6月3日 「『「危険な話』の危険なウソ」の「不安全」


追記あります

 

初稿

 

6月1日、首相官邸前の再稼動方針に対する緊急抗議に参加したのは夜でした。午前中は・・・

 

国会図書館で、野口邦和さんの「危険な話」の危険なウソ」文化評論1988を読んできました。雑誌記事といっても34ページの大論文でした。

 

野口氏はこの大論文を、日本共産党の文化科学機関誌である『文化評論』に掲載後、文芸春秋にほぼ同文で掲載しました。文芸春秋版は、同じ出版社の雑誌『諸君』掲載記事への批判を削除したぐらいしか、変わりがありません。

 

野口論文は、広瀬隆「危険な話」の通俗的な語り口を、実にたんねんに揚げ足取りをしていました。これは、私には鼻につく語り口で、野口氏が広瀬氏の語り口が鼻についたように、私は野口氏が鼻につきました。

 

1988年の近未来が野口氏の分析どおりになっていれば、それは、野口氏の圧勝で、広瀬氏の完敗だったのです。

 

広瀬氏の「非科学性」を揶揄して鬼の首を取ったかのような野口氏の筆致ですが、24年たった今これを読むと、圧倒的に野口氏のほうが不利です。なぜ?

 

野口氏の決定的な不利は、何の根拠もなく日本でもチェルノブイリのような事故が起こる、と語る広瀬氏を、嘲笑い罵倒した段落です。

 

 これ今となっては、

「科学的に緻密な」野口氏のほうが、「非科学的でがさつな」広瀬氏に比べて未来予見力に劣っていたという証でしかないのです。

 

そもそも科学に対する信頼は、人間社会の災厄を未然に防ぐという、「未来予見性」にあります。

 

野口さんが信奉する「科学的社会主義」とは、益々そういうものです。その本来あるべき機能が、「科学」から失われてしまったという現実こそ、311だったのです。

 

野口氏が、広瀬氏の「非科学性」と「通俗性」を緻密に論破すればするほど、24年後の現実は野口氏を裏切っているのですから、

 

野口氏の論述は、「数学的帰納法」の如く、科学の無力を証明する手続きとなってしまっているのです。

 

だからといって、私は科学全般の「不能化」を言ってるのではありません。

 

私が言いたいのは、「科学」を道具に「非科学」の鬼の首を取るような方法論は、もはや自戒するときがやってきた。科学者は新しい「科学」方法論を模索してほしい、ということです。

 

野口氏のこの古い方法論は、悲しいことに今日、「ニセ科学退治」の錦の御旗をかかげて、放射能に対する正当な恐れを抱く人に、ホームレス狩りをするように襲い掛かる輩(大学人)の系譜につながっています。ざんねんなことです。

 

24年たった「「危険な話」の危険なウソ」を今日読んだとき、もうひとつの野口氏の不利は、当時の新聞報道に対する擁護です。

 

昨年、多くの新聞社、とりわけ広瀬氏が非難し野口氏が擁護した朝日新聞が、原発肯定的チェルノブイリ報道を反省する連載を敢行したことをもってして明らかです。

 

(以上)

 

追記

以上の論には何の根拠もない、というご批判がありますが、根拠はこちらにありますので宜しくお願いします。

http://iss.ndl.go.jp/books/R000000004-I2878320-00










.
最終更新:2015年01月22日 14:44