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菫「お姉ちゃん?」

紬「紬御嬢様よ」

菫「…突然どうしたの?」

紬「あなたも私も大人なのだから」

紬「いつまでも昔のように呼び合うわけにはいかないの」

菫「…ふたりきりのときも?」

紬「…ふたりきりのときも」

菫「お姉ちゃんはそう呼んで欲しいの?」

紬「…ええ」

菫「…」

紬「…」

菫「…紬御嬢様」

紬「わかってくれたのね、菫。ありがとう」


お姉ちゃんは高校に入ってから変わってしまった。
昔はお姉ちゃんと呼んで欲しいと言ってくれたのに…。
私に『御嬢様と呼べ』と強制しようとした父に文句を言ってくれたお姉ちゃんなのに…。

どうして変わってしまったんだろう…。
確かに私は使用人の娘で、お姉ちゃんは使えるべき主だけど…。

…。
…。
…。
どうして…。


紬「菫?」

菫「あっ、お…御嬢様」

紬「…」

菫「…っ」

紬「いいのよ。それでちょっと用事があるのだけど」

菫「何の御用ですか」

紬「…いいえ、やはり遠慮しておきます」

菫「そ、そうですか」

紬「…ごめんなさい」


ぎこちない敬語。
噛み合わない会話。
楽しかったはずのお姉ちゃんとの時間は、違うものになってしまいました。

でも、時間が経てば慣れるもの。
一ヶ月もすると…。


菫「おはようございます。紬御嬢様」

紬「…あと五分だけ」

菫「巫山戯たことを言わないでください。旦那様に叱られますよ」

紬「じゃああと30秒だけ」

菫「30、29、28…………………」

菫「……………………3、2、1,0」

菫「はい、起きてくださいませ」

紬「菫のいけずー」

菫「はいはい」


こんな感じで普通に接することができるようになりました。

だけどあの頃のように、御嬢様が私の部屋に来て漫画を読むことはありません。
添い寝してくれることもありません。

たぶん…今までが恵まれすぎていたのだと思います。
ちょっと寂しいけど、あの頃のことはいい思い出として。
私は次の一歩を踏み出そう。そう思っていました。

あの日までは――。


友A「ばいばい菫ちゃん」

友B「ばいばーい」

菫「皆さん、さようなら」


友達と別れた後、私は一人帰路につきました。
途中、外国の方に話しかけられました。
30代ぐらいの中東系の男性だと思います。
「こんにちは」と微妙な発言で言われた後、地図を見せられました。

道を知りたいのでしょう。
無視するのも悪いと思い、地図を覗きこむと――




鈍い痛みとともに、私の意識はそこで途絶えました。

◇◇◇

目を覚ますと、知らない部屋にいた。

ここはどこだろう。
窓のない部屋。
壁の塗装は剥げていて、古い建物のように見える。
どこかの廃屋かもしれない。

私のほうはというと、椅子に座らされて手足を縛られている。
口枷はついていないので大声を出すことはできる。

誘拐されたのは間違いなさそうです。
問題は、私を御嬢様と勘違いして誘拐したのか、それとも関係なく誘拐したのか。
私を誘拐したのはおそらく日本人ではない。

それなら金髪というだけで、私と御嬢様を勘違いして誘拐した可能性もある。


私は大声を出すべきかどうか思案ました。
部屋の防音性は決して高くなさそうです。
ならば悲鳴をあげれば誰かに伝わる可能性はありそう。

しかし、すぐに犯人は駆けつけてくるでしょう。
悲鳴をあげたとして、それを聞いた人が事件だと気づいてくれる可能性は低そうです。

それでも、何もしないよりは良いかもしれない…。
考えていると、扉が開きました。

現れたのは、意外な人だした。


紬(…)

菫「お、御嬢様!!」

紬(大声をあげないで)

菫「っ…」

紬(…)

菫(…)

紬(…誰も気づかなかったみたいね)

菫(御嬢様。どうしてここに)

紬(どうしてって、貴女を助けにきたのよ)

菫(なんで御嬢様が)

紬(いいから黙って、紐を解くから)


御嬢様は紐に手をかけました。
私は頭をフル回転させて、現在の状況について考えていました。

犯人が私を放置したままとは思えません。
定期的に見回りにくるのは確実でしょう。
その時、私がいないことに気づけば、必死に探し出すはずです。

御嬢様が私を見つけてくれた以上、お父さん達にも私の場所は伝わっているはずです。
ならば、私は安全。むしろ今は御嬢様の安全を優先するべき状況です。


菫(御嬢様、私は行けません)

紬(菫?)

菫(御嬢様は外で待っていてください)

菫(私は他の者がくるまでここに居ます)

紬(あなたを置いていけるわけないでしょ)

菫(…駄目です。私が逃げたってわかったら追手がきてしまいます)

菫(そしたら御嬢様の身に危険が及びます!)

紬(そうね)

菫(そうねって…御嬢様は早くここから逃げてください!)

菫(私は…そう。琴吹の使用人の人たちが助けにきてくれますから)

紬(菫…)

菫(御嬢様、お願いです)

紬(聞いて、菫)

紬(私はあなたを守るために育てられてきたの)

菫(…えっ?)

紬(私の本当の名前は斎藤紬。あなたの本当の名前は琴吹菫。これでわかるかしら)

紬(本当の御嬢様は貴女のほう)

紬(私は貴方の影武者。知ったのは最近なんだけどね)

菫(そんなのって…)

紬(だからね、一緒に逃げて)


お姉ちゃんの瞳を覗きこむと、目を逸らさず見つめ返してくれました。
お姉ちゃんが言ったことが本当かどうか、私にはわかりません。
ひょっとしたら私を諭すため嘘をついているのかもしれません。

いずれにしろはっきりしていることがあります。

御嬢様は、
お姉ちゃんは、
私を残して逃げてくれるつもりなどこれっぽっちもないということです。


菫(ねぇ、お姉ちゃん)

紬(なぁに?)

菫(もしかして眉毛が太いのも影武者として目立ちやすくするため?)

紬(これはただの沢庵よ)

菫(そうなんだ)

紬(食べる?)

菫(うん)


紬(それで、一緒に逃げてくれる?)

菫(うん。そうじゃないとお姉ちゃんは逃げてくれないでしょ)

紬(ええ)

紬(それじゃ、作戦を立てましょうか)

菫(作戦?)

紬(ええ、この建物と人員の配置はだいたいわかっているの)

菫(ちょっと待ってお姉ちゃん。警察か琴吹の人が来るまで待つのは?)

紬(来ないわ)

菫(えっ、携帯で連絡すれば)

紬(電波妨害のせいで通信ができないの)

紬(私がここに行くことは知らせてあるから)

紬(何時間も連絡がなければ駆けつけてくれるでしょうけど…)

紬(その間に犯人が来ないとも限らないし)

菫(じゃあお姉ちゃんだけ一回外に出て…)

紬(…上から来たの)

菫(えっ)

紬(非常階段を登って、床の抜けてるところを落ちてきたの)

紬(だから戻るのは困難だわ)

菫(…)

紬(この廃屋……元は個人経営の病院だったみたい)

紬(出口は正面と生活用の裏口)

紬(両方に人がいるわ)

菫(最低2人…)

紬(菫、あなたはどんな人に連れ去られたか覚えてる?)

菫(青いチェックシャツで綿パン…肌は浅黒くて…アラブ系の人だと思う)

紬(…なら最低3人ね)

菫(ねぇ、お姉ちゃん。私に作戦があるんだけど)

紬(どんなの?)

菫(こういうのはどうかな―――)


◇◇◇


菫「きゃあああああああああああああ!!!」


私は大声をあげた。
しばらくすると足音が響き、ドアが開く。


誘拐犯A「???」


釣れた。
壁を影に隠れていたお姉ちゃんが仕掛ける。
種も仕掛けもない、おもいきったグーパンチ。
不意をつかれた男は胸部を強く殴られ、倒れる。
倒れたところを、頭部への踵落とし。
男は動かなくなった。

お姉ちゃんは手早く私の紐を解いて、その紐で男を縛った。


紬「うまくいったわね」

菫「お姉ちゃん、強すぎ」

紬「ふふふ。菫を守るため、訓練はサボらなかったもの」

菫「…ありがとう」

紬「それで、菫を誘拐したのはこの男?」

菫「…うん。そうだと思う」

紬「そう。ならあと2人かしら」

菫「お姉ちゃん、これ以上ここにとどまるのは危ない気がする」

紬「そうね。じゃあどうやって逃げましょうか」

菫「裏口から逃げよ」

紬「見張りは…正面突破で行く?」

菫「私が囮になるよ」

紬「駄目よ」

菫「大丈夫だって、私は殺されないから」

紬「だけど、万一ということがあるわ」

菫「お姉ちゃん、よく考えて」

菫「お姉ちゃんが正面突破に失敗したら何もかも終わりだよ」

菫「私が囮になってお姉ちゃんが不意をつけば、ふたりとも安全に逃げられる」

菫「…でしょ?」

紬「ふふふ。流石は私の使えるべき主様ね」

菫「えっと…」

紬「ふふ。菫御嬢様の言うとおりに」

菫「もうっ……」

◇◇◇

裏口には銃をもった男がいました。
私は普通に歩いて彼に近づきました。
男は知らない言葉を話しました。
きっと「なんでおまえがここに」とでも言っているのでしょう。
私は首を横に振りました。

男は銃を私につきつけ、歩くように命じました。
おそらく仲間のいる場所まで私を連れて行くのでしょう。
私は彼に従いました。

少し歩いたところで、私は振り返り、男の銃を拳で叩きました。
トリガーに手がかかったのか、銃声が響きます。
男は慌てて私に標準を合わせようとしますが、もう遅い。
お姉ちゃんが男の心臓を思い切り殴りました。
そして踵落とし。


菫「やったね」

紬「ええ、でも銃声が鳴ってしまったから、すぐに逃げましょう」

菫「うんっ!」


男を放置して急いで逃げようとした時。
まさにその時、銃声が鳴り響きました。


……お姉ちゃんの脇腹から血が流れました。


菫「お姉ちゃん!」

紬「ぐっ……」


多分致命傷じゃない。
でもすぐに治療しないと……。


紬「菫! あなたは逃げなさい! 私は!!」



銃声がしたほうを見ると、男が一人。
お姉ちゃんは男と私の間に立とうとしています。
いけない!
このままじゃお姉ちゃんが死んじゃう!


勝手に体が動きました。
まずはお姉ちゃんを軽く突き飛ばして、床に倒す。
犯人が混乱しているのが目にとれます。

それから犯人に向かって走り出しました。
犯人は私のどこを撃つべきか迷っているようでした。
その間に近づいて、金的に蹴りをいれる。

男は後方に避けて、蹴りを交わしました。
そこですかさず鳩尾に掌底を入れます。

男は苦悶の表情を浮かべながら、倒れました。


菫「お姉ちゃんっ!!」

紬「菫、あなた強かったのね…」

菫「私もお姉ちゃんを守るために訓練してたから」

紬「そう、お父さんに習ってたものね」

菫「……うん」

紬「……!」バシッ

菫「お、お姉ちゃん?」


私は突然お姉ちゃんに突き飛ばされました。
さっき倒した男が、こちらに銃口を向けていたのです。
いけない、この体勢じゃ…。

私もお姉ちゃんも倒れたまま、
このままじゃ、銃で撃たれてしまう……。


菫「お、お姉ちゃん」

紬「大丈夫だから。えいっ」


お姉ちゃんは近くにあった20キロはありそうなテーブルを男に投げつけました。
テーブルは男の頭部にあたり、男は動かなくなりました。



紬「私の妹に手を出したら…許さないんだから……」

◇◇◇

そう言い残してお姉ちゃんは映画みたいに倒れた。
私は急いで外に出て、お父さんに電話をかけました。
すぐに救急車が手配され、お姉ちゃんは病院に送られた。

その後、私はお父さんと御父様から話を聞きました。
私が実は御屋形様の娘であること。
お父さんだと思ってた人が、実の父でなく、お姉ちゃんとお父さんだったこと。

私とお姉ちゃんがあまり親しくしていると、私が御嬢様だとバレてしまうかもしれない。
だから「お姉ちゃん」と呼んではいけないということ。

影武者作戦は今のところ功を奏していること。
今回の事件は単純な勘違いで発生したこと。
事前情報から、お姉ちゃんの周りをガードしていたため、私のガードが手薄になったこと。

色々聞いたけど、どれもあまり耳に入ってこなかった。
お姉ちゃんのことが気になって仕方がなかったから。

とはいえ、お姉ちゃんは入院する必要もなかった。
銃弾を抜き出してその日のうちに帰ってきた。

そして今、私の紅茶を飲んでいる。


菫「大変だったね、お姉ちゃん」

紬「紬御嬢様よ」

菫「…はーい」

紬「ふふっ、菫。そんなつまらなそうな顔をしないで」

菫「そんな顔。していませんよ」

紬「ねぇ菫。実はいいもの貰っちゃったの」

菫「…黒い機会みたいだけど?」

紬「超高性能電波探知機」

菫「何に使うのですか?」

紬「盗聴器がないか調べるために使うのよ」

菫「えっと…」

紬「うん。青。ねぇ、勝手なお願いかもしれないけど、聞いてくれる?」

菫「なんでしょうか」

紬「これが青いときだけは、私のことをお姉ちゃんって呼んで欲しいの」

菫「…いいの!?」

紬「お願い…」

菫「…」

紬「…」

菫「紬お姉ちゃん!」

紬「菫、大好き!」

菫「私も大好きだよ、お姉ちゃん!」



おしまいっ!

最終更新:2013年03月11日 12:53