バレンタインに貰ったチョコレートはとても綺麗で。
白と青のストライプで彩られた箱は宝石箱みたいに輝いていた。
何も知らなければ売り物だと思ったかもしれません。

手作りだと気づけたのは些細なきっかけ。
「あれもこれも100円」とはしゃぐムギ先輩のことを思い出せたから。
リボンがあの時見たものと同じだったから。


箱の中には一枚の紙切れ。
チョコについて簡単な説明。

左上、シトロン。
左下、ムース・オ・ショコラ。
真ん中上、プラリネ。
真ん中下、ラムレーズン。
右上、キャラメル。
右下、ガナッシュ。


学校から帰ってきて、御飯を食べる少し前。
私はひとつチョコレートを口に含む。
幸せが口いっぱいに広がる。
高級感はないけど、とても幸せな甘いチョコ。

1日1つ。
それを繰り返すこと5日間。
チョコレートは残り1つ。


残り1つになってから、私は自分のチョコレートを食べ始めた。
親友の手を借りずに、たった一人で作ったチョコレート。
引き出しの奥にしまったまま、渡せなかったチョコレート。

やっぱりムギ先輩のチョコには及ばない。
だけど甘いチョコレート。


本当を言うと、ムギ先輩が私のことを好きだって、結構前から気づいてた。


ある秋の日――
眩しかった陽光が暖かく感じられるようになった頃。
私はソファで横になっていた。

しばらくするとムギ先輩の声がした。
私はソファの上で寝っ転がったまま目を閉じた。
狸寝入りである。

ムギ先輩は私を確認すると、足音を立てないように慎重に動き始めた。
少し滑稽なその動きを見ながら笑いを堪えていると、ムギ先輩がソファの隅っこに座った。

先輩はこちらを何度も何度も伺っていた。
扉と私を何度も見返した。
挙動不審なムギ先輩と、ソファで眠っている私。
傍から見れば妙な絵面だったと思う。

ムギ先輩は私にキスしたかったのでしょう。
だけど、結局しなかった。
きっとムギ先輩には勇気が足りなかったのだ。


――それは私も同じだ。
私はその証を舐める。
甘い。
この甘さがムギ先輩のものなら、
先輩の肌の甘さだったらどんなにいいか。

私にはその資格も権利もない。
唯先輩は私のことをあずにゃんと呼ぶ。
それは唯先輩が直感的に理解しているからだろう。
私が猫のように臆病な生き物だと。


ムギ先輩から貰った最後のチョコレートを冷蔵庫から取り出す。
手にとって一舐めしてみた。
ひんやりとした甘さが下を襲い、カカオの薫りが鼻孔をくすぐる。

ムギ先輩は今回本気を出した。
私を落とすために全身全霊をかけてチョコレートを作ったのだ。

これが最後のバレンタインだから。

私は何度もチョコレートを舐める。
やがて、強い甘みと苦味にたどり着く。
そういえばキャラメルと書いてあったっけ。

飴状のそれは舐めてもすぐにはなくならない。
苦味と甘みが口に広がって、私は恋を思い出す。


ある冬の日――
手袋を忘れた私に、ムギ先輩は手袋を貸してくれた。
ただし、片方だけ。
右手に手袋ををはめると、左手はムギ先輩のポケットに引きずりこまれた。

ポケットの中で二人の手はすぐに温まった。
ムギ先輩が「ふしぎだね」と言った。
「どうして手が集まるとこんなに暖かくなるんだろ」って。

私は「知ってたからやったんじゃないんですか?」と聞いたら。
「唯ちゃんに教えてもらったの」とムギ先輩は言った。

それがちょっぴり悔しかった。
たぶん、あれがはじまり。


キャラメルの苦味が口に広がる。
恋は苦い。
そして甘い。

ムギ先輩は私のために紅茶をいれる。
だけど私のためだけにいれてはくれない。
その視線はいつでもみんなを見ている、と思っていた。

だけど、違った。
ムギ先輩が私にくれたチョコレートは特製。
きっとぜんぶムギ先輩が自分で作った、私のためのチョコレート。

先輩はそれほど料理ができる人ではない。
昔クッキーを作って持ってきたことがあったけど、憂のそれには遠く及ばなかった。
でも、このチョコレートは本当に美味しい。

私への恋が、このチョコレートになったんだ。
ムギ先輩の気持ちを思うと、今度は少ししょっぱくなった。
私はチョコを口の中に放り込んで、唇をぎゅっと閉じた。


きっとムギ先輩は何度も何度も失敗してこれを作ったのだ。
それも1ヶ月や2ヶ月じゃない。
1年は練習してると思う。
チョコレート作りは簡単じゃないから。

私はこのチョコレートに応えられるほどのものを作れない。
飴も、クッキーも、今まで作ったことなどないのだから。

それでも、やらなくちゃいけないと思う。
恋には恋で。
勇気には勇気で。
答えなくちゃいけないと思う。

「チーン」と本日10回目の電子音が鳴り響く。
こんどこそ上手く焼けていて欲しいと願いながら、私はオーブンを覗きこんだ。




おしまいっ!