~・~・~・~


「あ、もうこんな時間なの?」


私はちょっと驚いて声を上げた。
唯先輩とくっ付いたままで色んな話を続けて、
窓から吹き込んでいた春風に肌寒さを感じるようになった頃――。
何となく空模様を見てみると、もう太陽が沈み掛けて夕焼けになっていた。


「ホントだー!」


「すっごく話し込んじゃいましたね」


「うん、楽しかったね」


「そうですねー」


二人してくっ付いたまま頷き合う。
今まで話せなかった分を取り戻すみたいに――、
ってわけじゃないけど、不思議と話題が全然尽きなかったなあ。
主に話してたのは、お互いの事じゃなくて梓と憂の話なんだけどね。
でも、それが楽しかったし、それでよかったんだと思う。
今、私達を繋げているのは梓と憂なんだし、
お互いの知らない二人の話を教え合うのは凄く親近感を持てたしね。
自分達の事を話せるようになるのは先の事かもしれないけど、
今度は今日ほど緊張せず、気負わずに唯先輩と話す事が出来そう。

それにしても、梓が学祭前であんな事をやってたなんてねー。
これは梓の耳元で伝えてあげたいけど、とりあえずは内緒にしておこう。
今は梓の意外な一面を知れただけで嬉しい。
いつかは梓も私にそんな一面を見せてくれるといいんだけどね。
もう同じ部に所属してるわけだし、その内、見せてくれるようになるのかな?
うん、そうだったらいいよね。

でも、今はとりあえず帰らなきゃ――。
夕焼けに視線を向けて、私は名残惜しく感じながらも何とか言った。


「もうこんな時間ですし、私、そろそろ帰りますね」


「そっかー、そうだよねー。
ちょっと残念だけどしょうがないよねー……。
今日は付き合ってくれてありがとね」


唯先輩の声はとても残念そうだったけど、意外にもすぐに私を解放してくれた。
急に唯先輩の体温と柔らかさを感じなくなって、私はちょっとした不安を感じる。
梓や憂や軽音部の先輩達が夢中になってるみたいに、
私もいつの間にか唯先輩の魅力に惹かれ始めたのかもしれない。
誰かに好意を素直に伝えられるまっすぐな性格の唯先輩の魅力に――。

唯先輩のおかげで、私も少しだけこの髪質が好きになれそうな気がするしね。
これから先、今まで通りにこの面倒な髪質が嫌になる事が何度もあると思う。
でも、そんな時は私の髪型を本気で可愛いと思ってくれてる唯先輩の事を思い出そう。
私の事を大好きだって言ってくれた唯先輩の事を信じなきゃね。


「それじゃあ、今日はお世話に――」


唯先輩と一緒に立ち上がって、正面から身体を向け合う。
今日のお別れの挨拶をするために、顔を見合わせる。
そういえば、玄関で出迎えられて以来、私は唯先輩と顔を合わせてなかった。
今日はそれでよかったかもしれないけど、最後くらいちゃんと視線を合わせて挨拶しなきゃね。
そう思って取った行動だったんだけど、私はそこで初めて気付いた。

好意を素直に――、
簡単に伝えられる人だと思っていた唯先輩の頬が――、









ほんのりと赤く染まってる事に――。


夕焼けで赤く見えてるわけじゃないのはすぐに分かった。
唯先輩の頬を染めているのは夕焼け色じゃなくて、
もっと柔らかい感じの――、そう、この季節に似合った桜色だったから。
ほんのりとした桜色だったから――。


――私、勘違いしちゃってたのかな。


言おうとしてた言葉を止めて、私はいつの間にかそんな事を考えていた。
唯先輩は私の事や、誰かの事をちゃんと誉めてくれる。
いいと思った事を認める素直な心を持っている人だ。
だから、自分の好意を簡単に伝えられる人だと思ってたんだよね。

でも、それはちょっと違ってたのかもしれない。
唯先輩はちゃんと私達に『大好き』って伝えてくれる。
それが唯先輩の凄さと魅力だと思ってたんだけど、本当はちょっとだけ違ったのかも。
唯先輩の凄さは――、唯先輩の魅力はひょっとすると――、
私達に『大好き』と伝えられる勇気を持てる事だったのかもしれない。
誰かに『大好き』だって伝える事は、簡単みたいでとっても難しい事だもんね。
私だって澪先輩に『大好き』だなんて伝えた事は無い。
誰だって、誰かに好意を伝える事には勇気が必要なんだよね。
勿論、唯先輩だって――。

唯先輩は色んな物を好きだって言ってる。
でも、簡単な気持ちで言ってるわけじゃないんだ。
ちゃんと自分の気持ちと向き合って、
好きだって実感してから、気持ちを私達に伝えてくれてるんだ。
『好き』だって気持ちを誰かに伝える事は大切な事だって知ってるから。
胸に湧き上がる照れ臭さや恥ずかしさを、勇気で乗り越えて。
それが――、このほんのり桜色の頬の意味なんだよね――。

当たり前だけど、それは私の勝手な想像だった。
今、唯先輩が頬を染めてるのは、単に私にくっ付き過ぎて熱くなっただけかもしれない。
もっと他の理由で赤くなってるだけかもしれない。
だけど、今の所は私は唯先輩をそういう人なんだ、って思う事にした。
そっちの方がずっと素敵でカッコいいと思うし、
もしも違ったって、その辺の違いは少しずつ埋めていけばいいんだもん。
二人で一緒に――。
また色んな話をしながら――。


「純ちゃん……?」


急に私が黙り込んだのが気になったのか、唯先輩が首を傾げた。
頬をほんのりと染めたままで。
私ははにかんでから、唯先輩に手を伸ばす。
握手しようと思って伸ばしたはずなのに、
気が付くと私は唯先輩のモコモコを触ってしまっていた。
戸惑ったように唯先輩が苦笑する。


「もー、どうしたの、純ちゃん?」


「あ、いえ……、つい可愛いなって思ってしまいまして」


「でしょでしょー?」


「それと、今日は唯先輩に凄く弄られたんで、
そのお返しにちょっとだけ私も弄っておこうかなと」


「何それー」


苦笑から笑顔に変えて、唯先輩が私のモコモコを掴む。
モコモコを掴みながら唯先輩が桜色を少し濃くして、私も頬が熱くなるのを感じる。
桜の季節に、二人して頬を桜色に染めていく。
なーんて、ちょっとカッコ付け過ぎかな?
でも、桜色に包まれながら、私達は桜色に笑った。


「あの、唯先輩……」


「どうしたの、純ちゃん?」


「今度、二人でセッションしてみません?」


「セッション?」


「はい、私達、ギターとベースでパート分け出来てるじゃないですか?
丁度いいなって何となく思い付いたんです。
折角ですし、セッションして梓達の前で披露しちゃいましょうよ。
前、唯先輩は梓と『ゆいあず』ってユニットを組んだんですよね?
だったら、『ゆいじゅん』ってユニットを組むのもいいと思いません?
梓と憂、私達がそんなユニット組んだって知ったら、きっと驚きますよー?」


それは勝手に口から出た思い付きだった。
別に何でもよかったんだけど、また唯先輩と会う口実が欲しかったんだよね、
その口実に丁度いいのがセッションだったわけなんだけど、単なる口実ってわけでもなかった。
澪先輩だけじゃなくて、私は『放課後ガールズ』ってバンドに憧れてる。
その憧れのバンドのメンバーと組めるなんて、そんな素敵な事は無いと思うもん。
勿論、唯先輩がよければになるんだけどね。


「うーん……、それはちょっと……」


唯先輩が苦笑して首を横に振る。
駄目だったんだ……、と落ち込み掛けた時、真剣な表情で唯先輩が続けた。


「『モコモコガールズ』ってのはどう?」


「……はっ?」


「ユニット名だよ、ユニット名ー!
『ゆいじゅん』だと私達の特別なユニット名って感じがしないでしょ?
だから、『モコモコガールズ』!
私も今の髪型にして、純ちゃんと二人でセッションするの!
これなら私達っぽいし、素敵だと思わない?」


「それじゃあ――」


「うんっ!
私はもうすぐ寮に入っちゃうけど、時間が合えば連絡するね!
準備が出来たら皆も呼んで、『モコモコガールズ』のセッションを聴かせちゃおうよ!」


「はいっ!
ありがとうございますっ!」


唯先輩と顔を合わせて笑う。
笑顔で、私達の未来について考えていく。
うん、すっごくワクワクして楽しくなってくるよね!

と。


「ただいま、お姉ちゃーん。
誰か来てるのー?」


「唯先輩、すみません、失礼します」


不意に聞き覚えのある声――、憂と梓の声が玄関口から響いた。
そう言えば、夕方には帰って来るって唯先輩が言ってたっけ。
私と唯先輩は顔を合わせて、お互いのモコモコを掴んだ状態で笑顔になる。
ちょっと照れ臭いけど、今はそれを誤魔化さなくてもいいよね。


「あれ、純ちゃん?」


「ちょっと純……、唯先輩もそんな髪型で何をしてるんですか?」


リビングに入って来た梓達から不思議そうな声が上がる。
私と唯先輩の組み合わせなんて意外だろうし、
増して二人でモコモコを掴み合ってるんだから、何事かと思うよね。
でも、今日は教えてあげない。
教えてあげるのは『モコモコガールズ』のセッションの後、
私達の演奏を聴かせて驚かせてあげた後なんだから。
その時に伝えてあげるよ。
梓と憂が大好きな唯先輩の魅力に、今日、私も気付けたって事を。


だから、今は唯先輩と二人で――










「内緒っ!」









ほんのり桜色に頬を染めて、笑顔で言っちゃうんだ。



これで終了です。



最終更新:2013年03月01日 00:22