水無月革命
水無月革命は、2026年5月から6月にかけて発生した
106鯖の崩壊と、1993鯖の成立を指す一連の出来事。
| 年月日 |
2026年4月4日 - 6月16日 |
| 場所 |
106鯖、250鯖、429鯖、426鯖、1993鯖 |
| 結果 |
市山による106鯖の崩壊、ぬーんによる1993鯖の創設 |
| 主要人物(106鯖) |
かしさき、すと、ぬーん、市山、すと派など |
| 主要人物(1993鯖) |
ぬーん、市山、ゆう、だーあに、〓とりあえず寝る〓、X JAPANなど |
背景
過疎
2026年3月28日から発生した
エイプリルフール戦争によって、終戦後も106鯖では急進的な過疎が発生していた。4月中旬から下旬にかけて、夜間帯には毎日15人程度の集客があったが、5月に入るとそれらは更に悪化し、1日を通して常時AIが出ているような状態も珍しくなかった。
しかし、106鯖の首脳部はこれらの問題に対し、対策を取ることはなく、日に日に過疎は進行していった。
原因
急進的な過疎について、終戦直後に多くの学校で春休みが終わったこと、エイプリルフール戦争で移行派・保守派として戦っていたあさがおらをはじめとしたオープンチャット民が惰性に陥ったこと、あるいは戦争による疲弊によってモチベーションを失ったこと、戦前に106鯖で中心人物的な振る舞いをしていたすとがブロスタへ流れたことによってすと派の集まりが悪くなったこと、106鯖の崩壊を画策していた野良民の市山による攻撃を受けたことなどが挙げられる。
経過
新鯖創設計画の始動
106鯖が著しい過疎におかれてから1ヶ月ほどが経った2026年5月20日ごろ、106鯖の崩壊を画策する市山がぬーんに報酬を1万円として106鯖に代わる新たな遊び鯖の創設を依頼。ぬーんはこれを承諾し、5月末より新鯖創設に取り組むことを決定した。
この際、市山とぬーんによって新鯖に関する計画が練られ、鯖番として250を使用すること、集める人員は一旦10人前後とすることで合意した。
250鯖の興亡
5月30日、ぬーん、市山らによって250鯖が設立され、野良鯖、106鯖の外部コミュニティ(すとオプ、れたんオプ)などで宣伝が行われた。この日の夜間に250鯖は最大人員20人を越え、106鯖の全盛期を彷彿とさせる繁栄を見せた。
しかし、翌31日には何者かによって野良化が行われ、同日中にぬーん、市山によって250鯖の継続使用は遊び鯖の常設化を行うという観点において不都合であると結論付けられた。よって250鯖は1日で放棄され、両名は別の鯖に拠点を移した。
度重なる失敗と1993鯖の設立
翌月6月1日〜4日ごろ、250鯖の代打として429鯖、426鯖などでの仮設が行われたが、全て翌日には野良化され、失敗に終わった。
これを受けてぬーんは鯖の保守にゆう、市山は
X JAPANらを誘致した。保守が強化されたことも影響し、5日に創設された1993鯖は途中野良化されることもあったものの秘密奪還に成功し、以降ぬーんは1993鯖を主軸に活動していくこととなる。
一方で市山は106鯖の連日の野良化を行い、再び106鯖に人が集まるのを阻止した。
1993鯖の安定化
同月7日になると、鯖主であるぬーんが不在の状態で1993鯖に人が集まるようになり、中には106鯖からの系譜では無い野良民が自主的に宣伝をする様子も見られた。
鯖の安定化に成功したぬーん、市山らは現状の鯖主であるぬーんに代わる新たな鯖主の模索を開始し、更なる1993鯖の安定化に務めた。そして、同時にこのころよりすとが隠れん坊オンラインに復帰し、これに伴って
りんご、モデルら旧すと派系106鯖民の1993鯖への参入も見られた。
106鯖の滅亡、鯖主交代
1993鯖の盛況、市山による106鯖への大規模野良化により、6月中旬ごろ106鯖は滅亡し、約3年の歴史に幕を下ろした。
一方で1993鯖では同月16日、ぬーんに代わる新たな鯖主について、凛花、〓とりあえず寝る〓、だーあにらが検討され、最終的に〓とりあえず寝る〓が新鯖主に就任することとなった。また、旧鯖主かつ1993鯖の創設者であるぬーんは鯖主の辞任と同時に休止を発表した。
1993鯖創設者、ぬーん見解
1993鯖創設者のぬーんは、1993鯖の創設について
「自分が何かする必要は正直なかったかもしれない」
とした上で、
「自分が1993鯖を創設したから悪影響が出たというわけではないが、自分自身の目指すところとして坊民の主体性を育むという部分も含まれていたため、寧ろ何もしていなかった方が後釜は育っていた可能性はある」
と締め括った。
最終更新:2026年07月09日 20:13