澪「あいたっ」
姫子「茫然自失としない。その程度の覚悟で、
唯を好きになったんじゃないでしょ?」
姫子は周りに聞こえない程度の声で、
だけど語気を強くして言った。
姫子「人の変化に、周りの人はすぐ気付く。
そういうもんでしょ」
つまり私の願いが叶ったら、
それは誰かにその事実を気付かれるということか。
間違ってはいない、と思う。
澪「いや、でも今の時点で気付かれるなんて、
思っていなくて……」
姫子「ああ、それだけどね。昨日テストしたんだ」
テスト?なんのことだ。
姫子「唯に告白した」
澪「えっ」
……今度こそ本茫然自失とした。
姫子「あ、冗談で、だよ?
勿論唯にも冗談ってことは伝えてあるし」
澪「……」
助かった。もう少しで、
私はご臨終していたかもしれない。
姫子「まあなんというか、その時の唯の反応がね。
唯なら、そういうことを冗談云々で流せそうじゃない?
でも、唯はそうしなかった」
姫子はちょっと考える仕草をして、
姫子「言い換えると、唯は真剣に受け取った」
その言葉が自分に振りかかったように感じ、
私は少し気持ちが弾んでしまった。
あの時の私の言葉も、唯は真剣に受け止めてくれた。
姫子「一度なにかああいったことがないと、
突然には信じられないと思ってね。
で、その相手は誰かと考えたとき、
澪しかいないと思ったの」
澪「なるほど。名推理だな」
姫子「ご清聴、ありがとうございました。
……なんちゃってね」
姫子の妙に似合ったその冗談に、
私は思わず吹き出してしまった。
そして二人して腹を抱えて笑ってしまった。
尤も、一番最初に告白したときも、
唯は真剣に受け取ってくれたけれど。
まあ訂正する必要もないか。
* * *
澪「あれは夏休み中。
私が花占いをして部室に落とした花弁を発端に、
唯が勘違い、それも私を疑うようなのをしたんだ」
廊下を歩きながら、
私はあの時のことを話していた。
つまり唯に告白した経緯、だ。
この話、軽音部の誰にも話したことはない。
だというのに、昨日出会ったばかりの人に
話すというのは、なんとも奇妙なものだ。
姫子「花占いの相手は、まあ聞かなくてもわかるけど、
なんで部室で花占いしたの?」
澪「……相手の顔を一番に想像できるから」
姫子「……ロマンチック~」
うるさい。冷やかしか。
姫子「なるほど、そこから唯が、
花弁落としたのが澪だと言い当てて、
告白せざるを得なくなったと」
澪「まあ大体そんな感じ」
雨降って地固まる。
そういえば、全ての発端となったあの日には、
大雨が降っていた。
姫子「あ、そうだ。一度後輩クンたちに
連絡しないとダメじゃない?」
ああ、確かに。
いきなり仲間に加えてくれないかと言うよりは、
一度電話で確認を取った方が良いに決まっている。
万が一、断られるとしたなら、
電話口で断られた方が時間も短縮できる。
私はポケットから携帯を取り出し、
電話帳を開いた。
な行の欄“
中野 梓”の名前を探す。
ない。
澪「あいつ携帯持ってないじゃん……」
姫子「現代の女子高生とは思えない……」
私の呟きに姫子は目を丸くしていた。
まあ、だよなあ。天使だもんなあ。
現代の女子高生の一般論は、
天使に通用しないものだ。
さて。
澪「だとすれば憂ちゃんかな」
次に電話帳のは行の欄から
“
平沢 憂”の名前を探す。
ない。
澪「別に連絡する機会ないと思ってたから、
連絡先交換してなかった……」
姫子「確かに部活仲間の妹じゃ、ちょっと遠すぎるかもね」
まあ、だよなあ。妹だもんなあ。
いくら姉が天使だとしても、
妹の連絡先を知っている道理にはならないものだ。
さて。
澪「最後に残ったのが、鈴木さんだけど……」
私は電話帳のさ行の欄を見ずに、
携帯をそっと閉じた。まあ、だよなあ。
【Az-side】
‐廊下‐
私たちが三手に別れる前、
純が少し寂しそうに、
純「なんだか悲しい気持ちになってきた」
と、変なことを呟いていました。
何故でしょう。さっぱりわかりません。
それはさておき、私たち三人は
一人ずつに分かれて行動していました。
憂が外の団体を、純が一階の団体を、
私が二階の団体を見張っています。
講堂と体育館で出し物をする団体に関しては、
人数不足のために目を瞑ることになりましたが、
それでも殆どはカバーできていると思います。
そして二階を歩き回っていると、
私は非常に怪しい看板を見つけました。
梓「これは……」
その看板に書かれた団体名は、
“オカルト研究会”でした。
オカルト研究会。宇宙人の研究、
あるいは解剖でも行っているのでしょうか。
いえいえ、宇宙人だけではありません。
下手したら、天使もオカルトな対象物として
見られているかもしれません。
……おおっ、怖。
やはりこういうのには一切触れないことが、
一番良いのでしょう。そう思います。
結局何もせず、私は看板の前から去ろうとしました。
その瞬間、誰かが私の肩の上に手を置いてきました。
梓「うわっ!」
咄嗟に振り向き、肩に乗せられていた
手を振り払いました。
妙な出立ちの女の子が立っていました。
黒いローブに身を包んだ、眼鏡少女。
ミステリアスというかオリジナリティに
溢れているというか、とにかくそんな格好でした。
そして何故か、身体に悪寒が走りました。
?「あなた、興味あるんですね」
梓「えっ?」
オカルト研A「私がそのオカルト研究会の者です。
さあ、こちらへどうぞ」
そう言って、オカルト研の人は
私をどこかへ連れて行こうとしました。
……あ、なるほど。あなたの目的、見破りました。
梓「私を解剖しても美味しくありませんよ!」
オカルト研A「はい?」
‐オカルト研部室‐
連れて行かれた部屋はとても暗く、
また展示物も奇妙なもので、
人気もまるでありません。
そとの活気に溢れ返っている文化祭の空気と
切り離されているようにも感じます。
それと、取り越し苦労でした。
この人たちは解剖などしてませんでした。
全く、誰ですか。オカルト研と解剖を結びつけたのは。
逸った判断は良い結果を結ばない。
つい最近学んだばかりのことです。
梓「へえ……」
さて、ここの展示物は奇妙なものが
多いとは言いましたが、
その内容自体は興味深いものが多いです。
えくとぷらずむ。
私たち天使でも解明できない、人間の霊の存在。
それを人間たちが考察しようとしているのは、
まあ、至極当然の流れなのでしょう。
梓「ふむ」
オカルト研A「興味をもっていただけましたか」
オカルト研B「よろしければこちらもご覧ください」
そういえば、いつの間にか
オカルト研の人は一人増えていました。
出立ちこそ代わり映えしませんが、
髪型や顔形は流石にそっくりコピーという
わけではありません。
オカルト研B「この球体は、霊の物質を象ったもの」
オカルト研A「エクトプラズムの考察を繰り返し、
我々が考案した形です」
ほう、これが。その球体は紫色で、
中に入っている物体は白く輝き、
暗い部屋の中では一層映えていました。
紫色。ちょっと、これは要注意ですね。
梓「ありがとうございました。
でも、私は急ぐ用事があるんです」
オカルト研A「そうですか。残念です」
梓「また暇が出来たら、遊びに来ます」
この部屋を去ろうと扉に手をかけたとき、
ふと思ったことがあったので、
梓「気をつけてくださいね」
なんとなく忠告しておきました。
当然、私の二の舞にならないように祈って。
【Mi-side】
‐外‐
一度外の出し物も見てみようと思い、
校舎を出る。ここでは屋台を構え、
飲食系を出し物とする団体が主としている。
そういえばと、あることを思い出し、
私は姫子と一緒に校舎裏に回った。
そこにあるのは、園芸部自慢の花壇だ。
花壇には、なるほど春や夏に見たものとは
少し趣きの違う、多様な花々が咲いている。
秋といえば、秋桜ぐらいしか私は思いつかないのだけれど、
意外と秋の花も探せばこれぐらいあるのか。
ちょっぴり関心する。
今度名前に因んで、秋の山でも登ってみようか。
姫子「へえ、すごい立派だね。
人があまりいないのが、惜しいぐらいにね」
澪「全くだな」
しかし残念なことに、ここは校舎の裏側。
正面の華やかさとは打って変わって、人は少なく寂しい。
この花壇が正面にあれば、どれほど変わっていたか。
「あれ、軽音部の方じゃないですかー」
不意に聞き覚えのある声が耳に入る。
それは確か六月。強い雨が降っていた。
そうだ、その日に軽音部に花瓶を持ってきた……。
澪「久しぶりだね」
園芸部B「どうもどうもー」
そう、彼女だ。そういえば、あの時は
邪険な態度をとってしまったと思い出して、
少し気まずくなる。向こうは何も気にして
いないようだけれど。
あの時の私の気持ちを弁護する意味も含め、
心の中だけで叫ぶならば、
唯を悲しませておいて、どの面さげてきたんだ園芸部!
ってところだ。
実際、あの時の唯は様子がおかしかった。
悲しんでいたのは明らか。
その原因も恐らく、園芸部の事件が一枚かんでいる。
そう思っての態度だった。
……まあ、今は反省している。
実際唯がいらぬことまで気付いたために、
そのような悲しい気持ちになったわけで、
この人に直接の罪があるわけではない。
間接的な罪を一々咎めていたら、
きっと私も裁かれてしまうのだから、
そんなことは不問にするほかないのだ。
さて、折角の再開ではあったけれど、
特にこの人と仲の良いわけではない。
早速話題に困った私は思わず、
目の前の現状に対する感想を口にしてしまった。
澪「人があんまりいないね」
園芸部B「言ってくれますねー」
しまった、と思い口に手をあてる。
しかし彼女は、私の失礼を笑い飛ばしてくれた。
園芸部B「いいですって、本当ですしー。
それよりもムカツクのはー、怪盗ですよー」
瞬間、私の表情は凍りついた。
まさかこの場で怪盗の名を聞くことになるとは。
姫子「怪盗でも現れた?」
園芸部B「いえいえ。
実はですねー、これ見てくださいよー」
そう言って彼女は自分の携帯を開き、操作し始めた。
目的の画面が開くと、それを私たちの方へ向けた。
姫子「“また花壇を壊されるわけにはいかない、
怪盗から花壇を守るために見張りを全時間帯でつける。”
……なるほどね」
澪「つまり今、キミは……」
園芸部B「絶賛見張り中ですー」
それは、恐らく園芸部の部長あたりからの、
一通のメールだった。
通常、花壇を一々見守る必要は
無いだろうが、よりによって色をターゲットにした
怪盗が現れれば、話は別だ。
見事にこの花壇には多種の色が揃っている。
加えて、園芸部はもう二度と、
花壇を壊されてはならないのだ。
園芸部B「まあここまでの対応になったのは
私の責任も一部あると思いますし、
別にいいんですけどねー」
彼女は花壇を見回した。
園芸部B「……ここまで出来たのも、皆のおかげ」
そして両手を大きく開き、空を仰ぎ見た。
釣られて移された視線の先には、
多少の雲はあれど、十分晴れやかな空が広がっていた。
* * *
花壇をあとにした私たちは校舎に戻る際、
憂ちゃんを見つけた。
向こうも同様に私たちを見つけ、
こちらに駆け寄ってくる。
憂「おはようございます、澪さん。
それと……」
姫子「ああ、道理で似てると思った!
始めまして、憂ちゃん。立花姫子です」
憂「ええと、初めまして。平沢憂です。
あの、お姉ちゃんたちと同じクラスの方ですか?」
姫子「んー、唯のファンかな」
憂「えっ?」
姫子の唐突な冗談に、憂ちゃんは面食らっていた。
憂「あっ、でもお姉ちゃんは、確かに可愛いですよね!」
心の奥底から出た言葉なんだろうなあと、
しみじみと思う。
姫子「そうだね。で、澪。用件は話さないの?」
おっと、唯の話で時間を潰すわけにはいかない。
早速私たちと組まないかという提案を、
憂ちゃんにする。
憂ちゃんは少し悩んだようだが、
すぐに快諾してくれた。
どうせなら昨日からこうすれば良かった。
姫子がいた時点で、二人きりじゃなかったんだから。
こらこら、折角出来た友達に失礼だぞ。
自分で自分を叱る。
その時、憂ちゃんの携帯電話が鳴った。
すみませんと言って、発信者の名前を見た憂ちゃんは、
血相を変え、すぐに電話に出た。
憂「もしもし、純ちゃん!?」
相手は鈴木さん。
恐らく、レインボー事件解決隊に加わっている
メンバーでもあるだろう。
嫌な予感がした。
こうして分かれたメンバーが連絡を取り合うのは、
大抵緊急で連絡すべき用件が出来たからだ。
憂「うん、うん。わかった、今すぐ行くね」
憂ちゃんは手早く電話を切り、
自分のポケットにそれを入れた。
澪「どうしたの、憂ちゃん?」
憂「レインボーが現れました。
一階、生徒会室の緑色のハサミがやられたそうです」
生徒会室……?
私は少しその言葉が現実離れしているように
思われて、足が動かせなかった。
いや、正確には、足より先に頭が動いていた。
憂「私、生徒会室に行ってきますね!」
が、憂ちゃんの言葉に思考が停止する。
澪「私もついていく!」
憂ちゃんは頷いた。お願いします、という言葉を添えて。
‐廊下‐
生徒会室前の廊下は、既に四、五人の人影がいた。
その中に鈴木さんはいない。恐らく、携帯を持っていない、
梓を呼びに行ったのだろう。
代わりに私は良く見知った人物を見つけた。
澪「和!」
和「澪、やっぱり来たのね」
澪「ああ。やられたんだろ?」
和「流石に耳が早いわね。そうよ。
生徒会室の備品であるハサミがやられたわ」
和は悔しさを顔に滲ませていた。
和「レインボー対策にと、生徒会の役員全員で
学校中をパトロールしていたのよ。
そうしたら、このザマ。ちょっと笑えないわね」
?「和さんまで悲観的にならないで。
この事態を招いたのは、私だけの責任よ」
和の背後から、声が聞こえた。
その声の主は、非常に整ったな顔と
聡明そうな雰囲気を持ち合わせていた。
というか、見たことがある。曽我部恵生徒会長だ。
えっ、うわ、ちょっと待って。
恵「あら、澪たん。逃げなくていいのよ」
逃げられる自覚あったんですね。
和「そうしたいのなら、せめて呼び方変えませんか?」
恵先輩の方へ向き直った和の、
尤もな意見に思わず私は唸った。
そうだ、いいぞ和。
同じ生徒会の人間だからこそ、意見してくれ。
主に私を助けてくれ。
恵「澪たんちゃん、でどうかしら」
和「まあ、それなら」
えっ、それならいいの?
和「大丈夫、冗談よ」
恵「そうそう冗談よ。
話が逸れてしまってごめんなさい」
なんだ生徒会ジョークか。
心臓に悪いジョークだ。
姫子「聡明そうな生徒会長のイメージが……」
あ、被害者が一名。
恵「ともかく、真鍋さん。
あなたが一番最初にここへ来て、犯行に気付いたのよね。
全責任を私に押し付けた上で、被害状況を報告してくれる?」
しかし、恵先輩の配慮のそれについては、
やはり先輩らしさを感じさせるものがあった。
これでも聡明そうな雰囲気は伊達でない。
和「……では、報告します。
盗まれたのは生徒会の備品、緑色のハサミ。
いつも入れている引き出しから盗まれました。
個数はわかりませんが、恐らく一つです」
恵「なるほど、ハサミがね。
真鍋さんはどうして犯行に気付いたの?」
和「パトロールの道中、生徒会室の前を通ることになり、
ついでにと中へ入りました。
そして、机の上にこれが置いてあったんです」
和は紙を一枚、恵先輩に差し出した。
予想はしていたが、やはり……。
憂「……レインボーのメッセージカード」
“【Over the rainbow ~私は虹を越える~】
雨にも挫けないと決めた私は諦めを知らない。
大怪盗レインボーが、ハサミの緑を手にした!”
恵「今までに報告されたものと同じね。
それに秋山さんが推理した模倣犯の見分け方で
ふるいにかけても、本物である可能性は十分そう」
えっ。今、私の名前を出しませんでしたか?
和「……ああ、ごめんね澪。
新聞部の子から聞いちゃった」
うわああ……。
突然恥ずかしくなり、私は両手で顔を覆った。
姫子「つまりこれは、“自戒”グループに入るわけか」
こら、追い討ちをかけないでくれ!
姫子はけらけらと笑い、
またメッセージカードに見入った。
すると次に、別のところから声が聞こえた。
二人分の声だ。
純「おっす、憂。梓やっと見つけたよー」
梓「携帯が無いのは、不便なんだね。
私はまた一つ賢くなったよ」
梓と鈴木さんだった。
二人は私たちの空気を悟り、
少し遠慮気味に質問した。
純「……本物?」
憂「多分、本物だと思う。いわゆる自戒グループだし」
憂ちゃんまで追い討ちをしかけるとは!
多分無自覚なんだろうけど。
梓「レインボー……許せませんね。
わざわざ生徒会を狙うなんて……」
私は梓の、わざわざ、という言葉に頷いた。
実はこれが非常に重要なポイントであると、
私は考えている。
どうしてレインボーは、“わざわざ生徒会室を狙ったのか。”
理由として考えられるのはまず、
生徒会に対して挑発的な態度を示したかった。
自分を捕まえようとする生徒会をも恐れないと、
全校生徒にアピールしたかった。
しかしこれだと、リスクが高い。
全七色を揃えたいレインボーが、
そんなリスクを犯してまで盗みを働くだろうか。
澪(いや、そもそもだ。
生徒会室にいて無事な人間自体、
ごく限られているんじゃないか……?)
例えば街中にトラがいたとすれば、
嫌でも目立つことだろう。多分、私は気絶する。
しかしジャングルにトラがいたとすれば、
目立つことはない。多分、私はジャングルに近づかない。
つまり、そこにいて不自然な人物は目立つ。
生徒会室の中は決して、外から見えないようにはなっていない。
さらに今は文化祭、この廊下を通る人間は多い。
他に誰もいない生徒会室に、
果たしてただの一般生徒がいても目立たないのか。
当然その点をクリアする人間は存在する。
つまりそこから考えられる、もう一つの理由は……。
最終更新:2013年03月16日 21:36