りっちゃんには好きな人が居る――。






今日は皆で花火をする約束をしてた日。
『そういや、今年はまだ皆で花火をやってなかったよな!』
って、いつも通り、元気いっぱいにりっちゃんが発案した企画。
梓ちゃんがちょっと申し訳なさそうにしてたけど、その企画は簡単に通った。

梓ちゃんが申し訳なさそうにしてたのは、私達が受験生だからだと思う。
私達の事をちゃんと心配してくれるなんて、優しい後輩だよね。
でもね、私達だって、梓ちゃんの事が心配で、
来年、梓ちゃんを一人ぼっちにしちゃう事が申し訳なくて、
せめて私達との夏休み最後の思い出を作って欲しかったの、作ってあげたかったの。
りっちゃんもそう思ってるからこそ、この花火大会を発案したんじゃないかな。
だから、今日――高校三年生の夏休みの最後の日――、
私達は高校生活最後の花火大会を開催する事になったんだ。


「線香花火も悪くないよな」


線香花火の光に照らされながら、りっちゃんが軽く微笑む。
思わず息を飲み込みそうになっちゃうくらい素敵な笑顔。


「うん、とっても綺麗だよね」


りっちゃんと肩を並べて線香花火をしながら、私は頷く。
りっちゃんの言う通り、線香花火も悪くない。
ううん、悪くないどころか、胸がドキドキして破裂しちゃいそう。
胸が破裂しそうなくらい高鳴ってるのは、勿論、線香花火が綺麗だからだけじゃない。
りっちゃんが私の隣に居るから――。
私と二人きりで肩を並べてるから――。
私の胸は自分でもよく分からない感情でいっぱいになっちゃってるんだと思う。

今、唯ちゃん達は新しい花火を買いに行ってる。
用意してた花火は結構あったはずなんだけど、
皆で盛り上がってたらあっという間に無くなっちゃったんだよね。
それで唯ちゃんと梓ちゃんと澪ちゃんの三人で買い足しに行く事になったんだ。
高校最後の花火大会――、思う存分楽しんでおきたかったから――。
それは私も同じ気持ちで――。

最初はりっちゃんが買い足しに行こうとしてたんだけど、
『律に任せると変な花火を買って来そうだから』って澪ちゃんの一声で却下されたんだよね。
そうして澪ちゃんが花火の買い足し役に決まって、
『喉が渇いたから飲み物を買いに行きたい』って唯ちゃんと梓ちゃんも付いていっちゃった。
だから、今、私とりっちゃんは二人きり。
二人きりで肩を並べて、ちょっとだけ残ってた線香花火に火を点けてるんだ。


「線香花火って最後消える時って、
もうちょっと頑張れ、頑張れー、ってなるよなー。
頑張れ、頑張れ、頑張れー」


線香花火の光に照らされながら、りっちゃんがまた微笑んだ。
確か去年の合宿で皆で花火をした時も、りっちゃんは同じ事を言ってた気がする。
派手な事が好きに見えるりっちゃんだけど、きっとそれだけじゃないんだよね。
高校生活、りっちゃんと一緒に軽音部で活動して来て、それが分かって来た気がするんだ。
元気いっぱいでいつも私達を元気付けてくれるりっちゃんだけど、
気配りも出来て優しさもいっぱい持ってて、たまに抱き締めたくなっちゃうくらい繊細で――。
だからね、りっちゃん、私は――。

耳に掛かる髪を掻き上げて、私はもうすぐ消えそうな線香花火に視線を向ける。
消えそうになっちゃってる線香花火。
消え入りそうな光――。
急に――、私は自分の胸が強く痛むのを感じる――。
ううん、本当はいつも我慢してる。
私はそれをしっかり自分で自覚してる。
我慢して考えないようにしてるけど、急にこうして胸が痛くなる事がある。
皆と一緒に居る時は平気だけど、今みたいにりっちゃんと二人きりだと我慢出来なくなる。
りっちゃんの笑顔を見ていられなくなっちゃう。
だから、私は消え入りそうな線香花火にだけ視線を集中させる。
そうしなきゃ、今にも泣き出しちゃいそうだから――。




りっちゃんの顔が近付いた時、私は火が出そうなくらい顔が熱くなるのを感じた。
きっかけは憶えてないし、思い出さなくてもいい事だと思う。
確かただ私がりっちゃんの聴きたがったCDを見つけて貸してあげたからとか、そういう理由だった気がする。
それに喜んだりっちゃんが私に抱き着いて顔を寄せて、
私はりっちゃんの体温を感じながら心臓が破裂しそうになっちゃってた。
息も上手く出来なくて、全身が熱くなって――。
実感したんだ、強く。
私はりっちゃんが好きなんだ、って。

最初は単なる好奇心だった気がする。
合唱部に入部しようと思って音楽室を訪ねて、
そこにはりっちゃんと澪ちゃんが居て軽音部に勧誘されて、
最初は戸惑ったけど、楽しそうな二人を見てる内に私もその仲間に入りたくなった。
中学時代、いじめられてたわけじゃないんだけど、クラスでちょっと浮いてたのは実感してたんだよね。
だからね、高校では楽しそうな人達の仲間になってみたくなったの。
私も皆と一緒に楽しそうに笑ってみたかったんだ。
最初は本当にそれだけの理由だったと思う。

だけど――。
皆と一緒に部活をしている内に、私はすぐに心の底から笑えるようになった。
皆といつまでも一緒に居たくなった。
本当の意味での仲間になりたくなった。
それは皆のおかげで、特にりっちゃんのおかげだったと思う。
りっちゃんは私の傍で楽しそうにしててくれて、いつも笑っていてくれたから。
私はそんなりっちゃんの笑顔にすっごく惹かれた。


「そんなに喜んでくれるなんて嬉しいな」


りっちゃんに抱き着かれながら、私はどうにか声を出す。
自分の声が上擦ってる事と心臓の鼓動に気付かれないかドキドキしながら――。


「いやいや、私さ、マジで嬉しかったんだよ、ムギ。
ムギがCDを持って来てくれた事もそうだけど、
結構前に私の言った事をちゃんと憶えててくれたって事がさ。
ありがとなー、ムギー!」


りっちゃんがまた私の背中に回す腕に力を込める。
これ以上強くなるはずないって思ってた鼓動は、私の予想を超えて更に強くなっていく。

私はりっちゃんの事が好き。
それも恋愛対象として大好き――。
その事に気付いたのは、つい最近、私のために頑張ってくれるりっちゃんを見てからだった。
ううん、本当はずっと前から気付き始めてたけど、それをきっかけに実感出来たって言うのかな――?
きっかけの始まりは私の我儘。


『私の事、叩いてほしいの!』


それは夏期講習の前日、思い切って伝えてしまった私の憧れ。
『叩いてほしい』とはずっと思ってた。
りっちゃんと澪ちゃんに限らず、
クラスの皆のスキンシップとしてもよく見てたし、
それくらいされてこその友達だって考えもあったんだよね。
叩いてもらえれば皆と――、りっちゃんともっと親しくなれる気がしてたんだ。
でも、今思うと、それは――。


『どう反応すりゃいいんだ!』


すぐには無理だったけど、紆余曲折あって私はりっちゃんに叩いてもらう事が出来た。
夏期講習や部活で空回りする私をフォローしてもらいながら、最後には叩いてもらえた。
叩かれたのは私の言葉がきっかけだった。
りっちゃんの優しさや思いやりに対する感謝の気持ち――。
それと多分、私が胸の奥に隠していた本心を少しだけ伝えたから、
りっちゃんはどう反応していいか分からずに、私を叩いてくれたんだろうな。


『男の子だったら、きっとモテモテよね』


その言葉にどう反応していいか分からなかったのも仕方無い事だと思う。
私だって、それは本心の裏返しだって言葉にしながら思った。
私は私のために一生懸命になってくれるりっちゃんを見ていて、想いを固めた。
私はやっぱりりっちゃんが好きなんだなあ、って。
男の子じゃなくていい。
女の子のままのりっちゃんでいい。
そのままのりっちゃんがいい。
でも、その気持ちをそのまま伝えるのは照れ臭かったし、怖かったからはっきりと伝えられなかった。
仮定の言葉を付け加える事で、自分の気持ちを誤魔化す事しか出来なかったんだ。

女の子同士の恋愛の物語は好き。
本人同士がよければいいと思うし、そんな関係に憧れる事も何度もあった。
だから、私はりっちゃんに私の想いを伝えたい気持ちもあったんだよね。
りっちゃんが女の子同士の恋愛に興味があるか分からないけど、
私の気持ちを受け容れてもらえるかも分からなかったけど、それでもよかったの。
りっちゃんは優しい子だから、私の気持ちを受け容れられなくても、
ちゃんとりっちゃん自身の言葉で、私の事を考えて振ってくれるはずだもん。
だからね、振られるのは悲しいけど、それはそれでよかったんだ。
だけど、私にはそれが出来なかった。
それが出来なかったのは――。


「こんな所見られたら、澪ちゃんに変に思われちゃうよ、りっちゃん」


口に出した途端、言わなければよかった、って後悔した。
胸の高鳴りがそのまま痛みになって私に襲い掛かって来る気がした。
私の胸の高鳴りと痛み――。
どっちをりっちゃんに知られる方がいいんだろう――?
どっちにしても、滑稽なだけなのかもしれないけど――。

でも、それは自分の恋心に気付くずっと前から分かってた事だった。
私、分かってた。
それこそ初対面の時から、この二人の関係には敵わないだろうな、って。
こんな仲の良い二人の間に私が入り込める余地なんて無いだろうな、って。
最初はそれでよかった。
楽しそうな二人の傍で笑えてるだけでよかった。
そのはずだったのに、今はそれがとっても辛い。

澪ちゃんがりっちゃんの事を好きなのは見ててよく分かる。
喧嘩する事も多いけれど、その度に仲直りして絆を深めてる。
たまにりっちゃんに向ける澪ちゃんの顔は、りっちゃんを完全に信頼してる顔だった。
私と同じ様な恋心じゃないにしても、澪ちゃんはりっちゃんの事が大好きだと思う。

りっちゃんにも好きな人が居る――。
私じゃない。
勿論だけど、りっちゃんが好きなのは澪ちゃんなんだよね。
和ちゃんと仲良くしてる澪ちゃんを見つけて、
不機嫌になるりっちゃんを見れば、誰にだって分かると思う。
私にだって分かったんだもん。
それは軽音部の皆も知ってるし、クラスの皆だって知ってる事なんだよね。
だから、私はりっちゃんに自分の想いを伝えられなくなる。


「え? 澪が? 何で?」


無邪気に微笑みながらりっちゃんが首を傾げる。
誤魔化してるわけじゃない――よね?
りっちゃんは本当に気付いてないのかもしれない。
自分が澪ちゃんの事を大好きな事に。
それくらい澪ちゃんがりっちゃんにとって自然な存在なんだって事に。
りっちゃんが澪ちゃんの事を好きだからだよ――なんて、そんな事言えない。
私は騒ぐ自分の胸を抑えながら、りっちゃんの肩に自分の手のひらを置いた。
離れたくなんかないのに、自分から離れようと手のひらを置いて、無理して笑った。


「だって、りっちゃんと澪ちゃんって幼馴染みじゃない。
幼馴染みのりっちゃんが私に抱き着いてたりしてたら、澪ちゃんも変に思うんじゃない?
『律の奴、どうしてムギに抱き着いてるんだ?』って不思議そうに首を傾げちゃうと思うな」


幼馴染み――。
うん、そうなんだよね。
りっちゃんと澪ちゃんは幼馴染みなんだよね。
りっちゃんと澪ちゃんは私と知り合うずっと前から、お互いの事をよく知ってる。
澪ちゃんは私の知らないりっちゃんをよく知ってるだろうし、
りっちゃんも私の知らない澪ちゃんの事をよく知ってるんだよね。
私が知らないお互いの顔を知ってるんだよね――。
敵わない――。
敵わないよね――。
そんなにお互いの事をよく知ってる幼馴染みの関係になんて――。


「澪は関係無いぞ」


急に。
私の思いもしなかった言葉を、りっちゃんが私の耳元で囁いた。
優しく、甘い、私のずっと望んでいた言葉。
それと同時に望んじゃいけなかった言葉――。


「えっ? えっ?」


頭が混乱しちゃう。
りっちゃんの甘い囁きに頭がクラクラしちゃってる。
考えがまとめられないまま、私はりっちゃんにすっごく近い距離で見つめられる。
ほんの数センチ先にりっちゃんの顔がある。
りっちゃんの瞳が潤んでいる事に、その時、私はやっと気付いた。
瞳を潤ませながら、頬を赤らめながら、りっちゃんが続ける。


「澪は関係無いんだよ、ムギ。
変に思われたって関係無い。
澪の事は好きだけどさ、でも、私にはもっと好きな奴が居るんだ。
言わなくても分かるだろ?
私さ、ムギの事が好きなんだよ。
気付いてくれてるって思ってたけどな――」


「りっちゃんが――私の事を――?
でも、りっちゃんは澪ちゃんの事が――」


「幼馴染みとかそんな事は関係無いんだよ。
私はムギが好きなんだ。
これが私のそのままの素直な本当の気持ちだよ。
澪よりも、誰よりも、私はムギの事が好きなんだ。
それでも信じられないって言うんなら、信じさせてやるぞ?」


りっちゃんの唇が私の唇に近付いて来る。
閉じられるりっちゃんの瞳。
私の望んでいたりっちゃんとの関係。
望んじゃいけなかった私とりっちゃんの恋愛関係。
嬉しいはずなのに、辛くて涙が溢れ出しちゃいそう。
だって――、だってこれは――。

私は涙を流さないように瞳を閉じて、
りっちゃんの唇が近付いて来るのを感じながら、最後にその声を聞いた。
唇が重なる瞬間、その言葉を聞いちゃったの。
当たり前みたいに呟かれるりっちゃんの言葉――。


「それに幼馴染みがどうのって言うんなら、
そう言うムギだって、私の幼馴染みじゃんかよ――」




そこで、目が覚めた。
当然、傍にりっちゃんが居るはずもなくて、私が居るのは自室のベッドで――。
それが分かった瞬間、私はベッドから身を起こして、長い間、呆然としてしまっていた。
今まで見ていたのは夢だって事はすぐに分かった。
あんまりにも私に都合のいいお話だったし、
失礼だけどりっちゃんはこんなに積極的な女の子じゃないもんね。
私を好きだって事を証明するためにキスをしようとするなんて、全然りっちゃんらしくない。




キス――。




指先で自分の唇を触りながら考えてみた瞬間、私は頬に冷たさを感じた。
冷たさの正体は私の涙だった。
涙はすぐに嗚咽となって、私の胸の強い痛みになった。
悲しかったし、辛かったし、悔しかったし、何よりも嫌だったから。
とっても――、とってもとっても嫌だったから――。

りっちゃんとのキスを夢見た事は悲しかったけど、
幸せな夢を見ちゃった事は辛くて悔しかったけど、
そんな事よりも自分の都合のいい事ばかり考えちゃってた事の方がすっごく嫌だった。
自分の事が嫌になった。
澪ちゃんを邪魔者扱いしちゃってる自分の事が。


『ムギだって幼馴染みじゃんかよ』


夢の中のりっちゃんは、キスの瞬間に私にそう言ってた。
分かり切ってる事だけど、私とりっちゃんは幼馴染みじゃない。
幼馴染みだったらよかったな、って私が勝手にそう思ってるだけ。
幼馴染みだったら好きだって気持ちを伝えられたのに、って叶いもしない仮定を考えちゃってるだけ。
それを自分でも分かってるから、嫌になっちゃう。
嫌な子だよね、私――。

でも、だったら――。
だったら、私はどうしたらいいのかな――?
好きな人の傍に居られるだけでいいなんて、矛盾してる。
そんな言葉はよく聞くしそう思わなくもないけれど、
好きな人の隣にいつも私じゃない誰かが居る時、私はどうしたらいいの?
私じゃない誰かの事を好きな時、どうしたら――?
それも私がその誰かの事も大切な場合は――。


「お、ムギの線香花火、消えそうじゃん」


私の隣で線香花火をしてるりっちゃんが無邪気に微笑む。
いつまでも見ていたい大好きな笑顔で――、
いついつまでも見てられない大好きなりっちゃんの笑顔――。
二つの矛盾した気持ちに耐えられなくなりそう。
私は――、どうすればいいのかな――?
玉砕覚悟で想いを伝えた方がいいの?
それとも、りっちゃんを好きな気持ちを綺麗さっぱり忘れた方がいいの?

分からない――。
分からないよう、りっちゃん――。


「りっちゃ――」


何かを言葉にしようとしたけど、私のその言葉はまた止まっちゃう。
振られるのが怖かったのか、りっちゃんの事を思って止めたのか――、
そのどっちなのかは私にも分からない。
結局、私はいつまでもこの堂々巡り。
胸に痛さと辛さばかりが降り積もって、積み上げられて、もう涙が止められなくなりそう――。
りっちゃんの前でだって、大声で泣き出しちゃいそうなくらいに――。

こんなに辛くて悲しい気持ちになるくらいだったら、
私はりっちゃんを好きだって事に気付かない方がよかったのかもしれない。
その方が皆と笑ってられたのかもしれないよね。
皆と笑顔で幸せで、こんな辛さなんて感じる事なんて無くて――。

ううん、きっと駄目よね。
人生をもしもやり直せても、私はきっといつかりっちゃんの事を好きになっちゃう。
タイミングの違いだけで、絶対にりっちゃんを好きになっちゃうと思う。
りっちゃんと知り合った時点で、私はこんな辛い気持ちになる事が決まってたんだ。
りっちゃんと幼馴染になれない人生だった時点で。
だったら――、だったらいっそ――。
りっちゃんと知り合わなかった方が私は――。


「なあ、ムギ」


大好きなはずなのに、私は気が付かなかった。
いつの間にかりっちゃんが私の肩に手を回してる事に。
私に顔を寄せて、まっすぐ私の瞳を見つめてる事に。
吸い込まれそうなくらい綺麗なりっちゃんの瞳――。


「えっ、りっちゃ――?」


言葉に出来ない。
言葉にならない。
心臓が今まで以上に高鳴っちゃって、私は顔を真っ赤に染める事しか出来なくて――。
でも、りっちゃんの瞳は何処までもまっすぐに私を見ていて――。


「おっとと、動くなよ、ムギ」


真剣な表情のりっちゃん。
睫毛よりも近い距離から見つめ合いたかったりっちゃんの瞳。
もうほんの少しだけりっちゃんが腕に力を入れてくれれば、私のその夢が叶うくらいの距離。
私の夢が――、願いが、叶っちゃう。

もしかして――。
もしかして、これも夢なのかな――?
辛くて悲しい自分の境遇を認めるのが嫌で、私、また夢を見ちゃってるのかな――?
りっちゃんが私にこんな事をするはずないもの。
急にキスなんてしてくれるはずないもの。
こんな事、現実だと起こらない。
起こるはずがないし、こんな事、起こっちゃいけない。
だって――。


「ほら、見てみろよ、ムギ」


真剣だったはずのりっちゃんの表情が途端に崩れる。
言われるままにりっちゃんの視線を辿ると、そこには線香花火があった。
私とりっちゃんの線香花火。
先端の火がくっ付いた私達の線香花火が。


「合体! 線香花火マン! ってな」


りっちゃんの無邪気な笑顔が線香花火の光に照らされる。
そっか――。
そうよね――。
私とりっちゃんがキスをする未来なんて、やっぱり無いんだよね――。
その現実に、私は涙を止められなくなりそうになる。
ちょっとでも気を抜いたら、涙を流しちゃいそうになる。
それは勿論、悲しかったからでもあるけど――。


「あのさ、ムギ。
ひょっとして悩んでたりするか?
受験の事とか――でさ」


りっちゃんの表情が笑顔からまた変わる。
私が失敗しちゃった時に見せてくれる心配そうな表情に。
私が悲しい時に見せてくれる真剣な表情に。


「何を悩んでるのかは分かんないけど、受験の事だったらごめんな?
高校最後の夏休みだからさ、皆と最後の花火をやっときたかったんだ。
そうすれば梓にも思い出になるだろうし、
私達も受験に向けて活力が湧くんじゃないかなーって思ったんだよ。
なーんて、どの大学を受験したらいいのかもまだ分かんないんだけどさ。

でも、こんな大事な時期に誘っちゃったのは悪かったかもな。
もし本当に受験の事で悩んでるんだったら、ごめん。
勉強の埋め合わせ――なんて、私に出来るかは分かんないけどやれる限りの事はやらせてほしい。
ムギにも最後まで元気に高校生活を送って欲しいからさ」


見当違いなりっちゃんの申し出。
私は今日の花火大会を楽しみにしてたし、
悩んでるのはりっちゃんの事が好きな自分の気持ちの事だもの。
りっちゃんの考えてる事は、私の考えと全然違っちゃってる。
りっちゃんは私が悩んでる事には気付いてくれるけど、
私がりっちゃんの事を好きだから悩んでるなんて想像出来ないんだよね。

だけど――、それが普通なんだと思う。
友達の女の子が女の子である自分の事を好きになるなんて、普通は思わない。
それにりっちゃんは特に自分に向けられる好意には気付いてない所があるから――。
私の想いだけじゃなくて、澪ちゃんの想いにも――。


「あーあ、残念だなあ――」


「ムギ?」


私の唐突な溜息と言葉に、りっちゃんが不思議そうに首を傾げる。
それと同時に合体した線香花火が落ちる。
私とりっちゃんの線香花火が消えてしまった。

それから、私は瞳から涙を流しちゃった。
ずっと我慢してた涙を流しちゃった。
りっちゃんを驚かせるかもしれないけど、今なら泣いてもいいかなって思えたんだ。


「ど、どうしたんだ?
私、ひょっとして変な事言っちゃったかっ?」


ほら、やっぱり驚いちゃってる。
りっちゃんたら、私の涙を心配しておろおろしてる。
私の涙をどうにかしようとしてくれてる。
その原因が私の恋心にあるなんて、きっと夢にも思わないままで。
鈍い相手を好きになっちゃったなあ――、って胸が痛くなっちゃう。




でもね、
りっちゃん。

そんなりっちゃんだから、
私はりっちゃんが好きなんだと思うの――。




りっちゃんは鈍くて私の気持ちには気付いてくれない。
気付かないからこそ一生懸命に私の事を考えてくれて、一緒に悩もうとしてくれる。
私の笑顔のために頑張ってくれるんだよね。
そんな一生懸命なりっちゃんだから、私は大好きになっちゃったんだもの。
自分自身の事だけど、面倒な恋をしちゃったよね――。

でも、私はいつの間にか笑顔になっちゃった。
りっちゃんの前だと悲しくてもいつでも笑顔になっちゃえる。
泣きながらでも笑っちゃう。
それが今の私のそのままの気持ち。
だから、私は泣きながら笑って、笑いながら泣いて言っちゃうんだ。


「変な事言っちゃってるよ、りっちゃん」


「そう――なのか――?」


「うん、そうだよ、りっちゃん。
だって、私、今日ね、りっちゃんが花火に誘ってくれて嬉しかったんだもの。
それなのにりっちゃんったら、私の受験の事まで心配してくれるじゃない?
それが嬉しいんだけどね、ちょっと残念だったの」


「残念?」


「私ね、りっちゃんのしてくれる事が好きなの。
色んな企画を立ててくれて、私を誘ってくれる事が嬉しいの。
りっちゃんと遊ぶの、すっごく楽しいんだよ?
だからね、りっちゃんが自信を持ってくれないと寂しいな。
私はこんなに嬉しいのにりっちゃんが悩んでたら、残念な気持ちになっちゃうもの」


「そっか――。
それならよかったけど――」


りっちゃんが一瞬言葉を詰まらせたのは、
それだと私が花火をしながら悩んでた事に説明が付かないからだと思う。
りっちゃんが私の本当に悩んでる事を考えてくれる事はすっごく嬉しい。
でもね、りっちゃん――。
私の本当の気持ちを知ったら、きっとりっちゃんは悩んじゃうから――。
ひょっとしたら、その優しさで私の想いを受け容れてくれるかもしれないから――。
今、決めたよ。
私は私の気持ちを胸に秘めたままでいようって。

りっちゃんの事を思って胸が痛くなる事は、これからも何度もあると思う。
一人きりで部屋の中で泣いちゃう事もあると思う。
でも、それはそれだけりっちゃんの事が好きだって事なんだよね。
この恋心を忘れようとしたって無理だろうし、私はこの気持ちを忘れたくない。
好きで好きで好き過ぎて泣いちゃう夜もあるくらいのこの想いを、忘れたくない。
辛くて苦しいって事は、それだけ幸せだったって事でもあるんだから――。

本当は分かってた。
私の恋心が叶わない事。
叶わなくてもいい事。
りっちゃんが澪ちゃんと笑ってるのを見て、苦しくならないって言ったら嘘になっちゃう。
だけどね、私、澪ちゃんと笑ってるりっちゃんの事も好きなの。
ううん、そうじゃないかも。
私、澪ちゃんと笑ってるりっちゃんが好きなの。
一番大切な人の前だけで見せる優しい表情のりっちゃんが。
りっちゃんの隣で安心した表情を浮かべる澪ちゃんの事も。

りっちゃんの幼馴染みにもなれなくていい。
望んでも叶わない夢だし、もし本当になれた所で悲しいだけだもの。
りっちゃんは澪ちゃんが幼馴染みだから、澪ちゃんの事が好きなわけじゃない。
澪ちゃんが澪ちゃんだから、りっちゃんは澪ちゃんの事が好きなんだよね。
私がもしも幼馴染みになれたって、きっとりっちゃんは澪ちゃんと何処かで出会って好きになる。
悲しいし辛い事だけど、それでいいんだとも思うんだ。
だって、私は二人とも大好きなんだから――。


「ほら、りっちゃん!」


涙はまだ止められなかったけど、私は心の底から笑って言った。
りっちゃんを好きになっちゃった辛さと苦しさと、
りっちゃんを好きになれた嬉しさと幸せを感じながら――。
まだ何本か残ってる線香花火を手に取って――。


「線香花火、まだまだ残ってるよ?
折角の花火大会なんだから、私、もっと楽しみたい!
線香花火の新しい楽しみ方とか教えてくれると嬉しいな!」


まだ少しだけ私の事を心配した表情を浮かべてたけど、
それでもりっちゃんは笑顔になって線香花火を手に取ってくれた。
今は私の言うままに楽しんで、後で私の悩みを考えてくれるつもりなんだと思う。
りっちゃんはこうして私のためにまた一生懸命になってくれた。
りっちゃんの大好きな笑顔を間近で見れた。
想いが通じ合えた気がした。
気がしただけで、私はもう十分だよ、りっちゃん――。


「よっしゃあっ!
だったら、今度は五本同時に火を点けるぞ、ムギ!
これは上級者向けの危険な技だから気を付けろよー?」


「合点承知!」


りっちゃんと肩を組んで二人でまた線香花火に火を点ける。
五本同時だけあって、大きくて眩しい光が私達を包んだ。
火が消えそうになった時はまた線香花火マンにして、二人で笑い合った。
いつの間にか涙は止まっていて、私とりっちゃんの笑顔だけの時間になった。

これから先、私はまた何度も苦しくなると思う。
りっちゃんの事が好きで泣いちゃう事も何度もあると思う。
でも、私はもうもしもなんて考えない。
もしもなんていらない。
もしもなんて考えても仕方が無い事だし、考える事自体がりっちゃんに失礼だと思うから。
たった一度きりのチャンスで出会えた今の私達と、私の想いを裏切る事だとも思うから――。

だから、私はこれからもたった一つの想いを抱えて生きたい。
叶わない恋心でも、辛さばかり生み出す気持ちでも、
それが私からりっちゃんへの想いの大きさなんだから。
それが誰かを好きになるって事のはずだよね。


『好きよ、りっちゃん』


その言葉は私の胸にずっと秘めておこう。
それでも、他にも伝えられる想いはたくさんある。
伝えなきゃいけない想いは、ずっとずっとたくさんあるもの。
まず私はそっちの方をりっちゃんに伝えなきゃいけなかったんだ――。

だから、私は線香花火マンが落ちる寸前、
りっちゃんの肩に回した腕に少しだけ力を込めて、笑顔でその言葉を伝えたんだ。







「ありがとう、りっちゃん!
これからもずっとよろしくね!
私、りっちゃんと一緒に遊べて本当に幸せよ!」