梓が奢ってくれる、というので、私は吉野家に訪れていた。
始めは私も断ったのだけれど、どうしても、
と食い下がる梓を振り切れなかった。

 本当は本格的な和食を奢りたかったらしいのだけれど、
その時こそ私は固辞した。
流石にそこまで高価なごちそう、奢ってもらう訳にはいかない。
そこで代替の案として、私は吉野家を指定したのだった。

「ていうか、澪先輩も吉野家とか来るんですね。
こういう庶民的なイメージ、あまりありませんでした」

 本当は松屋派だけど近くにないから、そう返そうとして止めた。

「ムギならともかく、私は庶民だよ」

 私は梓が言いたい事を察している。
もっと高価なイメージを、私に抱いているのだろう。

「そんな。澪先輩は、私達とは一線画してますって。
何で庶民代表みたいな、律先輩とつるんでいるのか、分からないくらいです。
同じ庶民でも、私とかなら、音楽通じて有意義な会話できるのに」

 この前送ったメールの真意に、梓は気付いていないらしい。
或いは、気付いていて、気付かぬふりをしているのか。
今度はもっとはっきりと、私は言う。
梓の期待を、恋心を、粉砕するように。

「いや、やっぱり私は庶民だよ。
実際に私が一番好きなのは、庶民代表だと梓が言った、律の手料理だし」

 梓の瞳が、一瞬潤んだ。
けれども、落涙までは見なかった。
その前に梓が席を立っていたから。

「ごめんなさい、食欲がなくなりました。
失礼します」

 梓はそう言うと、席を立ってしまった。
我ながら、もっとソフトな言い方もあっただろうと、今になって呆れる。
律を軽んじられて、少しばかり苛立っていたのが影響してしまった。

 だから私は、運ばれてきた自分の分と梓の分、二人前平らげてから席を立った。
梓から確かに奢ってもらった、その意味を込めて。


<FIN>


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最終更新:2012年10月13日 17:38