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ハァ、ハァ。

少年の口から吐息が漏れる。
帽子を被った小柄な少年の名は山本勝次。吸血鬼に支配された絶望の孤島・日本においても恐怖に屈せずたくましく生きる少年である。

「明とハゲも来てるのか...それに、金剛...」

名簿を確認した勝次は、思わずくしゃりと力を籠め握ってしまう。

知り合いがいた。
明と鮫島。共に、かけがえのない仲間たち。

金剛。
許せない敵だった。母ちゃんを強姦し、吸血鬼にした挙句、わざと血を与えず亡者にした男だった。
だが、彼は間違いなく死んだはずだ。小さな者と大きな者がいたが、小さい方は皆で協力して、大きな方は明が倒した。
あのセレモニーで見せたようにオババが蘇らせたのだろうか。

「...関係ねえ。あいつがまた蘇って、また悪さするつもりなら何度でも殺してやる」

勝次は決して忘れない。
大好きな母親を弄ばれた恨みを。
母の手で復讐を完遂したとて、金剛を許すなど到底できるはずもない。

そして、同時に思い返すのは母のこと。

母・ゆり子は亡者と化した己の身体に耐えきれず、自我が無くなる前にその命を断った。
あの老婆は殺し合いで優勝すればなんでも願いを叶えると言った。
ならば、老婆に従い参加者を殺し尽くせば母もきっと蘇らせてくれるだろう。

「なめんなよクソババァ」

そんな縋りつくような弱い思いを勝次は蹴飛ばした。

勝次は母のことが大好きだ。今でも家族で暮らしたあの日々を忘れられずにいる。
けれど、勝次はゆり子の死際に誓った。母ちゃんがいなくても頑張って強く生きていくと。
例え手を伸ばせば届く奇跡であっても、あの時の誓いを反故にしたくない。

それに、この会場には明と鮫島も連れてこられている。
彼らを殺して母を蘇らせるなど、それこそ母ちゃんに殺されても仕方がない。

そして、主催―――それに、雅や金剛のように息をするかのように他者を害する悪党は許せなかった。

だから勝次はこの殺し合いに反目すると決意した。

177: 浮き上がる消えない誇りの絆、握りしめて(前編) ◆ejQgvbRQiA :2020/01/24(金) 18:02:33 ID:u7AC/3320

勝次が荷物を纏め、仲間たちを探す為にその場をあとにしようとしたその時だ。

ザ バ ァ

勝次の背後の海からなにかが上がってきた音がした。
彼は慌てて振り向き、その姿を確認する。

そこにいたのは、巨大な魚を握りしめる巨人だった。
能面を被った、人間離れした巨漢だった。

勝次は驚愕しつつも、慌てて支給品である拳銃を構えた。

(で、デケェ...ハゲより半身ぶんデケェ)

驚愕する勝次とは対照的に、男の感情は読み取れない。
仮面で顔を隠しているからではなく、拳銃を突き付けられているというのに一切の動揺もしていないのだ。
まるで、拳銃など屁でもないと言わんばかりに無反応だった。

ハァ、ハァ、ハァ。
ぴちぴちぴち。
互いの呼吸音が魚のもがく音共に空気へと溶ける。
数秒ほどの沈黙が続くと、男はくるりと踵を返し、海沿いに歩いていく。

拳銃に怯えた様子もない。敵意はないのだろうか。だったら、と勝次はゴクリとつばを飲み込んだ。

「あっ、あの、おっちゃん!」
「案ずるな。ワシはこんな殺し合いになぞ乗らん。ましてや脅しの為にしか武器を構えられぬ小僧など相手にもしてられん」

意を決しての呼びかけに、男は冷たく言い放った。勝次など取って足らぬ相手だと。
そこは少々頭にきた勝次だが、感情任せに引き金を引くほど愚かではない。
そもそも勝次は男を脅す為に呼びかけた訳ではないのだから。

「ごめんよおっちゃん。俺、アンタを脅したかったわけじゃないんだ。明って男と鮫島ってデケェハゲ知らないかな。あんたからしたらハゲも小せェかもしれないけどさ」

ピタリ、と男の歩みが止まる。

「小僧、貴様、明の知り合いか」
「おっちゃん、明のこと知ってんのか!?」

思わぬ食いつきに、勝次の顔は綻んだ。
よもやこんなところで明の知り合いに会えるとは。

「小僧。向こうにワシの着替えがある。そこで腰を落ち着け話を聞かせてもらおう」

そんな勝次に思うところがあったのか、男は勝次についてくるように促した。





木造の小屋の中、勝次は服を着た男と共に食事を取っていた。
先ほど、男が海で獲った巨大な魚である。

「ウメェよおっちゃん!魚はやっぱり焼くのに限るぜ!」

勝次は満面の笑みで焼き魚にかぶりつく。
勝次はすっかり男に気を許していた。男の名は青山龍ノ介といった。

龍ノ介の話は勝次にとって非常に惹かれるものだった。
なんでも龍ノ介は明の師匠らしく、あのオババに丸太で殴り掛かった男も明の兄貴らしい。

(そりゃ、こんなスゲェ奴らに囲まれたらああなるよなぁ)

勝次は、明がなぜあそこまで強くなれたかを理解した。
同時に、そんな明たちでも倒しきれない吸血鬼たち―――ひいては、雅の強大さを思い知らされる。

(明...)

勝次は思う。自分は肝心な時にはいつも明の力になれていない。
金剛の時だって、姑獲鳥の時だって、ここにいる師匠や兄貴のような強く頼れる者たちがいれば明ももう少し楽に戦えたはずだ。
自分が、明のように強くなれれば...

ゴクリ、と唾を飲み込み、その勢いのまま、勝次は膝を地につけた。

「なっ、なァおっちゃん!」
「むっ」
「この殺し合いから抜け出たらさ、俺を鍛えてくれよ!俺も明みたいになりたいんだ!頼むよ!」
「......」


がばり、と身体を丸め、勝次は額を地に着けた。
土下座。彼なりの全力の誠意である。

龍ノ介は、勝次を見下ろしたまま沈黙する。
十秒。二十秒。
その数秒が、勝次にとっては非常に重苦しいものだった。



「...顔をあげろ」

その言葉に、勝次は顔を綻ばせた。

「おっ、おっちゃ」

パ ン ッ

顔を上げたその瞬間、勝次の頬に衝撃が走った。
頬を叩かれたのだと、遅れて気が付いた。

「...こんなのを躱せない人間に教えることなどあるものか」

それだけ言って、龍ノ介は座り直し、再び焼き魚にかぶりつき始めた。

その姿を見ていた勝次は、ヨロヨロと立ち上がり―――龍ノ介に飛びついた。

「離れい、小僧!」
「ヘッ、クソ坊主、俺が叩かれただけで諦めると思うなよ!!」
「ワシは素質のない奴には教えん」
「関係ねェ!俺は強くなるんだ。強くなって、明の力になるんだよ!!」
「......!」

勝次を引き離そうと藻掻いていた腕を止め、龍ノ介は改めて勝次へと向き合う。

「小僧。貴様はなぜ強さを求め、明の力になろうとする。吸血鬼の撲滅のためか?あるいは親族の仇か?」
「明は俺の友達だ。友達の力になりたくてなにが悪ィんだよ」

ハァ、ハァ、ハァ。
再び見つめあい沈黙する二人。ややあって、口を開いたのは龍ノ介。

「...わかった」
「おっ、おっちゃ」

ブンッ。

振るわれる右の張り手を、勝次は飛びのき躱す。


「へっ、何度も同じ手は食わね」

言い終わる前に振るわれる左の張り手。
体勢の崩れたいま、勝次にそれを躱すことはできない。

パ ァ ン

その威力に勝次の身体は宙を舞い、壁に背中を打ち付けた。

ヨロ ヨロ

が、受けた痛みに歯を食いしばり耐え、すぐに立ち上がった。

「...いまのを食らってすぐに立ち上がるとは、決意は本物のようだな」
「何遍も言わせんなよ。俺は殴り殺されるまで諦めねェぞ」

龍ノ介は息を呑む。
勝次は明や篤のように心底吸血鬼を恨んでいる訳ではない。
母を亡者にされたと言っていたが、その仇も殺したため、彼らほどの恨みはない。
だが、それでもなお彼は明の力になるため戦うと決意を固めている。
明を、友達を助けたいと強く願っている。

「小僧。ワシに出来ることは全て教えてやるが、それでも雅に勝てるとは限らんし、明のようになれる保証もない。それでもよいな」
「!ありがとうおっちゃん...いや、師匠!!」

満面の笑顔を見せる勝次に、龍ノ介は思う。

勝次の話してくれた、明の様子。
恐らく、勝次と明が出会っている頃には自分はもう死んでいるのだろう。

そして、雅が本土にいるということは、彼岸島における吸血鬼と人間の戦争は吸血鬼が勝ったのだろう。
自分には死んだ記憶などないが、近い将来にどこぞで殺され、神子柴による蘇生の際に記憶を弄られたのだと推測した結果、そう仮説を立てることができた。

その仮説は勝次には話していない。所詮仮説は仮説であるし、彼には自分に妙な気を遣わず、明の友であってほしかったからだ。

「飯も食い終わったことじゃ。そろそろ明たちを探しに行くとするか」
「おう、師匠!」

火を消し、明たちを探しに行こうと二人が小屋を出たちょうどその時だった。

暗闇の中、一人の男が歩いてきたのは。





歩み寄ってきたのは、紫のターバンとコートが特徴的な大男だった。
男は勝次たちを見つけるも、走りも動揺もせず、ただ淡々と歩いてきた。

「止まれ!ワシらはこの殺し合いには乗っておらん!」

龍ノ介の静止の声に、しかし男は歩みを止めない。
殺し合いに乗る参加者か―――龍ノ介は、デイバックから支給品である鉄のハンマーを取り出し構える。
それに対しても男に変化はない。まるで龍ノ介たちのことなど見えてもいないかのように悠々と歩みを続ける。

「『殺し合い』か。全くもってくだらん」

ポツリと男が呟いた。

「神子柴とか言ったか...貴様は許せん。我らへの侮辱、その命で償ってもらう」

男は龍ノ介の言葉への返答ではなく、独り言をぶつぶつと呟いていた。

「なァ師匠、あの男、オババを許せないって言ったよな?なら協力してくれるんじゃないかな」

勝次の問いかけに、龍ノ介は小さく首を振ることで否定の意を示す。

龍ノ介は、この男の不遜な態度と異様な気配に宿敵・雅の影を見ていた。
人を人とも思わぬ外道。人間を遥かに超越した、吸血鬼の王の影を。

龍ノ介の警戒心とは裏腹に、男との距離はどんどん縮まっていく。

男からの殺気は未だに感じていない。それ故に恐ろしい。

「――――ッ!!」

龍ノ介の予感は当たっていた。
男が彼らの横を通り過ぎ、その数瞬後―――龍ノ介の胸が裂け、血が噴き出した。



「し、師匠!」

困惑しつつも、龍ノ介の身体に手をやろうとする勝次を、龍ノ介は制する。

「心配はいらん。薄皮一枚じゃ」
「今のを防いだか。多少は腕に覚えがあるようだな」

男はここにきてようやく『会話』をし始めた。

「てめーなにしやがる!殺し合いなんざくだらねェって言ったじゃねェかよ!!」
「その通りの意味だ。このカーズと貴様ら下等種族が『殺し合い』などという対等な立場に立てる訳がなかろう」

震えつつも激昂する勝次の言葉に、男―――カーズはフン、と鼻を鳴らした。

「貴様...何者じゃ」
「死にゆく者に答える必要はない」

会話をするのも面倒だと言わんばかりに、カーズは腕から刃を生やし龍ノ介へと斬りかかる。

ガキン、と金属音が鳴り、龍ノ介のハンマーの柄とカーズの刃が競り合う。

「ほぉう、パワーだけならサンタナに匹敵し得るか...だ・が、その程度ではこのカーズを倒せんなァ」
「勝次...すぐのこの場から離れろ。こいつのことを明にも知らせるんじゃ」

カーズから目を離すことなく、龍ノ介は言葉を投げる。
自分が食い止めている間にここから逃げろ。長くはもちそうにない。
勝次は、龍ノ介のいわんことを既に理解していた。

だからこそ。

「離れやがれこの紫色ォ!」

警告と共に、発砲。
パァン、パァン、と甲高い銃声と共にカーズの腹部に銃弾が着弾する。

「なにをしておる!」
「うるせェクソ坊主!あんた明の師匠なんだろ!だったら会わなきゃダメだろ!こんなところで死ぬみたいなこと言うんじゃねェよ!!」
「勝次...!」

「小僧...その躊躇いのなさは評価してやろう。だが、おれにこんな玩具が通用すると思うなよ」

鍔迫り合いの最中、カーズは仰け反り上体を逸らす。
急な脱力に対応できず、龍ノ介の上体は前のめりに突き出してしまい、無防備な腹部を晒す。

そこに放たれるカーズの蹴撃、加えて。

ドスリ。

カーズの足から生えた剣が龍ノ介の腹部を貫いた。

「がふっ」

その衝撃に吐血し、宙に浮かぶ龍ノ介の身体。

「てめええェェェ!!」

怒りのままに発砲する勝次。
しかし、その弾はあっさりとカーズの掌に収まった。

「そぅら、返してやるぞ小僧」

口角を吊り上げながら、カーズは銃弾を握った手を突き出し、親指と人差し指の間に銃弾を挟み込む。

「避けろ勝次!カーズはお前目掛けて銃弾を弾くつもりじゃ!!」

龍ノ介の警告も時すでに遅し。
カーズの指は弾かれ―――


ギャンッ!!




突如、横合いからカーズの首元に食らいつくような衝撃が走り、小屋の壁へと叩きつけられる。
その衝撃に押され、カーズの照準がブレ、弾も明後日の方角へと飛んでいく。

「ぐあっ、こ、これは...!」

カーズの首元を圧迫するモノの正体。
それは、赤く大きな蟹の腕だった。

「カーズ...それが貴様への地獄の手向けよ」

現れたのは、顔の右半分を機械で覆い、軍服を着た大男だった。


「こんなものでこのおれを...」
「ふんっ!」

龍ノ介の振るったハンマーがカーズの頭部を潰し血液が飛び散る。

「ごあっ」

カーズの口からうめきがあがるも、しかしその身体はなお健在。突き出された両腕は龍ノ介の身体を掴もうと力強く蠢く。

「むっ、これでも生きておるか」
「そこの日本人、追撃はいらん!!すぐにカーズから離れろォォォォォォ!!!」

軍人の叫びに龍ノ介が振り返り、言われた通りにカーズから距離をとる。


「喰ウゥゥゥゥらえィィィィィィィカァァァァァァァズゥゥゥゥゥゥ!!我がナチスと同盟国日本の科学が産んだ最高知能の結晶ォォォォォォ!!!」

軍人の雄たけびと共に軍服がはだけ、その鍛え上げられた肌色の胸部と異様な腹部が露わになる。
砲門だ。赤く雄々しい砲門が彼の腹部から露出していたのだ!!


「新兵器、まどキャノン!!これで貴様を地獄に送ってやるぜェェェェェェェェェェェェェェェェェェ!!」

軍人の砲門から放たれる小型のミサイル。
それは、コン、とカーズの身体を一度跳ね―――辺りを覆うほどの爆発を引き起こした。


眼前の光景にあんぐりと口を開ける勝次。
彼が我に返るよりも早く、軍人は勝次にかけより脇に抱きかかえた。

「日本人、俺についてこい!あの程度でカーズがくたばると思うなッッ!!」

龍ノ介は、軍人の言葉に従いあとに続く。

「あの船に乗るぞ!出航さえしてしまえばしばらくの時間稼ぎにはなる!!」

軍人が指さす先には、確かに巨大な船があった。
ルールに書いてあった、参加者用の豪華客船だ。

「お主はいったい...」
「俺の名はルドル・フォン・シュトロハイム!詳しくは船に乗ってからだ!」


かくして自己紹介の暇すらなく、彼ら三人は船へと飛び乗った。

その三人の背を、カーズは確かに睨みつけていた。




「大丈夫かよ師匠!」
「案ずるな。この程度ではワシは死なんよ。...奴をあそこで仕留めるわけにはいかなかったのか」
「奴を侮るなァ!奴は柱の男!あの程度でくたばるなら苦労は無いわァ!」
「柱の男?」

勝次の質問に、シュトロハイムは険しい顔で語り始める。
柱の男と吸血鬼の関係性、人類側からの対抗勢力・波紋の戦士達、彼らとの永きに渡る因縁...
簡易的ではあるが、大まかな事柄を二人に伝えた。

(あいつが吸血鬼を...それに、明たち以外にもあいつらに抗う人間がいたなんて!明にも伝えねェと!)

吸血鬼に脅かされど、そのルーツを知らなかった勝次は素直に感嘆する。

一方の龍ノ介は、仮面の下で神妙な表情を浮かべていた。
彼は彼岸島で生まれ育ち、吸血鬼の成り立ちについてはよく知っている。
その陰に『柱の男』の存在など影も形もなかったし、元々は吸血鬼も容易く増やせるようなものではなかった。
だが、実際に『柱の男』はいた。シュトロハイムが語った吸血鬼と自分たちの知る吸血鬼はまた別の存在なのだろうか。

「ところで...先ほど、あのカーズに退かず立ち向かったあの勇気に私は敬意を表する。
先ほどの戦闘で奴の脅威はわかっただろう。ここは同盟国同士、手を取り合い奴ら柱の男に目にもの見せてくれようではないかァ!!」
「そりゃいいけどさ、この殺し合いはおっちゃんはどうするんだ?」
「フンッ、しれたこと...確かにあの老婆の語った報酬はチト気になる...が、しかし!俺は誇り高きドイツ軍人!!
俺が従うのは偉大なる総統閣下のみ!!あの愚物に殺せと言われてホイホイと従うほど恥知らずではない!
この殺し合いを潰したうえで、あの婆の言った報酬とやらを奪い取ってみせるわァ!!」

ワハハハ、と豪快に笑い飛ばすシュトロハイムに、勝次は思わず耳を塞いだ。

「して、龍ノ介とやら。お前の言葉通り、その腹の傷は致命傷ではないのかもしれんが、一応応急処置だけはしっかりしておくべきだ。
戦場において傷口の放置はあらぬ失敗を引き寄せるからな。まだこの船を調べきれていないのでなんともいえんが、消毒や包帯くらいはあるだろう。探してくるといい」
「探してくるといいって、おっちゃんは?」
「俺はもう少し後方を見張っておく。カーズが別の船を用意せんとも限らんからな」
「わかった。師匠、少し我慢しててくれよ」

階段を降りていく勝次を見送り、甲板にはシュトロハイムと龍ノ介が取り残される。

「...時に龍ノ介、ひとつ聞きたいことがある」

先ほどまでの大声とは打って変わって、シュトロハイムは神妙な声音で語り掛ける。

「その腹の傷...確かに致命傷ではない。が、しかし、我慢してどうにかなるモノでもなかろうに」
「なにが言いたい」
「その人間離れしたタフさ...明らかに人間のものではない。お前の身体の特性も不老不死の手がかりになるやもしれん。龍ノ介よ、神子柴を倒した後、お前にも我がナチスの医科学班に協力してもらいたい」

協力―――この軍人の言う『協力』とは、要するに人体実験のことだろう。
既に日本軍に似たような建前で一族郎党、実験体にされていた為、龍ノ介は彼の真意を解っていた。

そして、やはりかと思う。
彼らは自分たち『吸血鬼』についてはなにも知らない。
先ほどの柱の男やらが生み出す吸血鬼と、彼岸島の吸血鬼はまるで別物だと。

ならばこそ、だ。



「『協力』するのはいいが、条件がある」
「なんだ?」
「ワシと共にこの会場に来ている吸血鬼『雅』を共に殺してくれ。そうすれば、ワシは思い残すことはなにもない」

そう。彼岸島の常識に囚われている自分では雅を倒せずとも、異なる異形を研究しているこの男や波紋の戦士とやらの協力があれば今度こそ雅を倒せるかもしれない。
無論、雅を殺した後は自分も自害し研究などに使わせる余地すら与えないつもりでいる。
長寿を望む研究者の行き着く先は同じだ。もしも自分が素直に研究に協力すれば、第二の雅が生まれることは想像に難くない。
約束を破ることになるのは気が引けるが、それでもこれ以上『雅』を増やすわけにはいかなかったのだ。

「吸血鬼か...安心しろォ!この身体になった俺ならば吸血鬼など恐るるに足らん!なァァァァァァァぜならァァァァァ!!!我がナチスの科学はs」
「大変だ師匠、おっちゃん!!」

世界一、と普段からの口上を叫ぼうとしたシュトロハイムを遮り、勝次が慌てて駆け上がってきた。

「どうした勝次」
「この船動いてねェんだよ!これじゃあ師匠を病院に連れていけねェ!」
「馬鹿を言うな。我らがこうしてカーズを撒けたのはこの船に乗れたから―――ッ」

チラ、と時計に目をやり、シュトロハイムは絶句した。

「...おいお前たち。この船は確か10分程度で向かい側の港に着くと書いてあったな」
「ウム。そろそろ件の港に着いてもよい頃じゃが」
「そう。10分程度...多少の前後はあるだろう。だが、俺たちはこの船に乗って既に15分以上が経過している!!なのに陸地はあんなにも遠い!!この船の行程は半分程度までしか進んでおらんのだ!!」

一同に戦慄が走る。
この船は停滞している―――なぜ。

「こ、壊れたのかよ」
「わざわざルールブックに載っているようなものが作動15分で壊れるなんて馬鹿なことがあるかァ!故障だとしても人為的なミスとしか思えん!」
「じゃがこの船は無人で動いているのは確認した。乗組員はワシら三人...しかし、つい先ほどまで一切離れておらんし、勝次が離れたのもものの数分...そもそも勝次に壊す動機がない」
「ああ。俺はなにも触ってねェ」
「と、なると、まさか...」

ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ

三人の背に冷や汗が滴る。

―――いる。
この船を、悪意を持って壊し、三人を陥れようとする何者かが。
そして本能が警鐘を鳴らす。ここに留まるのは危険だと。



「マズイ...非常にマズイぞ。この船は広いとはいえ限られた空間。相手が俺たちを捕捉するのも時間の問題だ!いや、すでにされているのかもしれん!!」
「どうするんだよおっちゃん!!」
「う、うろたえるんじゃあない!ドイツ軍人はうろたえない!!なにか策を練らねば...!」
「いや...その余裕はなさそうじゃ」

ズ ン ッ
三人の足元から地響きのような衝撃が走り、足元は浮遊感に襲われる。
勝次は尻もちをつき、シュトロハイムと龍ノ介もぐらりと上体を崩してしまう。

「うわっ、なんだこれ気持ち悪ィ!!」
「ま、まさか...まさか敵は...!!」
「ウム。恐らく、この船のエンジンを壊し、船の一部も壊したのだろう。この船が沈むのも時間の問題じゃ」
「待てば藻屑、待たずとも藻屑...選択肢は最初から『この船から脱出する』以外にはなかったということか。ええい、味な真似を!!」
「急いで脱出しねーと!」

くるりと踵を返す勝次。

瞬間。

ボッ

「―――えっ」

床下から、一筋の閃光が走る。

同時に、勝次の足元へと垂れる赤い雫。

遅れて、ドチャリ、と音がした。

そして、地面に落ちたソレを認識してようやく理解した。

あの閃光の刹那、自分の左腕が切断されたことを。

「うわああああああああああ!!」

勝次の絶叫が響き渡り、切断面からじわじわと痛みが滲んでくる。

「ンンンンいい声だ...実にいい響きだぞ小僧」

それを嗤う者が一人。芸術のように磨き上げられた肉体が床下から這い出てくる。

そう。そいつの名は。ソイツの名は!!

「カァァァァァァァァァズゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!」

最終更新:2020年01月24日 22:37