加えられていない。
時刻は4時半にもかかろうかと言うほどだ。部屋に入った直後は比較的静かであった廊下のざわめきが徐々に大きくなっている。どうやら声は左方向からしているらしい。010号室から見るとホールが近い方向である。
「なんかうるさない?」
「見に行きますかー」
意外と簡潔に終わった会話は彼女らを廊下へと向かわせた。見てみると013号室の前に人集りができているらしい。
「なんかあったんすかね」
彼女らの1人が野次馬に語りかける。するとその野次馬、名をば日産はこう答えた。
「いやなんか俺もよく分かってないんですけど、ここの部屋の人が死んでたみたいな…」
「がちか」
「えっこわ」
ふと周りに目をやるとX JAPANが見える。
「japこれ中で人死んでんか」
「俺も生で見てないから知らんけどジョイマンが死んでたらしい」
「え嘘だろ嘘だろ!?」
「なんでそんな落ち着いてられるんや」
「いや、まぁなんか」
状況の理解が追いつかない一向、そして脳裏に浮かぶあの人影が言っていた言葉。
「さっき会った時は全然普通に話せてたのに」
「ほんまに怖いんやけど、なんなんこれ」
「我々はまだ直接見てないしデマが拡散して収集つかんくなってるだけの可能性もあるのでは…」
未だこの空間にいる多くの人間は夢見心地である。ジョイマンの死によって急展開を迎えたこの件は事態の深刻さを物語っている。また、既に4人の中の1人はこの事態の収束への道筋を描いていたのである。
  • 時刻は5時を回る…。-
最終更新:2025年07月26日 19:21