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 その頃、ふすま一枚を挟んだ廊下では――

紬「(すごい……さすが唯ちゃんだわ……)」

 聞き耳を立てていた紬は、奥から聞こえてきた唯の声や家臣団の叫びを聞き、心を奮い立たせていた。

紬「(これが、“みんなを助けるための戦い”ね!)」ムフー

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晶「どうするんだ!お前が言ったんだから、責任取れよ?」

菖「え、ええ!?あ、晶だって納得したじゃない?だいたい総大将でしょ!」ワタワタ

晶「はぁ?ふざけんなよお前!!」

澪「さぁ、戦うのか戦わないのか!答えろ!」グイッ

菖「ひっ!」ビクッ

律「あらら?確かおんなじこと、誰かが言ってたわよね~?」ウプププ

菖「うぅぅ……分かったよ。所領の財は持ち出し自由にするからっ!」

唯「ごっめ~ん。もう戦を決めちゃった」テヘ

菖「自由にするって言ったじゃないっ!!」

唯「力ずくで奪えばいいんじゃないかな?」ニッコリ

菖「……!(この子、本気だ!!)」

晶「……唯殿」

菖「(え?名前で呼んだ……)」

唯「ほえ?」

晶「そういじめてやるな。殿下が要求してんのは、開城のことだけだ。城の財については、心配すんな」

唯「そっか、ならいいや」ケロリ

晶「(こいつ、またあっさりと……)」

唯「それじゃあ、こっちからも開城の条件をふたつ!」ブイッ

菖「負けた奴が条件つけるなー!」

唯「なぁに、菖ちゃん?」ニッコォ

菖「はい、条件をどうぞ」ケロッ

唯「うん、二回目の戦で、田んぼに土俵をまき散らしてたよね?あれを片付けてほしいんだ。お百姓さんが田植えできなくなっちゃうからね」

晶「……は?」

『やっぱり、さすがはふわふわ様ね……』クスクス

『田んぼのことを条件にするとは……』ニマニマ

晶「ハハハ、分かった分かった。で、二つ目は?」

唯「そっちの軍勢には、降ったお百姓さんを斬った人がいるんだよ……その人の首をはねてもらえないかな!?」キッ

澪「(えっ……唯?)」

律「(へえ、あいつもそんなこと言えるんだ)」

梓「(でも、敵がそんな条件飲むかな……)」

晶「何だと……許せねえな。どこのどいつだろうが、必ず見つけ出して首をはねる!」

唯「ほえ、いいの?」

晶「フン、軍の規律を破りやがったわけだからな」

梓「(意外だ……)」

晶「条件は以上だな」

唯「うん、そうだよ!」

幸「晶、もう一つあの件が……」ヒソヒソ

晶「お、そうだったな……わりィ、一つだけ条件が残ってた」

唯「?」

晶「桜が丘城の姫君、紬は殿下に差し出してもらう」

梓「(ええっ……!?)」

澪「(くっ……やっぱり……)」

律「(こればっかりは、しょうがねえよな……敗軍の姫は側女にされるのが習いだし……)」

唯「え、えーっとぉ……」

菖「殿下は可愛い娘が大好きでね。関東一可愛いと噂の紬姫なら、きっと手荒な真似はしないわよ。ま、ちょーっとばかし殿下の趣味に付き合ってもらうけど」イシシ

唯「え、ええぇ~……?」タラタラ

律「(まずい!また敵が優勢に……)」

澪「(趣味ってまさか……あんなことや、そんなことを……///)」プシュー

梓「(唯殿!断ってください!私は姫のために、命を投げ打って戦います……!)」

晶「どうした?姫はよこすのか?よこさねーのか?」

唯「あぅ……ごめん……や、やっぱりムギちゃんは……姫は渡せま……」

 ガララッ!

紬「私は行きますっ!!」

澪律梓「姫っ!!?」

唯「む、ムギちゃん!!?」

晶「こ、こいつが紬姫か?」

菖幸「(かわいい……)」

紬「私が関白に貢がれれば、城のみんなは助かるのよね?戦は起きないのよね!?」

晶「あ、ああ……そうだ」

紬「ならば私は大坂に行きます!どうか、お願いしますっ!」ドゲザッ

律「姫、頭を上げろ!考え直せ!」

澪「あ、あんなことやそんなこと……///」ボンッ

梓「姫っ!私……私戦いますから!姫の為なら命を捨てても構いませんっ!!」

晶「姫はああ言ってるぞ。どうする唯殿?」

唯「………………」

梓「唯殿!ここはどうか戦に!」

唯「…………」

梓「唯殿ぉ!」

唯「……ムギちゃんを、よろしくお願いします」ペコリ

梓「っっ……!!」

澪律「(……唯…………)」

晶「よし、分かった。おい、姫も悔いは無いな?」

紬「…………どんとこいですっ!」スクッ

タタタタッ……

梓「(姫…………)」

晶「これで、条件は終わりだ」

唯「じゃあ、私はこれで……」

晶「待て。その腕……戦の手傷か?」

唯「これ?いやぁ、私は戦が苦手で、澪ちゃんが戦に出してくれなかったんだよ。だからせめてみんなを応援するために田楽をしてたら、撃たれちゃってね~エヘヘ」

晶「(やっぱりあれはこいつか。たいしたやつだぜ全く……)」

澪「エヘヘじゃない!こっちはどれだけハラハラさせられたことか」

晶「お前が……秋山丹波守澪だな?何でも菖がこてんぱんにされたらしいな」

澪「い、いや……私だって色々窮地には陥ったし……」

晶「そっちのちっこいのは、中野梓だな」

梓「ち、ちっこいのは余計です!」

晶「お前にはかなり手こずらされたぞ。相当な手練れだな。お前ほどの将は、殿下の直臣にもなかなかいねーぞ?」

梓「(え……まさか敵将からその言葉をもらうなんて!)ま、まぁ戦の天才ですから!」

晶「で、その猫耳はいつもつけてるのか?」ニヤ

梓「にゃっ!?田楽の時からつけてるの忘れてた……!!///」

晶「で、幸を破った田井中和泉守律は……」

律「やーっときたか。私だ、私!」

律「武功一等はお前だろうな。幸は殿下も認める武辺者だ。軍にも、一番強い兵達を任せてたんだ」

律「聞いたか、澪!私が武功一等だってよー!」

澪「分かった分かった」フフ

晶「唯、田楽は策だったな」

唯「いや~、エヘヘ」

晶「じゃあ、私らはこれで」ガタッ

澪「待ってくれ!」

晶「どうした?」

澪「北条の支城は、一体いくつ残ったんだ?」

晶「知らなかったか?この城だけだ。落ちなかったのは」

澪「え……」

幸「この戦は、坂東武者の武勇を物語るものとして、百年後も語り継がれるだろうね」

菖「ま、こちらからすれば迷惑だったけどね~」

晶「ホント……いい戦だったぜ!」

 そう言い残し、晶達は大広間を後にした。

『……応!!』

 去り際に晶達は、大広間から響く桜が丘軍の叫びを聞いた。

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 晶達が去った後、しばらくの間、誰も座を立つ者はいなかった。

 やがて、唯がゆっくりと立ち上がる。

唯「みんな……今まで、本当に本当にありがとう」ペコリ

『……………』

唯「また……いつかどこかで会えるといいね!」ニッコリ

『……応!!』

 ここに、桜が丘城・成田家家臣団は解体した。

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 城を出た晶達は、田んぼのあぜ道を馬で歩きながら、丸墓山へと戻っていく。

晶「だーっくそォ!負けた負けた!完敗だ!」

菖「でもなんか嬉しそうだよ、晶」イシシ

幸「だけど……どうしてあんな総大将が、あんなに個性的な侍大将達を指揮できるのかな」

晶「できねえんだよ。それどころか、何もできねえんだ。それがあいつの将器の秘密だ。家臣達が何かと世話焼きたくなる、そういうやつなんだよ。桜が丘のやつらは、兵も領民も一つになってやがる。利で繋がった私らが勝てる相手じゃなかったんだよ」

幸「晶……」

晶「やれやれ。私には、軍略の才能は無かったってわけだ」

菖「じゃあ、これからはこれに生きる?」クイックイッ

晶「金か?いや……いずれ私の所領の半分を割いてでも、天下一の武辺者を家臣にして、天下を分ける大戦を指揮してみせるさ!!」


 ――石田三晶はその後、近江水口四万石の半分を割いて、天下一の謀将といわれた島左近を招いた。香奈の死後、勢力を強めた徳川千代康と対立。関ヶ原の戦いを画策するも敗走。近江で捕らえられ、京の六条河原で斬首された。


幸「くす……無理はしない方がいいよ、晶」


 ――大谷幸継はその後、らい病を患う。関ヶ原で敗戦を覚悟しながらも、長年の友情から晶方に加勢。勇猛果敢に戦い、戦場に華々しく散った。


菖「ま、それが晶らしいけどね!」


――菖束正家もまた、関ヶ原で晶方に荷担。敗走後、居城に逃げ込むも、「降れば胸を大きくしてやる」との誘いを受けて開城したところを捕えらえ、討ち取られた。


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桜が丘城・本丸
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居館を出た梓は、大広間を飛び出した紬を必死になって探していた。

梓「姫ー!どこですか、姫ー!」

紬「うぅ……ひっく……」

梓は、城塀の側でうずくまっている紬を見つけた。紬は顔を両手で覆って泣いている。そんな紬の肩に、梓はそっと手を置いた。

梓「姫……」

紬「唯ちゃんの……バカぁ……ひぐ……」

梓「……姫、もしかしてあの時、唯殿が止めてくれると思って……」

紬「……兵糧のことにはあんなに食い下がってたのに……」

梓「よっぽど唯殿が好きだったんですね」

紬「嫌いよ!唯ちゃんなんて大っ嫌い!!」

梓「……姫、関白に捧げる前に……まずは本当に好きな人に…………」

紬「…………」ジーッ

梓「(え、まさか…………)」ドキッ

紬「……うん、そうするね」タタタタッ

 紬は梓の横を通り過ぎ、居館の方へと足早にかけていく。

梓「(あ……)」ズキッ

紬「梓ちゃん!」クルッ

梓「は、はいっ!」

紬「私はみんなを助けるために、大坂に行くの!だから……大丈夫!!」

梓「…………姫」

紬「ありがとう梓ちゃん!元気でねっ!!」


 ――紬姫はこの後、小田原征伐から帰る途中の香奈に接見し、側女となった。大坂城で暮らした紬は、香奈の趣味である召し替え(今のコスプレ)に、なぜかノリノリで応じ、香奈から厚い寵愛を受けたという。

 大坂夏の陣で豊臣家が滅びると、豊臣香奈頼の遺児・香奈松丸と共に大坂城を脱出したと言われているが、その後のことは分かっていない。

 一説では、豊臣家の隠し財産を元手に、関東で商店を開いたとされている。紬が桜が丘城の戦いのさなか、湖上で奏でた琴にちなみ、「琴ぶき屋」と名付けられた商店は、自家製たくあんの販売で大変繁盛したという。

 これが、明治維新後の琴吹財閥、そして太平洋戦争後の琴吹グループの礎になったといわれている。


梓「馬鹿だな、私は……」


 ――中野梓のその後については、確かな記録が残っていない。

しかし、梓の記録が途絶えた頃から、「毘沙右衛門」という名前の三味線の名手が、全国各地を放浪したとの記録が現れ出す。この毘沙右衛門の肖像画には、必ずと言っていいほど、頭に猫耳が描かれている。


律「よう、梓!姫にふられちまったか?」ブゥン!

梓「お、大きなお世話です…………って、それ皆朱の槍じゃないですか!」

律「へへ、かっこいいだろ?澪がくれたんだ!私が武功一等だと認めたんだろうな!」ブウゥン!ブウゥン!

梓「へぇ、良かったですね……(澪殿、どうしてそんな大事な槍を?)」

聡「姉ちゃん!それどうしたんだ?」タタタッ

律「お、聡!いいだろこれ!」

梓「律殿、誰ですこの子は?」

律「弟だよ。おい聡、お前もこれ使ってみるか?」ヒョイ

聡「マジで!?姉ちゃんありがとう!」ブウゥン!ブウゥン!

律「お前もこんな槍が使える立派な武士になれよ!」ポンポン

梓「……ぷぷっ」

律「何だよ、何がおかしいんだよ」

梓「いや……あの荒くれ者の律殿が、しっかりお姉さんしてるなんて……ぷっ」

律「なっ、なーかのォーーッ!!///」


 ――田井中和泉守律についても、長野口での奮戦が記されるのみで、その後は分かっていない。ただ、後年伊達政宗が召し抱えた侍に、律と酷似した者がいたとの説がある。

 政宗はその侍を厚く信頼し、自らの兜飾りである三日月を模した髪飾りを与えたという。以来その侍の家系では、三日月型の髪飾りが代々子孫に受け継がれていったという。


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三の丸
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澪は、片腕の使えない唯を背負ってやぐらに登っていた。

 城を出る前に、城下の景色を見ておきたい――唯のそんな頼みごとを叶えるためであった。

澪「よいしょ、よいしょ……ほら、着いたぞ」

唯「ありがとうね、澪ちゃん。ん~、空気が気持ちい~」ノビー

 唯は風を受けながら、見慣れているはずの城下を愛おしそうに見つめた。

 澪はその姿に、敵軍の堤作りを眺めていた時の唯を重ねた。
 しかし、今の唯はその時とは似て非なるものであった。
 稀代の将器の姿は消え失せ、ひとりのふわふわした少女が、そこに佇んでた。

澪「(まったく……こんな頼りなさげやつが、あんな大事を為すとはな……)」

澪「唯……この土地も、領民も、全てお前が守ったんだぞ」

唯「ううん。みんなで守ったんだよ。澪ちゃんも、りっちゃんも、あずにゃんも……城兵のみんなにお百姓のみんな、さわちゃんに和ちゃん…………それに、ムギちゃんも」

澪「唯……好きだったのか?姫のこと」

唯「…………えへへ」コクン

澪「…………ならいいんだ」

 澪はそう言い残し、一人やぐらを降りていった。

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 上方軍との激闘を繰り広げられた佐間口に、澪は足を運んだ。

澪「(場所は……ここがいいかな)」

憂「純ちゃぁーん!!」タッタッタッタッ

澪「ん?」

 澪が振り返った先には、ボロボロになって帰還した純の姿があった。そこに憂・菫・直が駆け寄っていく。

純「いや~、恥ずかしながら、帰ってきました……ハハ」ポリポリ

憂「もう、もう二度と会えないと思ってたよおぉ!!」ダキッ

純「うわっぷ!ちょ、ちょっと憂……///」

菫「良かった……本当に良かったです」ポロポロ

直「村を逃げたことは、もう水に流します」

純「ほんと!?まあ……私は一度、水に流されちゃったけどね!あはは……」

憂菫直「「「……あははははは!!」」」

 再会を喜ぶ憂達の姿を、目を細めて見ていた澪は、やがて意を決したように、憂達に近づいていく。

澪「やぁ……このたびはご苦労だったな」

憂「あ、澪さん!」

澪「実は……頼みたいことがあるんだ」

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澪「うん、上出来だ!」

憂「……本当に、こんなことして良かったんですか?」

純「そうですよ!あんなに綺麗な黒髪だったのに!」

澪「これでいいんだ。もう、侍はやめだ!」

 澪は、その艶やかな黒髪を、憂にばっさり切らせてしまった。
腰まであったその髪は、うなじを隠す程度にまで短くなった。

菫「漆黒の魔人と呼ばれた方が、出家だなんて……もったいないです」

澪「私はもともと、戦が嫌いだったんだ。弱い人達が戦で命を奪われるのは、もうごめんだ……これからは、この戦で死んだ人達の供養に生きるさ!」


 ――秋山丹波守澪。桜が丘城の開城と共に、武士の身分を捨てて出家。佐間口の地に高源寺を開き、戦没者の供養に務めた。

 しかし翌年、流行り病により、その短い生涯を閉じる。
辞世に際し、以下のような歌を残している。


 身はやつれ 桜が丘に眠るとも
 夢に見たるは ふわふわの刻


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 百姓達は、荷車に積んだ米俵を、各出口から次々と運び出していく。籠城のために城へ運び込んだ米を、再び村へと戻すために。

その様子を、唯はやぐらの上から、いつまでもいつまでも眺めていた。

唯「……ごはんはすごいよ、ないと困るよ、むしろごはんがおかずだよ~♪」


 ――成田唯親はその後、家臣達の再雇用斡旋に務めた。その多くは、桜が丘城での戦いぶりを高く評価した徳川千代康が召しかかえたという。

 唯親自身は、さわ子と共に会津へ渡るはずだったが、突如「私、お百姓さんになる!」と言い残し出奔。その後、彼女の記録は何一つ残っていない。

 しかし、かつて桜が丘城の戦いに参加した上方軍の者が、平沢村という農村をたまたま通りかかった際、唯親が歌っていたあの田楽を耳にしたという。

 その者によれば、村の百姓全員が楽しそうに歌いながら、田植えに精を出していたという。
ただ、唯親本人と思しき者は、ついに見つけることができなかったという。

いちご「……どないやねん」

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 桜が丘城は、開城から十一日後、石田三晶に明け渡された。その後は何度も主が変わり、松平氏のときに明治維新を迎えた。

 現在、城は取り壊され、湖も埋められ、戦国時代を偲ぶものはほとんど残っていない。

 だが、その地では今――

唯「それじゃ、一曲目行きます!『ごはんはおかず』!」

『なんだそれー!』『あははははは!!』

唯「ではでは、聞いてください!……じゃ、いくよ」

澪「」コクリ

紬「」コクリ

梓「」コクリ

律「………ワン、ツー、スリー、フォー!!」

 あの時代と同じ笑顔が溢れている。


おしまい



「のぼうの城」をけいおんキャラでやってみたい――それだけのために書きました。
去年公開の映画版を見て、「成田長親って、唯っぽい」と思ったことがきっかけです。
少しでも楽しんでいただけたなら、有難いです。

【引用元】
「小学館文庫 のぼうの城」上・下巻 
「のぼうの城 オリジナル脚本完全版」
和田竜・著 小学館・刊行



最終更新:2013年03月12日 19:02