原案=ズワイガニ
編著=Дальний Восток(杏珠)
作=Ageha

電脳鯖民所記


「ただいま…」
未だ声色は暗い。010号室へ帰還した3人の少年少女は未だ失意の中である。
「おかえり、てかなんか暗くね」
「目の前で人が死ぬの見てもうたから、」
「あー、どこの部屋べ」
「003号室…」
テンションの差は歴然。未だ杏珠はドライバーを手に持っている。
「てか、カニは」
「あっズワイガニ」
3人の脳裏に電撃が走るかの如く先程まで共にいた仲間の姿が思い浮かぶ。
「ズワイガニは…」
ふと言葉が詰まる。直接死んだところを見ては居ないものの、彼の死亡は確実視されているところだ。
ここで、読者の皆様にだけ特別にズワイガニと日産の様子を見せよう。
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「暗いな」
「なんか光源になるもの持っていっとけばよかった」
今は地下1階。そこにあるのは漆黒の闇と、側に置かれている消火器のみである。構造は我々が生活している階層と似通っており、真ん中に中庭、周りには部屋が並んでいる。しかし、どうやら中庭から陽の光はさしておらず、ただただ豪雨が荒れ狂っているのみのようである。彼らはその階層を一周ぐるりと周り、吟味している。
「ここにも部屋あるんか」
「部屋番あるっぽいから和紙が読むわ」
「えっと…-001号室、リソソーム、黒い色素…?」
「-002号室、紗奈、華菜…」
どこかで見た名前。それは懐かしいようにも感じられる。
「37…?」
彼らはかつて4年前に存在した37鯖の著名鯖民の数々である。
「つまり、人狼ゲームは今回が初めてではない?」
話が一気に核心へと近付く。ただ立ち尽くす彼らの前には上の階層と同じように、ただ同じような無機質な部屋が並ぶばかりだ。
しかし、鍵が存在しない上と違ってこちらはいくら開けようとしても、とうとうドアが開くことはなかった。
「怖いからはよ上戻りませんか」
「でぇ君そう焦らんといてや、一個気になるところがあるやろ」
ズワイガニが指差す先は中庭へと続く扉である。2人は静かにその扉へと歩き出す。
「ボタン…?」
扉の横にはボタンがある。
「うわっ」
そのボタンが不意に押された瞬間、扉は大きな軋みを立てながら外に開いた。そして、中庭の空から1枚の紙がひらりひらりと落ちてくるのが見えた。いつしか、豪雨は止みそれは晴天へと変わっていた。中に敷き詰められた芝生も先程まで豪雨に打たれていたとは思えないほど乾いている。
「ここを訪れた人間は幸せだ。」
「ここはこの空間で唯一外へ繋がる、半ば連絡通路の意味を持った場所だ。」
「前を見ろ。そこにツタがある。」
「それを辿って建物の屋上へ行けば良い。」
「屋上は出れば、これを読んでいるであろう人間達が普段過ごしてきた世界だ。」
「健闘を祈る。 2021年9月」
紙にはそう書いてあった。2021年9月の手紙がなぜ今ここに存在するのかは分からないが、少なくともこの紙は4年前に何者かによって書かれたものであると考察することができる。また、ツタは芥川龍之介の小説「蜘蛛の糸」に出てくる銀色の糸のように、先の見えない白く霧がかった空から垂らされていた。
「…どうする」
先に切り出したのは日産である。今、この瞬間。2人は他の皆よりも先にここから脱出することができる。しかし、ズワイガニが選んだ答えはこうであった。
「和紙は残る」
日産が一瞬顔をしかめる。
「なんで、俺らは先は出とけば殺されることないんだぞ」
少し感情的に言い放つ。
「でも、和紙は残りたいんよな」
ズワイガニの眼差しは非常にまっすぐで、また陰りは一切なかった。
「そうか、分かった。でもやばくなったらすぐここ使えよ。あと杏珠さんとか蕣とかにもよろしく。」
「分かっとる分かっとる。和紙を誰やと思ってる?ステーションスーツ鈴木やぞ(?)」
ズワイガニは中庭を出る。その刹那、扉は大きな音を立てながら内側へ閉まった。
中から日産を見つめるズワイガニ。それは日産も同じ構図であった。ツタへと向かう日産。ツタの前でズワイガニの方へ振り返る。その顔は少し、笑っていた。
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そんなことはついぞ知らない010号室の一行の雰囲気は未だ最悪。現場を直接見ていない杏珠ですら周りの雰囲気に流されかかっている。
「ちょっと、流石に立ち直ろうや」
「うちらこのままやったら普通に殺されるって」
「それはそう、自分は現場見てへんけどこのままやとやばい」
復興の兆し。彼らの中の消えかかっていた火が再び灯る。
「そういえば、ホールの隅っこの方にエレベーターあったでしょ?」
「あー確かにあった」
「あれ、片扉?」
「いや、多分両開きやった気がするけど…」
「そう、ありがと」
杏珠は少し朧げな笑みを浮かべ、ただドライバーを握ってベッドに座っている。
「ズワイガニとでぇ、帰ってくるんかな」
いつもは狂犬のようである彼女が、この時ばかりは可憐な普通の少女に見えた。いつしか天井で鳴っていた謎の音は鎮まり、部屋には沈黙が流れる。

間もなくインターホンが鳴るまでの、その刹那。

  • 時刻は8時を回る…。-
最終更新:2025年07月28日 20:55