憂「大学に入ったら、金髪にしてみようかなぁ」
軽い冗談のつもりで、目の前の可愛い後輩の金髪に触れながら言ってみます。
菫「だ、ダメですよそんな! あ、いえ、ダメってほど強くは言えませんけど、でも憂先輩は今のままでも充分、き、綺麗です! その髪色も私は好きです!」
憂「ふふっ、冗談だよー。ありがと、スミーレちゃん」
菫「じょ、冗談ですか、よかったです・・・上手く染めないと痛むって聞きますし。あ、でも憂先輩は黒髪というより茶髪に近いですから染めやすかったりするのかな・・・?」
憂「うん、お母さんもお姉ちゃんも同じ髪色だから遺伝なのかな。って、冗談だってばー」
菫「そ、そうでしたね、すいません・・・」
冗談のつもりだったけど、でもスミーレちゃんを見てるとたまに思います。
特に今みたいに、他に誰もいない、二人きりの休みの日に。金髪碧眼に映える白めの私服を着て、私よりも高いその背で、すぐ隣に立たれると。
憂「スミーレちゃんって、妖精みたいだよね。妖精スミーレ」
菫「妖精、ですか? って、わひゃっ、わ、私がっ!?」
憂「お、落ち着いてスミーレちゃん!」
菫「す、すみません・・・」
スミーレちゃんはよく慌ててるイメージがあります。
特に最初の頃は、スミーレちゃんが私達に隠し事をしてたのと私達が無理矢理軽音部に引きずり込んだようなものなのとで、いろいろ戸惑わせちゃった感じがあります。
でも、今の反応はただ慌ててるって感じでもなかったような?
菫「・・・私は最初の頃、憂先輩の方こそ妖精みたいだって思いましたよ?」
憂「へ? 妖精? 私が?」
菫「はい。綺麗で、優しくて、何でも出来て、それなのに私のような人間にも気を遣ってくれる。当時の私には、良い意味で妖精のように輝いて見えました」
憂「そ、そうかな、そんなことないよー」
面と向かってこんなに持ち上げられるというのは照れるものです。
私のほうは外見しか見ないで妖精だなんて言っちゃったものですから、尚更。
菫「直ちゃんにロボって言われたの気にしてたようなので、なかなか言いづらかったのですが・・・同じようなことを考えてたなんて意外で、つい」
憂「面白い偶然もあるんだね。あ、直ちゃんに「もう気にしてないよ」って伝えといて欲しいな」
菫「わかりました。良かったです、直ちゃんも結構気にしてたみたいなので」
憂「そっか。もう一緒にいられる時間もあんまりないし、直ちゃんとももっといっぱいお話しないとね」
菫「そう、ですね・・・」
憂「・・・ねえ、スミーレちゃん。あの、ね」
菫「はい? 何でしょう」
今度は、冗談のつもりなんて全然ない話です。
憂「スミーレちゃんは、紬さんと同じN女に進学するの?」
菫「え、はい、一応それが理想ですね。私の学力で行けるかはわかりませんが・・・」
憂「そっかぁ・・・」
菫「・・・憂先輩は、進路決まったんですか?」
憂「N女にしようかなぁ・・・そろそろ決めないと先生に怒られちゃうんだよね、あはは」
菫「憂先輩・・・」
お姉ちゃん離れがしたい。お姉ちゃんを安心させてあげたい。それだけの理由から、私は進路をN女への進学のみに絞ることだけはずっと避けてきました。
でも、梓ちゃんや純ちゃんと一緒に軽音部を継いで、スミーレちゃんや直ちゃんとわかばガールズを結成してバンドしてきて、考えることがあるんです。
N女でのお姉ちゃん達の活躍を聞いたり、スミーレちゃんとの距離が縮まって、先輩後輩や友達といった関係を超えてきて、思うことがあるんです。
みんなともっと一緒にいたい、って。
別れたくない、という意味ではありません。仮に別の学校に行ったとしても、私達の関係は続きますから。
だから、正確にはきっと、一緒の時間がもっと欲しい、って思ってるのかもしれません。
かといって、別の学校に行きたくなくなった、というわけでもありません。和ちゃんのような進路も私にはとても眩しく映ります。
菫「憂先輩は、何か、専門的な分野でやってみたいこととかないんですか? あったらその学校に行くのが一番だと思いますけど・・・」
憂「うーん、なんでもやってみたいって思うかな。失敗しても成功しても得るものはあるはずだし、やってみたら意外と楽しいってことも多いと思うし」
菫「そ、そうですか・・・あはは」
憂「わ、私なにか変なこと言った!?」
菫「いえ! 私が軽率だっただけです! 私の知る素敵な憂先輩ならそう答えるに決まってるのにっ・・・!」
憂「あ、ありがと、でいいのかな・・・?」
菫「私、これからもっと憂先輩のこと理解します! だからもう一度チャンスをください!」
憂「チャンスだなんて、そんな大げさな・・・」
こちらから相談して弱音を吐いたのに、スミーレちゃんのほうにそんなに畏まられると悪い気がします。
でも・・・
憂「でも、そうだね、弱音を吐いた身だし、何か言ってもらえたら助かるかも」
菫「・・・」
憂「・・・」
菫「・・・・・」
憂「・・・・・・・・」
菫「・・・・・・・・」
憂「・・・スミーレちゃん?」
菫「・・・すっ」
憂「酢?」
菫「すいません! やはり私ごときに憂先輩の進路を左右するようなことは言えませぇぇん!!!」
憂「お、落ち着いてスミーレちゃん! あと「私ごとき」なんて卑下しちゃダメだよ! 私はスミーレちゃんのこと大好きだよ!」
菫「私だって憂先輩のこと大好きですよぉ! だからこそ、こういう時に役に立てない私なんて! 私なんてえぇ!」
憂「お、落ち着いてってば! じゃ、じゃあこうしよ! 『私は絶対参考にしない』から、スミーレちゃん、思いっきりワガママ言ってみて?」
菫「ワガママ、ですか・・・?」
憂「うん。スミーレちゃんが、どんな私の進路を望むか。それで決めたりは絶対にしないから」
って、言ってみて気づきましたがそんなのに何の意味があるんでしょう。
スミーレちゃんに気楽に何か言ってほしい一心でこんなこと言っちゃいましたが、これじゃそもそも親身になってくれてるスミーレちゃんにも失礼なような・・・?
&nowiki(・・・}もしかしたら最初から、私は誰かに何かを言ってほしかっただけなのかもしれません。それは誰でも良く、内容も何でも良くって。
悩まずに決めてしまうと不安になってしまうから。自分はちゃんと悩んだんだ、って、自分に言い聞かせるために。
だとしたら、私は・・・酷い人です。
憂「あのっ、ごめん、スミーレちゃん、やっぱり・・・」
菫「あのっ、憂先輩、私は・・・」
二人の声が、重なります。
重なったことに気づき、少しだけ沈黙。でもすぐに、
菫「あの、私、先に言っていいですか?」
憂「あ、うん・・・」
菫「憂先輩が何を謝ろうとしてたのかはわかりませんけど、やっぱり私は憂先輩の望む道を行ってほしいです。それが私のワガママです」
憂「・・・そっか。ありがと。ハッキリとした進路を言われたら、もっと謝らないといけないところだった」
菫「そうなんですか?」
憂「うん。ごめんね?」
菫「いえ、いいです。頼ってくれたこと自体はうれしかったですから。憂先輩の望む答えを返せなかった私が不甲斐ないばかりでっ・・・!」
憂「ううん、違うんだよスミーレちゃん。今のスミーレちゃんの答えは、私が一番求めていたものだったよ」
菫「・・・そうなんですか?」
憂「うん。ありがと」
ただの堂々巡りになりますけど、やっぱりまずは私が何をしたいのか、それをはっきりさせないといけません。
N女か、それ以外か。その最低限の二択くらいは、やっぱりちゃんと自分で決めないと。
N女を選んでも、学部はたくさんありますしまだまだ悩むはずです。名門ですからね、あそこは。
菫「あの、憂先輩」
憂「なぁに、スミーレちゃん」
菫「進路って、進む路って書くじゃないですか。憂先輩ならどんな路でも進めると思いますけど、もうひとつだけワガママ言ってもいいですか?」
憂「うん」
菫「・・・もし、憂先輩が何らかの理由で路に迷った時は、その憂先輩を攫いに行くのは、私でいいですか?」
憂「・・・ふふっ、妖精スミーレちゃんに攫われたら、どこに連れて行かれるんだろ」
菫「それはその時のお楽しみです。憂先輩ならきっと誰もが攫いそうですから、予約しておきたかっただけです」
憂「そうかなぁ。でも、そうだね、私も攫われるならスミーレちゃんがいいかな」
菫「・・・ありがとうございます、憂先輩」
憂「こちらこそありがどね、スミーレちゃん。・・・でも攫われないに越したことはないんだよね?」
菫「まあそうなんですけどねっ!」
あははっ、と二人で笑い合います。
進路の悩みはそのままだけど、だいぶ心が晴れた気がしました。
何があっても、どうなっても大丈夫。そう言ってくれる人がいるだけで。
今度は相談じゃなくて、いろんな人の話を聞いてみよう。
N女に行こうとしてる梓ちゃん、同じく進路に悩んでる純ちゃん、お姉ちゃんや和ちゃんのような現役の大学生、いろんな経験をしてきている先生達。お父さんやお母さん。参考にできる人は、私の周りには沢山います。
私はいつだって誰かから学んできました。進路も同じようなものなのかもしれません。
誰かを参考にしたなら、今度は私が誰かの参考になれるように、ちゃんと結論だけは自分で出したいと思います。
私の選んだ路を、胸を張って、誰かに話せるように。
そういう人と人との繋がりは、とても幸せで、恵まれてることのはずですから。
おわり