原案=
ズワイガニ
編著=Дальний Восток(杏珠)
作=Ageha
電脳鯖民所記
やはり、30分を超えても2人は待てど暮らせど帰ってこない。大きなホールに残されるは蕣、ぬーん、昆布のみである。
その時。
「え」
建物の廊下内に大きな声が響き渡る。ホールに残された一向は瞬時にその声がする方向を見る。見たところ、003号室と004号室の曲がり角に人が居るようである。
一向は曲がり角へと走り出す。
「えっと、どうかされたんですか?」
慣れない敬語でそう問いかける。
「えっ…………あっ…」
帰ってきた返答は言葉にならないものであった。ひどく動揺しているらしい。003号室の扉は空いている。"003号室"というドアの横にはただ「最光・すざまる」とだけ名前が彫ってある。まずはじめ、部屋に飛び込んだ勇気ある少年は昆布である。
「嘘だろ」
そこにはジョイマンの刻みたく、2人の男児の力なき体が転がっているばかりである。
昆布につられて部屋に突入した蕣、ぬーんも大まか同様の反応をした。
「ごめんうち無理やわ」
それもそのはずである。一般的な人間、ましてや精神が発達途上の女児にとって目先に広がる光景は非常に現実離れしている一方でショッキングなものであった。
「…?」
ふと昆布が最光だったと思われる体に触れる。すると、それはほこりのように散ってゆき、跡形も残らなかった。体は、消えたのである。
同様にすざまるだったと思われる体も跡形もなく消えていった。それはまるで陽の光を浴びて灰になったドラキュラのように脆く、そして、一瞬であった。
彼らの目前には空っぽの部屋が残る。多少ベッドの位置が動いていたり、浴室のドアが開きっぱなしになっていたりなど、先ほどまで2人で楽しんでいたのであろうという痕跡が見て取れる。
一行は只々そんな夢の跡が残る部屋の前で立ち尽くすしかなかったのである。
ここで1人が思い出したかのように曲がり角に立つ娘に問いかける。
「すいません、もしかして人狼が003号室に出入りするところを見たりしてませんでしたか?」
「あっ……えっと…」
未だ動揺は続く。
「何か有益な情報とか、ありませんか?」
「えっと…もか達の部屋は最光たちの部屋と出入りを繰り返してて…」
動揺を抑えながら必死に話す彼女の脚は、心なしか少し震えていた。
「それで…えっと…また出入りしようとしたら…えっと…」
受け止めきれない現実に言葉が詰まる。それはこの曲がり角に立つ4人全員に言えることである。
「わかりました。あなたのルームメイトは?」
「えっと…れいです…あの最近アタシって名前で106に来てた…」
束の間の沈黙。今にも4人は重圧と、記憶と、衝撃、そして目の前で起きた信じがたいことにメンタルが押し潰されそうであった。たった1時間半前ほどのことであるジョイマンの死はどこか夢見心地であったのに、これを期に急速に現実へと引き戻される。また、彼らの脳裏からズワイガニや日産のことなどは完全に消えていた。
静かな廊下。それと相反してうるさく共鳴する心の中。彼らはここで何かを失った。かつての21も同じ気持ちであったのだろう。
「これ、どうすれば良いんですかね…?」
そう聞くはもか。004号室の人間である。
「正直うちらも分からへん。なんかもう、怖いわ」
今、彼らにとっては中庭からさす陽の光。ホールのどこか意味深な暗闇。003号室の空いたドアから見える窓の奥。その全てが恐ろしく見える。
「と、とりあえず怖いんで一回部屋戻ります!」
彼女はなにか思い出したかのように004号室へ逃げ帰った。きっと眼前の光景と、目の前にいる名前もわからない3人に得体の知れない恐ろしさを感じたのだろう。
「じゃあ…うちらも一旦戻る…?」
「それが良いと思う、けど…」
何か言いたげなぬーん。
「昆布はどうしたいの」
そうだ。昆布はルームメイトである日産が現在行方不明となっている。
「俺も本音言えばそっちの部屋行きたいけど人狼とか怖いし、」
「蕣とかぬーんとか杏珠さんにも迷惑かけるし」
「いや、うちは全然来て良いで」
「俺も」
「でも俺人狼の可能性もある」
「うちは疑ってないwだってここ30分ぐらいはでぇも地下室行ってておらんし、昆布もずっとここおったから」
「確かに言われてみればどっちもアリバイはあるね」
「じゃあ俺も行っていいん」
「うん」
「俺は良いと思う」
この空間での事態は着々と深刻化するばかりである。恐怖に支配された彼らを照らすのは中庭からさす由来の分からぬ陽の光のみ。未だ、003号室のドアは開いたままである。
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…………………
とある部屋で、傷ついたドライバーを握ってただただ天井を見つめる女が居る。女が見つめる先の少し質感の違う天井はクローゼットか何かで封じられている。そして、その部屋の上で今まさに物音がしている。何かが暴れ回るような、叩いているような、そんな激しい音である。
「上手くいった」
そう呟くは
杏珠である。
時刻は7時を回った。
最終更新:2025年07月28日 05:28