「えらいもの見ちゃった…ね」
「うん…」
あかりとちなつちゃんのキスシーン。
「びっくりしたねぇー、あの二人がそんな…あ、ちなつちゃんが、なのかな?」
あははは、と笑いながら言う京子。
まくし立てるようなその喋りは、動揺を隠そうとしてだろう。
その上、急にぴたりと口が止まるものだから困ったものだ。
もちろん、そう言う私も平静を装おうとして、結果極端に口数が少なくなっているようだけど。
逃げるようにちなつちゃんの制止を振り切って駆け、家についた頃には二人して汗を浮かべていた。
息を切らすほどに走ったのなんていつ以来だろうか。
だが、呼吸が落ち着いたあともあの光景は頭の中で渦巻いていた。
手足を絡めてあかりを押し倒し、唇を重ねていたちなつちゃんの姿がまぶたの裏に焼き付いている。
私がちなつちゃんのおでこにしたようなキスとは違う、もっと…そう、恋人同士がするみたいな。
相手を求めるキス、そんな風に見えた。
「いやーまさか、あの二人が…」
これで何度目か、同じフレーズを口にする京子。
その後に、さっきまでと違うものが混じった。
「……っでもさ、私と結衣にゃんだってしてるもんねー」
適当に相槌を打とうとしていたところ、驚いて咳き込んでしまう。
「……小さいときだろ」
まだ小学校にも入る前くらいの。
でも、今でも鮮明に思い出せる、それもいろいろなシーンで。
泣いてる京子に。
おままごとで。
結婚式ごっこもしたし。
京子がせがんできたこともあった。
でも、やっぱり小さな子供のすることで…いつしかその行為が恥ずかしくなってやめたんだった。
「あははは、照れてる照れてる?」
「…うるさいな」
ぷい、と顔を背けた。
あんただってちょっと顔赤いよ。
「…もうしてくれないの?」
首を傾けながら妙にかわいこぶって言ってきた。
きゃるんなんて擬音でも飛ばしてるつもりなんじゃないだろうか。
「嫌だよ、子供じゃなんだから」
「ちなつちゃんにはしたくせにー、私と結衣の友情はその程度だったのー?」
京子がおどけた様子で言う。
「それは……京子が……」
京子だと……恥ずかしい。
でも、それを口にするのも、なんというか……ええい!
振り向いて、私はそのまま勢いに任せて京子の頭を掴んでぐいと引き寄せ、その頬にキスをした。
ちゅ、と軽い音が妙にクリアに聞こえた。
どうだ、と半ばヤケになって京子の方を見た。
京子は急にしおらしくなった様子で、ぽりぽりと頭を掻いている。
少しばかりの静寂、そこにチャイムの音が響いた。
ビクっと二人同時に反応する。
「先輩ー!誤解です!誤解なんですよぉー!」
ちなつちゃんの声がする。
玄関の方へ向かおうと、すくと立ち上がった私の後ろで京子は小さく呟いた。
「…昔は口だったのに」
振り向くと、京子はちょっぴり赤い顔をしていて…私の顔を見上げると、くすっと小さく笑った。
京子から逃げるみたいに、私は玄関の方へと歩いていく。
かわいいと思ったとか、胸がきゅんとしただとか、言ってしまいたいけれど、まだまだ私には無理そうだ。
最終更新:2010年03月31日 22:22