原案=ズワイガニ
編著=Дальний Восток(杏珠)
作=Ageha

電脳鯖民所記


途端である。
「ただいまから緊急の集会を開始いたします。参加者の皆様は準備ができましたら逐一███北西に位置する██████に向かってください。」
またも例の放送である。依然音量設定や音質は良質でなく、一切改善されていない。
「またか」
「2時間周期ぐらいでやってんかな、でも緊急ってなんやろ」
やはりその直後、人々は部屋から出てホールへと向かう。地下にいた杏珠、アカツキらは2階へと上がり、咄嗟に壁を隠す。ガオーさんは1階に留まったままである。そして、ホールの人は2時間前よりも確実に減っている。
天井の通路には例によって黒い影が現れる。
「やぁ、みんな」
「今回は緊急の知らせがあってここに集めたんだ」
「どうやらこの空間に第三者が侵入したらしい」
杏珠とアカツキは声を出さずとも互いの顔を見て状況を察していた。
「ここでみんなに大チャンス!」
「この第三者を最初に仕留めた奴は特別にここから脱出させてあげちゃいます!」
ホールにざわめきが広がる。それを側から俯瞰するズワイガニは003号室の下に重ねるように貼られた「ころじゃん・めろん」と彫られた表札があるドアを開き中へ入ってゆく。
喧騒のホールと閑静な003号室。位置的にも状況的にも見事な対比である。
ゲームマスターから各々に黄色のカードが配られる。どうやらそれを"侵入者"に投げつけると、その侵入者はたちまち消えてなくなるそうだ。
大半の人間はこの侵入者を消そうと躍起になっている。当然自らが真っ先にこの空間から脱出する為である。それは特にかつて010号室に集まっていた面々に顕著であった。
集会が終わると、杏珠とアカツキはすぐさま地下へ戻った。
「すとさんこれちょっとまずくないすか」
「なにが」
「前回もあったでしょなんか途中で侵入者来てカード投げつけられて撃退されるイベントみたいなやつ」
「あぁあれか」
焦る杏珠とアカツキとは対照的にガオーさんは落ち着きを見せている。
「akatukiさんとりまあれやりましょう」
「やりましょうか」
2人は黄色いカードを合わせる。案の定2枚のカードは光を放ち1枚のカードに収束していく。そのカードは、青であった。
すると杏珠はそのカードをガオーさんへ投げつけた。
「とりあえずこれで1回分攻撃耐えれるはずだけど」
「多分ね」
「1回だけしか防げないのきつくないか」
「それはそう、てか多分このイベント自体あっちは特に企画してないやつだし本気で潰しにくるのはしゃーないっちゃしゃーない」
マイナスとマイナスを掛け合わせるとプラスになるのとおおまか同じ原理である。
「アカツキ」
「ん?」
「申し訳ないけど自分はここまでだから」
「え、なんで」
「ここから脱出する」
「どうやって」
「コロバグで。」
「えぇ」
初期のドライバーの伏線から、杏珠の不可解な行動は今全てつながった。彼女はこの空間が隠れん坊オンラインのステージであるかを試していたのである。
「とにかく、一旦ここは入り口閉じてる以上安全だから」
「そういえばあれどうやったの」
「あの壁は狂人だけ操作できるようになってる。自分はもう狂人じゃないけど、簡単に言えば狂人の免疫みたいなのを持ってる状態だからまだ操作できるんだよね」
「なんかよくわからん、」
「こっちの話だから考えなくて良い」
「じゃあ…自分は行ってくるから」
「ガオーさんやらよろしく」
「あと、必ず"電子生命体"にならずに生きて隠れん坊で会おう」
「分かってる」
こうして杏珠は階段を登ってゆく。
「あ、ここの壁は内側からなら開くようになってるから」
「ありがとう」
こうして杏珠は消えた。階段には薄暗く、また不気味に"MIND YOUR HEAD"の看板がうっすら見えるのみである。
杏珠はホール奥のエレベーターに入る。そして、独り言を呟く。
「4年ぶりのフロントルームか」
そして彼女は下を向きながら体勢をとる。かつて彼女の別人格である「ハナ」がそうしてここから出たように、彼女もまた現実世界を目指して進むのである。彼女の横髪は、短かった。
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一方で蕣ら黒カード作成陣はもう一度010号室へ集った。
「侵入者って誰なんやろ」
「俺が最初に脱出する」
「日産が1番なんだから2番目でしょ」
「わたしはその侵入者くんが身内なら投げないかも」
会話が進む中、蕣は内心杏珠の行方を心配していた。部屋から忽然と姿を消した元ルームメイト。しかしその身を案じるのは自分自身以外誰もいない。そんな理解し難い感情が一斉に押し寄せてくる。何かむず痒いような、くどいような、形容し難い感情である。
彼女が複雑な内心を抱いている間に大雑把に方針は決定されたらしい。このグループの実質的なリーダーは佐藤である。現に貴重な黒カードも彼が保管している。
蕣にはそれが少し懐疑的に写った。白は確かに証明されているはずであるが…。
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007号室で1人身を潜める男がいた。その男は幾分小心者であった。
本来、その男は数話も前にツタを登ってここからは脱出したはずである。しかし、確実にそこに存在しているのだ。
周りは静か。彼のルームメイトである昆布は010号室に。そして彼は孤立した。誰も彼の存在を認識しない。

  • 時計はその時、止まった。-
最終更新:2025年08月03日 23:22