澪「今日は1限と3限か……」
地下鉄神保町駅を出て靖国通りを歩く。
ほんの少し年代を感じるけどビルや店が立ち並んでいて割と活気のある街だ。
店をよく見ると古書店の割合が多いがそれでも活気に満ちているのはここが学生街だからかも。
この辺りは複数の大学とオフィス街があるからなのか飲食店が豊富だ。
加えて楽器店やスポーツ用品店、カラオケにゲームセンター他色々と暇を潰せる場所も多い。
けどこの場所がすごしやすいのはそういう理由だけじゃなくて、うまく言えないけど学生街特有の雰囲気が落ち着くのかもしれない。
澪「んー……はぁ」
1限の講義を終えて時計を見るとまだ11時前だった。
3限が始まるまであと2時間以上もある。
こういう時は外をふらつくに限る。
暇を潰してからお昼を食べて、午後の講義へ。
幸い今日は天気もいいし散歩するにはちょうどいい日。
お昼ご飯は歩いて見つけることにしよう。
大学を出てからとりあえず靖国通りへとやってきた。
この辺りは靖国通り、本郷通り、白山通りと大通りに囲まれていて大きなお店は通りに面していることがほとんどだ。
だけどそこから1本脇道へ入ると雰囲気はがらりと変わる。
昭和とまではいかないがどこか懐かしい印象を受ける街並み。
こういう落ち着いた空間への入口がこの街のいたるところにあって、それが何年も同じ場所に通っていても飽きない要因になっているのかな。
今日はここから入ってみよう。
大通りから1本曲がっただけで車の流れがほぼなくなる。
そういう所も散歩に適してるんだよな。
歩を進めていくと個人経営の定食屋や居酒屋、この辺りではお馴染みの古書店なんかが目に入ってくる。
特に定食屋は思わぬ穴場があったりするから侮れない。
量も多くて学生の味方って感じだ。
そうこうしていると古い看板が目に入った。
懐かしい字体で『ゲームコーナーミッキー』と書かれている。
うん、これは昭和の空気だ。
店先まで来ると昭和の空気が看板だけでないことがわかる。
その建物の1階の半分は居酒屋になっていて残りの半分と2階がゲームセンターになっているみたいだ。
この辺りはゲームセンターが多い方だけどこういう昔ながらの店舗もあるんだな。
ちょっと気おくれするんだけど、せっかくだから入ってみたい。
こういう所を見ておくのもこの街の醍醐味っぽい感じがするし、暇を潰すならもってこいの場所だし。
入口へ向かうとこれまた懐かしいピンク色をしたUFOキャッチャーが置いてあった。
お店の雰囲気通りの旧式UFOキャッチャーがマッチしている。
……景品が気になるな。
景品の雰囲気も昭和だったりして。
UFOキャッチャーの中を覗きこんでみた。
中には箱の様な物がいくつか置いてある。
なんだろう、女の子の絵が書いてあるけど。
澪「……んん?」
見入っているとゲームコーナーからお客さんが出てきた。
その人もUFOキャッチャーが気になるのかやたら視線を感じる。
常連でもわからない謎の景品とかだったりして。
考えていてもわからないし私はUFOキャッチャーが得意でもないので諦めて店内に入る事にした。
澪「おお……これは」
奥の細道というかなんというか。
最初に通路と階段があって、1階にゲームはほとんどなかった。
メインフロアは上のようだ。
背の高い人なら頭をぶつけそうな階段を昇って高さ的に1.5階へ。
2階というにはやや低いスペースに出た。
中はある程度最近のゲームがあるみたい。
だけど内装は趣のある感じ。外観の印象通りといったところ。
赤いカーペットを敷き詰めたような床は歩くとギシギシと音がなる。
そこからまた小さめの階段があり、上を見るとビデオゲームの筐体が確認できた。
が、奥へ続く道もあり先を見ると通路は曲がり角で先は見えない。
どっちへ行こうか。
店内の雰囲気も合わさってちょっとした探検気分を味わいつつ、左手の階段を昇って3階のような、高さ的には2階のフロアへ向かう。
まだ時間が早いからか人もまばらだ。
これがお昼休みや放課後になると目の前にある対戦ゲームが盛り上がったりするんだろう。
まずは店内をぐるっと一周することにした。
あまりゲームには詳しくないけど新しそうなゲームから見るからにレトロなゲームまでまんべんなく揃っている。
1人で出来るゲームも沢山あるのはありがたい。
ぐるっと一周するとさっきとは別の下り階段を見つけた。
1人分の幅しかない狭い階段を下りるとこれまた狭い通路が。
その先には見覚えのある曲がり角。
そこを曲がれば入口までの通路に出るわけだな。
なるほどこういう風に繋がっていたのか。
妙に立体交差している店内を楽しんだ後、せっかくなのでゲームをプレイすることにした。
あまりこういう場所では遊ばないけど、今は人も少ないし気後れしないで済みそう。
……思いの外熱中してしまった。
1プレイ50円だったし気兼ねなくプレイできたから……。
そろそろお昼ご飯食べないとな。
ミッキーを後にして今度は食べ物屋を探しに。
大学へ戻ることも考えてあまり遠くへ行かないようにしつつ、何を食べるか思案する。
カフェって気分じゃないし、何か他に……あ。
人の少ない通りにお客のいないラーメン屋があった。
時計を確認するとまだ12時前。お客さんがいないのは当然か。
大学も近くのオフィスも12時くらいから昼休みだろうし、今がチャンスなのかもしれない。
開け放ってある扉のおかげで入りやすいし他にお客さんもいないし、1人でラーメンか……やってみたいかも。
暖簾をくぐると券売機が目に入る。
ええと……看板には本場博多って書いてあったから……これだ、博多とんこつラーメン。
500円か、安いな。
それにとんこつのみ替玉1玉サービスって書いてある。
まさに学生の味方ってやつだ。
この辺りには行列ができる程のラーメン屋もあるみたいだけど私は店内でゆっくりできる方がいい。
そもそも1人じゃそんなお店入れないし。
時間帯のおかげかもしれないけどこのお店は入りやすくてよかった。
カウンターに座りお店の人に券を渡す。
ラーメン食べるの久しぶりだな。
しかもとんこつ。
男子学生っぽいけど本物の男子学生だったら大盛りとか替玉を頼んだりするんだろう。
それにしてもあのゲームセンター……ミッキーだっけ。
ああいう面白い場所もあるんだな。
時間を潰せる場所でもあったし今日は収穫だった。
「とんこつラーメンお待ち」
澪「どうも」
どれどれ。
……おおー、こってりだ。
うん、いい。
澪「ふー……食べ過ぎたな」
残すのも悪いので全部いってしまった。
美味しかったからよしとしよう。
……替玉頼む人ってすごい。
さてと、これから大学かあ。
ほんのちょっぴりこのままサボりたいと思ってしまった。
それくらい気分がいいけどそうもいかない。
休校になってたらいいなと思いつつ残りの講義を受けに向かった。
数年後
大学を卒業した私は就職して毎日を忙しく過ごしていた。
学生の時間の多さや自由さにありがたみを感じたこともあったけど、今はあの時のことなんて頭の片隅に追いやられてしまっている。
そんな日々の中でたまたまネットで見つけたニュースに目を引かれた。
『ゲームコーナーミッキー閉店』
澪「えーー、閉店しちゃうのか……」
学生時代お世話になった店だけにショックだ。
理由は建物の老朽化らしい。
妙に納得してしまった。
それにしても惜しい。
大学を卒業してから行かなくなってしまったけど……閉店しちゃうのか。
澪「2013年3月29日(金)をもって閉店……」
もうすぐじゃないか。
……もう一度行ってみようかな。
次の休日、私は神保町を訪れた。
ノスタルジーな気分に浸りながら街を見回す。
大通りの辺りはあまり変わってないみたい。
それにしても本当に久しぶりだ。
こんな機会でもなければ立ち寄る機会もなかった。
ミッキー閉店のニュースを見た後、学生時代の事を色々思い出した。
ミッキーから始まり大学やあの街での事がどんどん蘇る。
色々散策したし、色々食べたし、本屋にも行った。
それから楽器店にもお世話になったっけ。
だけど卒業を機に訪れなくなって、少しずつ忘れていって……。
すごくもったいないことをしてしまったんじゃないかと思ってしまう。
さて、まずはミッキーに……と思ったけどお腹が空いたな。
どこかでご飯を……そうだ、あそこにしよう。
学生時代に何度か行ったラーメン屋を求めて歩く。
少し迷いそうになったけどさほど変わらない街並みのおかげで場所を思い出す事が出来た。
……が。
澪「なくなってる……」
スマートフォンで検索してみると1、2年前に閉店してしまったらしい。
一応近くに系列店がちらほらありはするみたいだけど……違うんだ。
今日は味とかじゃなくて、あの頃の思い出を食べに来たんだけどな……。
気を取り直して他のお店を探そう。
この辺りのお店なら結構知ってるんだから。
昼食後、いよいよミッキーを見納めに向かう。
脇道を進んでいくと懐かしい字体の看板が見えてきた。
『ゲームコーナーミッキー』
うん、ここはあの頃のままだな。
出入り口の前には……UFOキャッチャーがなくなっていた。
なくなっちゃったのか。
あの旧式のUFOキャッチャーと景品のアダルトグッズ。
あれはあれで独特の空気を醸し出してたのになぁ。
店内はあの頃の記憶のままだった。
ビデオゲームの中身や筐体の配置は変わっているけど、雰囲気は変わっていない。
奥へ進むとギシギシと床が軋んで、そういえばそうだったなと思い出す。
2階を見てみると筐体の数がやや減っている気がした。
老朽化が原因で閉店するという事だし床が限界なのかもしれない。
筐体を見て回るとあの頃と同じ1プレイ50円だった。
この辺では1プレイ50円は珍しくないけど、学生にとって100円と50円の違いは大きいからな。
そういえばミッキー以外にもこの近辺で閉店したゲームセンターは少なくなかった。
私が訪れたことのある所も含めて5つ以上閉店していた。
そういう時代なのかな……残念だ。
さてと、ここにきて何もせずに帰るっていうのはないよな。
あの頃にやったゲーム、まだあるかな?
せっかくだから、と思い色々なゲームに手を付けた。
学生時代に割とよくやったゲームもあったし、初めてプレイしたシューティングゲームとか、格闘ゲームなんかも。
昔やったゲームって今でも体が覚えてたりするんだな。
あの時と変わらず、とまではいかないけど十分ゲームのキャラクターを動かせた事が少し嬉しかった。
懐かしいな、こうやって時間を潰すだけのつもりでやってたのにいつの間にかのめり込んじゃったりしてたっけ。
けどのめり込んでたのは私だけじゃないはず。
学生は時間と自由が沢山あるから色んな事に熱中できるんだ。
そういえばお客さんは当時と変わらず学生がほとんどか。
時間帯が遅くなればスーツ姿の人もちらほらやってくるだろうけど、この時間は今も変わらず学生の憩いの場みたい。
建物は建て替えするみたいだけど営業再開するかは未定だって書いてあったっけ。
……本当に惜しいな。
思い出と照らし合わせながら見て遊んで、最後に心の中でお世話になりましたと言ってミッキーを後にした。
出来れば再開してほしいってここに来たことがある人ならみんな思うだろうな。
最後にお店の外観を写真に収めておいた。
店を出て、とりあえず大通りに向かい歩く。
こうして歩いていると気持ちがいい。
……歩いて気持ちがいいなんていう感覚久しぶりだな。
この後は何の予定もないし、あの頃みたいに時間がゆっくり流れてる。
何だか学生時代に戻ったみたいだ。
これもミッキーのおかげかも。
忘れかけていた何かを思い出させてくれた……なんてね。
そうだ。
せっかくここまで来たんだから久しぶりに散策でもしてみようか。
当時の記憶を辿りながら懐かしい場所や新しい場所を見つける……うん、いいな。
昼前に講義を終えて、午前中特有の空気や空の色にどこかわくわくする。
いい気分だからこれから何かしようと考えるけれど、特に思いつかないから何となくこの街をふらついたり。
思い返してみるとそういう何でもない事でも楽しかったんだな。
今日は天気もいいし、無意識に急いでいたいつもの私もいない。
何も考えずにゆっくりふらつくのも悪くないな。
あの頃みたいに――
END
最終更新:2013年03月26日 23:22